自らの足で(Girl's Side)
自らの足で(ガールズサイド)
藍川秀一
なぜだか最近、一人の男が良く視界に入るようになる。ストーカーか? と疑問にも思ったが、どうやらそうではないらしい。二ヶ月ほど観察して見たが、ただそこにいるだけの存在ではあった。学期が変わったことで講義の時間が変更になり、電車へと乗るタイミングがたまたま一緒になっただけのようだ。
しかし、降りる駅も同じ、受ける講義も同じとなると違和感のようなものを感じざるを得ない。おかしいと感じている部分はそこだけではない。駅から学校までの道のり、講義での席順、その二つとも、どうしてか私の前にいることはなかった。そして妙な視線を背中に感じる。今まで感じたことのない不思議な感覚だった。他人からの視線はそれなりに慣れているつもりではあるが、悪い気がしないのは何故だろう。
世の中のほとんどの人は邪魔な物を見るようにして、私の先を歩いて行く。たまに私に手を差し伸べてくれる人間もいる。しかし、彼らの思考の中に私という人間は存在していない。自身の同情心に似た欲求を満たすためだけに手を差し伸べているだけだ。
そんなもの、私はいらない。
自分の体が、普通の人と違うことは理解している。必要以上に、世間に迷惑をかけていることも知っている。それは、私が一番知っていることだ。
私は、一人では生きてはいけない。でもだからこそ、一人で、生きていこうとしなければならない。背伸びをしなくてはいけない。
それは、私が、私でいるために必要なことだ。
だからというわけではないが、彼の視線に異質さを感じざるを得なかった。ただ私を、見ているだけなのだ。面白がっている様子でもない。近くも、遠くもない距離で私を観察しているようだった。
しばらくの間、そんなことが続いたため、視線そのものがくすぐったくなってくる。ストレスとはまた違うが、もどかしさというか、胸が痒くなるような感覚が消えない。
耐えられなくなった私は、直接聞いてやろうと、後ろにいる彼の方へと振り返る。不安定なまま振り返ったせいか、私はそのままバランスを崩し、倒れそうになった。そしてふわっと、何かにもたれかかる。私が寄りかかっていたのは彼の体だった。思ったよりも大きく優しさの感じる、芯の通った体。私は何も言えなくなって、小さく頭を下げながらその場を立ち去る。鼓動が早くなり体が暑くなる。
私にとっては初めての感覚。顔全体が、沸騰しているかのように熱い。
私はどうしてしまったのだろう。できるだけ早く、足を動かす。彼の温もりを思い出す。私は、知らない感情にとらわれる。
でも不思議と、悪い気はしなかった。
〈了〉