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ステラマリスが聞こえる  作者: 有沢真尋
17 初春
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前科から再犯へ

 ――私の彼、前科あるから。


 ランチ中、久しぶりに会った女友達にそんな打ち明け話をされて、パスタをフォークに巻き付けたまま凍り付いたことがある。

 それまでの会話の流れから浮いた告白に、静香は反応しそびれた。

「前科……か。えっと……何回くらい?」

 何をしたの? と、直接聞くことができず、一度遠まわしにうかがってみる。

「一回だけどね。でもさ、やる人は結局何回もやるって言うし。私が気付いていないだけで、本当はもっとあるのかも」

 フォークを宙で止めたまま、友人の顔をじっと見つめた。静香よりよほどきっちりメイクをした美人系で、目元に泣きぼくろがある。いささか薄幸そうな印象。


「別れないの? その……」

 何をした人なのかわからないけど、何回も犯罪しているかもなんて、大丈夫? 家に警察来ていない?

 言いたいことも言えないまま曖昧に言うと、友人はふわっと笑った。もはや薄幸微笑にしか見えない。


「別れない。少なくとも今は。一回は許すことにしたし」

(ええっ。許す許さないの話かな?)

 疑問に覚えて、控えめに尋ねてみる。

「罪、償ってる……? ちゃんと自首とかすすめた?」

 捕まって裁かれていなければ、友人がいくら許しても……。

 静香の危惧がよく伝わらなかったのか、友人は「自首?」と微笑みながら首を傾げて言った。


「本人的には償っているつもりみたいね。最近、仕事帰りによくコンビニスイーツ買って来る」

「それで許しちゃったらまずくない? 警察は?」

「警察?」

 さらにきょとんと聞き返される。


 二人でよくよく話し合ってみた結果、静香がおおいに勘違いをしていたことが判明した。

 前科とは、浮気のこと。二人の間でのルール違反を指してそう言っただけらしい。


「あー、なるほどなるほど。ごめん。理解した」

「なんか反応が変だと思っていた。さすがにガチの犯罪なら、コンビニスイーツで許している場合じゃないなー」

 静香の勘違いを友人は品よく笑って見逃した。

 その笑顔を見ながら(薄幸そうだなんて思ってごめん)と静香は心の中で詫びる。


 それから、「浮気か……」と自分なりに考えた。その時は自分が恋愛するつもりは毛頭なかったので、完全な妄想であったが。

 たとえ一回でも許さないんじゃないだろうか。どこまで何をしたかにもよるけど、現場をおさえた日には絶対許さないと思う。

 いささか潔癖の気を自覚しつつ、そんなことを思った。一方で、友人の寛容さにも感心していた。


 そのわずか三日後、「一回どころじゃなかった。再犯は許さん」と激怒した友人から彼氏と別れた報告を受けた。

 それはそうだ、と静香も力強く同意した。

 前科+再犯。許す余地なし。言い訳聞く時間すらもったいない。別れて正解。

 その思いの丈を伝え、友人と激しく理解しあった。浮気、絶対、許すな。


(前科+再犯……)


 わずか十日の間に、彼氏以外の男性との絡み現場を彼氏本人に二回目撃された女がここにいます。


 * * *


 夕方早々に仕事を切り上げ、聖を椿屋に送り届けた後、二人きりになった車内の空気はひらすら重かった。


(別れられる。これ絶対に別れ話がくる)

 静香はもはや助手席のドアにぴたりと身体をくっつけて空気の重みに耐えていた。

 喋らない。伊久磨がまったく喋らない。

 重たい。


 聖とじゃれていたわけではないのだが、何やら接近していた場面。

 まっっっっったく聖は言い訳しなかった。もはや面白がっているとしか思えないほどに滑らかに伊久磨に仕事の話を振り、静香を会話から締め出して、その件を闇に投げ込んでくれた。

 確・信・犯。

(雨降って地固まらないよ~~。まだまだ微妙な時期なのに十日で再犯だなんてあたしの信用がガタ落ちしただけですよ~~)

 そもそも雨どころか、運転席からブリザード吹いているし。車の窓開いてないのに。


「静香」

 重々しく名前を呼ばれて、静香は「はい」とひとまず返事をした。身体をドアに張り付けたまま。

 ちらり、と視線をくれた伊久磨は、そのまま少しの間沈黙していたが、やがてゆっくりと言った。


「好きな食べ物はなんですか。晩御飯はどうします」

「ばん……ごはん……!?」

 今すぐ下りろ、もしくは「家にお送りしますよ」と冷ややかに言われるのを覚悟していただけに、にわかには信じられない。

「お腹空いてないんですか」

「空いてます空いてます。和洋中なんでも好きです。嫌いなものはありません。ええと、どこで何を?」

 自分でもびっくりするほどの早口でまくしたててしまった。

 伊久磨に考える時間を与えまいとするかのように。


 しかし、言われた伊久磨はハンドルに手をかけ、じっとフロントガラスを見つめてからぼそりと言った。


「うちで。何か買って帰りましょう。簡単なものなら俺が作りますし。苦手がないなら、いま食べたいものは?」

「伊久磨くん、ごはん作るの!?」

 驚いて食いつくと、伊久磨には物言いたげな目を向けられる。

 その挙句、低い声で言われた。

「職場では作りません。プロがいるので。プライベートでは、アルコールに合わせて少し。作れるというほどではないですけど、作らないわけじゃないです。今日はどうせ店は開いていませんから、スーパーで適当に何か」


(……怒ってない? 帰れって言わない? というかこれは、スーパーで一緒にお買い物からの、おうちデートのお誘い!?)

 大晦日から元旦にかけて一緒に過ごしたときも、その翌日会ったときも、なんとなくコンビニやファーストフードで済ませていた。キッチンもあまりに片付いているので、てっきり伊久磨は家では何もしないのかと思っていたところだった。


「行きます行きます!! えっとなんだろう。伊久磨くんの得意ってワインなのかな。だったらワインに合う食べ物がいいな。バゲットとチーズと生ハムに、何か料理一品、二品って感じかなっ」

 逃してなるものかと勢い込んで言うと、伊久磨にはくすっと笑われた。


 あ、怒ってない。

 大丈夫だ。

 そもそも今回はタイミングが悪かったとはいえ、相手があの聖なのだし、何かあったと思う方がどうかしている。

 安心しきって胸をなでおろした静香に対し、車を発進させながら伊久磨が低い声で言った。


「西條シェフほどの料理はもちろん作れませんので、あまり期待しないでくださいね」

 お昼のペスカトーレ、美味しかったですよね、と付け加えながら。


 静香は「うわぁ」と声に出さず笑みを強張らせた。

 おそらくこれは特に「その件」に関しては許していない。それどころか根にもっている。

 遠距離になる前に、誤解は絶対に解かねば、と静香は改めて決意した。


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