エピソード4(リンボダンス)
「辺獄舞踊だ!!」
勇者はその声に驚き、目を開くと目の前にダンサーが立っていた。
「ダンサー......様......?」
「この炎、辺獄舞踊の好機と見た」
ダンサーはごん助が飛ばした炎の塊を、勇者の方を見ながら片手で止めていた。
「邪魔しないでっ!!」
ごん助が咆哮のような声量でダンサーへ威嚇する。しかし、ダンサーは勇者を見ながら話を続けた。
「さあ勇者よ!時は満ちた。今こそ辺獄舞踊の時ぞ!」
すると大臣から貰った古代遺物【ラッズィカッセイ】が、がたがたと動き出した。ダンサーは【ラッズィカッセイ】に向けて手を翳すと、音が鳴り始めた。その音は太鼓をベースとした、小気味良い律動であり、それに合わせてダンサーの体も一定の速度で動いていた。
「こ、これは!」
ずんずんずんずん___
「ほう、これは良いものだ。体が、私の身体の全てが、この音、いや、音楽を待っていたのが分かる。見よ!この大胸筋を!見よ!この大腿筋を!見よ!この大臀筋を!」
大臀筋を見せる際に腰蓑をめくっていた。
「おえ’’ぇぇえぇぇぇぇぇ」
ごん助が粘度の高そうな炎を自分の足元に吐き散らしていた。
「ダンサー様!私もお供します!」
僧侶が膝を高く上げ、腕を思い切り振りながら走って近づいてくる。身振りからは考えられないほど足が遅い。そのまま「たったったったった」と勇者とダンサーがいる目の前まで走ってきた。
「僧侶よ!経典の第一節を思い出すのだ!」
「はい!ダンサー様!」
ダンサーはそう言うと召喚魔法を唱えだした。
「イッヒリヤータ・ギュッダン・スィキヤアックィ 深淵にて燻る原初の炎をその身に注ぎ、灰の王となるまで踊り狂え。其に奉げるは炎帝の精霊王」
そこに現れたのは全身が炎に包まれた身の丈30尺はありそうな巨人。手には白光する棒を持っていて、近くの地面がそのあまりの熱量からか溶け出していた。
「こ、これは......イフリート」
「ほう勇者、しっかり勉強しているのだな。ただこいつは普通のイフリートではない。お前らも知る新生古代精霊ではなく故古代精霊なのだ。名をイッヒリヤータと言う」
「イッヒリヤータ......」
確かに、古代の生物図鑑で見たイフリートは赤い炎に部分部分が覆われ角の生えた悪魔のような姿だったと勇者は思い出す。しかし今目の前に顕現しているのは、身体全体が炎に包まれ魔王と紹介されても信じてしまう程に禍々しい者だった。
「さて、イッヒリヤータよ。私の前にその棒を」
イッヒリヤータは持っていた発光する棒をダンサーの前に構え、一寸の狂いもないと思えるほど地面と水平にした。
「もっと低くだ!もっと!もっとだ!」
ダンサーの指示通りに、地面から2尺くらいの高さに構えられた。次第に地面が赤くなっていき、溶岩となって煮えたぎり始めた。
「さあ勇者。1番手はお前に譲ろう」
「え、え?」
勇者は不意に呼ばれ、何をするかも分からないためダンサーの顔を見返した。その顔はまるで本当は自分が1番がいいが今回は譲るとでも言いたげな、慈悲に満ちた顔をしていた。
「何を......するので.......しょうか......?」
「見れば分かろう。潜るのだ」
「溶岩に潜るの間違いでは!?」
「ダンサー様、俺に行かせてくれませんか!?」
そこに現れたのは先ほど燃え尽きたかと思われていた格闘家だった。
「格闘家様!生きていらしたんですね!」
「これでも不死鳥と言われ恐れられていたからな」
「敵に経験地配ってただけじゃない」
「そ、僧侶!?聞き捨てならんぞ!半分はお前の招い......」
そう言い切る前に格闘家の顔の横を氷の刃が横切った。
「なにか?」
「いえ、今までもこれからも俺の不注意です」
「よろしい」
勇者も恐怖した。僧侶のこれは脅しだ。怒らせるとこうなるのか。そう悟った勇者だが、言いなりになるのも違うと思った。
「僧侶様!いえ、僧侶ちゃん!!駄目な事は駄目なんだよ!格闘家様に謝りなさい!」
「な、なによ!10代半ばの子供のくせに生意気よ!」
「年なんて関係無いよ!さっきみたいな格闘家様への行為や、ごん助の炎を弾いてみんなに飛ばしたりしたら危ないでしょ!」
「ごん助って呼ぶな!」
「勇者!あんた何様よ!」
「聞け!ごん助って呼ぶな......」
みんなが忘れていたごん助がうるさかったのか、僧侶が突然杖をごん助に向けた。その瞬間ごん助は荒ぶる竜の姿勢のまま、動かなくなった。
「これは......何をしたの?」
「ちょっとごん助の周りの時間を止めただけよ」
「これが出来るならなんで最初からしなかったのよ!」
「あんたの苦しむ所を見たかったからに決まってるでしょ。そんなことはどうでもいいから、早くダンサー様に言われた通りにしなさいな」
「無理!これは流石に死んじゃう!」
灼熱に燃え滾った地面と棒を見て勇者は絶対に無理だと訴えるが、格闘家が急に手を上げた。
「やはり俺が!」
何故か呼応するようにダンサーも手を上げ始めた。
「ふむ、ならば私が!」
何だこの流れは、みんなこれが怖くないのか。勇者は恐る恐る僧侶にも目を向けた。そこには満面の笑顔で手を上げている僧侶がいた。
「お、僧侶よ。お前もやるか」
「はい!ダンサー様!私も潜りたいです!」
僧侶がそう言い終ると、3人が勇者の方に無言で顔を向けてきた。
「.....」
勇者は無言の同調圧力に屈しなかった。
「むぅ。仕方ない。ならば順番だ!格闘家!お前から行け!」
「御意!」
そう言うと、格闘家はがしゃんがしゃんと重い鎧で煮えたぎる溶岩の目の前まで行き、何の躊躇も無く飛び込んだ。足元からどんどんと沈んで行くが、溶岩の中を前へ前へと棒の方へ歩んでいく。
「ぁぁああ あづ、あづうい”い”い”い”い”」
「がんばるのだ格闘家!」
勇者はこの光景が信じられなかった。
「すぐ上がって!格闘家様!死んじゃう!」
「勇者殿お”お”お”......あ”あ”あ”あ”.......大丈夫だぁぁ......はぁはぁ......、見でい”ろ”......あ”あ”あ”あ”.......」
「なんて酷い、ダンサー様!助けてあげてください!」
しかしダンサーは腕を組み、うんうんと頷きながら眺めていた。
「なんで、なんで!やっぱみんなおかしい!」
そう言って何も出来ない勇者は格闘家が棒の付近まで歩いて行くのを見ているしかなかった。棒の目の前に着く頃には既に腰まで沈んでおり、格闘家がその棒を潜ろうと前かがみになる。すると顔が溶岩に浸かってしまい案の定、潜る形となった。数秒して溶岩から手だけが垂直に上がってきたが、拳を作り親指だけ立てた状態で再び沈んでいった。
「格闘家......様......」
勇者は膝を付き崩れ落ちた。伝説の英雄であるはずの格闘家がまさか【戦死】してしまうなんて。そう思ったが疑問がすぐに浮かんだ。
「戦死......?」
「ああ、立派だったな。しかし、辺獄舞踊は正典では後ろに仰け反り潜るものとあったはず。間違っている方法では効果を発揮しない」
「では次は私が行きますね!」
「うむ!励めよ!」
「はい!」
そう言い僧侶は自分の頭上で杖を回し始めた。すると僧侶に光の粒が降り注ぎ、次第に僧侶の身体に白い防護壁のような膜が出来ていた。
「後ろに仰け反ってですね!んー、こうですかね?」
僧侶は溶岩に背を向けて背中から溶岩に倒れこんだ。身体は溶岩に沈みかけるが、腕を回転させ推進力とし、背泳ぎの形でそのまま棒へ向かっていった。しかし、棒まで来ると腕が棒に当った。
「うぎゃあ!」
そう言って僧侶もそのまま沈んでいった。
「僧侶様まで......まだ魔王軍とすら会っていないのに!!ダンサー様!もう止めましょう!流石に馬鹿すぎますよ!」
「そうだな、ならば勇者。お前も行け」
「嫌です!無理です!」
「むぅー、何故だ勇者よ」
「死んじゃいます!絶対死にます!死にたくなーい!死にたくなーーーい!」
「それが魔王を倒すと志す者の生き様か!」
「!?」
勇者はダンサーのその言葉に時が止まった。そう、勇者は思ってしまった。
「たし、かに......」
「勇者。これは神が与えし試練でもあるはずだ。お前は超えねばならん」
「......はい......」
そうして勇者は溶岩の目の前に立った。自分を奮い立たせ、時を見定める。勇者は目を閉じ深呼吸を数度した。鼓動が早くなるのが分かる。ダンサーにも聞こえているのではないかと思えるほど大きく聞こえた。
「逝ぎ”ま”す”!!」
どぼんと言う音を立てて勇者の姿は消えた。その後、勇者一行を見たものは誰もいなくなった。かと思われたがまだダンサーが残っていた!
「むぅ。何も起きぬか...仕方あるまい。私が行こう!」
そう言いダンサーは溶岩前で、気をつけの姿勢から両腕を体の横で耳の高さまで上げた。そして、その姿勢のまま腰を前後左右に振り始めた。
「そうか、辺獄舞踊の全貌が目の前に立って分かった。3人の贄を捧げた今、天獄の門を呼び出せるはずだ」
ダンサーは次に両手に拳を作り肘から先を身体の横に伸ばし地面と水平にしたまま腰を左右に揺らし始めた。【ラッズィカッセィ】の音楽が寂へと達し最高潮になった。
その瞬間ダンサーはその状態のまま少しだけ宙を浮き始め、身体がそのまま後ろに倒れ、地面と水平になった所で止まった。そして、ダンサーは足から溶岩と棒の隙間に向けて進み、するりと抜けた。その瞬間、溶岩の前に大きな扉が現れた。
「これが天獄の門か」
そこには【汝等こゝに入るもの一切の望みを棄てよ】という文言が刻まれていたが、ダンサーは躊躇無く開け放ち、門の中に向けて叫ぶ。
「おーい、勇者。こっちだぞ」
勇者は膝を抱えて座っていた。
「どうした勇者。何を泣いておる」
「私、死にましたよね?ここ、死後に来る場所ですよね?」
「うむ、だが門は開けた。出て来い」
「生死がそんな軽いものだなんて思いたくなかったです。それにしても、ダンサー様飛べたんですね」
「羨ましいか?」
「はい......」
「精進せい」
勇者は溶岩に落ちて、気づくと天獄にいた。そして何故だか自分が天獄にいることをすぐに理解した。地上にいるダンサーの動向も、映像となって頭に浮かんできていた。それが、この場所の神通力のせいなのか、自身の能力なのか、勇者には分からなかった。しかし蘇ったのはいいが、1度死んだという事実が勇者の心に暗い影を落としていた。それも名誉の死ではなく、溶岩に自ら飛び込んで死ぬという。それは伝説どころか、もはや珍事である。
そのままダンサーは門を閉じると門は光と共に消え去った。
「はぁぁぁぁ......。あ、あれ!?そういえば格闘家様と僧侶ちゃんは!?」
「なによ」
「え?えええええ!?いつの間に!?」
腕を摩りながら僧侶はダンサーの横にいた。
「溶岩に沈んでたよね!?大丈夫だったの!?」
「腕が痛かったからしばらく溶岩の中で腕を摩っていただけ、溶岩からは普通に出たわよ。ってか!ちゃん付けで呼ばないでくれる!?」
「心配したんだよ!?僧侶ちゃんが全然出てこないから!!」
そういい勇者は涙を浮かべながら僧侶に走り寄り抱きしめた。
「ちょ、ちょっと!止めなさいよ!本当に餓鬼ね!ちょっと離しなさい!ダンサー様が見てるでしょ!」
「うえ~ん、私は凄く怖かったんだから~、え”え”え”え”~ん」
「私の心配より、ただ怖かっただけじゃない!泣くんじゃないわよ!勇者でしょ!」
「う”ん”、ぐすん......そういえば、格闘家様はどこにいるのかしら?」
「(ここだぞ!)」
微かだが格闘家の声が聞こえた。しかし、本当に微かであり、どこからしているのかも分からない。
「(ぬおおおぉぉぉぉぉ)」
遠いのか近いのか分からない場所から声が響く。どこだろうと勇者は辺りをうろついていると、既に土へと戻った溶岩だった場所が急にもこもことしはじめた。
「(がああああああああ)」
雄たけびと共に格闘家の顔だけが出てきた。
「格闘家様!良かった。生きていらしたんですね!」
「俺は不死鳥。死ぬことは......無い!」
顔だけ出ている状態で言う格闘家に、安堵も相俟って勇者は少し笑いそうになったが、急いで出さなくてはと辺りを見渡す。
「ダンサー様!僧侶様!格闘家様がいらっしゃいました。出すのを手伝ってください!」
2人に助けを求めるが、ダンサーと僧侶は後ろを向いて何やら話しているようだった。
「むぅ。辺獄舞踊は奥が深い。踊る事により門が開かれ、そこにいる死人を呼び戻せる。これは太古に起こった神々の戦いで使われていた、【ザ○リク】という死者を蘇らせる魔法に近いのかもしれん。神しか使えぬ魔法だったが、私でも使えるかもしれぬ」
「ついに死者を蘇らせる術を会得してしまったのですね!これで私も不老不死に!流石【私の希望】。しかし、どの段階で儀式が成功となったのか、まだ分かりませんね。場所や環境、辺獄舞踊に捧げる贄の数など未知数です」
「むぅ。もう1度やるか」
勇者はおぞましい事を聞きつけ走り寄った。
「ダンサー様、僧侶様!」
「むぅ~。このダンスは少し危険も感じる。このフランダンスなんかも次に試してみるのも良いかもしれない」
「フランダンスですか。何か底知れぬ力強さを感じます!」
しかし、2人は研究に夢中で振り向きもしなかった。
「もう!格闘家様が穴に埋まったままなんです!」
「む。格闘家が埋まっているのか。どれ」
そう言うと勇者は地面を叩いた。何も起きずに10秒ほど経ってから大地が揺れた。
「あああああぁぁぁぁぁ!!」
格闘家はより深く沈んだ。
「ちょちょちょ!!ちょっとダンサー様!何してるんですか!」
「はて、大地が突き上がる筈だったが。なるほど、辺獄の門を開いたことにより逆の作用が起こっているのかもしれんな」
「凄いですね!また新たな発見です!」
それから2時間後に格闘家は助けられたが、ぼろぼろになった格闘家と勇者は次の村でしばらくの間、休む事となった。しばらくして、動かない竜がいると噂となり、多くの者が見学へ来て賑わったそうだ。勇者達がごん助の事を思い出したのは、まだ先の話である。
次回は5/4 19:00を目指して書いている途中ですので、乞うご期待!




