死なないとは
「クニサカ、くにさか、……国坂……。こいつか。この体、君への憎悪、忘れられない」
「そうかい。俺には、一ノ宮との思い出なんて一つもないけどな」
景護は、暗闇の中、級友の姿をした者を目で追う。
黒い鎧に、幻影の如くぼやけた気配。
闇と同化したその姿は、この漆黒の空間すべてが敵であるかのように思えた。
夜にのまれた城の中、守るべきは足元に倒れた老紳士と、後ろの部屋の中にいる女性二人。
強敵がここへ向かうと仲間から知らせを受けて待機していたが……。
「一ノ宮に憑いた神ねぇ……。異世界へ俺らを送ったあのじいさんか?」
「そうだよ。あの姿だと、君の世界の若者達はすんなりと受け入れてくれたからね、神の存在、そして異世界へ行くことを。……君達は魔力への抵抗もできない上に、性格は従順。入れ物としては最適だった。だが、こちらの世界で神の加護を受け取らず、私に刃を向ける君を送ったのは完全に失敗だったみたいだね」
「そいつは、悪かった……ッな!」
電撃まとった刀の一振り。
闇を掠め、空を切る。
気配を探っても、この空間全てが、ヤツに支配されていて位置の特定はできそうにもない。
「海を裂く奇跡の左脚」
不意に現れた背後からの蹴りを、刀で弾く。
一ノ宮の足があらぬ方向に曲がるのが視界に入る。
そして、そよ風。
顔に、水滴がかかったと思った瞬間。
『いかん!景護!伏せろ!』
「チッ」
気を失っているグラウスを庇いながら、地に伏せる。
頭上を水しぶきが掠めたかと、思えば……。
城の壁が、綺麗に切り取られ、庭の木、城壁と直線上にあったもはずの物が、次々と崩壊する。
「ふぅ、この体ではこれに耐えられないね……」
一ノ宮に憑いた男……アイザックはつまらなそうにぼやく。
無防備なその姿に、十字斬を叩き込む。
ダメージを与えたその部分は、出血することもなかった。
だが、傷口には別人と思われる皮膚が見え始める。
「君は、友人……いや、顔見知りを殺すのにも迷いがないんだね。とんだ悪人だ」
「一ノ宮のためにお前を見逃すことは、正義とは思えないからな」
「……後悔しないのかい?もし、僕に勝てたとしても、友人を殺した罪を一生背負い、あの時、違う方法を選んでいればと、毎晩枕を濡らすのかい?」
顔の半分がはがれ、別人が現れる。
その表情は、景護を見下し、あざ笑うかのようだった。
くだらない問答……実にくだらない問いかけに景護は不敵な笑みで答える。
「人間、どっちを選んでも後悔するもんさ。だからこそ、その時の自分の心に従うべきだ。そして進む。自分で選んで、先に進めばいいんだよ人間なんて。万能じゃねえんだから」
光放つ、雷撃が如く突き。
アイザックの顔を刀が貫く。
致命的と思われるその一撃。
充電が切れたかのように、混ざりものの男は停止する。
そして……。
「ふふふ、遠慮も無しに……。いや、違うな。すまない、国坂……」
半分の顔、一ノ宮の顔が弱々しく笑う。
洗脳が解けたのかと、刀を急いで回収する。
「……お前……」
「迷惑かけたな……。僕の体が、男に支配され、レディや他人を傷つけたなんて一ノ宮始のプライドが許せない」
「仕方ないだろ。異世界、魔法なんてものに巻き込まれたんだから」
「それでも、だ。それでも僕は、僕が許せない人生を歩むつもりは、ない。こっちに来てる二人によろしく伝えてくれ」
「何言って……」
流れるような動作に、穏やかな口調。
自然なことだと言わんばかりに、彼は微笑む。
折れた刃を手に持ち、景護との戦いで鎧が外れた部分……腹部の傷口に……。
「介錯を頼む」
迷いなく刃物を突き立てた。
止める間も無く、彼は自分の罪を……。
「ちょっ!……ったく、馬鹿が」
刀を振りかぶり、狙いを定める。
首。
ここを断てば……。
「壊れた傀儡に付き合ってられるか!」
一ノ宮から、黒い霧が噴出する。
意志を持ったそれは、一瞬で弾け、霧散した。
首の手前で振り下ろす刃を止め、刀を鞘に納める。
こいつは、死んで詫びるなんて思っていたのかもしれないが、介錯するつもりなどは無かった。
……単騎のみでのここへの襲撃。
油断、慢心もあれば、一ノ宮を使い捨てるつもりもあったのだろう。
己の攻撃の反動でボロボロになった彼を見る。
他人に浸食されていた部分が元に戻っていく様子が確認でき、ひとまず安心する。
「うお、まぶし」
それと同時。
削られた城の壁から、差し込む日差しに景護の目は眩む。
ヤツが去ったことで、魔法が解けたのか、闇は晴れ、夜が明ける。
「とりあえず……」
近くに倒れた傷だらけの二人を担ぐ。
「治療を頼むか」
人々がアイザックの魔法から解放され、騒がしくなる城内。
城内の状況と戦った相手についても気になるが、とりあえず今働かせるべきは頭ではなく足か。
景護は足を力強く進めた。
医務室らしき場所でぼんやりとする。
案内してくれたメイドさん、治療が専門であろう医務室にいた魔女。
二人を運び終えた景護には、仕事もなく待つしかなかった。
壁にもたれ、目を閉じていると……。
「グラウス!大丈夫ですか!?」
「カノン様、お静かに!」
慌ただしく部屋に入って来た女王様は、治療している魔女の一喝でしゅんと小さくなる。
彼女が落ち着きも無くうろうろする度に、美しい青色のドレスが揺らめく。
そんなことをしながら、しばらく時間が経ったころに静かにアリアが入ってくる。
「お祖母様……」
「そんな顔しないで。大丈夫、あのグラウスなんですから」
アリアは涙目のカノンを撫でたあと、こちらへ振り返る。
「景護さん、混乱状態だった城内は少し落ち着きましたが、状況が掴めません。グラウスを助けてくださったのも、あなたと聞いています。何があったのでしょうか?」
どう話せば良いものか……。
口下手な景護は、言葉を迷う。
「……あー、実はですね……」
全て話して良いものか?
そんなことを考えながら、城が闇に包まれた後、操られた一ノ宮の襲撃について、見たことを話す。
ただ、神を名乗った男アイザックについては伏せておくことにした。
不安を煽っても仕方がない。
これに関してはグラウスの意見を聞いてからにしよう。
そう思っていた時。
「グラウス様!今は安静にしていないといけません!」
「……ゴホッ!ッガホ!……すまないが、景護君と二人で話させてくれ。景護君!いるかい?」
仕切りになっていた白い布が外され、老紳士の呼び声が聞こえたので慌ててベッドに駆け寄る。
彼の声に一番に反応したカノンが、心配そうに尋ねる。
「グラウス!大丈夫なのですか?」
「ええ、カノン様。お役に立てず申し訳ありません」
「いえ、いえ。あなたが無事で良かった……」
「後で必ずお話いたしますので、まずはこの者と二人にさせてください」
「……分かりました。あなたがそこまで言うのなら、必要なことなのですね」
カノンがアリアと共に部屋を出るが、治療を行っていた魔女は最後まで反対していた。
何かあったらすぐ呼ぶようにと、きつく言いつけられたことで、やっと出て行った。
「医者なら反対するのは当然だよな……。で、話とは?」
……。
……。
話が一段落し、部屋を出るために医務室の扉に手をかける。
そこで聞こえた話し声に、手が止まる。
「だから、グラウスは助かったと言っています」
「ですが、もうあの御方は、肉体が限界です。この国を支える方を失うべきではありませんよカノン様。フラッド様が確認に向かった刻魂石が本物なら……」
「ですから、あれが可能なのか、まだ分かりません。それに本人の意志も……」
「カノン様、この国のため、そしてカノン様のためなのですよ?ガーランサスはグラウス様、そしてアリア様を失うわけにはいかないのです。刻魂石は使うべきなのです。どうかご決断を」
「……あなたは、私の力ではこの国の先が不安だと言いたいのでしょうか?」
「……!いえいえいえいえ!まさか、そんな……アッ!これで失礼します!」
景護が部屋から出ると、身なりのいい男は、慌てて去って行った。
そして、曇った表情のカノンと目が合う。
その目は、言葉を求めている。
そんな風に見えた。
「……グラウスさん、眠っちゃいましたよ」
「……そう……ですか。私も顔を見たら、戻ります」
「では、失礼します」
「国坂景護」
カノンに呼び止められ、振り向く。
「はい」
「あなたの世界に人の不老不死は実現していますか?」




