2 えっ、まさかの恋人?
「牧村さん、本当に格好いいなあ。お付き合いしたいなあ」
meatという名の通常ではありえないショットバーのカウンター席で桜が呟く。彼女が嗜んでいるのはフローズン・ダイキリだ。かの大作家、ヘミングウェイが好んだという。
ドライマティーニを舐めながら、桜の呟きを聞いているのは、牧村組スクリプター、荻野原寿実だ。今回のラブ・コメディー『出会わなくても良いですか?』の第一話から第三話まで、及び最終話を含む第十話から第十二話までを担当している。彼女はフリーではなく、制作プロダクションに所属している。が、そこが大手ではないので実質はフリーに近い。
一方の桜もフリーではないが、彼女の事務所は知り合いの作家、イラストレータ、及びシナリオライターなどが集まり、税金対策で会社組織に仕立て上げたものだ。よって桜も立場は、ほぼフリーといえる。
すなわち彼女たち二人は所属会社から仕事を与えられないのだ。実際には社員の知り合いの伝手で仕事を得ることも多いが、自らの売り込みにより仕事を得る。
「だったら、さっさと告れば……。黙っていたって想いは伝わらないから……」
桜を見ずに寿実が言う。
『出会わなくても良いですか?』第一話で久し振りに顔を合わせたこともあり、互いに手の空く三日後に、meatで一杯やろう、と提案したのは彼女だ。
「そんなこと言ったって、振られたら気不味いでしょ。この先だって、ドラマで一緒になることが多いかもしれないのに……」
「桜ちゃんの場合は、牧村さんと一緒の現場で働くことはないでしょ。牧村さんは演出家で、桜ちゃんはシナリオライターなんだから……」
寿実と桜の女子会に、スケジューラーの根岸佳苗も参加する。彼女が嗜んでいるのはスクリュー・ドライバーだ。
あと一人、録音部の女子も参加予定だったが、仕事でドタキャンとなる。牧村組ではないが、一部カットの撮り直しが入ったらしい。現場仕事は大変だ。
「それはそうなんですけどね」
と桜。
「だけど最初の打ち合わせでは顔を合わすし、たとえ牧村さんが黙っていてくれても、この職場でしょ、噂が広まるじゃないですか」
「噂に負けてどうすんのさ。……って、端から振られる前提」
「だって牧村さん、モテそうだから……」
「そりゃ、モレるでしょうよ。甘いヴォイスだし、顔だって悪くないし……」
寿実が指摘すると、
「でも丸顔だからな」
佳苗が自分の好みを主唱する。
「あたしは長い顔が好きだから……」
「そんな、佳苗さんの趣味を言われても……」
「照明部の八幡くんは顔が長いですよ」
不意に思い出し、桜が言うと、
「ダメダメ、あの子は長過ぎ。主演の逢坂薫くんくらいがちょうどいい」
更に好みを主張する。
「戦隊モノ上がりのイケメンですからね」
と桜。
「佳苗さん、狙ってますか」
寿実が問うと佳苗は右手を左右にひらひらと振りながら、
「ないない、って……。まあ、彼が年上好みなら考えるけど……」
「考えるんですか」
「逞しいですね」
年下二人の言葉に佳苗がニヤリとする。
「そういえば、今回のドラマへの抜擢は運動神経抜群なところだったんですよ」
と桜。
「ああ、それで戦隊モノから……。ところでさ、桜ちゃんのシナリオ、第六話まで読んだけど、走ったり、跳んだり、潜ったり……運動してばっかりだよね」
「済みません。他に何も思い浮かばなくて……」
「いや、いいんじゃない。二ヶ月後のオンエアが愉しみだ」
「ありがとうございます」
「そういえば、女の子の方も運動神経が良いんだってね」
「フォーリン・スターズの森下桜子でしょ。元陸上選手で高校の頃は百メートル走で全国大会にも出たらしい。……って、桜と名前、被るね」
「いや、被っても……。同じ運動部でも、わたしはバスケットボールだし……。足は速いけど」
「……じゃなきゃ、思いつかないでしょ。あんなドラマの発想。第一話、一時間、走りっぱなしだよ。山浦くんの言葉じゃないけど、かなり斬新……」
「しかも第一話は、どちらかが何かで立ち止まって、相手が目の前を通り過ぎて行く……っていうパターンの繰り返しだしね」
「それは、この先の展開も考えて……。ここはちょっと、『この脚本家、馬鹿じゃない』と視聴者に思わせる作戦で……」
「そういえば、明日は走ってないシーンの纏め撮りだよ。家族とか、友だちとかが絡む……。だから出演者が多いんだ」
「じゃ、根岸さん、スケジューラーは大変ですね」
と桜。
「あたしは映画で、もっと大所帯も経験済みだから問題ない。経験が浅いスクリプターの寿実ちゃん方が大変じゃない」
「ええ、それはまあ大変なのは事実ですけど、牧村さんのコンテはわかり易い上に、撮る順番に並べたものまで作ってくれますから……」
「カットの取り忘れで残業したくない派なんじゃないの。まあでも、その部分をスクリプターに丸投げする演出家もいるからね」
佳苗がそう言ったととき、meatに新たな客が入って来る。見る気もなしに、その姿を確認した桜が仰天する。客の一人が牧村俊だったからだ。が、桜の驚きは、それに留まらない。牧村と一緒に店に入って来たもう一人の客が女性で、しかも美人だったからだ、身体つきも細く、まるでモデルのように見える。
寿実と佳苗もすぐに牧村の存在に気づき、一瞬、声をかけようとするが、すぐに『お邪魔虫』と判断したのか、静かになる。
「あたし、牧村さんが女連れている姿、初めて見たわ」
暫く息を詰めたのち、佳苗が小声で発言する。すると、
「同じです」
と、すぐに寿実が同意する。
が、彼女たち二人は牧村に恋をしているわけではないので他人事だ。一方、桜の心は複雑に揺れる。
告る前に振られてしまったかもしれないわけだから……。
「牧村さん、昔、ゲイの噂もありましたよね」
「いやいやいや、あれはゲイじゃないよ」
「佳苗さんにわかるんですか?」
「昔、二丁目に通っていた経験からすればね。……って、桜ちゃん、固まってる」
佳苗が動きを止め、息までも止めたような桜を見て言う。
「あれ、本当だ」
寿実も気づく。
「わたし、前から疑っていたんですけど、彼女の恋に対する態度、処女っぽいとは思いませんか」
「いや、非処女でも、こういう反応をする娘は結構多いよ。毎回、リセットされるみたいだね」
牧村は連れの女性と奥のテーブル席に腰掛ける。すぐに若い男性店員がオーダーを取りに行く。するとメニューを見ずに牧村が店員にカクテルを注文し、ついで女性にオーダーを促す。と、女性の方もメニューを見ずに店員に何かを注文する。
その一連の息の合った流れが二人の仲の良さを想像させる。だから、チラチラと後ろを振り返る桜は気が気ではない。
「ホラ、桜。まだ牧村さんの恋人と決まったわけじゃないから……」
桜を気遣い、寿実が言うと、
「そうそう、妹とか、親戚とか、ベタな展開もあり得るから……。」
佳苗も桜を元気づける。




