行方不明
「人さらい……誘拐ですか」
「ええ。最近、行方不明の方や、捜索の依頼が増加している傾向にあります」
双葉は城内のある場所に呼び出されていた。
円卓を挟んで向かいに座る、青髪の女性の私室に。
光の当たり方や、見る角度によって色の濃さが変わって見える不思議な美しい髪。
それはまるで空。
澄みきった水色にもなれば、夜空もような黒にも。
それも相まって金色の瞳は、星のようだった。
「誘拐だと思われた根拠はあるのですか?カノン様」
カノン。
カノン・ド・ルーラ・ガーランサス。
現在のガーランサスの若き女王。
故にドレス。
薄い青色のドレスは首元まで隠し、上は長袖、スカートは立ち上がったとき床まで届きそうだった。
「被害に遭われた方々は共通点があります。女性や子供、力なき者達が狙われたということ。卑劣な犯行であると」
「それは、酷い……許せませんね」
「そこで、双葉に調査をお願いしたいのです」
女王直々のご指名。
この町に着いてから、人助けばかりしてきたが、まさかここまでの信頼を得ていることは、双葉にとっても予想外だった。
「え?私!?本当ですか?……私でよろしければ、全力でやらせていただきます」
「ええ、あなただけが頼りです。お願いしますね……ですから」
「えっ?」
カノンは双葉の手を両手で包み込むように握り、金色の瞳で見つめる。
双葉は大きく頷く。
最後の言葉は予想外だったが、決意新たに部屋を後にした。
カノンは一人、物思いにふけっていると、聞きなれた声が扉の外から。
彼には用があったので、静かに立ち上がり、顔を出す。
「グラウス、ちょっと今いいかしら。……あら、彼女はどうしたの?」
「ああ、お嬢様。彼女は今しがた、決闘に敗れまして。治療は終わり、怪我は大丈夫なのですが、いかんせん心が」
「心?」
老紳士に担がれた鎧の女性。
名前は、確か……。
「アンジェ」
「……。……なぜだ。なぜあんな男に……?……その声は」
「アンジェ、あなたの努力を私は知っています。そして、一度の敗北程度で折れないことも。しっかり顔を上げなさい、ガーランサスの騎士よ」
「……!?カノン様!それにグラウス様も!申し訳ありません!無様な姿を!」
鎧の女騎士は、跳ねるように老紳士の腕から飛び出し、直立不動になり敬礼する。
「いいよいいよ。アンジェ君。もう大丈夫かい?」
「ハッ!このアンジェ、直ちに仕事に復帰いたします!カノン様!お言葉ありがとうございました!」
走り去る後ろ姿を二人は眺めながら、自然とグラウスが口を開く。
「いやぁ、見事な手際でございました。お嬢様」
「お嬢様はやめなさいといつも言って……。それより、例の件は」
老紳士の眼鏡の奥、眼差しが鋭さを増す。
柔和な微笑みは消え、気持ちが切り替わったことは一目瞭然だった。
「ええ、お嬢様の推測通りだと思われます。警備の配置、時間、そして新しい被害の状況。それらが指し示すものは……」
「そうですか。それだと厄介ね。では、ここからも慎重にお願いしますね」
「はい」
……。
……。
「同じところを何回も通っているが、道大丈夫なのか?」
現在地、森の中。
町を出て、草原抜けて、森の中。
景護は、クロカと呼ばれる騎士の後に続いていた。
「おや、分かるのかい?流石、アンジェに勝つほどの戦士だね。道は大丈夫。僕には、冒険術、探知、探索のスキルがある。信用してほしい。こんな道順なのは、少しでも目的地を分かりにくくするためだよ」
「尾行の警戒に、俺が道順を覚えることを嫌がってるのか」
「そうだね。だいたいその通り」
「ならなぜ、わざわざギルドに依頼など出す?騎士達だけでやれば、いいじゃないか」
「僕にそう言われても。……巫女様の希望じゃないの?」
先を行くクロカは、足元の枝を蹴飛ばし、地上に顔を出した木の根を飛び越える。
それに倣って、足元ばかり見ていると、青々しい葉っぱが頭や顔を撫でる。
「ところで、こいつは何?」
「何って、アンジェだよ」
「なぜ、剣を構えたままついてくる?」
「君にご執心なんじゃ……。あ、ごめんなさい!アンジェ、剣振りかぶったままこっち来ないで!ごめんなさい!……元気になったかと思えば、おかしいことに」
決闘の後、燃え尽きたかのように動かなくなり、グラウスに連れて行かれた彼女。
クロカの案内で目的地に行こうとなった時、復活して戻ってきたのはいいが、殺意の化身みたいになってしまっている。
彼女は、クロカの横をすっと通り過ぎ、剣を地面に突き刺す。
「わああああ、って、もうこの場所か」
「クロカ、真面目にやりなさい。見張ってるから、後はお願い」
「君がそれを言うか……分かったよ。国坂君、ちょっと下がってて」
彼が片手を上げると、見えない壁に波紋が発生し波打つ。
見えないのに、動きを感じる不思議な光景だった。
『結界ね』
『こりゃまた大規模な』
「本気で隠してあると」
「そうだよ。刻鏡石に保存された呪文を使うと……ほら、時間制限があるから行くよ国坂君」
透明な壁を抜け、木々を抜ければ――
――小さな湖に、一軒の小屋。
いいや、小屋と言うよりあれは……。
「社、いや神社か?」
首都ガーランサスの街並みは、石造りの建物が多く、西洋風だった。
城の存在も相まって、そういう世界だと景護は思っていたが……。
クロカは、一つ深呼吸し、扉をノックする。
「セツハ様、クロカです。失礼します」
「はい」
女性の声。
クロカに続き、建物に入る。
殺風景な空間に、佇む白。
巫女と聞き、勝手な想像だったか、黒髪に上は白の小袖、下は赤い袴を思い描いていたが、景護の目に入った女の子は……。
白髪に、触れば壊れそうな雪のような白い肌。
白の小袖だが、袴も白。
だが、衣類は少し傷んでいるようにも見える。
そして、こちらに向けられたのは、赤。
真紅の瞳と目が合う。
床をぎしぎし鳴らしながら、ぎこちなく近づく。
「依頼の物です」
「まぁ、ありがとうございます」
何に使うかも分からない泥の詰まった袋を渡す。
終わり。
「え?依頼終わり?帰ればいいのか?」
クロカを振り返ったその瞬間。
裾を掴まれる。
「そんな……、冒険者様。ゆっくりお話しでも聞かせてもらえないでしょうか?」
「……僕は外で待っている」
「な、マジか」
案内人は退出し、初対面の女性と二人きりになる。
「お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「く、国坂景護です。よろしくお願いします」
声が裏返った。
『いや、お前……』
呆れた声が頭に響くが気にしない。
「セツハです。はい、よろしくお願いします景護様。あ、こんな時間ですし、食事にしましょうか」
どんな時間だ。
森を歩き回った上に、結界を通ったせいで空も分かりにくく、時間なんて分からなかった。
「どうぞ、俺のことはお気になさらず。あれなら帰りますし……」
立ち上がり、食事の準備に行く彼女の背中にそんな言葉を投げる。
……。
……。
「では、いただきましょうか」
いただくことになってるー。
目の前には、和風の食事。
座布団に座り、床に敷物、その上にご飯、汁、焼き魚、煮た野菜、お茶が並ぶ。
「あの、景護様。今までの冒険のお話聞かせてくださいませんか?私の楽しみなんて、それくらいしかありませんので」
重い。
彼女は、噂通りここで一人らしい。
そんな彼女の期待に応えられる程、話のネタはないがこれまでの旅を振り返る。
ある村でのゴブリン退治、野犬討伐にスフィンクスとの戦い、そして決闘。
下手くそなしゃべりでも、セツハは目を輝かせ、熱心に聞き入ってくれた。
話のネタも尽き、食事も終わったので、彼女に感謝を述べる。
「ごちそうさまでした。久しぶりによくしゃべったので、楽しかったです」
「本当ですか?……景護様、一つ……。一つだけ、聞かせてもらってもよろしいですか?」
「え、ええ」
「なぜ、あなたは、私の、依頼を、受けて、くださったのですか?」
言葉を一つ一つ噛みしめるように、彼女は問う。
ことの本質までは見えないが、意味のある質問だと感じた。
だが、深く考えることでもなく、すんなりと答えは頭に浮かぶ。
そう、依頼を受けたきっかけは。
「アナタが助けを求めていたから、助けに参りました」
そう、不自然な依頼文の言葉。
「私を助けてください」
それが気になってこの依頼を受けることにした。
――涙。
セツハの宝石のような赤い瞳から、涙が一筋。
彼女は、自分を抱きしめるようにうずくまる。
景護はどうするか、一瞬戸惑う。
「クロカさん」
その時、セツハは表で待つ、この場所までの案内人を呼ぶ。
打撃音。
何かを叩いたような音の後、金髪の騎士は入ってくる。
そして、景護を見つめ、……いや、睨む?
複雑な表情には違いなかったが、彼の感情までは読み切れなかった。
「国坂君、明日迎えに来る」
そう言って、踵を返し出て行ってしまった。
涙を拭いながら、放たれたセツハの言葉は信じがたいもの。
「今日は泊まっていってくださいね」




