好きが天元突破
前話で「椿屋騒動編」が終わっています。
ここから「海の星」
Fairy tale(第236部分 粉雪の舞う夜)直後のエピソードです(一度活動報告で公開したのと同じ内容です)
酒に弱いというのは聞いていたのに。
(酔わせてしまった)
きっかけは、東京一泊二日旅行の顛末を聞いていたときのこと。
「旅行も、ディナーも、全部椿に先を越された。俺は大人になった明菜と飲んだこともない」
思わず本音が漏れた。
「あ〜っ、それに関しては言い訳出来ないんですけど……私も春さんと飲んでみたいとは思ってましたよ。あの頃は未成年で、飲酒は出来ませんでしたけど、今なら」
少し焦った明菜はそう言ってから「明日、お店休みなんですよね。開けちゃったハウスワインとか、飲んでも良いお酒、残ってません?」と、笑顔で続けた。
それなら、といざ二人で飲み始めたは良いものの。
後悔混じりにちらりと視線を向けると、目元をほんのり染めた明菜がにこりと笑い返してきた。
「春さん、グラス空いてますけど、飲みますか? お注ぎしますよ?」
そうは言うものの、いざローテーブル上のワインボトルに手を伸ばすと、いかにも手つきが覚束ない。持ち上げた拍子に取り落としかけて、「あ、あれ?」と一人で慌てている。
「もういいから。手元危な過ぎ。ひっくり返す」
横から手を伸ばしてボトルをテーブル上に置き直し、はずみで明菜の手を掴む。そのまま、考えるより先に引き寄せてしまった。
「あっ……」
ソファに並んで腰掛けていて、位置的には明菜の左側。引いた手は右側で、動きに沿って明菜が体ごと向き合ってきた。
並んで座っていたから、視界に極力入れずに済んでいたというのに。
潤みを帯びた瞳で見上げられた瞬間、ジリっと理性が焼け焦げた。
引き寄せた手に唇を寄せて、中指に口づける。そのまま、舌を這わせ、甘噛みした。
「やっ、んっ、春さん……っ!?」
戸惑う声に誘われるように、ソファの上に押し倒し、覆い被さる。
「明菜、可愛すぎだって」
見下ろしながら両方の手首を両手で掴んでソファに押しつけたが、体に力が入らないのか、抵抗は全く無い。罪悪感を覚えるほどにされるがままの明菜は、濡れたような瞳で見上げてくる。
「春さん……」
「なんだ。『やめて』を言うなら今が最後だぞ」
理性を総動員して、止まれるかどうかの瀬戸際。かなり危うい。
はあ、と吐息しながら明菜は目を閉ざした。
「違うの。怖くて」
「俺が?」
「そうじゃなくて、好きになりそうで」
もどかしげに唇を噛んでから、閉じていた目を見開いた。
「春さんのこと、今でも好きなのに。これ以上好きになったら、どうしようって。怖くて……。もう、声聞くだけで無理なのに。もっと好きになったら、仕事出来なくなっちゃう……。春さんしか見えなくなって、周りに迷惑かけちゃうと思う……っ」
言っているうちに感情が昂ぶってしまったらしく、涙が滲んできている。
由春が、掴んでいた手首を放すと、これ幸いとばかりに両手で顔を覆った。
「好きなの、どうしよう。春さんのこと好き過ぎて怖い……」
手が、震えている。号泣五秒前くらいに声まで震えている。
「明菜……、酔ってるだろ。かなり」
(俺より理性飛んでる)
素面じゃ絶対言わないだろうし、言ったことを覚えていた場合、恥ずかしさが天元突破して「二度と顔を合わせたくない」とでも言いそうだ。
理不尽な気もするが、この予想はおそらく当たらずとも遠からず。
お互い少し酔っていて。時刻は深夜、二人きり。翌日は休日で予定は無し。
女は、相手の男が好き過ぎると言って、今にも泣きそうな状態。
躊躇う理由は、何一つない。
普通なら。
「酔って……酔ってますよ。酔ってて悪いんですか!? 私だって春さんと飲みたかったんです!! 自分だけむすっとしちゃって。私だって、私だって……!! 別に香織さんは悪くないし嫌いじゃないけど、初めては春さんが良かったです!!」
「あのな、明菜。今のはいろいろと問題がある。かなり相当問題がある。椿にも申し訳ない。椿もあの性格だし『恨まれるくらいなら、明菜ちゃんの初めてなんかいらなかったよ。そっちでどうにかしてよ、俺を巻き込まないで』って言うだろうよ……」
「香織さんと『別に嫌いじゃないけど、好きでもない』両思い過ぎる……。初めてを捧げた仲なのに」
「なんだろう。俺の頭が働いてないんだろうか、明菜が何を言っているのか、理解できていない。今までここでなんの話をしていたかすら思い出せない……」
とりあえず、
飲み直そう。
ソファに座り直し、手酌で赤ワインをグラスに注ぐ。やけ酒のようにあおってはみたものの、味がしない。
(まさか今の会話で、結構ショック受けてる?)
それなりに良いワインのはずなんだが……と納得いかない気分のまま、グラスをテーブルに戻してから、明菜に目を向けた。
「寝……、るなよ! このタイミングで!? 俺にどうしろって言うんだ、投げっぱなしにも程があるだろうが!!」
さすがに怒るぞ、と思ったのに。
起こしたらかわいそうだという考えが働いたせいか、声は音量控えめ。
もちろん明菜は起きない。安らかに寝ている。ある意味、完璧すぎる寝落ち。明日になったら、いろんなことが有耶無耶になっているはず。
「俺にどうしろと」
恨み言をぼやいても返事はなく。
明菜が寒くないように毛布を被せてから、ボトルが空くまで飲み直した。
独りで。
続けて38章一話目をUPします。
なお、ステラマリスのサイドストーリーとして「発信」という短編を公開しています。
西條聖と穂高紘一郎の過去エピソードですのでよろしければどうぞ。