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ステラマリスが聞こえる  作者: 有沢真尋
24 星の海(中編)
153/405

座敷童(増えた)

 日曜日の夜は、いつもより少し引きが早い。


 キッチンでは由春と聖、オリオンが片付けがてら意見を交わしていた。

「この土日で、フルメンバーなら入れ替え制ができることはわかった」

 もし店の人員を増やすなら、売上を今以上に伸ばしていかなければならないのは明らかで、「できる」というのは大きい。

 手応えを感じているだろう由春に、聖がにやりと笑って言う。


「いっぱしの人気店みたいで面白かった」

 残ったタルト・オ・フィーヌ・ショコラを五人分に切り分けていたオリオンは、おっとりとした調子で言い添える。

「僕はもっと高級路線でも良いと思うんだけどね。入れ替えするにしても、コースが終わったお客様はサロンに移動して、ソファ席で食後酒もしくはコーヒー。そこにデザートワゴンでサービス」

 指を鳴らしてオリオンを振り向いた聖が、勢い込んで続けた。

「食前・食後に利用できるバーカウンターも欲しい。その前に、まずは個室か。この建物自体、改装でかなり違う展開が考えられそうだよな」


 店が忙しいなら忙しいなりに「生きている実感」を得てしまう類の仕事人間たちが、わいわい楽しそうに話している。

 その様子をキッチンの入り口に立ってぼやっと見てから、伊久磨は口を挟んだ。


「盛り上がっているところすみません。お知らせがございまして」

 冴えない表情に気付いたオリオンが「いくまの分もあるよ」とタルトを示して言ったが、「ありがとうございます」とだけ返してから、由春に目を向けた。

 面倒事の気配を察した由春が「なんだ」と鋭く言う。


「家出人が、増えました」

「どこから」

(どこから)

 答えあぐねて、伊久磨は俯いてこめかみを指で押す。

 そんな場合ではないと、顔を上げる。


「光樹くんです。未成年なので、まずは親御さんと連絡を取らないといけないと思いますが」

 言いながらキッチンに踏み出し、パントリー内をうろうろと歩く。

「光樹って、あのピアノの? なんで? お義兄ちゃんだから?」

 聖に不思議そうに尋ねられて、伊久磨はゆるく首を振った。


「その辺はまだ話していません」

「それでなんでお前めがけて家出してきてんの?」

 コーヒーメーカーの前に来たところで伊久磨は、足を止める。すでに洗浄済み。見かねたオリオンが手早くミルクパンを取り出した。

「ミルクティー作るよ。ピアニスト、お腹は空いてない?」

「しゃべらないです」

 弱った様子で答えた伊久磨のもとに、由春が歩み寄った。

 とても含蓄のあることを言いそうな渋い表情で、伊久磨の肩をぽんと叩く。


「がんばれ」

「オーナー。外は寒いです。親御さんが凍死その他心配して警察に相談していたとして、『海の星』でかくまっていたという事実が明るみに出た場合、誰か捕まりますよ」

 うん、と頷いてから由春は伊久磨の顔を見上げた。

「お前めがけて家出してきたんだろ?」

「そんなに家出受付顔ですか」

「実績があるからなぁ」

 いま現在、一人受け入れている。

 言いながら、由春は事の発端になった聖に顔を向けたが、ちょうどよく後ろを向かれたところだった。

 一方、伊久磨はオリオンをちらっと見てから由春に向き直った。

「実績なら岩清水さんにも」

 行き倒れのオリオンを拾っている。


「今どうしているんだ」

 話題を一端変えることにしたらしい由春が、そのままホールへと向かう。

「藤崎さんが見ています」

 伊久磨はオリオンに「ドリンクありがとうございます。あとで」と告げ、すぐに由春に続いた。


 * * *


 家には絶対に帰りたくない。

 その一点張り。


「もしかして、バイトの件でぶつかったのかな。それは俺にも責任がある」

 四人掛けのテーブルで、光樹の隣に伊久磨、向かいに由春の配置で、伊久磨から切り出した。

「ピアノの件ならうちの母親もだな。親御さんが辞めさせたがっているのを気付いていて、うちの夕食に誘ったりしていたわけだし。あの帰り、家まで送ったついでに親御さんと話してみるって言っていたけど、あんまり話せなかったとか」

 なるほど、と伊久磨は頷いた。


「それどころか、その席で知り合ったよくわからない大人にたぶらかされて、今度は『ピアノ』で『バイト』をしたいと言い出した、と。親御さんからすると全然笑えない状態ですね」

 たぶらかしたよくわからない大人であるところの伊久磨は、言うだけ言って光樹を見た。


「高校生が、親の知らない大人と付き合いがあるのは、不安だと思う。そこは俺も気になっていたんだ。親御さんの反対や拒否感はもっともだし、変に反発して争っても仕方ない。きちんと話し合って、納得してもらってから進めていこう」

 ちらり、と伊久磨を睨みつけた光樹は、暗い声で言った。

「うちの親は、納得は、絶対にしない。俺のすること全部に文句つけなきゃ気が済まないんだ。説得は無駄だし、許可を求めても出ない。一生。永遠に」

「それはたぶん、親御さんがまだ光樹くんを子どもだと思っているからじゃないかな。実際子どもだし」

 光樹の目つきが鋭さを増したが、伊久磨はそのまま続けた。


「だけど、子どもはいつまでも子どもじゃいられない。少しずつ行動範囲も広がっていくし、光樹くんだって、あと二年もしたら進学の為に家を出て一人暮らしを始めるかもしれない。そのとき、いきなり大人にはなれない。あと、これは俺の個人的な考えだけど、親兄弟がいつまでもいるとは限らない。明日いきなり家族がいなくなることだって、現実にはあり得る。そういうときに、信頼できる知り合いがいたり、自立の道が見えていたりすると、光樹くん自身が生きていく助けになる」

 言い終えてから、ふっと気付いたように伊久磨は由春に目を向けた。


「俺、悪い大人でしょうか。これは悪魔の囁き?」

 腕を組んで聞いていた由春は、んー、と軽く唸った。

「自立を促す他人は、親からすると脅威かもな。うちの親は『できるもんならさっさと自立しろ』ってタイプだから、バイトを止められたこともなかったし、高校生くらいだとかなり自由にやってた。だけど、そうじゃない親も当然いる」

 多少なりとも光樹の事情を知っている由春だけに、言葉が重い。

 

「光樹くん、ご家族が心配していると思うからまずは連絡しよう。それから、家に帰ろう。俺が一緒に行くし、バイトの件なら俺からも話すから」

 すいっと顔を逸らした光樹は、きっぱりと言い切った。

「いやだ」

「そういうわけにはいかない。もしお父さんなりお母さんなり、光樹くんを探して外に出ていたら、この寒さだし夜だし事故とかいろんな危険もあるし」

 くどくどと伊久磨が言っているのに堪りかねたのか、光樹はダッフルコートのポケットからスマホを取り出した。着信やメッセージがたくさん表示されているホーム画面を飛ばしてトークアプリを立ち上げ、文字を打ち込む。


 ――友達の家にいる。さがさないで。捜索願もひつようない。


 ひといきに入力した画面を伊久磨に見せてから、送信した。

 すぐに既読がつき、電話が鳴り始めたがぶつりと着信を拒否してスマホを黙らせてしまう。


(どうなんだ……。親御さんからすれば、俺は高校生を無理やり大人の世界に引きずり込もうとしている天敵、バイトを持ちかけた「海の星」の店員というのも印象が悪い気がする。俺を頼って家出なんて「ほら見たことか」みたいな……)

 そもそも静香のあずかり知らぬところで親とやり合うことになりそうだというこの状況に胃が痛い。今より少しでも状況が好転して、打ち明けても焦って帰省しなくてもいい状態になってから話そう、と思ってしまう。


(だめかな……。相談して親御さんの傾向を聞いて対策を立てた方がいいんだろうか)

 いっそそ知らぬふりをして、先入観なく会ってみたいとも思うのだが。無謀だろうか。

 光樹はもう自分のやることは終わったとばかりに背を向けて窓の方を見ている。

 伊久磨は伊久磨でもんもんと考えるばかりだ。

 そのとき、由春が唐突に話し始めた。


「夜分遅く申し訳ありません。岩清水と申します。はい、ピアノの岩清水の……、そうです。光樹くんいまうちにいます。心配なさっておいでだと思いまして。はい。特に怪我などはないですけど、今かなり気が立っているみたいで。落ち着いてから必ず家に帰るように言いますので。今晩のところは……。いえ、迷惑なんて、そんなことはありません。大切な生徒さんですから。いえ、今は言っても聞かないと思います。明日の学校は……、ああ、開校記念日ですか。良かった。遅くとも明日の夕方までには一度帰るように……。落ち着いてからの方が良いと思います。はい、夜間もきちんと見ていますからご安心ください。ひとまずお任せください。いま無理に帰して、本当に見失うよりは……。ですね。所在ははっきりしているわけですから」


 スマホを耳に当てて、立て板に水の如く。

 伊久磨と光樹でやり合っている間に、岩清水邸に連絡を入れて光樹の連絡先を聞き、さっさと電話を入れているらしい。

 光樹はあ然として由春を見ていた。

 通話を終えた由春は、スマホをテーブルの上に置く。


「と、いうわけだ。後はどうにかしろ」

 もちろんその一言は、伊久磨に向けて。

「どうにかって……、いま完全に岩清水さんがどうにかする流れじゃなかったですか?」

 由春は、光樹に目を向けて、穏やかな声で聞いた。


「うちと伊久磨のところ、どっちが良い?」

 その二択? と思ったが、その二択しかないのは伊久磨にもわかった。

 現在「海の星」に五人いるが、帰る先は三か所しかない。椿邸がダメならその二つだ。


 何を聞かれているかよくわからないようにぽかんとしていた光樹であったが、はっと目をしばたいてから、伊久磨の方へと顔を向けた。

(うちいま香織がいるんだけど)

 あの空間にもう一人増えるのか、と伊久磨は万感の思いを抱きつつ、にこりと微笑み返した。


※時系列がわかりづらいと思うので、前の部分にちょこっと時間経過を書き足しました。

 以下のように進行しています。


木曜日(海の星定休日)→岩清水邸晩餐会

金曜日→光樹がピアノを弾きにくる・夜に椿邸で喧嘩

土曜日→香織が布団を買ってきて伊久磨の家に住みつく

日曜日→営業終了後に光樹が現れる new!

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― 新着の感想 ―
[良い点] サブタイがまた…!!! >そもそも静香のあずかり知らぬところで親とやり合うことになりそうだというこの状況に胃が痛い。今より少しでも状況が好転して、打ち明けても焦って帰省しなくてもいい状態…
[一言] おお!! 由春さんがカッコイイ!! そしてまた後回しにされる静香さんwww そろそろ静香さんはキレていいww
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