四人の宙の祝福
ベッドで目を覚ます。
異世界に来て、一日が終わったらしい。
色々あったが、まだ一日。
「二人とも、起きてる?」
誰もいない部屋で、景護は虚空に話しかける。
体を起こしながら、周りを見回す。
『ん、あー、朝か。ふあぁぁあ、おはようさん』
『だらしがない男ね。景護、私は問題ないわよ』
景護の中から出てきた霊二人。
「大将」は眠そうに欠伸をした後、床に転がる。
「先生」はゆっくりベッドに腰を下ろし、景護の方へ体を寄せる。
「ちょっと確認したいんだけど、二人の能力って」
大将は、体を起こし頭をバリバリかきながら、あぐらをかく。
話しかけるのもためらう程度に、眠そうな雰囲気。
『ああ?ああ、元の世界で隠してて悪かったな』
「いや、それはいいけど」
『俺のやつは、剣を始めとした武器を扱える。それと、体を鋼鉄並みの強度にしてやれる……はずだ。実際どの程度で破られるか、試したことないから、過信は禁物な』
「了解」
しゃべるだけしゃべると、またそのまま仰向けに倒れてしまう。
霊が眠いってなんなんだよ……景護はその言葉は胸にしまう。
『私は、雷が使えるわね。景護に分かりやすく言うと、電気属性』
「それは素敵」
『ありがと。弓が得意だから、何かを狙いたいなら前みたいに弓を用意して、私に任せてくれればいいわ。でも身体能力はあいつの状態……もしかしたら、普通の景護より劣るかも』
二人が教えてくれたのは、前回の戦いで使った能力。
景護もこれには、助けられた。
ただし、二人の能力は交代でしか使えなかった。
同時は無理と。
「なるほど。……で、二人ともまだ隠してるよね?」
『グググ、ンガー』
『ふんふんふーん。あ、お化粧しないと』
大袈裟ないびきの音を鳴らす大将に、ふわりと消える先生。
どうやら、まだ隠しているらしいが、今はいいか。
それより、とりあえず目先の問題を片付けたい。
これから、どうするか。
「さーて、自由なのはいいが、これからどうしたものやら。ってか先生、化粧なんてすんのかよ」
適当にぼやきながら、身支度を整え部屋から出ようと、ドアノブに触れる。
弾ける閃光!
指先を襲う激痛!
「アォウ!いって!……いい意味だって。いい意味。化粧しなくても綺麗とかなんとか……そんな感じな……」
何で先生が怒ったか、景護にはいまいち分からなかったが、とりあえずゴマをすって、宿屋から出て行く。
外に出ると、見慣れぬ光景に、ここが異世界だと再認識させられる。
農作業と日常の生活、どちらもこなしやすそうな布の服の村人達。
作業による汚れはあるが、着古してボロボロといった人がいないので、このアメッゾ村はあの鉱石のお陰か、貧しいわけではないのだろう。
そして昨日、村を襲撃したゴブリン達の死体の山。
それを村人達と片付けている、合わせて二十人程度の鎧の人々。
鎧は二種類。
片や、降り注ぐ日光を反射する、美しい白銀。
雪を思わせる白いマント。
清廉、誠実。
そんな言葉を思い出させる騎士のイメージにぴったりはまる装い。
片や、日を飲み込む、頑強な黒鉄。
顔まで隠したフルプレート。
屈強、強剛。
強さを宿したその姿もまた、騎士という印象を周りに与える。
「さ、出発前にジョージさんには挨拶しとくか」
「く、く、国坂景護ォォォォォ!!!」
「なんだよ朝から騒々しい。異世界デビュー頑張ってる夜見ちゃん」
「大学デビューみたいに言うな!それにもう昼だ!あと夜見ちゃん言うな!」
注文が多い同級生。
鎧を装備した女性、夜見が景護に突っかかってくる。
昨日は金髪でロングだったが、今は茶髪にショートで片目だけ隠している。
変装のスキルのお陰で見た目は自由らしい。
「こ、こ、この状況でも無関心を貫くのかお前!鎧のやつら誰?とか、村を救った報酬とか、後片付けとか。お前考えないのかー!?」
「鎧の連中は、昨日言ってたガーランサスとアーレナイアの連中だろ。報酬はいらん。片付けは人手が足りているだろ。グッバイ」
「な、おい、ちょ、ま、待て……」
「あ!」
夜見との会話を適当に切り上げ、ジョージの家へ向かう景護の耳に、嬉しそうな女性の声が届く。
『危ねぇ景護!』
大将の声に合わせて防御の姿勢を取る……が。
ただ、白銀の鎧の女性がこちらへ走って来ているだけだった。
「なんだ?」
景護はめんどくさそうに、道を譲ろうと三歩下がる。
ところが、女性はそのまま景護の方へ向きを変え……。
真正面から黒髪をなびかせながら、飛びついてくる。
美人が飛びついてくる。
ただそれだけなら、景護は喜んでそれを受け止めればよかった。
だがここはレベルの存在する異世界。
強さは、見た目では無くステータス。
「ぐおおおおおお!!!」
車にはねられたような衝撃を受ける。
「国坂クン!やっと知り合いに会えたー!」
「鋼鉄の体よ、持ちこたえてくれぇ……」
強く抱きしめれ、本来なら歓喜する場面だが生存に力を注ぐ。
彼女のレベルは50。
戦闘ならレベル1なんて、あっさり潰されてもおかしくはない。
「おっと、浮かれてはしたない姿を見せてしまいましたね」
乱れた景護の制服を整えながら離れ、直立で微笑む彼女は。
「に、二ヶ崎か。元気そうで何よりだ」
顔を確認した後、彼女から目を逸らす。
二ヶ崎双葉、同じクラスの真面目な委員長。
堅物かと思っていたが、こんな風にはしゃぐのを、景護は見たことがなかった。
白銀の鎧をまとって、槍を背負っているが間違いなく二ヶ崎双葉。
「はい。お久しぶりです、国坂クン。少しお話しませんか?」
「ああ、暇を持て余している。喜んで」
木陰に移動し、木にもたれかかった。
二ヶ崎がちょくちょく覗き込んでくるが、そのたびに視線を泳がせる。
「へぇ、俺よりも前から異世界に」
「はい、ちょっと最初の方、混乱してて、正確に日を数えられていないのですが、一月近く?ううん、二、三週間?くらいだと思います」
「そこそこ幅があるな」
「すみません。どうもはっきりしない時がありまして。学校、長い期間休んでしまってますよねぇ」
「いいや、まだ二ヶ崎が休んだのは一日だったな」
「本当ですか?良かったぁ……こことは時間の流れが違うんですね」
ホッとしたように胸をなでおろす彼女を見てふと思う。
「こんな妙な世界、受け入れてるんだな」
「それは、最初はとまどいましたけど、こんな強い力を自分が使えるんですから、信じざるを得ませんよ。その上、見たことのない生き物も多いですし」
二ヶ崎は口元を隠し、柔らかく笑う。
その美しい姿は、立てば……なんだったか。
『立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花』
そう、それ。
例え、彼女がレベル50で、先程ゴリラのような力で潰されそうになったとしても、美しいものは美しい。
「国坂クン、来たばかりなら、ガーランサスの町に来ませんか?宙の祝福と分かれば、女王様が保護してくださると思うんです」
二ヶ崎が手の甲の紋章を見せてくれる。
それは宙の祝福……異世界からの来た証。
神の加護をもらった遣いである証拠。
「紋章が無くても、レベルが低くても、私が話せば大丈夫だと思います。安心してください!」
真面目なこの子は、宙の祝福という立場、人の味方をするといった役割をしっかり果たし、女王様とやらの信頼を得ているのだろう。
「ああ、そうだな。ガーランサスに行こうか」
「それなら安心ですね!」
ぱぁっと表情が明るくなる。
彼女はただのクラスメイトだろうが、知り合いの身を案じてくれている、そんな優しい人だ。
「ところで、国坂クン。あの、木の陰からこちらを覗いてる女の子誰ですか?彼女ですか?……違いますよね?違いますよね?」
「ん?」
景護が振り返ると、挙動不審の女騎士。
もうひとりの同級生、夜見月子がこちらを見つめていた。
「ああ、あれは夜見だ」
「え?夜見ってあの?え?え?」
「おーい、夜見!二ヶ崎が、ガーランサスに来ないかって言ってるけどお前どうする?」
見たことのない速度で駆け寄ってきた彼女は、その勢いのまま地面に飛びつく。
美しい土下座だ。
「お、お願いしますから、つ、連れて行ってください!」
「え?え?月子さん?どしたのその格好?それに、そんな、私達赤の他人でもないクラスメイトだよ?土下座なんかしなくても」
「夜見も宙の祝福だが、クソ雑魚だから保護してやってもらえないか?」
「う、うん。大丈夫だと思いますけど。月子さん?大丈夫?」
顔を上げた夜見は、消え入りそうな声で「……ありがとう」と呟く。
人への接し方の力加減が謎だ。
とりあえずの方針も決まった。
今度こそジョージに挨拶をし、村から出発。
そのはずだった。
黒い鎧の男。
他のアーレナイアの騎士とは違って兜で、顔を隠していない男。
目をぎらつかせ、飢えた野獣のような瞳の男。
「双葉ちゃん、月子ちゃん、それに国坂。こんなところで会うとはな」
ここにいる三人の名前を知っているその男は!
「誰だ?」
「一ノ宮だ!一ノ宮始!クラスメイトじゃあないか」
景護は頭を抱える。
話には聞いた気もするが、こんな顔だっただろうか?
「一ノ宮さん!?あ、双葉ちゃんはやめてください」
二ヶ崎は驚いて声を上げる。
「……なんだ、一ノ宮か」
夜見はつまらなそうに一言。
もごもごと「名前はやめろ」と繰り返すのは、こいつの奇行に慣れていても地味に怖い。
二ヶ崎と夜見の反応を見るに本人で合っているみたいだ。
「ええと、どうもこんにちは」
「キミはバカにしているのか国坂」
「そんなことをするほど、お前に興味はない」
「……なるほど」
一ノ宮が剣を抜く。
夜見は後ろにすっ転び、二ヶ崎はいつでも動けるように構える。
二人の前に出るように、一ノ宮に向かって一歩踏み出す。
「同じ宙の祝福だろ?ちょっと遊ぼうじゃあないか」
「ちょ、ちょっと一ノ宮さん!国坂クン、ちょっと不手際があったみたいで、レベルが低いんです!君のレベル70とは、勝負にもなりませんよ!」
「何ぃ?国坂。キミ、ステータス強化の恩恵は?神の加護は?」
「無くした」
「なん……だと……。あの御方の計らいを。希少な加護を」
顔を強張らせ、震える一ノ宮。
一人で盛り上がっているが、話が見えない。
「神の加護ってそんなに大切か?」
「当たり前だとも!宙の祝福にのみ使うことのできる能力。人の安寧のためには無くてはならない!」
一ノ宮は、夜見、二ヶ崎と順番に剣を向ける。
「二人は何をもらったんだい?」
「じ、自分の能力は、簡単に見せるもんじゃなくない?」
「月子さんの言う通り、手の内は見せません私も」
一ノ宮がふぅと呆れたように息を吐く。
「そうかい。じゃあもう一度。二人の神の加護を教えろ」
「未来視。脳への負担が酷くて使えないけど……っえ?」
「心聞く耳。相手の考えていることが聞こえる時があります。……嘘」
二人が困惑する。
自分から、能力について話したことに衝撃を受けているようだ。
「なるほど。というか、能力は分かってたんだけどね!誰にどれが割り振られているか。それだけが気になってさ。ご協力ありがとう」
「相手を操る言葉か」
景護の言葉に、満足そうに一ノ宮は微笑む。
「そうさ、操る口。月子君が未来視、双葉君が心聞く耳。そして残り一つ。国坂お前が無くしたのは、幸運の鼻。幸運を見つけ、危険を避ける。……ああ、あと探し物を探すのも得意だ。まぁ、こそこそするキミに似合った加護なのに、……加護なのに!」
向けられる激情。
鋭い瞳。
彼が怒る理由が分からない。
「僕は、宙の祝福をまとめ、この世界を導くと決めたのだ!そのためには、神の加護が!」
「え?一ノ宮さん、元の世界に帰る方法を探さないの?」
二ヶ崎の驚く声。
そうだ、普通ならその選択肢もある。
「帰る、……だと?僕達には特別な力があり、背負った期待がある!為すべき使命がある!なのに、なのに、この男はぁ!」
「待って!」
「ひゃあああああ!!!」
二ヶ崎の反応も、夜見の悲鳴も景護に向かって振り下ろされる剣より遅かった。
レベル1の男は徒手空拳。
為す術も無く切り捨てられるのか?
この異世界を冒険する前に。
――いいや、彼は測れない。
激しい金属音とともに、景護の顔の前で、剣が止まる。
剣を右手で掴み、赤い瞳で睨み返す。
「短慮が過ぎる。頭を冷やせ」
唖然とする一ノ宮を、剣を手放すと同時に、左手で軽く突く。
『怨みつらみは重き鎖、沈め沈めよ沼の底』
後ろに一歩。
ぬかるんだ感触。
二歩。
そこで、地面は支える役目を失い、がくんと沈む。
「なんだこれは!沼か!おい!……これはどこまで沈む!」
「さあな、自分の目で確かめてくれ」
冷めた青い瞳で、景護は一ノ宮を見下ろす。
「何バカなこと、言ってるんですか!氷の結晶!」
二ヶ崎は、沈む一ノ宮の周り、沼の表面を凍らせる。
慌てて駆け寄り、止まった彼を軽々と引き上げる。
一ノ宮は少し咳き込むと、景護を見つめる。
「すまん。……僕はアーレナイアの城にいる。来れば、保護ぐらいしてやるレベル1。……二人も、僕に協力してくれるなら、いつでも来てくれ。……また会おう」
「……オイ!」
景護の呼びかけにも返事せず、彼は去って行った。
なんだ、あの感じは。
人の心の機微に疎い景護でも、普通ではないのが分かる。
一人で行かせて良かったのか?
考え込む景護にデコピン一発。
「こーら。さっきのは一ノ宮さんが悪いし、男の子だからケンカはダメとは言わないけど、クラスメイトなんだから、あそこまでやったらダメですよ!分かった?」
「あ、ああ」
返事ににっこりほほ笑む二ヶ崎。
踵を返し、腰を抜かした夜見に手を貸しに行く。
ああ、二ヶ崎よ。
なんて、良い子なんだ。
だが、だが。
これだけは言わせてくれ。
……手加減を覚えてくれないか。
額の血を拭いながら景護はそう切に願った。