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9 もしかして、モテ期?

「わたしはそういうキャラじゃないから……」

 桜がどんよりと呟いている。ベッドの中だ。

「ブレたらダメ。視聴者が戸惑う」

 桜の頭の中に昨夜の視聴率記念パーティーのシーンが流れている。桜子は、結局、牧村以外の主要男性陣すべての頬にキスをする。だからサービス精神旺盛な女優(強引ではあるが……)、という皆の判断に落ち着いたのだが……。

 けれども桜にとっては桜子の最初のキスの相手が牧村だったことが問題なのだ。まさかとは思うが、森下桜子が牧村俊のことを好きだったらどうしよう。普通に考えて、わたしに勝ち目があろうはずがない。

 そこまでぼんやりと考え、桜は、まだ酒の残る冴えない頭でぐるりを見まわす。自分のアパートだ。それは間違いない。見慣れた調度品。クローゼットや机……。窓から漏れる朝の光……

 が、違和感もある。

 それは景色ではない。匂いだ。美味しそうなスープの匂い。バターの香りもする。

 もしかして天国にいるのかしら……。

 前後の脈絡なく、桜が思う。自分のアパートに食事が用意されているだけで、そこが天国だと判断するのは、かなり安い。けれども正直な桜の感覚でもある。桜はハーレムに暮らしたいとは思わない。孤独な王様など、桜の望みではないからだ。

(とりあえず、起きるか)

 と思い、桜が寝巻にガウンを引っかけ、恐る恐るダイニングキッチンへと向かう。その前、桜が身体を起こした際、何かがポロリとベッドの脇に落ちるが、桜は気づかない。

 ダイニングキッチンに見えたのは男の後ろ姿だ。見慣れた形ではない。が、知らない形でもない。桜は混乱したが、深呼吸をし、

(落ち着け、落ち着け)

 と自分を勇気づける。

 けれども桜が声をかける前に、彼女の気配に気づき、薫が振り返って言う。

「漸く、お目覚めですか、桜さん」

 どうやら天国でも夢でもないようだ。暫く絶句した後、諦めたように桜が薫に問う。

「逢坂くんが送ってくれたんだ」

「ええ、桜さんのアパートの場所を知ってるのが、おれだけだったので……。あっ、それから、おれの方も『薫』でいいですから……」

「わたし、パーティーで酔っぱらったんだ」

「ちょっと見には、そうは見えませんでしたけどね。ですが、帰りに一緒になったら、実際はベロベロでした」

「ごめんなさい」

「いいんですよ。これも何かの縁ですから……」

「言葉がない」

「じゃ、顔を洗って、食事にしましょう」

 薫に促されるまま、桜が顔を洗い、歯を磨き、テーブルに着く。薫が用意したテーブルには、コンソメスープ、バタートースト、法蓮草の湯がき等が並べられている。

「いただきます」

 と桜が御膳に手を合わせ、それらをゆっくりと口に運ぶ。

「美味しい……」

 薫が桜のために作ってくれた朝食は優しい味がする。だから桜は朝食を愉しんだが、急に思い出す。

「薫くん、マネージャーさんは……」

「パーティーの途中で、別のタレントに呼び出されて抜けました」

「そうだったんだ」

「……じゃなかったら、さすがに桜さんを家まで送れないでしょ」

「ああ、そうか。でも、わたしを送り届けたら、すぐに帰れば良かったのに……」

「桜さんの寝顔を見たら、簡単に去り難くなりました」

「そんなことを言って、わたしが薫くんに惚れたら、責任を取れるの……」

「でも桜さんが好きなのは牧村さんでしょ」

「あちゃーっ、寝言を言ったか」

「ええ……」

「お恥ずかしい」

「だから、少し心配で……」

「わたしが自殺でもすると思った」

「正直言えば、少しだけ……」

「ありがとう。心配してくれて……」

「どういたしまして……。だけど、まったく平気なようだから安心しました」

「薫くん。今だったら、わたし、落ちるかもしれないよ」

「えっ」

「あっ、興醒めた」

「だって、桜さん、言ってみただけでしょ。大丈夫ですよ。おれ、何もしていませんから……」

「そこは信じているけど……」

「桜さん……」

「はい」

「こんな時にナンですが、おれの方こそ、惚れてもいいですか」

「へっ」

「今は無理でも、心の隅に置いておいてくださいませんか」

「薫くん、いったい、どういう風の拭きまわし……」

「正直言えば、おれにもまったく訳がわかりません。だけど恋って、案外、そういう感覚から始まるんじゃないですか」

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