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勇者の踊り子  作者: どくぽん
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エピソード1(顔合わせ)

 時は流れ、平和が訪れてから10年の月日が流れていた。


 そこは王の間であった。王が鎮座しているその下に1人の女が跪き、頭を垂れている。女は長い髪に、やや切れ長の目、よく通った鼻筋、体には簡素な革製の鎧を装備して、左腕で兜を抱えていた。


「すでに天啓を受けたそうだな」

「はい」

「それでは貴殿こそが新たな勇者ということだ。我が国はそなたへの尽力を惜しまん」

「はっ!有り難きお言葉であります!」


 新たな勇者が生まれるには、先代の勇者が死ぬか、勇者の称号を手放す必要がある。この女はつい先日天啓を受け、神が定めた次代の勇者として選ばれた。それは同時に、伝説の英傑が勇者ではなくなった事を意味した。


「して、勇者よ。知っての通り魔王が帰ってきた。魔王討伐を頼みたい!」


 勇者は答えた。


「かしこまりました。全霊で討伐の任、お受けいたしましょう」

 

 勇者の目は自信と闘志に満ち満ちていた。


「今回の魔王討伐には前回の勇者を指南役としてお供させよう」


 勇者は幼い頃より英傑の伝説を聞いて育った。英傑とその仲間たちは長い旅路の末に一恒河沙とも言われる魔王の大軍をほぼ壊滅させ、暗黒大陸の1/3を海へと沈めた。その結果、魔王を敗走へと追いやったのだ。英傑はたった1人で天の雷を用いて5万の魔物を一瞬にしてこの世から消し去ったとも伝えられている。それは最早、勇者にとって神話だった。英傑への期待と会える喜びが交じり合って勇者は興奮していた。今まさに神話の登場人物が現れるのだ。


「入ってくるがよい!」


 奏でられる小さな太鼓の連打音。騎士たちが剣を抜刀し目の前に構え英傑を迎え入れる。


「英傑様...」


 勇者はぼそりと英傑へ向け待望の声を呟く。そして門が開かれた。


 そこに入って来た英傑は絵画に描かれているような姿ではなかった。上半身は裸で、腰蓑を身につけ、くるくると回りながら現れたのだ。そして、太鼓の音に合わせステップを踏み、最後にポーズを決めてから言った。


「私はダンサーである」


 謁見の間に静寂が訪れた。

 

 ややしばらくしてようやく王が口を開いた。


「……おほん。英傑よ、ダンサーとはなんだ?古代語か?」

「ダンスとは踊りの意。ダンサーとは踊りを司る者の職業、つまり踊り子よ。なので、私の事はダンサーと呼んでもらいたい。して、今回は世界を巡り踊りを広める旅と聞いていたのだが?」

「いや、まあ、そのことなのだが──」


 ダンサーと名乗る英傑が勇者の方を向きながら、しどろもどろになっている王の話に割って入る。


「これが新しい勇者か。復活した魔王を倒しに行くのだな」


 緊張から一瞬びくっとなりながら勇者が答える。


「はい!僭越ながら英傑様の後任を務めさせて頂きます!」

「ふむ」


 英傑が勇者のすぐ目の前まで近づいてきた。勇者は間近で見る英傑に感動したが、伝説上の人物をまじまじと見ていいか躊躇をした。一方、英傑の方はじろじろと舐め回すように勇者のことを観察してきていた。


「立ち上がってみろ」

「はい!」


 勇者は急いで立ち上がった。すると急に体が軽くなったのを感じた。


「あれ?」


 気付いた時には勇者は肌着だけとなり鎧が地面に転がっていた。 


 勇者の職業はこの世の全ての魔法や術技を使えると言われているが、勇者は実戦の経験が無く熟練度が0の為、一切の術技の使用ができない。それでも素質を認められ、この国の専門家から魔法と術技の知識を学び、魔法書と術技書を読み漁っていた。ただ、きつく体に装着されている鎧が傷一つなく外されるような術技は見たことも聞いたこともなかった。


「ほう、柔軟そうな体だ。どれ」


 突然、英傑が勇者の体をさわさわと触りだした。


「きゃ!何を!」


 勇者は突然の事に、普通の女の子のような声をあげた。装備を剥がされた事への恥ずかしさと、英傑とは言え男性に体を触られた事に大きく動揺し困惑した。


「やはり、しなやかではあるが少々鍛えが足りない。この先、度重なるダンスバトルを超えて行かねばならんのだぞ」

「???....は、はあ……精進します……って、今の術技は何なんですか!?」

「ダンスの嗜みよ」


 勇者はちゃんと答えてくれない英傑へ向けてさらに質問を続ける。


「そもそもダンスバトルって何ですか!?」

 そう勇者が英傑に聞いたところ、後ろから甲高い女の声が聞こえてきた。

「バトルとは戦うという意味よ!」


 咄嗟のことに勇者は身構えてしまったが、そこにいたのは一人の少女であった。金色に輝く美しい髪が肩上まであり、華奢な体に僧侶服を着て、手には翠玉色の石が先端についた杖を持っている。小さな体を大きく見せようとふんぞり返っている。


「英傑様、この子は……?」

 

 勇者の問いかけに間髪いれず、その少女が勇者に早足で近づいてきた。勇者の胸下くらいの背なので、首を大きく反らして見上げてきている。


「こ?こ?こぉぉ~~!!??子って言ったわねあなた!」

 少女は顔を真っ赤にし両手を腰に当てて背伸びをして勇者の顔間近に迫ってきた。

 勇者はあまりの少女の剣幕に少したじろいだが、冷静を装いつつ

「子供扱いしてごめんね」

 と謝り、目の前にいる可愛い少女の頭を何の気なしに撫でようとした。しかし、その手は少女に振り払われた。

「ちょっと!気安く触らないでくれます?こう見えて、あなたの倍は生きているのよ!」


 勇者には興奮しながら背伸びする様子はさながら毛を逆立てる猫のように見えた。それはともかく現在勇者は16歳なので、倍となると32歳くらいということになるが、とてもそうは見えなかった。


「おい、嘘を付くな。お前は今年で40歳だろ」


 男性のものと思われる響きのある大きな声が聞こえた。それから少しして、恐らく少女が入ってきたのと同じ場所から、全身を黄金の鎧で固めた大男が現れた。その重そうな鎧のせいか、左右に揺れながら、鈍重な足取りでゆっくりと少女のいるところに向かって歩いている。何故か二の腕の部分だけ鎧がなく剥き出しで、そこから見える腕は通常なら十分に筋骨隆々な立派なものであるが、鎧のあまりの大きさに、どうにも全体的に均整のとれていない不恰好な姿に勇者には見えた。


「あんたは、本当に気配りが足りないわね」

 と少女は急に落ち着き払って呆れたように言った。


 そして一連のやり取りを見ていた英傑が口を開いた。


「僧侶、格闘家、久しいな。元気であったか?」


 少女が目を輝かせて勇者に向かって答える。


「お久しゅうございます勇者様!5年ぶりでしょうか。またお会い出来て光栄です!勇者様こそお元気でしたか?私は元気でしたわ!いつでも勇者様のお近くにいられるように準備は万全──」


 少女が英傑に向かって、興奮を抑えられないかのようにまくし立てているその横で、鎧の大男は動揺した様子で英傑へ問いかける。


「え、勇者様。そ、そのお姿は...正しいのだろう...か...?いや、勇者様の事だ正しいのだろう。...勇者様もお元気そうで」


 鎧の大男は腰蓑を付けた英傑を見て、混乱していたが、英傑とまで言われたお方がする事は疑問に思うべきではないと吹っ切れた様子であった。


 鎧の大男を他所に少女がダンサーへ語りかける。


「ところで勇者様!また勇者様と旅が出来ると聞いておりますが、そこの雌犬(勇者)がいるので、今後は何とお呼びすれば宜しいでしょうか?」

 

 勇者は遠めで聞き取れなかったが少女に何か酷いことを言われた気がした。


 どうやらこの少女と大男が英傑と共に旅をした僧侶と格闘家らしい。二人の姿を絵画で見たことがあるが、その肖像で僧侶は長身で20代くらいの美女であったし、格闘家はこんな馬鹿でかい鎧を着ていなかったので、すぐに気づくことができなかったのだ。僧侶が画家に指示をして自分を美女に描かせたことは想像に難くない。ただ格闘家が、格闘を生業としているのにもかかわらず、こんな大仰な鎧を着ている理由は勇者にはわからなかった。


「ふむ。ダンサーと呼んでくれ」


 英傑は誇らしげに胸を張っていた。


「ダンサーですか。一緒に解読した本の職業ですね?さすがです。既に会得されたのですね!?」


 英傑は残念そうに肩を落として答えた。


「むぅ。今だに熟練度が0のままなのだ」

「勇者様!いいえ、この世の術技を全て習得したと言われるダンサー様ですら会得が困難だなんて、どれだけの難易度なのかしら」

「本の解読にも難儀しているのだ。僧侶よ、お前にはまた解読を手伝ってもらいたい」

「勿論です!!!お手伝いできるなんて恐悦至極でございます!それでは私は、この旅でダンサー様の助手として同行させていただきますわ!」


 僧侶は何度も飛び上がって、腕を大きく動かして、喜びを体で表現した。


「ああ、ダンスを会得する事で全てを極めし者へと昇華されるはず。その為の重要な旅だ。心しておけ」

「はい!(あぁ、既に全てを極めていると言っても過言ではないのに。更なる探究心をお持ちですのね。やはり勇者様は私の希望ですわ!)」


 勇者は明らかに話がおかしな方向に進んでいると思い、思わず英傑に問いかけた。


「英傑様は魔王討伐よりも、そのダンスと言うものの研究を優先させると仰りですか!魔王ですよ!?皆が討伐を願っている魔王ですよ!?」


 英傑は勇者の方を向いて、じっと顔を見つめてきた。その目は澄み切っていて、吸い込まれるような不思議な力を感じた。流石に伝説の英傑、周りに纏う雰囲気は特別なものに勇者には感じた。


「仮にも勇者の称号を得た者なので、言わなくてもわかると思ったのだが。お前はまだ若く未熟なので特別に教えてやろう!」


 そう言った後、英傑はゆっくりと歩いて勇者から少し離れた場所に移動した。

 その場がピンと張り詰め、誰しも固唾を呑んで英傑を見つめていた。


 英傑は息を深く吸い込むと、城が震え、国中に届くかと思うような大声で叫んだ。


「エキササイトウォーケン!」


 勇者は突然の大声にって体を硬直させ、

「え、エキササイトウォーケン?」

 と恐る恐る尋ねた。

 

「説明しよう!エキササイトウォーケンとは、我が敬愛するダンスの祖、リューク・既家様の言葉ぞ。解読したところ多分、流派の事だろう。恐らく字はこう書く」

 英傑の目の前に炎が出現して、それが文字となって形を作った。


【激情舞歩拳】


 最初、ただの炎だと思っていたものは、火の精霊サラマンダーであることに勇者は気がついた。本来、精霊や幻獣召還には受肉のための触媒と長い詠唱を伴った儀式を必要とする。例外として、最高級の魔術具や神具ならば、儀式がなくとも発動可能であるが、英傑は腰蓑のみの半裸であるので、そのような道具をもっているようには見えなかった。


「これでわかったであろう?安心するがよい、激情舞歩拳を極めるついでに魔王も倒すから黙って私についてこい。勇者に選ばれたお前にしかできないことがあるのだ」


 勇者は英傑の話す内容がよくわからなかったが、英傑の圧倒的な迫力とどこから湧いてくるか分からない魅力に完全に気持ちを奪われていた。この世の全ての術技を極めた英傑が、さらなる高みを目指し、自分の為だけではなく勇者までも導こうとしてくれている。さらには魔王を倒すと明言してくれた。


「わかりました。では、私もこれよりダンサー様と呼ばせていただきます。旅のお供をよろしくお願い致します!」

「うむ」


 王が凄くホッとしたようにしていた。仲違いを予想していたのだろうか。王はスッキリした顔で勇者一行へ告げる。


「英傑、改めダンサー。まだまだ青いが勇者。前回の旅でダンサーを支援した僧侶、格闘家。世界を頼んだぞ」


 王は皆に告げるとイソイソと謁見の間より出て行った。


 英傑もとい、ダンサーは肌着だけの勇者に向き直り言った。


「丁度良い。腰蓑を付けろ」

「い、いえ。それは...遠慮しておきます」


 勇者はダンサーへやんわりと断った。そこで僧侶が勇者を睨みつけた。


「何よあんた!ダンサー様が仰っているのに言うことが聞けないの!?」

「僧侶よ。私は無理強いをするのは本望ではない」


 ダンサーが僧侶を窘める。


「ダンサー様!何て慈悲深い方なのかしら!全てを包み込み優しく抱きしめるが如き御業。やはり貴方様は【私 の 希 望】」


 僧侶とは馬が合わなそうだ。そう感じる勇者であったが、勇者へ助け舟を出すように格闘家が話を切り替えた。


「そういえば、剣士からは今回の旅の件で手紙が届きました。なんでも今回の旅への同行は断るそうです。国からの頼みだとは伝えてあるのですが【どうしても嫌】だとか」


 どうしても、嫌。勇者は息を飲んだ。


「ふむ。剣士は来ぬのか。壮絶な戦いだったからな、疲れたのであろう。前回は旅の最中に何度か逃亡しかけていたな。仕方あるまい」


 勇者は祖父や吟遊詩人達が伝えるダンサー達の伝説を思い出す。


 僧侶の見た目は10代前半程の少女だが前回の旅では既に30歳の女性であった。魔王軍との戦いでは守護の力を使い仲間を守った。中でも有名な逸話が、幾万の魔王軍の軍勢が同時に英傑達4人に向かって矢を放った話である。数多の矢が降り注ぐ中、僧侶はただ杖を掲げただけだった。その刹那、宙の矢はほとんどが消えさり、ダンサーには傷一つ付かなかったと言われている。魔物達からは【希望ババァ】と呼ばれていたらしい。


 格闘家は兜によって顔が見えないが、絵画の通りならば、格闘家らしい体に似つかわしくない端整な顔立ちをした男性で、今では20代後半くらいになるだろう。格闘家なのにいつも鎧を身に着けているとの事だ。前回の旅では何度打撃や魔法を受けて倒れても、再び起き上がり、ダンサー達を助けたと言う。魔物達からは、【不死鳥の焼き鳥】と呼ばれていたらしい。


 剣士の話はあまり出回っておらず、肖像画による見た目は清廉な貴婦人のような印象を受ける。前回の旅後に行方をくらませてしまったようだ。噂では「魔王を追撃しに向かった」「魔王軍の残党を倒しに向かった」「既に死んでいる」などなど憶測が飛び交っていた。しかし、手紙が届いたということは生存しており、今も何かをしていると言うことだろう。そして剣士は、全ての武具の性能を最大に引き出すことが可能と言われている。有名なのが、剣士の持つ最高級の剣と英傑の魔法の連携による魔法剣が、悪魔大元帥の絶対に折れないと言われていた2本の角を4本にした、という武勇伝である。魔物達からは【高嶺の花】と呼ばれていたようだ。


 そしてダンサー。20代半ばであり、見た目は優男。口調は偉そうではあるが何か抜けている雰囲気を感じさせる。全ての職業とスキルを会得していると言われており、魔王軍も勇者が来る前に逃げるのが通常の戦いになっていたようだ。しかし、自分の中の美学が強く頑固な為、自分が決めた倒し方以外は何もしなかったとか。そのせいで魔王を逃したと言われている。ダンサーの伝説を聞けば聞くほどに魔王軍をさっさと壊滅させて魔王を倒せたはずと誰もが思う部分であった。魔物達からは【変態ナルシー】と呼ばれていたとか。


 勇者は多くの逸話や噂を聞いて来たが、正直、目の前にいる方々が?と思ってしまう部分もある。しかし、ダンサーの佇まいからは崇高さ壮大さも同時に感じ取れた。そして勇者は自分を育てた祖父の言葉を思い出した。


「偉業を成すということは異形であるという事である」


 こうして勇者達は魔王討伐、ダンサー達はダンスの研究、とそれぞれの目標を掲げ旅に出ることとなった。

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