6 バッタリ、イケメン俳優と……
桜が、ふう、と溜息を吐く。仕事の区切りがついたのだ。時刻を確認すると午後十一時。遅くはないが、早くもない。そんな刻限……。
必要な資料等をを鞄に詰め、
「じゃ、帰るから……」
と仕事に精を出す事務所の仲間に告げる。
本日の居残り組は二人だ。主にノヴェライズを担当する夏川春奈と、映画のシナリオを描いている結城丈介。現在三十歳の春奈はある文学賞を受賞し、この世界に入る。が、良くある話でオリジナル・ストーリィがまったく売れない。それでノヴェライズ作家に転向するが、持ち前の文章読解力が生きたのか、一躍、売れっ子作家となる。映画のノヴェライズは元より、人気テレビ・ドラマも数多くこなす。だから収入も多い方だ。体形的には、ゆるふわ系なので、中年以上の男性にモテる。が、それで得た仕事が多いとはいえ、腕は確かだ。
一方、今年三十四歳になる丈介はクリエーターズ・ハイの中では高年齢に属す。が、まだ駆け出しだ。一度はメーカーに勤め、営業職に身を窶す。が、諦めずに毎年応募していたあるシナリオの賞で佳作を獲り、念願叶い、この道に進む。クリエーターズ・ハイ所属ののイラストレーター、黛映子の高校の先輩だったことが縁でクリエーターズ・ハイに入社。とりあえず、現時点で仕事はあるが、この数年間が正念場だろう。
春奈も丈介も桜に顔を向け、自然体で彼女を見送る。けれども、すぐ自分たちの仕事に戻る。その姿を確認し、桜がマンション六階に設えられた事務所を後にする。
桜が借りているアパートはクリエーターズ・ハイが置かれたマンションから徒歩で約三十分の距離にある。だから、雨の日以外は歩いて出かけるし、歩いて帰る。雨の日には電車で遠まわりだ。時には、それが創作のヒントにもなる。
都心ではない、のんびりとした夜の街……。見るでもなく辺りを見遣り、桜が季節の変化を愉しむ。夜にも花はあり、草も昼にはない色を見せる。
「あれっ」
桜が歩く方向に、見たことのある人物がいる。親しい知り合いとは言えないが、『出会わなくても良いですか?』の関係者だ。正確に言えば、主演役者の一人、逢坂薫。子供向け戦隊モノでデビューした今風のイケメン、二十五歳。
「あれっ」
薫も桜に気づいたようだ。が、桜の顔と職業が、すぐには結び付かないらしい。けれども、そのまま桜の方に歩み寄り、
「ええと、あっ、そうだ。脚本家の方ですよね」
と、不意に桜を思い出す。それに答え、桜が、
「藤本桜です」
と返答する。
「ああ、そうでした、そうでした。藤本先生でした」
今度は薫が応じる。それに桜が、
「ええと、逢坂さん……。その、先生という呼び名は止めてくださいませんか。そう呼ぶ方が楽なのはわかりますが……」
桜が、いつも口にする台詞を繰り返す。すると薫が素直にそれに従う。
「では、藤本さん、と、お呼びしますね」
「はい」
桜にしてみれば好印象だ。薫は性格もイケメンらしい。
「ええと、藤本さんは仕事帰りですか……」
「はい、そうですが……」
そこで桜は薫の目許がほんのりと赤いことに気づく。だから、
「逢坂さんの方は一杯やって来たみたいですね」
と続ける。
「友だちが経営している小さな居酒屋が、この近くにあるんですよ。そこで夕食を食べ、少し飲んで……」
「マネージャーさんはいないんだ」
「おれが友だちの店に寄るというので別れました」
「一日中べったりじゃないんですね」
「森下桜子さんの方は自宅用に借りているマンションまで、しっかりと送るそうです」
「若い女優さんは大変だな」
「おれもそう思いますよ」
「でも、あなただって人気者じゃない。それなのに、こんなところでフラフラしていていいのかな」
「おれが人気者なのは極一部でですよ」
「子供とお母さんたちが中心……」
「ええ。でも、そこで留まってはダメなんです。消えていった先輩たちも多いですから……」
「でも生き残った人たちも大勢いる。だから頑張って……」
「ありがとうございます」
「今度の話、当たるといいわね」
「おれ的には、絶対当たると思います。……っていうか、藤本さんのストーリィに、おれ自身が嵌っていて……」
「ありがとう。じゃ、それを記念して、今度から呼び名は、桜、でいいよ」
「ええっと、いきなりレベルを上げるんですか」
「『出会わなくても良いですか?』では大学生二年生の役だけど、実際の年齢は、わたしが一歳上なだけでしょ」
「ああ、そうなんですか。わかりました。では、桜さん」
「はい」
「お宅までお送りしますよ」




