先輩と後輩
おはようございます。齋勝光樹(16)です。
今年に入ってから知り合った椿香織さん(和菓子職人・29)が突然熱烈な告白をしてきました。
「俺は! 光樹のことが好きだ!! 昨日会った柳なんか目じゃないくらい、ずっと好きだったから、そこのところ誤解しないでね!?」
何がどう誤解なのか、ちょっとよくわかりません。
「なんで柳先輩か俺かみたいなことになっているんですか? そこのところ少し詳しく」
「詳しくって……、そのままの意味だけど」
目をうるうるさせないで欲しいです。そういうの、全然求めていないので。
責任を感じた、というよりは火事場を見つけた野次馬みたいに、柳先輩がすっ飛んできて香織さんの腕にしがみつきました。「うわ」悲鳴。
「このひと、わたしの運命のひとなの! 蠍座が運命のひとに会う日に会ったから、もう絶対!!」
「おいこら離せ。というか柳、土足。足拭いてから上がってこいよ!」
離して欲しいならまずそれだけを主張した方が得策だと思います。あれこれ気付いてしまうのは性分なんだと思いますが、先輩はあんまり長いセリフを聞くひとじゃないです。最初に言ったことは大体忘れられてしまいます。せめて大切な方、より重要度の高い情報を最後に持ってきましょう。柳先輩に香織さんよりは詳しい俺からのアドバイスは以上です。
よほど声を大にして言いたかったんですが、これを言っていると話の収拾がつかなくなるので先に進めようと思います。
「先輩。俺は常々星占いやその他占いには懐疑的なんです。蠍座が運命のひとに会うなら、相手方の星座も運命のひとに会う日じゃないとおかしいですよね? 蠍座側が運命だと思っても、他の十一星座に特にそういう兆候がない場合、そんなの独りよがりの片思いじゃないですか。相手が蠍座で蠍座同士でまとまるという線もありますが。香織さんは何座ですか?」
「俺? んー、たしかおひつじ座」
「そういうことですよ、先輩。昨日のおひつじ座は『今日は何かと誤解されがち。言動には気を付けて!』とか、運命の出会い全然関係ない内容だったらまず間違いなく『運命』は先輩だけが感じていることです。つまり勘違いです」
先輩を腕にぶら下げたまま、香織さんが「光樹っ」と言って抱き着いて来ようとしてきました。
避けました。
すかっと空振りしながら香織さんは転びそうになっていました。足元が覚束ないみたいで少し心配です。三十歳はまだそんな年齢じゃないはずです。うちの姉の方がマシに見えるのはゆゆしき事態なのでがんばってください。
「齋勝、わかったわ。つまり、わたしは今日からおひつじ座の占いもチェックするようにすれば良いということね。おひつじ座のラブ運絶好調の日につきまとえば、椿香織はわたしによろめく。間違いない」
先輩は何かと言葉選びが残念だと思います。つきまとうとか、よろめくとか。どう考えてもその恋愛観歪み過ぎだと思います。そうは言っても、「落とす」っていうのも俺はどうかと思いますが。なんというか、一度落ちたら這い上がれなさそうじゃないですか。穴の底で死ねって感じ。
恋愛ってヤバい。
「おひつじ座、おひつじ座……、今日のおひつじ座は……『慎重になりすぎないで。殻にこもっていてはあなたの魅力は相手には伝わりません。行動あるのみ。たとえ今日失敗しても、それは次につながります。無駄にはなりません』だって。椿香織、結婚しよ?」
「脈絡……」
先輩からのプロポーズに、呆気にとられたように香織さんが呟いています。
俺は少し首を傾げて、思わず口を挟んでしまいました。
「今の、脈絡ありましたよ。どこで振り落とされたんですか? 離婚しても再婚できるんだから結婚くらいしとけって意味の占いですよね」
「柳はともかく、光樹まで何を言っているかわからない。わからないぞ……。どういうことだ」
香織さんは目を瞑って、眉間に大いに皺を寄せて考え込み始めました。
渋い顔も可愛い、と先輩が呟いています。あんまり隙を見せるとセクハラされるので気を付けた方が。
「ところで先輩、占い信じてるんですか?」
俺が声をかけると、柳先輩はにこにこと笑いながら言いました。
「信じてないよ!!」
……あれ、この会話、つまりなんだったんだ?