12 デートの誘いは唐突に……
「愛している」
「きみが好きだ」
「ずっと一緒にいたい」
『出会わなくても良いですか?』の非主人公たちの最終回の台詞だ。
この異常なドラマはヒーロとヒロインが出会わない分、それ以外の登場人物、例えば主人公二人の友人、親、従妹弟、先生、後輩、犬、猫、金魚、等が矢鱈と出遭い、結ばれる。回が進むに連れ、視聴者の興味は勢い、主人公たちが最終回まで擦れ違うのか、それとも、さすがに出逢うのか、に集約される。
因みにドラマの主人公、如月景と来栖茜が擦れ違うのは、放送回順に、1・道(名所近傍)、2・プール、3・定食屋(複数軒)、4・渓谷(吊り橋)、5・美術館、6・川(源流)、7・キャンプ場、8・デパート、9・山(都市近郊)、10・商店街(景の田舎)、11・プラネタリウム、12・トンネル(開通前)だ。
最終回は、それまでの追想シーンがメインで、それぞれのキーワードとなる場所で非主人公たちの告白/成就シーンが連続する。最初は単なる纏めのシーンとも思えるが、徐々に、その意図が明らかとなる。
それまでのすべての回で如月景と来栖茜は出遭わない。が、その痕跡は得て(見て)いたのだ。例えば、指先、足許、ジャケット、スカート、ペンダント、リング、リュックサック、筆記用具、等々といった具合に……。
最終回では、工事中の暗いトンネルの中で景と茜が擦れ違う。それそれ別の出入口から数人の仲間たちと共にトンネル内に入り、相手の集団を認識しつつも、関わることなく擦れ違うのだ。
が、そこで初めて、景と茜は互いの顔を認め合う。それぞれの集団の懐中電灯が照らした瞬間の光の交錯だが、恋に時間はいらないのだ。
ついで時が止まり、そこでエンドロール。
「結局、出会わずに終わったね」
RBSテレビの食堂で桜を見つけ、幸助が言う。
「いや、出会ってるでしょ。一応……」
桜の傍らで寿実が幸助に反論する。
「スペシャル版もアリかな」
「話はあったけど、まだ動いてないみたい」
桜が答えると、
「最後まで視聴率をキープしたのにかよ」
と寿実が残念がる。
「逢坂くんとのスクープもあったのにさ」
確かに、あれで視聴率を維持できたのも事実だろう、桜は思う。ドラマの設定が単純だけに、景色が変わっても内容に変化をつけ難く、見越して去った視聴者も少なからずいたはずだからだ。それをスキャンダル(……というほどの内容でもなかったが)が、助けてたのだ。
「結構、噂、尾を引いたからね」
「わたしでさえ、いろんなところで揶揄われたから、薫くんは大変だった、と思うな」
「他人事だね」
「過ぎれば、他人事だよ。何だって……」
「本当は何かあったりして……」
「だったら、こんなに落ち着いていない」
それに桜は前回のスキャンダルのときほど振りまわされはしなかったのだ。前のときは相手が同姓だっただけに一大事となる。あれ以来、ドラマの主演女優、和住千鶴とは会っていない。テレビ局の廊下で擦れ違うことはあったにしても……。
あの件は、千鶴の所属事務所移転に対する元事務所の嫌がらせに桜が巻き込まれた形だ。
だから桜に落度はないが、まだ新人だったため、週刊誌記者に無防備だったのも事実だ。それに比べれば、今回の記事はスキャンダルではない。まあ、薫の機転には助けられたが……。
あの夜、泥酔した桜をアパートまで送った後、薫は部屋の照明を落としていない。その代わり、仮眠用に自分がいつも持ち歩いていたアイマスクを桜にかける。泥酔している間、桜はそれに気づかなかったが、朝、酔いが醒めると違和感を感じ、無意識のうちに剥ぎ取ってしまったようだ。後にベッド脇で発見し、ああそうだったのか、と思い至る。
あの夜、薫は単に用心深かったのか。それともパパラッチの存在を無意識に感じていたのだろうか。あるいは事務所の先輩に聞かされたアドバイスに従っただけのことか。
内海マネージャーと共に桜のアパートを訪れた夜以来、薫からの連絡はない。『出会わなくても良いですか?』最終回後の打ち上げパーティー(牧村組はクランクアップ後、出演俳優への花束贈呈儀式を既に行っていたが……)の際に顔を合わせたものの、通り一遍の会話しかしていない。桜は薫のことを恋愛対象として認識していない。だから、その関係性で困ることはない。が、一抹の寂しさを感じるのも事実だ。
師匠の朝倉カメラマンにスマートフォンで呼び出され、弟子の山浦幸助がその場を去る。 すると入れ代わるように、
「ああ、桜さん、いいところにいた……」
背後から美声を浴びせられ、桜が驚く。ついで条件反射をする犬のように振り返ると牧村がいる。すると、今まで桜の頭の中にあった薫の姿がスッと縮む。が、消えはしない。まさか、それは……。
「牧村さん、何でしょうか」
声を裏返らせて桜が問うと、
「時間があったら、今晩、ご一緒しませんか……」
桜が己の耳を疑うような言葉が牧村から発せられる。
「ええと、時間はあると思いますが……」
「では後で、スマートフォンに連絡します」
桜には見えない位置に誰かいるのか、牧村は桜に一礼すると、その場を去る。
「桜、ホラ、桜、桜、しっかりして……」
牧村が去って一瞬後、コチコチに固まってしまった桜を寿実が揺さぶっている。
「良かったね。牧村さんから誘われて……」
第一章「『出会わなくても良いですか?』終