表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ステラマリスが聞こえる  作者: 有沢真尋
37 椿屋騒動編(後編)
252/405

日日是好日

 正絹、錫色無地の着物に羽織。帯は墨色の米沢織角帯。

 茶会用の着物を自分で着付けて、台所に立っていた西條聖に声をかける。


「お茶いれるけど、飲んでよ」

 振り返った聖は、戸口に立つ香織の姿を見て、目を細めた。

「出かけるのか」

「ううん。うちの茶室。初風炉には少し早いけど、たまにはきちんと使おうと思って。花を活けて掛け軸も変えた」

 ガスコンロの火を消し、鍋に蓋をしたりまな板を洗ったりと、聖はてきぱきと片付けをした。

 もともと洗い物をしながら料理をしているので、ものの一、二分で作業は終了する。

 軽く腕を組んで待っていた香織を振り返り、特に表情も変えずに言った。


「着替えた方が良いかと思ったけど、着物は無いな。正装?」

 深緑色のロンTにジーンズ。黒のソムリエエプロンを外して畳んでダイニングセットの椅子に置く。作業用の気取らない格好。

 伏し目がちに見て、香織は頷いた。


「うん。そうだね。せっかくだから着物貸す。着付けは俺がするから」

「わかった。それで」

 あまり無駄な会話もなく、決まる。

 さっと身を翻した香織に続き、聖もぱちんと電気をスイッチで消して台所を後にする。

 陽が伸びてきた春先のこと、夕方のぼんやりとした薄明が、流しの上の窓から静まり返った台所に注いでいた。


 * * *


 濃紺の着物に、細縞の袴を合わせて着付ける。姿勢が良いだけに、様になって映えた。


「作法は知らない」

 少し離れて、聖の全身を確認している香織に対して、聖がそっけなく言う。

「食べて、飲む。うん。西條、似合ってる。暗くなる前に行こう。蛍光灯がどうも好きじゃなくてね、お茶を飲むときには」

 着物を広げていた和室から茶室へと向かう。

 用意していた道具で、香織はてきぱきと準備を始めた。

 

「お湯はポットから。抹茶は冷凍庫に保管していたもの。堅苦しくなくて結構だな」

「本気の本気ならもっと前から準備する。いずれそういう席も設けるから来てよ。和食の料理人を呼んで茶事でもいいかな」

「そういえば蜷川が言っていたな。椿の家にはたぶん食器も含めて一通り揃っているって」

「ある。どこにしまってあるかわからないけど」


 軽く会話を交わしながら、香織が立ち上がって聖の前に進み出て、菓子を差し出す。 

 柔らかな色合いの、桜色のきんとん。


「『花吹雪』です。桜の咲き加減に合わせて『咲き初め』『三分咲き』『春爛漫』と作って四つ目。この後は緑色のきんとんで『葉桜』を作る。椿屋の春の桜シリーズ五種の一つ」

「水沢は桜に触らないって聞いたから、これは椿の当主の方か」

「そ。俺」


 懐紙にとって黒文字で切り分けて、聖は二口で食べた。

 香織は立ち上がって、道具を並べた炉のそばに戻り、ポットから注いだ湯で茶をたてて、再び聖のもとまで運んだ。

 部屋の中は、落陽の燃えるような光に染まっている。

 聖は茶碗をまわして一息に飲んで、畳の上に置いた。


「美味しい」

「どうもありがと」

「他に何か、客がすべき手順があるのか」

「そうだね。茶碗を褒めたり、御軸や花について話を振ったり。それに俺が答える」

「なるほど。しかしあの掛け軸はわかりやすい。書に詳しくない俺でも読める。花は……牡丹?」


 床の間に一輪。

 白磁の一輪挿しに活けられた薄紅色の花にちらりと視線を向けて、聖は確認するように言った。


「そう。庭からとってきた。結構いろいろあるんだよ、ここの庭」

 答えてから、香織は茶碗を横によけて、聖と向き合う。

 畳に手をついて頭を下げた。


「今日、庭に出たときに、聞くつもりのない話を聞いた。その件でまずはお詫びとお礼を言う。立ち聞きして悪かった。それと、どうもありがとう」

「……どういたしまして」

 顔を上げた香織は、聖を見つめて「さすがに暗くなってきた」と呟き、立ち上がる。床の間の隅に置いてあったリモコンをとり、灯りを点けた。

 

「足崩していいよ」

「そんなに長い話になるのか?」

「どうだろう」

 何気ない口調で話しながら聖の正面に座った香織は、正座だった。

 聖は「それで?」とばかりに視線を向ける。

 受け止めて、香織は口を開いた。


「西條には感謝している。俺が言うべきことを言わせてしまった。西條が言っていたことはすべて正しいし、柳には必要な言葉だった。曖昧な態度で逃げ回るしかできなかった俺と違って、なんの利害関係もない西條が、一番柳に向き合っていた。負担をかけて申し訳ない」

「べつに」

 無愛想に答えてから、聖は不足に気付いたように付け足した。


「あとはあいつがどうするか、だ。大人扱いを要求するくせに、心は子どもだなんて、虫が良すぎる。都合よく使い分けようとしても、一度大人になってしまえばそうはいかないのが世の中なんだ。それこそ、『好き』なんかなんの意味もない。『好き』だから相手は受け入れるべき、なんて暴論だ。椿にとって、現状あの『好意』は『迷惑』でしかないはずだ。一度でも甘い顔をすれば、『受け入れた』とみなされるし、今後厳しいことを言えば『裏切り』と非難される。それくらいなら、なんの感情もない人間の方が、よほど一緒に働きやすい」


 聖も足を崩していない。

 着物姿で、和室で正座で向き合う形のまま、真面目な口調で話している。

 正面に座って真剣な表情で耳を傾けていた香織は、深く頷いた。


「全部正しい。弱くて、ずるくて、欠点を抱えた人間を受け入れても、傷つくだけだ。期待をかけても裏切られ、親切にしても報いられることない。そのくせ少し冷たくすれば、すぐさまやり返される。『優しさ』を他人に要求してくる人間は、少しでも都合悪いことを言えば、こんなに『好き』なのにひどいと詰り、すぐに『嫌い』に感情が転げ落ちる。しかも柳のあのやり口だと……、その場合、当然のように周りも巻き込むだろう」


 並べ立てて話しているうちに、香織は思わずのように唇の端に笑みを浮かべた。

 聖はやや呆れ顔になりながら、念を押すように言った。


「苦行だな。お前、何も得るものがない。少しくらいはあるかもしれないが、失うものの方が圧倒的に多い。中には取り戻せないものもあるだろう。時間や、周囲からの信頼。現状ではうまくいっている人間関係にもひびが入り、下手をすれば会社も傾く。悪気なくやるぞ、あいつ。視野が狭い。自分しか見えていない。他人を大切にする方法、他人の大切なものを尊重する方法、全部これからだ」


 言い終えた瞬間、後悔が聖の顔に浮かんだ。

 香織の笑みがひどく穏やかなものになっていることに気づいたせいだ。


「うん。『これから』なんだ。そんなのは、本当なら家庭で終えていて欲しいし、職場には求めないで欲しいんだけど。『わかっていない』から突き放したとして、そこで成長が終わるのは俺も同じ。『あんな手のかかる相手には関わるな』と言われて、『はい、わかりました』と賢い生き方をしたとして、その先には何もない。子どものいる親が『こんなに大変だと思わなかった』と弱音を吐いたとき『産むと決めたのは自分だぞ』と責めるのは楽だよ。極論言えば子どもなんかもたない方が良いし、他人の子どもなんか放っておけばいい。正しい選択の積み重ねって、そういうことになる」


 聖は瞑目する。沈痛な表情。

 いくつもの言葉を飲み込んでいるのが、伝わってくる。

 言いたいこと、言うべきこと。思い浮かべると同時に、反論も浮かぶのだろう。

 やがて、目を見開く。

 冴え冴えとした青の瞳に、やるせない光を浮かべて、香織を見つめた。言葉はなかった。

 その様子を見ながら、香織は微苦笑を浮かべて続けた。


「西條も、寿命の短い女性を妻とすると決めたとき、賢い生き方じゃない、と言われたんじゃないのかな。だけど、そのときはそうするのが正しくて、いまも後悔はしていない。要するに、いまの時点で『間違い』だと言われても、五年後、十年後、間違いじゃないところまで持っていけばいいんだ」

「そこまでする相手か、あれ……。絶対裏切られるぞ。軽いだろ、言動全部」


 何を不安に思われているかはよくわかっていると、香織は何度も頷く。


「一従業員。それ以上は入れ込まないし、職人としてやっていくつもりなら、いずれよそに修行に出す。これは絶対だ。俺自身が、外の世界を知らない自分の弱さをよく知っているから。今後俺に対して『好き』を匂わせた時点でクビ。恋愛感情が不純とまで言うつもりはないし、それが原動力になる人間もいるだろうけど、柳はだめだ。甘えさせない。その『好き』は菓子作りに向けてもらう。中卒から修行を始めた湛さんだって、三十歳過ぎるまで独身だったんだ。柳だってあと十年は、わき目もふらずに打ち込むべきだ」

「お前そこまで待っていたら四十歳過ぎるぞ。俺なんか二十歳そこそこで最初の結婚しているのに」


 香織はぴくっと片眉を跳ね上げた。

 腕を組んですうっと両目を細めて聖を見て、きっぱりと言い切る。


「柳は弟子として引き受けるのであって、いわば俺は親の立場だ。子どもと恋愛なんかしない。俺が独り身なのが気になるっていうなら、見合いでもなんでも受ける」

 聖は再び瞑目し、耐えられなかったようにその場にゆっくり倒れた。


「お前、根本的にだめだ。わかった、お前がだめなんだ。覚悟の付け方がおかしい」

「何がだよ」

「柳に諦めさせるために結婚するって。そこまでまともなこと言っていたのに、いきなり異次元に飛んだ。真面目に話していた俺が死んだ」

 胸をおさえて、その場にごろごろ転がる。

 香織は納得いかない顔をして聖の脇腹に手を置き、揺すった。


「西條こそ『最初の結婚』ってなんだよ。そろそろ再婚に前向きになったのか?」

「知らねー。椿とはもう会話しない。どっか行け」

「ここは俺の家だっつーの。腹減った。メシにしよう」


 すらりと立ち上がった香織を寝転がったまま見上げて、聖は「嫌だ。お前なんかもう嫌いだ」と言って掌で顔を覆う。

 しかしその指をずらして、ふっと視線を床の間に向けた。


 視線の先の掛軸には、大らかな書体で「日日是好日」と記されていた。



★いつもお読みいただきありがとうございます。

 なろうの他、カクヨムやエブリスタなどで読んで頂いている方もどうもありがとうございまーす。

 ブクマや★、他サイトでのリアタイ♡や★すべて嬉しいです!!



★この後はステラマリスの世界が広がるかもしれないあとがきスペシャルその2です。

 苦手な方はここで引き返してください。

 内輪ネタはどうもという方は、いっそもう絡んできてください( *´艸`)

 ステラマリスはなかなかブクマとか増えないので……80万字以上読んできてくださっている方はみんなもう内輪ですよ……


(※この先、イラストも表示されます)



 前回、周囲のユーザー様のキャラクターが「海の星」にご来店されたら?

 という話題の中で、この方がいらっしゃったらどうしようかな~~

 なんて話になりました。


挿絵(By みてみん)

illusutration:あっきコタロウ様


伊久磨「ふんどしは下着です。ふんどしは下着です。ふんどしは下着です」(先手必勝。笑顔)

オリオン「(ハッ)待って。相撲の場合、まわしは正式なユニフォームなんだよね。つまりふんどしは正装なんじゃないの?」


通りすがりの忍者(cvあっきコタロウさん)「ユニフォームで外を歩いたり食事をしたりするひとはいないのでは?」


伊久磨「ユニフォームといえば水泳選手は水着。一見そのまま外を歩くひとなんかいなさそうですけど『海の家』は水着でみんな来ますよね。『海の星』一文字違いですし水着のお客様が来てもおかしくないのかな……?」

聖「近くに海ねーだろ!!」


オリオン「あのひと上はシャツだし、力士のひとや水着のひとより、よりよほど露出が少ないよ!?」

伊久磨「露出……え、少ない!? 言われてみれば少ない……、のか?」


聖「少ないわけねーだろ!!!」


 こんな会話をしていたところ、イラストのふんどしサラリーマンさんを主役にした小説を書いている遥彼方さまが速攻でSSを書いてくださいました(≧∀≦)

↓↓↓是非どうぞ!!



https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/828137/blogkey/2791510/



(お見送り後)


オリオン「ふんどしって良いね。どこで売ってるんだろう(真剣)」

聖「……通販?」

オリオン「そっか。じゃあ春の分も買おう」


伊久磨「岩清水邸の洗濯物干しに燦然と輝く二人分のふんどし。どっちがどっちのかわからなくならないように、色違いで買うといいんじゃないですか。赤と青とか」

由春「あのなぁ」


伊久磨「赤はなんか違うかな。岩清水さんなら黒なんかが似合いそう。明菜さん、シェフは何色のふんどしがいいと思います? 白と黒と」


(※このあと、伊久磨は明菜さんにしばかれます)



 大体毎日こんな妄想をしながらステラマリスは書かれています。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 二人の柳に対する分析と対応の検討が、本当に『こういう人間、確かにいるいる!』ってくらいに頷いたり、情景が浮かんできましたし、個人的に今回の話は隼人並に感情移入してしまうような内容でした……!…
[一言] なんだかんだ仲いいですよねこの二人w そういえばこの二人、前に大喧嘩してましたけど、その詳細が語られる日はくるのかな……?( ˘ω˘ ) そして今回の後書きも最高でした!ww 遥様のSSも素…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ