お昼の時間です。
こんにちは。齋勝光樹(16)です。本日二回目をお送りします。
柳奏先輩(18)が椿邸に忘れ物をしたということで戻ってきたら、突然の濡れ場からの修羅場です。
「どうせ浮気しているなら、一人も二人も同じ! やった! わたしも彼女になれる!」
先輩はおおはしゃぎです。ヤケになっているかもしれません。
一方、男性とのキスシーンを目撃された香織さんは、先輩が膝に乗ってきていることにも気付いていないくらい呆然としています。
「どこからつっこんでいいのかわからないんだけど……。俺には彼女はいないし、付き合っている状況だったら浮気は絶対しない。あと、そういった事情全部抜きにしても、俺が柳と付き合うことはあり得ない」
「彼女いないの!? じゃあ誰と何をしても浮気にならないんだね!! おじさんとキスするならわたしともキスするよね!! やったー!!
香織さんは両手で頭を抱えてしまいました。「キスじゃなくて、睫毛がついていたのをとっただけ」のような言い訳をしないところを見ると、キスだったみたいです。
「だから、柳とは付き合わないし、付き合っていない相手とはキスしない。そういうのは好きな相手だけ」
足を伸ばした香織さんの太腿を挟んで畳に両膝をつき、香織さんの両肩に手をのせた柳先輩は「でもこのおじさんと付き合っているわけじゃないんだよね? それとも、彼女いないけど彼氏いますってこと?」と可愛い声で聞いていました。ぐいぐい行っています。香織さん、なかなか言葉が出ません。
「今のは。えーと。ぶつかった……?」
自分でも半信半疑の様子で、香織さんが呟きました。
目が泳いでます。かなり混乱している様子です。
「じゃあ私ともぶつかろう?」
柳先輩はアグレッシブです。そもそも頭突きしてましたし、先輩もぶつかってましたよね。あのときに頭突きじゃなくて唇奪っておけば良かったんじゃないかと思います。痛めつけることを優先しているから後手にまわるんです。
「おじさんはなんでキスしたの?」
もう一人のおじさんに、柳先輩はすかさず確認しました。
「したくなったから」
野獣ですね。
さすがに先輩も一瞬、言葉につまりました。おじさんの余裕綽々の態度に、とっかかりが掴めないみたいです。
ならば、といった様子で、攻めやすい方に矛先を戻しました。
「椿香織、わたしの声が好きなんだよね? 可愛い声出してあげるよ? いっぱい聞かせてあげる。何を言わせたいの?」
……。
「……そういうの……、ほんとだめだから。おっさんを揶揄わないでよ」
目を逸らしながら掠れ声で答えた香織さんの頬が、少し赤いです。完全に想像しています。見ている方が恥ずかしくなってきます。
いたたまれなくなって目を逸らそうとしたのに、助けを求めるみたいにこっちを見てきている香織さんに気付いてしまいました。
「光樹、いろいろと誤解しないでね……。俺が大切なのは光樹だから」
混乱しているせいで、香織さんは自分が何言っているかよくわからないみたいです。
「誤解も何も、大切って言っても免罪符にならないです。もし仮に香織さんが俺のことを大切に思っていたとしても、香織さんの生活が乱れているのは事実ですよ。藤崎さんとはどうなんですか。俺は二人が付き合っているって聞いていたんですが。別れているのに同じ家で暮らしているんですか。その上、年上男性とキスして、年下の先輩を膝にのせて。乱れすぎ」
言っているうちに(やばいな……)という気がしてきました。
香織さんもその自覚があるのか「誤解で……」と言いながら絶句してしまいました。
柳先輩は香織さんの膝から下りると、もう一人のおじさんを見上げてきつい口調で言いました。
「なんでキスしたの?」
「どうも大人げなくて。自分から喧嘩はしないようにしているんですけど、売られると買ってしまうんです。柳さんきっと戻ってくるだろうなと思っていました。どうせなら、押し倒していた方が良かったかな」
目が笑ってないです。完全に武闘派です。このひと、話し方が穏やかだから初対面だと騙されますけど、絶対にやばい類のひとです。
「柳さん、想定以上の反応で面白いです。負けたって、思いました?」
「おじさん怖いよ!! そんなことの為にキスしたの!?」
「そんなことの為ですけど、香織くん今ので結構目が覚めたと思いますよ」
「何が!? どう目が覚めたの!?」
先輩はすごい剣幕で香織さんに食ってかかりましたが、香織さんはいつの間にか苦笑いになっていました。
「いや、はい。そうですね。なんて言うんだろう……。これは先生が悪いわけじゃないんですけど、『無いな』って思ってしまいました。全然先生は悪くないんですけど……。あ、この先は無いな、みたいな。うん。いろんな意味で。先生のことは好きですし、会いたかったんですけど、こういうことしたかったわけじゃないんだって。父親としてるみたいな、微妙な……」
おじさんはハンカチ差し出しながら「拭っていいですよ」ととても優しく言って、のほほんと続けました。
「そう思います。香織くんは僕に対して気持ちは特にないんですよ。柳さんは疑っていたみたいですけど。これで柳さんも少しは落ち着けますか。香織くんの口から彼女がいないことと、別に僕のことは好きではないと聞けて。それでも、数日の滞在の僕とは違って、藤崎さんと香織くんが一緒に暮らしているのは事実ですが。いま二人の間に何かなかったとしても、この先無いとは言い切れないですね」
「先生」
ハンカチを受け取ったままでいた香織さんは、はっと気づいておじさんの話を遮ろうとしましたが、先輩はしっかり聞いてしまった後でした。
「決めた。わたしも一緒に住む」
「柳。だめに決まってる。絶対に認めない。住みこんでまで働く仕事なんか無い。俺は許さない」
「わかった。椿香織がだめなら、岩清水先生に相談してくるっ」
「おい」
香織さんは焦って止めようとしましたが、柳先輩はぱっと立ち上がると「圧力かけてやるから、覚えてなさい!」と捨て台詞をして出て行きました。
なお、香織さんが何か言い訳しようとしていたので、思わず俺も言ってしまいました。
「いじめられる為に生きているみたいなひとですよね。ドMですか?」
「よくわかっていないくせに、的確にドSなこと言わない! 誰の影響!? 誰に似てきたのそれ。伊久磨!?」
以上がお昼の顛末です。
椿邸に来たのは昨日が初めてで、今日が二回目ですが、ずいぶんうるさい家だなと思いました。
ひとがたくさんいて、いつも誰かがぎゃーぎゃー騒いでいるような、そんな家です。
お昼の陽射しの中で散っている桜の花びらが、どことなく迷惑そうに苦笑しているように見えました(もちろん目の錯覚です)。
illustration:遥彼方さま
◆だいぶフリーダムにお送りしている椿屋騒動編ですが、「36 椿屋騒動編(中編)」はこれにて。続けて後編に入ります。
先にUPした247話のあとがき部分にもこの「ステラマリスが聞こえる」のバナー用イラストを掲載しているのですが、出来立てほやほやで「早くみてー!!」の気持ちで急いでUPしてしまったのであらためてご紹介を。
すでに何度かイラストを描いてくださっている遥彼方さまに、今回は依頼の形でお願いしました。
この人数を一気に書いてくださって感謝です!
せっかくですので、今までのイラストも改めてご紹介します。
「22 晩餐会」
「23 星の海(前編)」
「25 星の海(後編)」
「深雪 https://ncode.syosetu.com/n8079gr/」
「椿香織(Nirgends 以降)」
「好きが天元突破(由春&明菜)」※作品として未掲載。活動報告のみ。
遥彼方さま、どうもありがとうございましたー!