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ステラマリスが聞こえる  作者: 有沢真尋
16 告白
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作戦会議

 第一回 伊久磨が何を言っているのかよくわからない件について考える作戦会議。


「あいつ、割と頻繁にいつも何言ってんのかわかんないよ。結構どうかしているから。俺の中では第一回どころじゃないんだけど」

 炬燵の天板には静香のスマホ。

 四方に、香織、静香、紘一郎、聖と時計回りに座って、作戦会議を始めてみたところで、香織が呆れ切った様子で口火を切った

 手の届く位置に座っていた静香は、思わばしっと香織の腕をはたく。


「どうかしているのは見逃してあげてよ。一生懸命真面目に生きているじゃない」

 ちらっと視線を静香に向けた香織は、うっすらとした笑みを唇に浮かべた。苦笑いだった。

「静香、大丈夫? 伊久磨に対してハードル下げ過ぎてない? 何言ってんのかわかんないときは『わかんない』って言わないと。たぶん、あいつ一生わかんないままの男だよ?」

 一生。

「……そんなに?」

 すれ違い期間長すぎない? という思いをこめて、静香は思わず聞き返す。

 香織は、重々しく頷いた。

「そんなに。じゃなきゃナチュラルにこんな難文送ってこないって。解読できてる?」

 解読。


 謎のメッセージ以来、続報は特にない。伊久磨としては、あの内容で用件が足りていると信じて疑っていないということだ。

 一方で、椿邸サイドでは、頭を突き合わせてはみたものの、誰ひとり解読できていなかった。

 何かにつけて自信満々な態度を崩さない聖でさえ、眉間に皺を寄せて渋面になったくらいだ。 


「蜷川が藤崎と意気投合して、会社を辞めることと移住を勧めて、『海の星』にスカウトしたことはわかった。で、遠距離恋愛が難しいは、どう絡むんだ?」

 聖は、画面が落ちたままの静香のスマホを睨みつけながら、もぞもぞと炬燵に潜り込みつつ、首を傾げて言う。

 遠距離恋愛。

 心臓に悪い言葉が飛び出して、「うわあああ」と静香は声を上げた。その拍子に、向かい合って座っていた聖の足を炬燵の中で思い切り蹴とばしてしまった。「いてぇな」と剣呑なまなざしを向けられるが、それどころではない。


「これ。これが伊久磨くんの本音なのかな。『遠距離恋愛が難しいから、移住を勧めて、責任もって就職も世話します』みたいな。え、なに、どういうこと!? やっぱり香織彼女といい感じになってるの!? それならなんであたしにこんな普通に報告してくんの!? 何考えてんの!?」

 矢継ぎ早に言うと、隣の香織から「静香、静香うるさい。やめて、うるさい」と嫌そうに遮られる。遮られても言い切ったが。

 終わるのを待って、香織は静香に視線を流しつつ諦念の滲んだ声で淡々と言った。


「普通に考えたら、これ、俺とエレナのことじゃないの。俺とエレナの遠恋がだめそうだから、いっそ移住を勧めた。仕事は『海の星』の線で話をすすめている、そういう内容だと思うんだけど。あいつ意外と手は早いみたいだけど、さすがに今日の今日で……。しかも俺の彼女だってわかってるんだから」

 言っているうちに、声が聞きとりづらくなっていく。香織自身、何か引っかかっている様子だ。

 手が早い。香織の彼女だとわかっていても。


 静香に至っては、沈痛な面持ちで俯いてしまう。

 静香自身は、「香織の彼女ではないこと」「交際相手がいないこと」は確認された上で「お付き合い」を提案されてはいるが、伊久磨の「手が早いこと」と「躊躇がないこと」は特に否定できない。

(あと、微妙に何を考えているのかよくわからない……)

 微妙に……?

 むしろ、全体的にでは?


「おい、そこ二人、何落ち込んでる。どうすんだこれ。蜷川本人に『何言ってんだ』って聞けばいいだけの話だろ。俺がメッセージ入れてやろうか。運転中か」

 そろってダメージを受けて沈み込んだ香織と静香に対し、聖がイライラした様子で言った。

 静香は顔を上げて聖のことは見たものの、「んん~~」と苦笑いを浮かべたまま小さく首を振ってしまう。


「仮に『遠距離恋愛は難しそう』が香織と香織彼女のことだとしても、自分はどうなんだっていう……」

 伊久磨との関係はまだ始まったばかり。仲が急速に深まったのはクリスマスからで一週間足らず。深い話はしたことがない、とはいえ。

 東京での仕事を辞めて実家に戻っては? なんて提案、静香自身は受けていない。まだそういう段階ではないのは重々承知しているが、それでも。

 初対面の香織彼女には言ってしまうのかと。

 しかも、移住ついでに自分の職場まで勧めて。

(もし香織彼女がOKしたら、二人は同僚ってことだよね。ただでさえ人数は少なくて、拘束時間長い職場で。香織よりもあたしよりも、そっちの組み合わせでいる時間が長いわけで……)


 「セロ弾きのゴーシュ」の梓によれば、香織と彼女は別れる秒読み段階なのだ。話を聞いていなかった伊久磨は知らないのかもしれないが。

 それなのに、移住と転職に乗り気になっている、とは。

(自分の彼氏に関してだから欲目はあるかもしれないけど……。香織彼女の狙いが、伊久磨くんに移ったってことはない? 伊久磨くんは『遠距離が難しい』香織と彼女のアシストのつもりかもしれないけど、香織彼女は普通に伊久磨くんに落ちていたりとか?)

 憶測ではあるが。

 もしその場合、今日明日でどうということはなくても、長時間一緒にいて何かと助け合う職場の同僚の方が、離れて暮らしている静香より絶対的に有利だ。将来的に、伊久磨もそちらになびくことはあり得るのではないだろうか。


 それを防ぐためには、香織に彼女をしっかり繋ぎ止めてもらうしかない。


 考えが、目から駄々洩れた。気付いたら香織の横顔をずっと見ていた。

 香織はといえば、絶対に静香を見るまいと決意しているかのように無視を決め込んでいたが。

 ついに根負けしたらしい。


「なんだよ。俺の顔に何かついてる? 見過ぎだよ」

 軽い口調に溜息をまぜて、静香の顔を覗き込んでくる。

(いつもの……、香織)

 視線が絡む。困ったようなまなざしと、微笑み。

 静香を見ないと自らに課していた禁を破ってしまった、その諦めに思わず笑ってしまった、という。

 雪解けのような一筋の温かさに、見ていた静香の胸まで熱くなる。


(香織と、話せている。大丈夫だ。話してくれる。良かった。ひとりで抱えるには重すぎるんだよ~~。お互いが「恋人」とうまくやっていくために、話し合おうよ)

 有耶無耶にしかけていた「あの朝」のこと。


「思うんだけど。本音を聞いてみたらいいんじゃないか」

 突然立ち上がった聖が、居間と隣室の間の襖をさっと開く。

 暗く、暖房も入っていなかったその部屋からは、冷たい空気が流れ込んでくる。

 構わず、聖は振り返ってきて言った。


「玄関の靴隠してくる。『そこまで買い出しに出ている』ってメッセージも入れておくから。で、こっちの部屋に全員で隠れるんだ。二人がどういう会話するか聞いてみようぜ」

 灯りも暖房もついているのが差し当たり居間だけなので、到着したら人を待ちがてら、二人はここに落ち着くはずだと。

 そのときに、どんな会話をするのか聞いてみようという提案だった。


「盗み聞き、ですよね?」

「問題ない。いま二人がどういう状態かは、二人に聞くより見た方が早いだろ」

 きっぱりはっきり言う聖であったが、双眸には明らかに悪戯っぽい輝きがある。


「寒そうなので、コートは着た方がいいでしょう。各自トイレも済ませておいた方が良いかな。聖、靴隠すなら早く」

 立ち上がった紘一郎がてきぱきと言う。

(常識人じゃなかった――!!)

 頼れる大人っぽいと思っていたのに。


 香織をちらりと見ると、目が合った。

 やらないよね、とアイコンタクトで聞いたつもりだったのに「ま、今を置いて他に機会はなさそうだ、仕方ない」と声に出して言い切られた。

「本当に……? 見つかったら怒られるよ?」

 わざわざ信頼関係を壊さなくても良くない? と思っているのに、香織はしれっとした調子で答える。


「驚かせるつもりだった、って言い逃れるよ。『そしたらお前らが会話始めて出られなくなった』って。深刻な話だったらね。そうじゃないなら普通に驚かして終わりにしようぜ。どっかにクラッカーとかあったはず」

 やる気だ。

(どうして)

 そう思いながらも、もはや動き出した計画にのせられて、静香も隣室に移動する運びとなる。


 暗がりで、四人。

 それなりに距離を置いて座っているので、軽く身動きしただけで誰かにぶつかることはない。

 ただ、「二人」ではないということにずいぶん気持ちが助けられていた。「あの朝」の件がまだ燻っている静香にとって、香織と二人きりで暗がりはきっと耐えられなかっただろう。

(それを言ったら、西條シェフと写真家さんがいないと、そもそもこんなことになっていないんだけど)

 大人四人で盗み聞きとは。


 一筋、襖と襖の間から光が漏れている中。


 遠くで車のエンジン音がした。

 やがて、玄関の引き戸を開けて二人が入って来る気配があった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 急にコメディーにwww これだからステラマリスは良い意味で油断出来ないwww >(常識人じゃなかった――!!) wwww
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