命が集う都市 前
どうしてこうなった。
気軽に引き受けた、パーティの穴埋め。
「四人必要な依頼なの。レベル1のあんたは見てるだけでいいから。人数合わせお願い!」
見てるだけならお安い御用と、安請け合い。
薬草の調達と、野犬のような魔物を数体狩って、素材を持って帰る。
ギルドの仕事の勉強になるから、新米のあなたには、ちょうどいいとは誰の言葉だったか。
レベル20から25辺りのパーティのメンバー。
犬の魔物はそうレベルも高くなく、出番も無いままあっさり片付いた。
和気藹々と話していた三人の現状はというと……。
一人はぶっ飛ばされ、一人は魔力切れで息が上がり、一人は助けを呼びに行った。
相対する化け物を眺める。
レベル44。
死が並ぶその数字、あまり縁起が良くない。
そもそも、町の近くに出現するレベルではない。
存在がイレギュラー。
だが、宙の祝福であり、レベル50のあの子なら勝負になるだろう。
その黒髪の同級生に思いを馳せる……勝手な行動を叱られるイメージしか湧かない。
元々、彼女が待ち合わせ場所に戻って来る前に、全部片付けて何食わぬ顔で待っているつもりだったが、難易度がかなり上がった。
「フッ、なんにせよやるしかないか」
レベル1の男は、安物の剣を抜き、鞘を投げ捨てる。
心に赤い炎を灯し、地を蹴ったその一歩は、足跡を刻む。
――時は戻り、ガーランサス到着時。
首都ガーランサス。
城壁に囲まれた都。
元は、この都市だけをガーランサスと呼んだが、今では女王の下に付きたいと志願してきた周辺の村や町を含め、国としてのガーランサスとなっている。
この町の名前の変更に抵抗のあった人々も多く、ここは首都ガーランサスと呼び分けられるようになった。
石畳の道の両脇をところ狭しと建物が立ち並ぶ。
窓が上に、二、三、四……建物の階数を数えながら、景護は視線を上げていくと視界は霧に遮られた。
「今日は、霧がでていますね。周りの人の顔も見えにくいです」
二ヶ崎の言葉に周りを、ビクビク見回す夜見は、景護に強くしがみ付く。
「霧から何が出てくるか分からない。幽霊とか悪霊とか……私を守れよぉぉ得意分野だろぉ?国坂景護ぉ!」
別に霊感とかはない……そう景護は溜め息を吐く。
「じゃあ、専門的に判断して周りに敵は何もいないから、離れろ。うっとおしい」
「適当にあしらってんじゃねぇよぉ……」
夜見を引きはがすと今度は、二ヶ崎が二人の間に割り込んできて、景護を覗き込む。
それに合わせて、一歩下がり目線を泳がせる。
「月子さんと国坂クン、そんなに仲が良かったんですね。私、知りませんでした」
「そんなわけないだろ。勘弁してくれ」
「誰がこんな色欲の塊と……」
「……まぁ、いいですけど。さてさて、人の多いところに入りますけど、月子さん頑張って落ち着いてくださいね」
「……う、うん」
「怪物の恋」と書かれた看板の店。
これまで、通りに並んでいた縦長い建造物より幅が二、三倍あり、多くの敷地を占有していた。
二ヶ崎は扉に手をかけ、笑顔で振り向く。
「月子さん、国坂クン。準備はいいですか?」
頷く二人を確認すると彼女は、扉を引き開ける。
店内は、人でごった返すといったほどではないが、賑わっていた。
皮装備の冒険者、鉄の塊……鎧をまとった騎士、修道服を着たシスター、顔を隠したローブの魔法使い。
多種多様な装い、色々な人が集まっているようだ。
そして……。
「ヒッ」
短く夜見が悲鳴を上げる。
この光景は、こちらの世界では普通のものらしいが、景護達からすれば、やはり馴染みのない物。
二ヶ崎は、「もう慣れましたよ」と笑顔で話す。
耳の長いエルフ、背は低いが筋骨隆々のドワーフ、人の姿に動物の耳や尻尾を備えた獣人、翼を持つ吸血鬼、皮膚が鱗の竜人。
ざっと見渡しただけでも、多くの種類の生物がいる。
種族や見た目の違いなど些細なことと、この空間はそう語っていた。
そんな空間に見とれていると、夜見の小声が微かに聞こえる。
「ゲ、ゲームだと、敵モンスターにされがちな種族も、ゆ、友好的なんだな」
「ええ。皆、女王様の下に集う同志だそうです」
「ほーん」
「んで、二ヶ崎。この店はいったいなんなんだ?」
「ギルドですよ。ギ・ル・ド。ただし、国が運営をしています。簡単に言えば、依頼を国の役人さんが確認して、その後、ここで受けられるわけです」
二ヶ崎は景護の手を引き、受付まで連れて行く。
ふと、気がつく。
こちらへの、視線の数々。
華やかなで宙の祝福の二ヶ崎に、見慣れぬ人物二人。
興味が湧いても不思議ではないか。
「こんにちは、ミナミさん」
「お帰りなさいませ。双葉様」
前髪を切りそろえたウェーブのかかった長髪。
受付に座った大人の雰囲気をまとう茶髪の美人が、丁寧に頭を下げる。
「ちょっと、一つ頼んでも大丈夫ですか?」
「はい、何なりと」
「女王様に謁見してくる間、この二人を預かっててもらえませんか?」
「かしこまりました」
「ありがとうございます!じゃあ、私二人のこと女王様に話してくるから、遅くなるかもしれませんが、ここで待っていてくださいね。広い都市ですから、迷うと思います。出歩かないで、大人しくしててくださいね」
熱心に注意する二ヶ崎の言葉に、夜見は何回も頷き、肯定の意をアピールする。
ギルドから出て行く白銀の鎧の後ろ姿を見送り、馴染みの無い場所で、留守番することとなった。
集まる視線を無視し、受付近くに置いてあった「怪物の恋の歴史」という本を手を取り、近くの椅子に景護は腰を掛ける。
真っ白の表紙に金色の文字。
これで、暇を潰せればいいんだが。
『えー、大人しく読書かよ。街並みを見て回ろうぜ』
『いいじゃない。景護、たまには読書もいいわよね。それに情報も得られるかもしれないし』
頭に響く二つの声を特には気にせず、本をめくる。
昔々……。
御伽話かーい。
本の出だしに、ついつっこんでしまう。
資料か記録かと思っていたが、そこまで堅苦しい本でもないらしい。
では改めて……。
読書に取りかかろうとしたその時、服の裾を引っ張られる。
「なんだよ……」
悪態をつきつつ、顔を上げると顔を真っ青にした夜見の姿。
「どうした?」
「ひ、人に酔った……。部屋に籠りたい、一人になりたい」
「まったく、しゃあねぇなあ」
腰を上げ、受付の美人さんに声をかける。
「すいません、連れの気分が悪いらしいんだが、休める場所とかないですか?」
「双葉様のお連れの方ですね。二階に空いた部屋があるので、そちらでよろしければ」
お願いしますと頭を下げ、ミナミさんに夜見を任せる。
これで、読書に戻れる。
続きは……。
強くてたくましくて賢い、そして美しい一人の女王様がいました。
『属性もりもりだな』
女王様は、町のみんなを幸せにしたくて毎日一生懸命働きました。
農民と一緒に畑を耕し、兵士と一緒に魔物を追い払い、コックと一緒に料理を作りました。
そして、寝る間を惜しんで、政務を行い彼女は毎日誰かの幸せを願っていました。
そんな女王様を町のみんなは大好きで、彼女の力になりたいと思っていました。
『働きすぎじゃないかしら?』
ある日、女王様が兵士達では敵わない、強力な怪物を退治しました。
戦いに負けた怪物は、止めを刺さない彼女に聞きました。
「なぜ殺さない!」
「あなたにも幸せになる権利があるからですよ」
その言葉に怪物は涙を流し、女王様に恋をしました。
次の日から、心を入れ替えた怪物は彼女のために何かできないか、そればかり考えるようになりました。
分からない怪物は、女王様の真似をしました。
彼女と一緒に畑を耕し、彼女と一緒に魔物を追い払い、彼女と一緒に料理を作りました。
いつしか彼の周りには、友ができ、笑顔が増え、感謝の言葉が溢れました。
「ありがとう」
美しく微笑む女王様のその言葉を聞いて、怪物は気づきました。
自分が幸せであることに。
それが始まり。
種族を問わず、女王様の力になりたいと思った誰かが集いし場所それが、ギルド怪物の恋。
景護は軽く息を吐く。
ちょっと穏やかな気持ちになった気がした。
「んで、この怪物とやらが、このギルドの創始者とか、そんな話?」
『そうかもな』
『そうなるのかしら?』
「そうなんですよ!この女王様は今のガーランサスの何代も前の女王様が、モデルと言われていて、この出来事も事実の可能性があるんですよ!素敵ですよね、暴れることしかできなかった怪物が恋によって、変わる。そして彼の意志を継いだこのギルドが人々の支えとなり、ガーランサスを何回か救ったことがあるんです!私が、ここで働きたいって思ったのは、この話が本当に好きで……。あと!噂ではこの怪物って……」
「あの、ミナミさん?」
本から視線を上げると、先程見た大人の雰囲気の彼女ではなく、無邪気に瞳を輝かせる乙女がいた。
「あ……コホン。夜見様は部屋でお休みになられました。失礼します」
そそくさと受付の席に戻る彼女を視線が追ってしまう。
最初のクールな表情を維持するが、見つめ続けると真っ赤になる。
「見ないでください。見ないでください」
俯き、わずかに動いた口元は、そんな言葉を繰り返しているような気がした。
そんな受付に、依頼を受けにきた冒険者らしき三人。
黒い鎧、ただし首から上の無いデュラハン。
犬のような耳に、激しく振られる尻尾、ショートパンツの活発そうな褐色の獣人の女の子。
そして、修道服の上からもふくらみがよく分かる胸の大きいシスター。
三人はどういう集まり……。
なにやら、冷静に対応するミナミさんとは対照的にヒートアップして声が大きくなる獣人の女の子。
「周りもパーティ組んでるんだから、今更一人で余ってる奴なんていないってーの。一人くらいいいじゃんミナミ」
「決まりですので、例外は認められません。この依頼は四人と定められております」
「えー、一人助っ人探してたら、こんなおいしい依頼、取られちゃうって」
「そうですなぁ。我々の実力なら、難無くこなせる上に、報酬も悪くない。見逃したくない依頼ですぞ」
「……お金ももう少ないですし、早いうちにこの報酬もらいたいわねぇ~」
騒ぎというより、ミナミを眺めていた景護と獣人の女の子の目が合う。
「っと、何見てんのよ!ってかあんた一人で暇そうじゃーん!」
目と目が合う瞬間、暇だと気づかれた。
そう、これが始まり。