脇役傍観者の仕事が始まる
城のような巨大な建物の一室。
階段教室となっている室内の一番上の窓際。
そこに美しいエメラルドグリーンの髪をした少女が机に突っ伏していた。
「眠い……」
少女の名はエメラルド・ハーティス。
レイルス王国伯爵家令嬢であり、世界四大魔法学園であるここ「リーンハイツ魔法学園」高等部2年の特別クラスであるS組の生徒だ。
色々と説明するべきことがあるが、まずはS組について。
S組とは通常クラスのA~D組とは違い、入学試験において成績上位40名に入った優秀な生徒たちのみが集まったクラスである。
今は始業前なので、S組の面々は友人と話したり、食べ損ねた朝食を食べたりして始業までの時間を潰している。
そして机に突っ伏しているエメラルドの隣に少女がやってくると、カバンを置いてそこへ座るとエメラルドに話しかけた。
「また夜更ししたの、エメ」
「んんー……うん、今度企画したバーベキューの手配でねー。スフィアは快眠だったみたいだね」
「うん。昨日のロードショーを見終わった後は朝までグッスリだよ」
エメラルドへ話しかけた少女はスフィア・ロインハーツ。
レイルス王国公爵家令嬢であり、エメラルドの幼馴染だ。
このS組の席は決まっておらず、どの席に座っても構わないというルールになっており、自由な場所に座っていいというのに、スフィアがエメラルドの隣に座ったのはそれだけ親しい間柄だという証明だろう。
ちなみに席自体は100人分用意されているが、これは合同授業になった時を考えての設計である。
「答えは分かってるけど一応聞くね。ちょっと大変だから手伝ってくれたり……」
「私も交流企画を楽しみにしてる側だから無理」
「ですよねー」
あっさりと断られ、エメラルドは小さくため息を着くと目を細める。
「……眠い。寝ていいかな」
「先生が来たら起こしてあげるよ」
「おねがーい」
阿吽の呼吸とでも言うべきか、流れるような連携でスフィアとの約束を取り付けたエメラルドはそのまま眠りについた。
そしてスフィアに揺り起こされたエメラルドが眠気眼で教壇へと目を向けると、そこには凛々しい顔立ちの金髪の女性が立っていた。
彼女がこの2-Sの担任であるファイラナ・リンスレットだ。
その彼女の隣には、黒髪に黒い瞳の見たことのない少年が立っている。
その少年を見たエメラルドは一気に覚醒して、目を細めた。
全てを理解したが為に。
「彼はヒロト・カブラギ。異世界から召喚された人物だ」
一気にざわつく教室内を収めるためにファイラナが柏手を数度打つ。
「彼は今日からこのクラスへと編入するから、みんな仲良くしてやってくれ。カブラギ、一言」
「ヒロト・カブラギです、これからよろしくお願いします!」
頭を下げる律儀さとその甘いマスクから女子生徒がきゃいきゃいと喚き出す。
「顔立ち綺麗だね」
(しかも、割と良い声だし……それもあるのかもねー)
エメラルドは心の中でスフィアに同意しながらも、別に異性としての興味はないのでアクビを噛み殺しつつ担任からの連絡を聞く。
それによると、一週間前から予告していた通りにこれから魔武器の作成と召喚獣の召喚を学年全体の合同で行うらしい。
行う場所は総合体育館。時間は色々と準備に手間取っているので1時間後。
「では、時間までに総合体育館へ集合。それまで自由行動だ」
そう言い残してファイラナは教室を去る。
それと同時に生徒たち(特に女子)がヒロトへと集まり一斉に質問を始めた。
(まぁ、それも致し方なしだよねー)
異世界からの召喚。
それは神様や異世界召喚の秘術を知る賢者によって行われる。
召喚されるのは人の時もあれば物の時や異形の時もある。
だが、人でも物でも異形でも、例外なく召喚されたものは世界に名を残している。
英雄、技術革新、大災厄という名でだ。
だからこそ、異世界から召喚されたヒロトは将来は英雄……もしかしたら勇者になるかもしれない。
かといって、喜んではいられない。
なにせ、勇者になるには勇者と呼ばれるに相応しい偉業を成し遂げる必要があるのだ。
(そう、例えば全世界を巻き込む大戦争を集結させるとか)
ヒロトが召喚された時点でそれは必ず起こる。
世界を揺るがす大事件が。
「エメ、時間まで何してよっか」
「んー。とりあえず、あのヒロトって奴を観察でもしてようかな」
「出た。エメの観察」
スフィアは呆れたように言うが、それ以上は何も言わずにエメラルドの隣に座ったままスフィアもヒロトの観察をし始めた。
これは渋々付き合っているのではなく、経験でそれを行うべきだと判断したからだ。
その経験というのはスフィアとエメラルドが出会ったのは5歳の時にスフィアの実家が開いた舞踏会の時にまで遡る。
同い年ということもあり、すぐに仲良くなった2人は飽きてしまった舞踏会から一歩退いた会場の隅で話していた。
そんな時にエメラルドが1人の貴族を観察し始めたのだ。
スフィアとしては、最初は自分との会話に飽きてしまったのかと思ったが、それは観察していた貴族が顔色が悪くなって会場を出て行ったのを追いかけたことによって霧消した。
会場を出て少し歩いたところでその貴族が倒れたのだ。
近づいて顔を覗くと顔は苦しそうに歪みきっており、それを見たスフィアは頭が真っ白になって動けなかった。
そんな中でエメラルドはスフィアに見ているように言うと会場へと言って大人たちを呼びに行った。
結果、この貴族は助かった。
どうやら突発的に発作が起きてしまったようで、あのまま放っておけば死んでしまっていたのだと医者は言っていた。
病気とは言え貴族が死んでしまったとなっては妙な噂が立ってしまっていたことは想像に難くない。
そしてそれをきっかけに没落……なんてこともありえなくないのが、貴族社会というものだ。
それをエメラルドの観察によって阻止することができた。
それ以降も何度かエメラルドの観察によって事件や事故などを未然に阻止出来たことがあったので、スフィアはエメラルドの観察に付き合うようにしている。
「あ、なんかもめてる」
「あのヒロトの見た目だけに惹かれたアホ共の醜い争いっぽいねー」
酷いことを言っているエメラルドだが、遠くから見る限りではその通りだった。
30人しかいないクラスの約半数である14人の女子たち。
その中で興味のないエメラルドたちを含めた4人以外の全員がヒロトへと群がり、何がきっかけかは知らないが大声を上げて言い争い始めた。
それにヒロトも困っているようで、何とか宥めようとしている。
「貴女たち、それでもS組生徒なの。ヒロトさんが困ってるじゃない!」
それを少しの間眺めていると、言い争っている生徒たちを叱責する生徒が現れた。
「あの子、確かレイルスの王女様だよね」
「うん」
流石に王女に叱責されては何も言えないし、そもそもが正論なので黙るしかないだろう。
王女がヒロトに自己紹介し、自分と一緒に総合体育館に行かないかと誘うとヒロトはそれを二つ返事で了承した。
王女と一緒にヒロトが教室を出て行くのを見送ったエメラルドは立ち上がる。
「じゃあ、私たちも行こっか。スフィア」
「りょうかーい」
これはエメラルドの物語ではない。
そう、ヒロトの物語である。
(私は脇役。ちょいちょい出るだけの有象無象。さぁて、思う存分傍観させてもらうよ、ヒーロー君)
物語は、まだ始まったばかり。