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11 昔の約束

「何ですって……」

 矢本啓子の突然の告白に岡田森が仰天する。

「それは本当のことですか」

「遺品は岡田樹のモノに間違いないでしょう。だから、わたしはそう証言しました。ですが、あの遺体が岡田樹のモノであることに同意していません」

「しかし、あの態度では同意したとしか……」

「樹ちゃんが今も生きているのか、あるいは死んでいるのか、わたしにはわかりません。けれども誰かが樹ちゃんと間違えて他人を殺した可能性があるなら、わたしには樹ちゃんの身が危険に曝されるような証言はできません」

「ちょっと待ってください。岡田樹自身が自分の身代わりとして誰かを殺して逃げた、という可能性もあります」

「樹ちゃんは、そんなことをする人間ではありません」

「しかし……」

「少なくとも、わたしはそう信じています」


「あの女の死体は警察に見つかったのか」

 土佐島邸の奥深い別室で男が問う。それに部下が首を横振る。

「調べてはいますが、まだ詳しいことは判りません」

「土佐島豪遊の遺言は、結局、書き換えられなかった。しかし、あの女が死ねば遺産が渡らないことがはっきりとわかった。いたとして、女の配偶者、子供、親、親戚、如何なる関係者にも遺言は言及していない。土佐島豪遊の遺産を受け取ることができるのは、一族以外では、あの女一人だけだ。遺言には、あの女が死んだ場合も想定してあった。遺産の一部は教育基金に渡るが、税金対策だと思えば高くはない。また会社のイメージアップにも繋がる。……とすれば、余計なことはしなければ良かったわけだ。硫酸をかけて歯の治療痕を辿れなくするような。だが、警察も馬鹿ではない。いずれ死体を特定するだろう」


「改正原戸籍は戻したんだな」

「はい。派出所に戻しました」

「目立たないように行ったか」

「夜中に忍び込んだわけではありません。県の査察として、正式に派出所に入りました。だから職員は見ています。それに、これ以上早いスケジューリングも無理でした」

「二年もかかったんだぞ。他に方法がなかったのか」

「仮に泥棒の真似をして、万一、監視カメラに写れば会社が滅びます。しかし本物の監査員が監査に来たとなれば、会社と結びつくことは一切ありません」

「だが、一人は偽物だろう」

「信頼できる人物に依頼しました」

「本当に、大丈夫なんだろうな」

「どんな嘘も、いずれは露呈するものです。しかし、そのときには誰も何があったのか憶えていない」

「わたしもきみも墓の中か」

「あるいは地獄でしょうね」

「わたしはクリスチャンだよ」

「それでも地獄でしょう」

「まあ、そうなるか」


「そうですか。わざわざどうも……」

 土屋が派出所の事務員から連絡を置ける。岡田樹の改正原戸籍が見つかった、という連絡だ。事務員が土屋にした約束の一日後に改正原戸籍は見つからない。それで土屋は事務員に連絡を依頼したのだ。

「いったい、何処にあったんです」

「それが、あるべきフォルダの中でした」

「しかし、あのときは……」

「ええ、わたしたち全員も狐につままれた気分ですよ」


「まるで、お門違いだ」

 見上げたビルの大きさに岡田森が身震いする。矢本啓子の紹介状がなかったら、とても中には入れないだろう、警備員に門前払いだ。が、美人揃いの受付嬢の一人に紹介状を渡すと、すぐに臨時のIDカードを手渡される。

「エレベーターに乗り、十五階で降り、左です」

「ありがとう」

「どういたしまして……」

 警備員に会釈し、電車の改札を思わせる機会にIDカードをかざし、ビルの奥に入る。誰も岡田森を見はしない。窮屈な気持ちでエレベーターに乗り、受付嬢に言われた十階で降り、左へ進む。そこには警備員ではなく、二名の警官がいる。代議士の事務所なのだから当然か。

「矢本啓子の用で伺いました」

 部屋の外に現れた秘書らしき男に森が要件を告げる。暫く待たされ、森が部屋の中に案内される。更に奥の部屋に移動させられると黒ずんだ老人がいる。

「きみは下がってくれ」

 老人が命じ、秘書が去る。部屋の中にいるのは老政治家と森だけだ。

「何を知りたい」

 老政治家が森に問う。

「矢本の婆さんには教えない約束だったが……」

「例のスキャンダルがあったとき、岡田樹を誰に委ねたのですか」

「きみは矢本の婆さんとどういう関係だ」

「正直言えば無関係です。ただし、岡田樹とは関係があります。樹は、ぼくの弟です」

「そうか。……で、それ以上のことを聞かされた、か」

「いえ。行けばわかる、とだけ言われました」

「なるほど、婆さんはあくまで約束を守る気だな。わかったよ。一週間後にまた来なさい。すべて調べておく」


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