初陣
「さて、これからどうしたものやら」
草原に男子高校生一人に、体には幽霊二人。
落雷に被弾、神様を経由しゲームっぽい異世界に。
体の中に幽霊を連れていたから、体の容量的にスキルや魔法などは入らなかった。
故に能力無し、レベルは最低。
そして今に至る。
男子高校生、国坂景護は神様の恩恵を得られなかったが、落胆はしなかった。
レベル1の低いステータスに無能力の現状。
自由に得られるはずだったスキル達をざっと確認。
剣術、槍術、火属性の魔法、錬金術……栽培に釣りもある。
他にも選択肢は色々あり、何かのスペシャリストになれた上に、強さを兼ね備えた状態もありえた。
しかし!だがしかし!自分に憑いた彼らを失ってまで、スキルやチート能力は欲しくはなかった……と思う。
『未練たらたらじゃねえか景護!そこは、言い切ってくれ』
脳内に流れる自分の未練に、男性の霊からつっこまれる。
「強い能力で無双なんて、男の子の憧れだと思わない?大将」
『そ、そりゃ、一騎当千の力は欲しいよな……』
『はいはい、男達が女々しい事ばかり言ってないで。……それで、景護これからどうするの?』
「先生、冷たい、ドラァーイ。……とりあえず、人のいる場所を目指そうかな?せっかくの異世界だ、自由に見て回ろう」
景護は大きく伸びをし、肩を回し首を鳴らす。
固まってしまった体をほぐしつつ、こっちの世界での自分の体の動きを確認する。
異常なし。
特殊なスキルも魔法も使えそうな気配も無い。
『あの怪しいじいさん、ゲームに似た世界とか言ってたが、モンスターでもいるのか?』
大将の問いに、景護は頷く。
「ステータスを見た感じ、魔法もスキルも戦闘関連が多いからそうだと思う。機械や科学を中心として発展した世界ではなく、剣と魔法のファンタジーな世界かな?」
『戦いは不安?』
心配そうな先生の声に、首を横に振る。
「いいや。大丈夫だと言った二人を信用してるし」
いつも暑苦しい男は照れくさそうに、にやけながら鼻を擦り、どんな状況でも冷静で一歩引いた物言いをする女は、顔を赤くし目を逸らした。
「ん?」
違和感。
元の世界では、景護から見た霊二人は、ぼんやりとしていた。
しかし今は、美男美女……そう分かる程度に二人を認識できる。
「ま、悪い事でもないし、今はいいか」
ふわりと吹いた風に向かって、足を踏み出す。
頬を撫で、独り言を掻き消す心地良い風と共に、憑かれた男の旅が始まる。
草原をしばらく歩くと、草木のない地面。
整備された道らしきものを見つける。
ゲームの定石だと、道に従って進めば、村や町に到着する。
もしくは、洞窟や森といったダンジョン。
左右に伸びる道を眺め、景護の口からは溜め息が漏れる。
右へ行くか左へ行くか。
自分一人の直感で決めても良いが、せっかくなので立ち止まる。
「やれやれ」
制服のポケットから、表に我が国の美しい花、裏に数字で百と書かれた硬貨を取り出す。
「左」
『右』
『左』
「俺と先生が左、大将が右。じゃ、表が出れば左、裏なら右っと」
三人の中で決めた、直感で物事を判断する時のルール。
多い意見がコインの表、少ない方が裏。
全会一致なら、コイントス不要。
親指で弾いた銀色の硬貨はキィンと気持ちの良い音を立て、宙を舞い、景護の手に収まる。
「花……表だな。左に行きますか」
『私はこの花より、梅が好きね』
「前も先生言ってたなそれ。……元の世界に戻ったら、いつか見に行こうかな」
『くくく。だが、景護も物好きだよな。俺達ぁ、お前の決断に従うのにこんな事して』
「いいのいいの、気分気分。よっと」
草を軽く飛び越え、土の道を歩く。
進路は左。
中々の時間を歩いたが、景色に大きな変化は無かった。
気を紛らわすためか、それとも自然にそうしたくなったのか。
ふわりと出てきた先生は、横に並んで声をかけてくれる。
『穏やかね。自然が豊かで気持ちいい』
「ああ、本当に。緑が広がる景色、元の世界では最近見る機会がなかった」
『景護、疲れてない?』
「問題ない。しっかし、本当に緑ばっかりだな」
『緑と言えば、景護。あの緑の塊は何だ?』
「緑の塊?」
大将の言葉に、目を凝らす。
全然、草木以外の緑は見当たらず、首をかしげる。
良くない視力では、当然か。
『ちょっと俺に、体を預けてみてくれ』
「はいはいっと」
目を閉じ、意識を大将の赤い魂に寄せる。
体に宿る霊二人の魂を意識する事で、力を借りられるが、『頼り過ぎるとお前がダメになる』と二人は口を揃えるので、あまり元の世界では使わせてくれなかった。
目を開くと熱を感じる。
この状態、大将の力を借りたなら瞳は赤く染まる。
先生の力なら、青い瞳に。
初めて鏡でその姿を確認した時、景護は過去最高に興奮したのをしみじみと思い出す。
強化された視力を通して、情報が得られる。
『景護の視力が悪いだけだろ』と、図星を指されるが心の中で、まだ眼鏡は大丈夫大丈夫と自分に言い聞かせる。
そう、作りに行くのが面倒なわけでは決してない。
「あれは、村?数件の家が見える」
『村の前に陣取った緑をよく見てくれ。あれが何か、俺には分からん。たぶん見たこともない』
「ふむ、あれは……群れだな。緑の小鬼、ゴブリンかな?」
『へー、あれが。どうも俺の鬼の印象と違うから、覚えられないんだよなぁ。景護の世界の物は覚えにくい』
「まぁ、ゴブリンも俺の世界には、実在しないけど。やっぱりゴブリンっていう概念が、俺らの国に広がる前の人……」
「ウキャー!!!」
聞いたことのない、獣の叫びと同時に後頭部に衝撃が走る。
派手な打撃音。
視界には、飛び散る木くず。
「な……に……?」
景護は膝から崩れ、ゆっくりと倒れる。
背後には、数体のゴブリンと馬にまたがった小柄の男。
小太りな体型と、少し薄くなった頭が目を引く。
「グフッ。おいおい、棍棒を壊してんじゃあないよまったく。殺しっちゃってないだろうな?んー?妙な服装の旅人だな。まあいいや。服もこいつも、どこかで売り飛ばせばいい」
男の合図で、数体のゴブリンに景護は抱えあげられる。
「村はどうなってるっのかなー」
楽しみを隠せない子供の様な無邪気な声。
小柄の男は、興奮の高まるままに馬を走らせた。
村に近付くと、柵を壊し、畑を荒らすゴブリン達を確認し、満足そうに笑う。
「グフフフフ!計画通り計画通り。ちゃんと制圧できてるじゃないか!」
ゴブリンにより、家から引きずり出される人、組み伏せられ身動きの取れない人、反抗するが数には勝てず押さえ込まれる人。
変わらぬ日常を送っていた村は、阿鼻叫喚の地獄と化す。
子供の泣き声、女の悲鳴、男の叫び。
「若い女には、傷をつけるなよ!値が下がる!無理やりでもいいから若い男は集めろ!年寄りは殺しても構わん!」
杖を振りながら、馬上の小男は指示を飛ばす。
残忍さを秘めた濁った瞳から、集められた村人達へ、なめ回すような視線が送られる。
女子供が多く、力がありそうな男が少ない。
これは、彼の計画通りだった。
この日、村から町へ大量の鉱石の出荷が行われていた。
村の若者達はその仕事に当てらている。
その戦力が減った日を狙った襲撃だった。
ゴブリンに押さえつけられた剣を携えた一人の男を確認すると、嬉しそうに語りかける。
「ハァイ、ジョージ。最近どう?山に行った時にゴブリンにやられた怪我は大丈夫?」
「お前!エヴァン!何でそれを知って……あれもお前の仕業だったのか!」
ジョージと呼ばれた男性は、憤怒の形相で、睨み返す。
この悪事の犯人が、古い知り合いであること。
怪我により戦って村を守れないこと。
自身に対する怒りと小男に対する怒り。
二つが混じり合ったジョージの胸中は、冷静ではいられなかった。
「グフフ、このアメッゾ村で、戦力の要だろうに貴様は。潰すのは当然だろうが平和ボケめ。セラは返してもらうぞ」
「返すだと?学生の頃、振られたのを未だに引きずってるのか!お前は!」
エヴァンと呼ばれた小男は、馬から飛び降り、地面に這いつくばるジョージの顔を踏みつける。
狂ったようにカッと目と口を開き、 怒りと笑みが混同した表情。
高々と右腕を掲げ、勝利を宣言する。
「あの頃とは、何もかも違う!見ろこの魔物を操る力を!この村を!僕は、……僕は!お前に勝った!セラに相応しいのは僕だ!」
「グッ……」
「私が目的なら、他の人には手を出さないで!」
「セラ……」
エヴァンの身勝手な叫びを切り裂く、凛とした声が響く。
建物の陰から、お腹を大きくした女性が現れる。
「おお……、変わらない美しい顔……だが、その腹はなんだぁ?」
「……へっ、俺の子だ……ガハッ!」
「き、貴様ァ!ジョージィ!ジョージィィィィィィ!」
怒り狂ったその男は、足元のジョージを杖で殴り、蹴り、踏みつける。
「……」
「やめて!やめてえええ!」
「ハァハァ、……。……興ざめだ。増援が来る前に、仕事を終わらせる。チッ、何やってんだお前ら!年寄りまで連れてきやがって!殺していいんだよ!こんな風になぁ!」
エヴァンは隣にいたゴブリンから、棍棒を取り上げ、振りかぶる。
覆いかぶさって泣き叫ぶセラは、ジョージから引きはがされる。
身動きもとれない、無防備な頭を鈍器が狙う。
「ま、ま、待って!う、うわああああああああああ!!!!」
どこからか、エヴァン目がけて走ってきたそれは、立ち塞がるゴブリン達を難無く吹き飛ばし、そのまま小男へ一直線。
不意を突かれたエヴァンの手から鈍器は、宙へ。
間一髪で、ジョージの命を救ったその人は、両手で持った剣を、エヴァンに向け震える声で告げる。
「あ、あなたには、か、か、勝ち目がありません。いの、命が惜しいならひきゃ……退け」
彼女は勇気を振り絞った。
だが、憎悪を宿したその小男は冷静にこう返す。
「なぜ勝てない?村人全てを抑え、数はこちらが有利、そしてまだ戦える僕。近くの町からの増援にはまだ早い」
「こ、これ、これこれを、み、見ろ」
銀の籠手を装備した左手。
その手の甲の部分に、紋章が浮かび上がる。
「……へ、へへ。そのお方は宙の祝福。レベルを見てみるんだな」
ジョージが、腫らした顔を上げ、強気な笑み。
エヴァンは、鎧をまとった金髪の女性に杖を向け、短く唱える。
「レベル、さ、30……だ、と!?ほ、本物!?」
「そ、そうだ。ゴブリンなんか、敵じゃないからな!退くなら、見逃してやる!村の人を解放しろ!誰かを殺したりしたら、お、おま、お前の命はない!」
女騎士と悪党が睨み合う。
エヴァンは軽く舌打ちをする。
想定以上に制圧がスムーズだったのは、この戦力を当てにして、仕事に人数を多く割いたからだと気づく。
多くのゴブリンが大体レベル8、戦えない村人はそれ以下の5。
ジョージやエヴァンが10程度。
その中での、レベル30。
純粋な戦いで、1でもレベルの差を覆すのは、簡単なことではない。
「ぐ、ぐぐ……」
エヴァンが杖を振ると、ゴブリン達は村人を解放し、彼の下へ集まってくる。
気を失った人達も、一か所に投げ集められる。
女騎士は、ホッと安堵の表情を浮かべ、剣を下げる。
その時。
「おい!セラを離せ!」
ジョージの叫びに、まだ解放されていない人物に彼女は気がつく。
「嫌だあああああ!!!あれは僕の物だ!お前ら時間を稼げえええ!!!」
女騎士の目に、こちらに杖を向けたエヴァンが映る。
「ひゃっ」
襲いくる緑の化け物を狙い、我武者羅に剣を振る。
先頭の一体を、難なく胴体から両断し、血が飛散する。
レベルの差は、明確。
ゴブリン程度が、彼女に敵うはずもなかった。
――だが。
「うっ、おええええ。おええ」
生き物を殺したことに耐えられず、彼女はその場で嘔吐しうずくまる。
エヴァンは気づく。
彼女が戦いに慣れていないことに。
「数で押せえ!そいつを袋叩きにしろ!」
うずくまった女騎士が囲まれ、無慈悲に武器で殴られる。
彼女の肉体へのダメージは大きくはない。
しかし、異形の化け物に、戦いという暴力に、向けられた悪意に、彼女の心は折れていた。
涙が止まらない。
痛みではなく、恐怖に。
「誰か、誰か助けて。こんなわけの分からないところで死にたくないよぉ!怖い、……誰か、助けてよぉ!」
怪我をした者、襲撃により気絶した者、恐怖で動けない者。
孤独に泣き叫ぶ声にこの村で応える者は……。
「剣、借りるぞ」
「へ?あ、あんた……」
倒れたジョージから、赤い目の男が剣を取る。
一人を襲う醜い小鬼の塊に向かって二歩、三歩。
男に気がついた一匹が、距離を詰め、棍棒振りかぶり飛び掛かる。
「グフ、グハハハハ!!レベル1!レベル1で何しに……」
抜刀一閃。
その一振りは悪党の醜い笑い声も、有象無象の雑魚も切り裂く。
ゴブリンは、切断され真っ二つ……ではなく跡形も無く弾け、消し飛ぶ。
血しぶきが舞う中、村の空気が一変し、静まり返る。
「……ハハ、レベル1で何しに……何しに……」
エヴァンの顔面が蒼白に染まる。
踏み切った男は、弾丸のようにゴブリン達に突っ込む。
斬り、突き、払い、命を狩る。
『そうだ、力を抜いて、体を流れに委ねろ』
これは、戦いなどではなく、一方的な殲滅。
緑の化け物は身動きすら取れず、無残な姿に成り果てる。
「きゃああああああ!!!ジョージ!」
女性の叫び。
不利を感じたエヴァンは素早かった。
ゴブリン達に、撤退を命じることもなく、セラを馬に魔法で縛り付け、自身も飛び乗り走り去る。
その少し後、敵を全滅させた赤目の男は、うずくまる女騎士へと辿り着く。
「おい、大丈夫か?」
「……」
「おい」
「……」
彼女は両手を地に付き、震えながら顔を上げる。
涙と土で、ぐちゃぐちゃに汚れた顔で叫ぶ。
「わ”だじより、ゼラざんを追っで!」
「……いいだろう。弓はないか?簡素な物でいい」
「き、木があれば、作れる」
男が足元に転がる、ゴブリンの棍棒を渡すと、女騎士は短刀と取り出し、何かを唱えながら、素早く削る。
そして、迷わず髪を数本切り、詠唱と共に木に固定し、小さく、不格好な物だが、弓と呼べそうな物が完成。
「……もう、あんなに遠くに。矢もないけど……」
男は弓を受け取り、青い目で馬の走り去った方向を見据える。
その瞳に焦りはなく、卑劣な獲物を捉え続ける。
「将を射たいなら馬から、みたいな言葉があるけど?」
『馬が可哀想よ』
「了解」
右手から発生した、雷撃の矢を番え、弦を引く。
『迷いは不要。後は、放すだけ』
「狙うは一点。走れ雷撃!」
真っ直ぐ。
ただ、真っ直ぐに輝く青は、宙を翔ける。
『上出来』
当たった瞬間は男の目には、見えなかったが頭の中に、落馬する小男と、立ち止まる馬のイメージが入り込んでくる。
急いで、女性を迎えに行かなければなるまい。
「ね、ねえ、どうなったの?」
汚れた顔だが、茫然とした様子が伝わってくる女騎士が男に問う。
起こったことを受け入れるのに、時間がかかているようだ。
「たぶん、大丈夫だろ」
「よ、よかったぁ」
安堵し力が抜ける。
ぐったりと座り込む彼女に、男の言葉一つ。
「んで、その奇抜な格好は何だ?夜見」
「く、国坂景護!?!?」