依頼
「よお、神獣狩りの兄ちゃん」
「あなたは……ああ、職人さん!先日はイヤリングありがとうございました」
「よせやい、良い素材持ってたからって、無理やり頼んで悪かったな」
景護は城に荷物を置いた次の日、武器屋を目指していた。
二ヶ崎は、城で呼び出されどこかへ。
夜見は、「疲れた。今日くらいはゆっくりしてもいいはず」と、誰も咎めてないのに、言い訳を繰り返し、提供してもらった部屋に早速引きこもっている。
そして一人での道中、最近知り合った顔に巡り合った。
背の高い犬耳のおじさん。
スフィンクスの核を手に入れたその日、こいつの価値が知りたくて尋ねた店。
機能や使い方はさっぱりだが、興味の湧く物が多かった。
「そういえば、お店この辺りでしたね」
「おうよ、茶くらいなら出すぜ。今日は現金あるから、あれ換金もしてやれるぞ」
「本当ですか?じゃあ、お邪魔しようかな」
迷いも疑いもしない景護に、職人は気さくな笑顔を向け、心配の言葉を投げる。
「おいおい、俺が兄ちゃん騙して、貴重なあれを安く手に入れようとしてるとか、気にしないのか?」
「そんな人が、代金はいいから加工させてくれなんて言わないでしょうに。それにそれをやるつもりなら、初めて会った時に吹っかけてくるはず」
「ハハハ、お前さんの言う通りか。つまらないこと言って悪かったな。さ、上がってくれ。商売は信頼が命。兄ちゃんの信頼に応えた取引をするさ」
ドアを開けば、魔法道具、装飾品を扱うレトロな雰囲気がたまらない薄暗い空間。
レンガの壁に、天井の古臭いランプ、無駄に飾られた歯車、鎖が巻き付けられた大量の錠がついた箱。
装飾品が乱雑に置かれた、棚の横にある椅子を指差す職人に従い、そこに座る。
目の前の机には、錆びた金属製の腕輪、汚れたガラスの容器、砂の詰まったビンなど、ゴミと勘違いしそうになる物もある。
カップを持ってきた職人が、それらを腕で払うように全部落としてしまう。
けたたましい音がするかと思い、景護は身をすくめる。
ところが小物達は、バウンドし、棚の空いているスペースへと収まっていった。
「自己紹介が、まだだったな。俺はホクト。ほっくんでも、ほーちゃんでも好きに呼んでくれや」
「ははは。国坂景護です。ホクトさん、よろしくお願いします」
差し出された右手に握手で応えると、ホクトは景護の肩を軽く叩く。
「景護、そう硬くなるな。タメ口でいいぞ」
「……それじゃ、軽い感じで」
眩しい笑顔に、微笑み返す。
カップに口をつけ、唇を潤す。
手のひらくらいの大きさの、結晶を手渡すと、ホクトはまじまじと観察を始める。
「すげぇ」「驚いた」自然と漏れるそんな言葉たち。
一つ頷いた後、紙幣の束に大量の硬貨を取り出す。
「こんなもんか。これだけあればしばらくは、金に困らんだろう」
「買い物の時、毎回結晶を渡すのは避けたかったので、助かりました」
「紙幣を使うようになったのは……先々代の女王様の時だったか。だから、今でも物々交換に拘る人もいれば、旧式の金貨を使いたがるやつもいる。相手見ながら価値のある物は、上手く使うんだな」
「はい」
板が殴られたかのような打撃音。
バァンという音に、紙幣を数えていた目を上げる。
開けられた反動だけで、元の状態に戻り閉まるドア。
ガサツな来客者。
「くっら!薄暗ーい。おじさんいるー?……うわ!夜以外にお客さんとかめずらし!」
聞き覚えのある快活な声。
薄暗い部屋で目を細め凝視。
獣の耳が見えるから、獣人か。
「おーい、おじさーん!」
「はいはい、おうよ、ここにいる。今、客人がいるからちょっと待ってろ」
「えー、掃除しにきただけだから、勝手にやっとくよー。夜にお客さん来るまでに綺麗にしたいじゃん」
「いつもすまんな!」
「ほう、店の手伝いとは立派だな。ナッツ」
「げ、何であんたがいんのよ!レベルい……バカ景護!」
これまた、最近知り合った獣人の女の子。
褐色の肌に、筋肉質な身体。
「俺の客だからだ。……それにしても、お前のあの二人以外の知り合いか。しかも、男。男……男なぁ……ほーう」
ホクトはニヤつきながら、顎を撫でる。
「~~!べっつに、一緒に依頼やっただけよ!」
「ということは、ナッツが言ってた自称宙の祝福か。核の盗人を疑っていたわけではないが、これで神獣狩り確定だな。本物の勇者、いい男と知り合えて嬉しいぜ、景護」
真っ赤な顔でそっぽを向くナッツに、嬉しそうなホクトが視界に入る。
「そんな、大袈裟ですよ」
「今、この町はお前さんの話で持ちきりだぜ。神獣狩りの正体は?ってな。何で、自分の功績を隠してんだ?」
「別に隠しているわけではないんですけど……」
ふと、景護は思う。
確か、あの時間帯は二ヶ崎に留守番しているように言われていたが、勝手に依頼を受け、外出。
それがばれないために、何となく黙っていたが……。
「同級生に嫌われないためとか、格好悪いなぁ……」
ぼそりと呟きが漏れる。
「え?何か言ったか?まぁ、景護が黙ってんなら、従うぜ」
「うわぁ、すっごいお金!あんた、しばらくなんもしなくていいじゃん。これから、どうすんの?」
お金を三つの袋に分け、片付けていると、ナッツが覗き込んでくる。
その顔に、疑問の答えとして石を見せる。
刻鏡石……人の記憶や呪文を保存できる石だ。
ギルドには大きな掲示板のような石があり、それはこの石でできている。
そこで、記録されている依頼を皆が確認し、受付に申し込む。
かなりの文量を記録できるため、スペースの都合で依頼が掲示できないということはない。
受諾が終われば、自分が持っている小さな刻鏡石に、受けた依頼の文を記録しても構わない……コピーアンドペーストというわけだ。
自分の記憶からわざわざ移すより手軽で、他人と共有しやすいらしい。
「んー?この人の依頼珍しく無いと思ってたら、あんたが受けてたの」
「よくある依頼なのか?」
「まーね。巫女の道楽、慰みもの探し、男漁り、寂しさの紛らわしとか、言われてんの聞いたことあるなー」
「おい、ナッツ。巫女様は俺らのために、一人で役割を果たしてくれてんだぞ」
「アタシは分かってるよおじさん。ただ、事情も知らない連中が、好き放題言ってるって話!」
考え込む景護。
情報が不足していて何とも言えないが、事情があるらしい。
「詳しく聞きたいんだが……」
ナッツとホクトは顔を見合わせる。
困っているというより、詳しく知らない様子。
「俺が知ってんのは、巫女様がどこかの村で、魔物を封印してるらしいってことくらいか。方法は機密だから、ほとんどの人は何がどうなってるのか知らないな。それが、好き放題言われてる原因かねぇ」
「必要な物資は城の騎士連中が運んでるんだけど、それ以外にも納品の新しい依頼が、次々と出されているんだよねー。それも、悪い噂に繋がっちゃってんのかもよ」
とりあえず、景護は考えをまとめる。
分からないことが多いから、噂が一人歩き。
城からの物資……税金が絡んでいると、町の人は良い目で見ないだろう。
自分は苦労しているのに、あいつは物を提供してもらっている。
面識もなく得をしている相手へ、人は当たりが強くなりがちだ。
巫女様による恩恵がもっと分かりやすければ、こうはなっていないはず。
自分で確認するのが、得策と思える。
考えが整理できたので、カップの紅茶を飲み干して、席を立つ。
「ホクトさん、色々ありがとうございました。そろそろ行きます。紅茶ごちそうさまでした。ナッツもありがとな」
「おう、またこいよ景護。魔力、攻撃力、防御力、あと一押し上げたいと思ったら来てくれや。今日もらったやつ、腕輪にでもしといてやるぜ」
「もう行くのかよ。……あたしは、よくここにいるからな」
「なんかあったら、頼れってよ」
「おじさん!そんなこと言ってないじゃん!」
賑やかに言い合う二人に軽く手を振り、店を後にする。
「っと。すいません」
店を出た瞬間、何か硬いものにぶつかる。
感触は金属。
鎧を装備した騎士か何かか、と視線を上げ顔を見る。
顔が無い……が、その風貌には見覚えがあった。
「ギーアじゃないか」
顔無しの鎧、デュラハンのギーア。
数少ない、景護の知り合い。
「おお!景護殿!この店のこと、ご存じでしたか。ということは、ナッツにも会いましたかな?」
「偶然だけどな。また三人で依頼でも行くのか?」
「いやいや、今日は違いますぞ。今日は景護殿を探すのを、ナッツに手伝ってもらおうと思っていましたが、手間が省けましたな」
「俺?」
首を傾げる。
知り合ったのは最近、特に用事など心当たりもない。
ギーアは大事そうに抱えていた、剣道の竹刀袋のような物をこちらへ手渡す。
手で、開けてみろと促してくる。
顔があれば相当にやついてそうだなと勝手な想像をしつつ、頑丈に結ばれた紐を解き、慎重に中身を取り出す。
「これは……刀!?」
景護の反応に、鎧は嬉しそうに手を叩く。
親指をグッと立て満足をアピール。
この世界では、両刃の西洋風な剣しか見つからなかった。
そういう世界だと、諦めていたが、反りのある片刃の刀があるとは思いもしなかった。
「景護殿が、スフィンクスをぶった切ったのを見て、思い出したのです。武器屋で眠るこいつのことを。同じ形状であると。ぜひ受け取ってほしいですぞ」
「い、いや、ありがたいが、金ならある。払わせてくれ」
「いやいや、命を救ってくれたお礼ですから!それに、こいつは誰も使いこなせず、売れ残り、格安になっていた物。大した値段ではないですぞ。ささ、遠慮なく。我々の初共闘記念ですな。戦友!」
戦友ときたか。
そこまで言われて、遠慮するのは無粋というもの。
「そうか、そこまで言うならありがたく。しかし、この世界で刀なんて作ってる物好きいたんだな」
「おそらく、以前の宙の祝福……景護殿と同じように異世界からきた誰かが作成依頼したか、それとも己で作ったか。それが、売られて店に流れてきたのではないかと思いますぞ」
景護は、異世界転生者が自分を含め、複数いることを思い出す。
クラスメイトの三人以外にも、いる可能性はゼロではない。
「とにかく、ありがとなギーア。大切に使わせてもらう」
「いやぁ、いらないと言われなくて一安心」
異世界でできた友に別れを告げ、依頼の運搬する物を受け取るために、城へ戻る。
「これは、何ですか?」
「見て分からんのか?泥だ」
「泥」
城の入り口付近、警備の騎士に要件を伝えると、届ける物を持って来てくれたのは、良かったのだが……。
袋いっぱいに詰められた泥を受け取る。
巫女様が欲しがっている物らしいが、泥ときたか。
「あの、依頼にある村までの地図とかありませんか?」
「何を言っている?あの村の位置は極秘だ。我々、ガーランサスの騎士と共に行く」
位置が極秘。
荷物は泥。
景護は混乱しないように、頭を振る。
「それより、いいのか?事前の面接と実力テスト受けにいかなくて」
「え?そんなのあるんですか?」
「ああ、知らなかったのか?我々、城に仕える騎士と組む依頼は、事前にテストがある。信用を稼いで、ランクの高いやつらは必要ないが、君みたいな新米には……」
「必要ないよ!私が許可する!」
眼鏡をかけた燕尾服のよく似合う老紳士。
頭は白髪だが、背筋はまっすぐ伸び、堂々とした立ち振る舞い。
手に持った扇子をピシャリと閉じ、こちらへ向ける。
「国坂景護君!また会ったね」
「グラウス様!……よろしいのですか?」
警備の騎士がおどおどと尋ねる。
そう、グラウス。
ギルドで初めて依頼を受ける時もなぜか、景護を贔屓してくれた老人。
その正体は、隠居した女王の元右腕か、現役のガーランサスの重役のどちらかと聞いていた。
ここまでの行動だけでも、彼の権力は機能していることが分かる。
つまり、女王の右腕とも呼べる大物だろう。
「私は反対です!グラウス様!」
グラウスの後ろから現れた、白銀の鎧をまとった騎士二人。
金髪の男女それぞれ一人ずつ。
「ア、アンジェ。グラウス様の許可が出てるんだから、いいじゃないか」
「クロカは下がってなさい」
「い、いや、でも」
「い・い・か・ら」
女性の騎士に気圧され、男性の騎士は委縮してしまう。
景護と向かい合ったアンジェは、腰の長剣を抜き、顔の前にまっすぐ立てる。
「こんな、得体の知れない新米冒険者、信頼できません。見てくださいよ、武器はぼろい剣に、防具は布の服。共に仕事を行うなど不可能であると思います。グラウス様」
『正論』
「私は協力してもらった方がいいと思うよ。そのための依頼とギルドメンバーだからね」
熱くなったアンジェとは対照的に穏やかにグラウスは言葉を返す。
「……。では、面接をグラウス様が行い合格ということで、実技のテストを今から私が」
「強情だねぇアンジェ君。やってもいいけど、やめた方がいいと思うよ」
「……。グラウス様の許可が出ました。こちらへ」
アンジェに従い、ついて行く。
城の中庭、開けた空間に辿り着く。
「ルールは……」
「ルールがあるのか」
景護が話の中で途中で、しゃべったことが気に障り、苛立ちを見せるアンジェ。
「……。相手が降参するか、意識を奪えば勝利でいいですよね。治療費、回復のポーションは私が出します」
「……はぁ。異議なし」
「審判は私がしようかね。死にそうになったら、止めないといけないし」
グラウスが、景護とアンジェの間に立つ。
向かい合う金髪の女騎士を観察する。
アンジェ……レベルは35。
スキルまでは分からないが、剣術を中心としたものだろう。
装備はガーランサスの騎士の標準的な物。
白銀の鎧に、長剣。
性能は、そこらの冒険者の装備よりいい物のはず。
「始め!」
グラウスが下がり、合図を叫ぶ。
「本当に依頼やる気あるんですか?そんな、奇妙な剣に布の服」
構えない相手に、アンジェは問う。
「あるから来た」
「そう、ですか!」
地を蹴り騎士は剣を振るう。
白銀の一閃。
男の胴を難無く捉える。
手応え十分、男は横腹を裂かれる。
ぐらりとそれは、膝をつき……。
――溶けて消えた。
いや、地面に映る影となる。
背後から、アンジェの首筋に刃物が当てられる。
『六つの影よ、器を模り敵を欺け。……そう斬ったのはただの影。影武者だ』
「勝負ありだ。降参しろ」
影から現れた男が、女騎士の命を握る。
怒り。
剣術の競い合いでないことに。
怒り。
一撃で負けた自分への不甲斐なさに。
「ふ、ふ、ふざけるなああああああああ!!!!騎士の決闘だぞ!正々堂々戦え!お前みたいな、騎士としての覚悟も誇りも無いやつに!ぼろい剣と手抜きな装備、準備に!わ、私が負けるかあ!」
「正々堂々?止めたほうがいい。折れるぞ」
アンジェは景護が、傷を与えないのをいいことに、距離を取り、勝手に仕切り直す。
「構えろ!私の何が折れる!この剣は、ガーランサスの兵となった我が誇り!簡単に折れることなど!ない!」
勢いをつけ、こちらを斬ろうと剣を振りかぶる姿が目に入る。
腰の鞘に手を当て――
踏み込みすれ違う。
振りぬいた一刀を鞘に戻す。
居合斬り一閃。
女騎士の胴を薙いだ軌跡は白銀の守りを断ち、鮮血が流れ出る。
アンジェは静かに倒れ、明確になった実力差。
それによって、折れるものは……。
「何が折れるかって?お前の自尊心だ」




