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ステラマリスが聞こえる  作者: 有沢真尋
20 リング
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エンゲージ

「時間、中途半端ですけど、お腹空いてます? 何か食べますか」

「うん。伊久磨くんはどっか行きたいお店とかあるよね。こう、勉強になりそうな……」

 せっかく東京来たんだし、と静香が促すと伊久磨は軽く噴き出した。


「それも考えないではなかったですけど、行きたいお店は当日予約は結構難しいんですよね。あと、勉強しようと思うと、せっかく静香と居ても上の空になりそうで。今日はそんなに詰め込まないでいいかなって思っています。軽く食べるならドトールとか。簡単に済ませましょう。夜もどこか適当で良いです」

 話しながら、特に迷うそぶりもなく、雑踏を進んでいく。

(あれ、もしかして東京慣れている?)

 自分がリードして案内しないと、と意気込んでいたので、やや肩透かし感がある。それこそ、有名レストラン、話題のお店など、行きたい所がたくさんあるかと覚悟していたので。

 しかし伊久磨は宣言通り、信号待ちしている間に道向こうに看板を見つけたようで「あ、無印のカフェもいいな。静香は?」とのどかな様子で聞いて来た。


「そういう、チェーン店でもいいんだ……」

「静香が良ければ。俺は夜食べられるように本当に軽くて良いんですよね。あと、食事以外にも行きたいお店があって」

 信号が青になると、「行きましょう」と静香の手を取って歩き出す。

 あまりにも普通の休日デートのように。


(そっか。たしかに、伊久磨くんが東京来るたびに「今度はどのお店に行く?」ってイベント詰め込んだら、自分もしんどいか)

 静香自身、まったく流行を気にしないわけではないし、行けば勉強になる面はあるものの、プライベートではそれほど頑張って話題の店に行きたいわけではない。

 仕事先のレストランでさえ、一緒に行く相手がいるわけでもないので、「お客様」として利用することは稀だ。もし伊久磨の気になるお店があるなら空きを聞くつもりではいたが、なまじ顔見知りだけに、ただ食事するだけでも予約時間や差し入れなどは気を遣う。伊久磨が東京に来る度に毎回だと、疲れそうだ。

 気づいて、急にほっとしながら手を握り返す。少し遅れて、広い背中を見上げる。

 その向こうに、ビル群と、鈍色の空。遠く、故郷と繋がる空。

 再び、風に靡く柔らかい黒髪に目を向けた。


 先回りされている。気を遣い過ぎて駄目にならないように、安心して付き合っていけるように。


 年下なんだけどなぁ、と胸の裡で呟いたのは憎まれ口の一種。

 追いついて、横から見上げる。

 唇に笑みを湛えた伊久磨に、優し気な視線を向けられた。

 言葉にならず、思わず腕にしがみつく。

「何食べよっかな」

 照れ隠しみたいなこと、言いながら。


 * * *


「仕事中もつけられるような、すごくシンプルなものがいいんですよね。二人ともかなり『手』を使うので、ひっかったりするものは困るんです」

 黒いスーツ姿の女性に接客を受けながら、スラスラと希望を言う伊久磨を、静香はぼんやりと見てしまっていた。

 ショーケースからいくつか見本を出してもらいながら、伊久磨が「どう?」と静香に目を向けてくる。


「え、ええと。はいっ。う~んと……迷うかな」

 ずらずらと並べられた光り輝くジュエリーを前に、静香はドキドキとしながら答えた。

 心の準備が出来ていなかったので、何が良いのかも全然わからない。

 そもそも、普段アクセサリーをほとんど付けていないので、ジュエリーショップなど縁がなく、馴染みのない店内に気圧されていた。

 それはおそらく伊久磨もだろうに、傍目にはかなり落ち着き払っているように見える。もともと来るつもりだったせいだろうか。


 ランチの最中に「好きなブランドある?」と何でもないことのように聞かれたのだ。

 

 ――クリスマスプレゼントはもらったし、誕生日にはちょっと早いかな。


 何か買うつもりなのかと咄嗟に遠慮した静香に対し、「指輪買いましょう。装飾性のないものなら俺も仕事中つけていても問題ないです」と。

(俺も?)

 きょとんとしたところで、とても圧の感じる笑顔で言われてしまったのだ。


 ――男避けです。左手の薬指にとは言いませんが。それと、静香も気にしていたでしょう、俺の周りのこと。つけておきますから。俺は左手でも構わないんですけど。


 さらっと。

 サラダをフォークでつつきながら言い終えて、レタスを口に運んでいた。


(……それはもう……プロポーズでは……?)


 静香はといえば完全に凝固してしまった。

 どのくらいの間固まっていたかは定かではないが、伊久磨から「スープさめてる」と言われて我に返ったくらいだ。

 ――ペアリング……?

 ――はい。好きなものを選んでください。この辺何軒かあるみたいなので、特に希望がなければ近いところから見ていきましょう。

 

 その流れで、本当に食後に店を回ることになったが、一軒目から静香でも聞いたことがあるような、結婚指輪が主力のお店だった。


「結婚指輪ですか、婚約指輪ですか」

 と店員に聞かれて「それはまた改めてと考えているんですけど」とにこやかにこたえる伊久磨。


 静香も、この期に及んでいつまでも慌てている場合ではないと腹をくくった。

 選んだのは、二軒目にて。

 透かし彫りのようなデザインに、一点だけごく小さな青い宝石の埋め込まれたもの。対になる伊久磨の指輪は、見た目は継ぎ目のないシンプルなもので、裏側に同じ宝石が埋め込まれている。

 そのまま付けて行きます、と購入。


 少し迷ったが、左手にすることにした。

 伊久磨は全然迷わず左手の薬指だった。

 静香の指輪のサイズを確認した伊久磨が「覚えておきます」と言うので「サイズ変わらないようにしないとね」と笑ってやり過ごした。


 即決したつもりだったが、店を出る頃には結構時間が過ぎていた。

 次回を見越して、店員が婚約指輪や結婚指輪についても「見るだけでも」と勧めてくるのを、一軒目から、素直に全部話を聞いていたせいだ。

 伊久磨は「もともと、引き出物とか、ウェディング関係のショップ見るつもりの予定だったみたいだし、良いんじゃないですか」としれっと言っていたが。


「昼間軽かったから、さすがにお腹が空きました。最近うちのシェフがイタリアンに凝ってるのでどうせならイタリアンがいいかな。バールみたいなお店。ワインの品ぞろえも見たいし」

 すでに夕暮れ時。

 手を繋いで、混雑した歩道を歩きながら。

 伊久磨は通りの店に目を向けつつそう言ったものの、すぐに「あ、すみません」と謝ってきた。


「仕事忘れるつもりだったんですが」

 少しだけばつの悪い顔。静香は繋いだ手に力を込めて笑った。

「いいよ。そのくらい。この辺、ちょっと裏に入ったところにいくつかあったはず。良さげな雰囲気のところあったら入ろう。あたしもちょっと飲みたいし」

「飲むの?」

 ふっと表情をゆるめた伊久磨に見下ろされる。少しね、と静香が答えると、伊久磨はにこりと微笑んだ。


「静香は、お酒が入ると、素直で口数が多くなるんですよね。そこが可愛いんですけど」

 あ、また可愛いって言い出した、と警戒しながら「そう?」と聞き返す。掌で転がされてなるものか。

 大通りを逸れて細道に入る。まだ仕事帰りのひとで混み合う少し前。

 人影もまばらな中、ふと立ち止まった伊久磨が、背中に手を回して静香を引き寄せ、耳元に唇を近づけて囁いてきた。

「わかりやすく言うと、従順で甘え上手なドMかな。あまり煽らないでくださいね」

 そのまま歩くように促される。


 考えて。

 考えた結果。

(このドS……!!)

 言葉もなく。

 顔が赤くなっているのを自覚しながら睨みつけると、心の底から嬉しそうな顔で言われてしまう。


「ホテル、もちろんツインでとってます。ダブルの方が良かったですか」

「そそそそ、そういう話はしていないんですけど。ええと?」

 あたしは東京に家があるから二人分の宿泊費をわざわざ負担して頂かなくても……と、噛みつきそうになったところで。


「こんなにそばに居るのに、別々の場所に帰らなくても良いですよね。それとも、一緒にいたいってはっきり言った方が良いですか」

 見透かしたように言われて、噛みつき損ねる。

 返事に悩み過ぎたあげくに「わかりました」とだけ答えた。


(別々の場所に帰らなくても……)


 伊久磨は、先のことを、考えているような気がする。静香以上に。

 それはもしかしたら。

 一緒の家に帰る生活をしたい。本当に言いたいのは、そういうことなのかと。


「あ、あそこのお店開いてますよ。まだ空いてる。メニュー出ているから見てみましょう」

 伊久磨は、手を繋ぎ直しながら、楽しそうに言って少し早足で歩き始めた。

 すぐ先に、こぢんまりとしたレストランが、誘うように温かな灯りをともしているのが見えた。


第20話「リング」はこれにて終了です!!





第19話のラストにあとがきを書き忘れましたが、更新スタイルを「エピソードごとに一括、集中更新」から「毎日更新」に変更しています。毎日できるかな? 突発的な何かに見舞われない限りマイペースにがんばります!!


さて今回の第20話は東京デート編でした。

最近はTwitterで感想頂くことも多くなっているのですが(ありがとうございます!!)伊久磨VS石橋さんの回は好評?で私もほっとしました( *´艸`)


彼女に近づく男がいたら「むしろ自分とフラグを立てる」年上男性キラーの伊久磨です!!

という冗談はさておき。


第1話めの「宇宙の花びら」から一貫して、彼は「ざまあしない」スタイルで、「敵を作るより味方ファンにしちゃう」ひとなのかなーと思っています。作戦というか、わりと天然だとは思いますが。特に今回、相手が静香の仕事関係なので「敵」に回して静香に何かあるといけないので、あくまで「味方」につけたのかなぁ、と。


いつもブクマや評価・感想ありがとうございます!!こんなに感想頂いていいのかな? ってくらい本当にありがとうございます。そのおかげでここまで書いてこれてます……!!

活動報告などをのぞいていただけると、リクエスト受付などもありますので、初めての方でもぜひ書き込んでください~。できる範囲でお応えします!!

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― 新着の感想 ―
[一言] 不意打ちの指輪はキュンとしますね(≧∇≦) 一緒に選べるのはテンション、あがります。 静香は伊久麿とのやりとりにあっぷあっぷで、嬉しいという気持ちより戸惑いの方が強いのかな? 性格なんで…
[一言] 伊久磨さん、いわゆる人たらしというやつですね。 ここまでくると魔性と言ってもいいような。 しかし、そんな事より、これまでの伊久磨さんって、静香さんに対しても、もっと距離を保っていたような気…
[一言] エンゲージイイイイイイ!!!!!! よし、これで婚約破棄ネタが出来るな!(←)
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