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記憶は忘れるようにできている



「臭う、臭うな。この部屋に……あの忌々しい雷の魔力の臭いが」



 緑髪のエルフは、顔を歪ませ、正面にある一つの扉を睨む。


 喧嘩……いや、彼女にとってはただの挨拶程度のもの。


 先日、巷で噂の強い女を偶然見かけたので、ちょっと力量が知りたくなった。


 ギルドに存在するランク……新米のランク0から熟練者や強力な戦闘力を持つランク10。


 このエルフの女性……リンはそれの更に上、選ばれし者であるランクJ、Q、K、AのうちのランクQ。


 現在、この特別なランクの女性は彼女しかおらず、彼女自身も自分が頭一つ抜けた存在だと確信していた。


 そんな中、最近彗星の如く現れ、手ごわい敵を倒し、町の評判や、女王の信頼をかっさらっていく二ヶ崎双葉という女。


 興味が湧き、魔法による攻撃を仕掛けたが、そいつはただの腰抜けだった。


 


「チッ」



 その後を思い出し、リンは舌打ちをする。


 落雷を被弾……いや、あれは誰かの魔法だった。


 今までに読み解き、打ち消せなかった魔法はなく、魔法戦では無傷。


 それをあんな横槍に、不意打ちにやられた現実が許せなかった。


 そして、その魔力を辿り、見つけたのが城内のこの部屋。



 無礼者に礼儀など不要。


 そう息を巻き、スカートの大きく入ったスリットから、しなやかな太ももが大胆に見えることも気にも留めず、扉を蹴り開ける。





「勝負でいいんだな?……5とJのツウペア。これは、どうだ?」



「3、6、8、Q、K。全部、はーとでございます。ええと、ふらっしゅ?でしたか景護様」



「おーう、またセツハの勝ちかよ。飯はおごるわ、服は買うわ、あとなんだ?装飾品か?これ以上、何か欲しいものあるのか?」



「あります、あります。服です」



「服ぅ?もう一着、買うのか?仕方な……」



「いえ、景護様の」



「俺の?お前が欲しがるようなやつ、あったかな?」



「いえ、今着ている服です。さぁ脱いでください。私の目の前で。さぁさぁ」



「ちょ、お前。にじり寄って来るな!目がきもい!」




 扉を蹴り開けたリンの目に入った光景は、真っ白な美しい女の子が、平凡な黒髪の男の服を脱がそうと、奮闘している姿だった。



「きゃああああああ!!!」



 敵を見れば噛みつく……そんな凶暴性を持った彼女らしくもない、悲鳴が響き渡る。



「ん?客人か?」



「あら、ここまでですね。次こそ、あなたを奪ってみせますからね景護様」



 景護にしがみついたセツハが、残念そうにゆっくり離れる。


 裏返るエルフの声。



「お、お前ら!まだ日の出ている内から、な、な、なんだそりゃあああ!」



「何って、ポーカーだが」



「ふふ、景護様。こちらの世界にはない遊戯ですから、名前では分かりませんよ」



 無駄に凝り性な夜見が作ってくれたトランプを、ひらひらと景護は乱暴に入って来たエルフに見せる。


 見たことのない札、現代風に描かれた美男美女の絵柄の人、見慣れない物にリンは興味深々で見入る。


 


「遊戯……遊べるのか。おい、どうやる?」



「そこにルール書いてるから、好きなだけ読めばいいさ」



 セツハが何か思いついたようにパンと手を叩く。



「それなら、私と対戦しながら覚えていきましょう」



「そ、そうか。頼む」



 セツハとリンが顔を寄せ合って、一枚の紙を覗き込む様子を、微笑ましく眺めていると、足音もなく何かが、急接近して来る気配に身構える。


 二、三回床の石を蹴る音の後、燕尾服の老紳士が汗をかくどころか、息の一つ切らさずに、壊れた扉の前でピタリと急停止する。




「悲鳴があったと報告があったが、景護君の部屋か。何だこの扉は……。セツハ君かい?悲鳴は?」



 心配そうなグラウスの問いに、セツハはきょとんとする。


 


「いえ、私ではありませんが……」



「おや、そうかい。……もう一人の彼女……。ええ!?リン君!?」



 緑髪のエルフは機嫌が悪そうに、グラウスを睨む。



「なんだよ、ジジイ。邪魔だからあっち行け」



「分かった分かった。はぁ~、その態度。君が悲鳴を上げるわけもないし……。ああ、そうだ。カノン様にあの騒ぎのこと、報告しときなさいよ」



「うるせえよ。後でやる」



 反抗期の子供のような態度を取るリンにグラウスは呆れた表情。


 いつもより、疲れた瞳が景護の方へ向く。



「そうそう、景護君、アリア様が今からお茶しようだってさ。私からも頼むよ、彼女の話相手になってくれないか?」



「え、ええ構いませんよ」



「そ・れ・と、扉。ちゅぁーんと直すんだよ」



「き、……あー、ハイ」



 老紳士のねっとりとした注意に、「気持ち悪い」という言葉は胸にしまい、頷く。


 そしてそのまま、音もなく去って行ったグラウスの背中を見送る。


 溜め息一つに、原因のエルフに言葉一つ。



「オイ、そこの緑髪のあんた、直しといてくれよ」



「フルハウス?なんだそりゃ……うるせえ!やっとけばいいんだろ!今いいところだから、話しかけんな!」



 身勝手な言動に、先程見た呆れた表情に、自分もなっているだろうと思った。



「ったく……。じゃあ、いってくるから。セツハ、あとよろしく」



「はい。いってらっしゃいませ」




 部屋から離れる景後の背中には楽しげな声が届いた。


 セツハに友達ができるのは、良いことだと頷きながら、ふと思う。


 あいつ、何しに来たんだ?




 ……。



 ……。



 ……。



「勝負!9、10、J、Q、K!種類が違うから、ストレート!どうだ?」



「じょーかー含めて、Aのふぉあかーどでございます」



「はー、負けか!あっはっは!運が勝敗を決する遊びだと思っていたが、強いな白いの!」



「いえいえ、たまたまですよ。リン様」



 セツハとリンは笑い合う。



「やっぱり勝負は楽しい。……おっと、こんな時間か。またリベンジしに来るからな白いの」



「ええ、お待ちしております」



 満足そうな顔をセツハに向けた後、リンは扉を指差し、いとも簡単に元に戻す。


 多種多様な魔法を容易に使いこなす彼女は、やはり天才か。



 鼻歌を歌いながら、直した扉をご機嫌に開き、帰路につく。


 城を出た後、魔法の天才は気づく。



「ああ!あの黒髪の雷野郎!」



 間抜けな叫びが、町に響いた。


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