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ステラマリスが聞こえる  作者: 有沢真尋
22 晩餐会
140/405

そんな気はしていた。

 住所。

 アプリに入力して、ナビに従って来たところ、ここがゴール。


 岩清水


(表札も出ているし、間違いないか)

 レストラン「海の星」の定休日。蜷川伊久磨が昼過ぎに訪れたのは、オーナーシェフ岩清水由春の実家。

「……」

 無言になる。無言にもなる。

 煉瓦の積まれた塀に、アーチ型のアイアンの門扉。雪をかぶった灌木が両脇に立ち並んだ玄関アプロ―チは石畳で、表面からは雪が綺麗に除かれている。もしかしたらロードヒーティングが設置されているのかもしれない。

 その奥には、青空の下、およそ豪邸と呼ぶにふさわしい威容の煉瓦壁の二階建ての建物。「住宅」とか「家」というより、「屋敷」や「邸宅」だ。


(フランク・ロイド・ライトの設計って言われても信じる……)


 ときどき「海の星」の建物について客から聞かれてきた。「大正末期の建物なので、詳しい資料が残っていない」と答えるようにと由春には言われていたので、その通りには言っているが、つっこんだ話をしたがる相手も中にはいる。自然と、伊久磨も建築に関して多少の知識を入れるようになっていた。

(なんとなく、「海の星」に似てる……?)

 屋敷の周囲には高い木々も並んでいて、その中に溶け込んだ姿はどこか童話的でもある。

 少なくとも、現代日本の住宅街にあるべき建物には見えないという点では「海の星」に近い。


 門扉は誘うように片側が軽く開いていた。来るのは知っているはずだが、とりあえず門柱に設置されていたインターフォンを押してみる。


 ――伊久磨、玄関開いてる。中で。


 由春の声が答えて、中途半端な指示で終わった。

(中で迷子にならないかな)

 門扉を押して石畳に踏み出す。

 知り合って数年経つが、実家訪問は初。ある程度は予想していたものの、予想以上だった。

 迫りくる建物を、山を仰ぐように改めて見上げてみた。


(和嘉那さん、山奥に「和かな」の工房を構えてあばら家に住んでいたけど、この家で育ってよく住めたよな……。結婚前にこの家にきた湛さんは、どう思ったんだろう。ていうか、岩清水さん、育ち良さそうだと思っていたけど、これか……)

 オリオンがいきなり押しかけてきても、ホームステイくらいわけないのはよくわかった。

 遠くで、ピアノの音が鳴っている。曲の途中で、ミスタッチが続いて音が途絶える。あまりうまくはないようだ。

 ピアノ教室の生徒さんだろうか。


 耳を澄ませて聞きながら、玄関に向かって歩き出した。


 * * *


 ――由春がね、お店に行くのはだめっていつも言うから。だけど、休みの日に私のお友達にサービスしてって言うのもさすがに悪いかなって思って。それで考えたんだけど、仕事の依頼にしたら受けてくれるかしら。



 岩清水家からのケータリング依頼。

 受けないわけにはいかない、の意味を理解した由春は、その場で即断して宣言した。


「その日俺、休みにする。家で料理するだけだし」

 休み。新鮮な響きだった。

「ドイツ足止め事件を除けば、オープン以来初めてですね、シェフが休むの」

 蜷川伊久磨が感心して言うと、「これで休んだことないのお前だけになったな」と由春がぼそり。

「そうかも」

(たしかに、佐々木さんはともかく、これまで男三人風邪もひかないでよくやってきたよな)

 納得しつつ伊久磨が記憶をさらっていると、さりげなく言い添えられる。


「そのうち、定休日の前後に半休入れるとか、休日入れて連休にするシフト組んでいいんだぞ。週休一日だとさすがに時間がないだろ」

 思わず、まじまじと顔を見返してしまった。

(遠距離恋愛の心配されてる……)

 確かに、週休一日で長期休みもないのでは、会う時間もろくに作れない。年末年始に恋人らしく過ごせたのは、たまたま店が休みだっただけなのだ。

 藤崎エレナの成長次第で、まとめて連休を取って東京のブライダル関係のスクールに行きたい、という話はすでに由春にもしていた。賛成は得られていたものの、それも遊びに行くわけではない。


「ありがたいことに、会社が軌道に乗ってしまいましたからね。予約数一件もない日があったら臨時休業でも良いと思うんですけど、なかなか」

「少人数のスタッフでやっている美容院とかだと、隔週で週休二日にしているところもあるよな。うちもできないわけじゃないんだが」

 真剣に検討し始めた由春に「スタッフだけじゃなくて、シェフが休みというのも良いと思います。今は特に、せっかく西條シェフがいますから」と声をかけて、先を促す。


「シェフの家のホームパーティーなら、岩清水さんは使い慣れたキッチンなわけですし、ここで何か作って持って行くより、現場で全部作った方が楽ですよね。ただ、せっかくのケータリング経験ですし、当日のサービスには藤崎さんが入るのが良いと思います。シェフがついていれば心配ないですし」

「そうだな……」


 そこで話が終わったのだが、翌朝由春から提案されることになった。

 ちょうどその翌日が定休日。「予定がなければ、予行を兼ねて全員俺の家に来ないか」と。


 ケータリングでエレナがサービスに入るならば、現場を見ていた方が当日動きやすいと考えたらしい。だが、エレナだけを家に誘うより、いっそ全員集まって新年会をするぞ、と思いついたようだった。

(佐々木さんと……、あんまりゆっくり話す機会がなかった、って言ったことも、気にしていたのかな)

 それとなく、全員で集まる機会があれば良いのに、とは由春に言っていたが。

 それがまさか「俺の家に来い」になるとは。


 ――ハルには前に僕の家のホームパーティーを取り仕切ってもらったことあるんだけど、ゲストには好評だったよ。


 と、オリオンがにこにこと言っていた。

 岩清水家では「やったー!! たくさん呼べるだけ呼んじゃおう!!」と母上が乗り気ということで、当然のように水沢夫妻には声がかかったらしい。それから、聖とエレナが世話になっている椿香織。「社労士の星名先生はもともと親父の紹介だし、声かけたら来るかも」と由春もついでに何人か声をかけるようだった。

 

 料理は由春と聖とオリオンで担当するということ。休日だから気にするなとは言われているが、伊久磨もサービスに入る心づもりで来ている。身重の心愛が気を回して働き出しても困るから。


 かくして、夕方スタートのパーティーに備えて、早めに現地入りすることにした。

 飲み物はワインセラーから適当に見繕っていいと言われて、(ワインセラー?)と思っていたが屋敷の外観を見た時点で何もかも深く納得してしまっていた。


(勉強させてもらおう……。色々ありそう)


 玄関に入ったところで、いきなり螺旋階段があっても真っ赤な絨毯敷かれた廊下があっても驚かない。

 そう思いながら、岩清水家のドアを開けた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 何だか由春さんのルーツがいろいろわかった気がするw そしてまさかの全員集合ですかあ!w これは荒れる( ˘ω˘ )(確信)
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