回遊魚の発想
――続報はないですか?
――ちょうどこれから静香の家です。詳細はお待ちください。
「……なんでよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
コンビニの前で、立ち止まってスマホを見ながら叫んだら、コンビニから出て来たひとが思いっきり避けて行った。後ろから歩いてきたひとが、ちらっと振り返って顔を確認していった。
こんな顔ですけど?
(いや、さすがにひどい顔をしていた気がする。でも意味がわからない。なんで? こう……「どうしてそういうことになってるか」くらいはかいつまんで言ってくれても良い気がするんですけど。そもそも香織は? 香織も一緒に?)
メッセージを送れば時間差で返事はあるものの、運転中かと思うと電話は躊躇してしまう。してしまうのがいけないのだろうか。
もやもや考えてから、はっとようやく思い至って母親のスマホの番号を表示させる。
コールしたら、すぐに出た。はい、という声を聞いた瞬間、何から話そうか考えて頭が真っ白になる。
「もしもし、お母さん? あの、光樹っていま何してる?」
何もかもすっ飛ばして用件から切り出してしまった。
* * *
「お父さん何してる人なんだっけ。お母さんは家にいるとしても、一人のときに知らない男が押し掛けてもゆっくり話せないかもしれないし」
「えっと、親父、社長。小さい会社なんだけど。一応社員の人もいる」
市内に戻ってもまだ午後三時。「海の星」が休憩時間に入る頃。
光樹には朝のうちに家に連絡するように言ってあり、遠出は了承されていたが、帰りは夕方と伝えていた。
ひとまず、話を詰める為に大型ショッピングモールに立ち寄り、フードコートにて向かい合う。
「なんの会社?」
「建設関係。建築士。現場にも出るというか、現場がメインみたいなところはあるかも」
香織は伊久磨の横で、紙コップのコーヒーを飲んでいた。
一切の変化のない横顔。そちらを見ながら、伊久磨は物は試しと聞いてみることにした。
「香織、家の建て替え、穂高先生に図面はお願いするとしても、職人さんはこっちの人にお願いすることになるよな」
紙コップをテーブルに置き、香織は伊久磨にチラッと視線を流してくる。
「お前ときどきびっくりすること言うよね。びっくりしたんだけど」
「光樹、お父さんは他人の図面でも仕事してくれるの?」
「社員の人がいるから、とにかく家を作ってない期間があるわけにはいかないらしくて。仕事が無いときは建て売りの現場にも社員の人は行ってるみたい。そういう声がかかるとか。ごめん、詳しいことはわからないけど。えーと?」
今の大人二人の会話はどういうことだ? と問いかけるまなざし。
「あとは湛さんも家建てたいって言ってるけど、具体的にはまだ決まってないんだっけ。窯も作るって言ってたし」
「伊久磨。そういう、ついでに色々片付けようとするのはどうかと思う。いまは違うだろ」
めまぐるしく考えながら話す伊久磨に対し、香織は釘を刺すようにキツイ口調で言った。
「わかってるんだけどさ。向き合って話をするときって、相手に興味が無いと間がもたないから。普段何を見て、何を考えていて、何を必要としているのか。例えば、会社経営の人の場合、経営が傾くと気持ちに余裕が無くなると思うんだ。社員抱えているなら責任もあるし。家族と向き合って話す時間が取れないのって、そういうところに原因があったりしないかな」
明らかに辟易とした様子でため息をつき、香織は椅子の背にもたれかかる。
「なんの推理だ、それ」
機嫌悪そうに言われて、伊久磨は一度口をつぐんだ。
(「親父が面倒見ていた女の人」というのが、いかにもどこかの大人から又聞きした表現なんだよな)
光樹の説明で、ずっと引っかかっている部分。
それは実際に「不倫」だったのだろうか。話してみたら何か事情があって……という気もするが、大人の男女であればやはり不倫なのかもしれない。そこは置いておくとして。
問題は、家族で向き合ってきちんと話していないこと。
もし離婚ということになったら、その辺は両親のどちらと暮らすかも含めて、家族で話し合う機会があるのかもしれない。しかし齋勝家は「会話がなくなった」状態ながら家族の形を維持しているわけで……。
後回し。先送り。
「経営になんの心配もなければ、気持ちに余裕もあって話もスムーズな気がする。仕事の話……リフォームは受けてる?」
伊久磨の質問に、光樹は理解が追いつかない表情で「たぶん」と答える。
横に座った香織は、ほとほと呆れ果てた顔をしていたが、伊久磨の中で方針は決まってしまった。
「お父さんって仕事どこでしてるの? 家に事務所がある感じ?」
「あ、うん。敷地内に木材の倉庫があって、事務所もそこに……」
「そっか。じゃあ自宅じゃなくて事務所に行こう。お母さんに詰め寄っても仕方ないし、先にお父さんと話をつけよう。岩清水さんに確認の電話を入れます。誰か岩清水さんの知り合いに頼むつもりかもしれないけど、軽い相談くらいはしても良いか聞いてみる。サロンもバーカウンターも欲しいけど、まずは個室だよな」
立ち上がろうとしたところで、伊久磨は香織に腕を掴まれた。
「おい、馬鹿。馬鹿だぞお前。なんの話をつけに行く気だ」
「建築関係の伝手は欲しかったから……」
素で答えてから、遅れて色々思い出す。
光樹の父はすなわち、静香の父でもある。
もっと違う話をする場面なのか?
「あの、うちの親父、回遊魚っていうのかな。マグロ? 止まると死ぬ感じ。あと、趣味が仕事。だからたぶん、仕事の話をするのが一番早いのは間違いないけど……」
光樹が言い添えるも、香織は頑として首を振る。
「絶対ダメだって。息子連れ回しておいて、いきなり仕事の話始めたら『お前何話逸らしてんだよ!』って普通怒るから。自分を基準に考えるなって」
言い返そうとしたものの、伊久磨はそこでまた思いついてしまった。
(それならそれで良くないか?)
光樹の前で、父親が全力で息子を心配してくれるなら、逆にアリな気はする。
それが、本心からではなく、世間体のような、見栄に由来するものなら、見抜く。
そのときは、光樹を返さない。その足で公的機関に行く。絶対に守る。
「よし、だいたいわかった。夕方になる前に行こう」
香織は盛大なため息をついて、紙コップを握りつぶした。
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