表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

私は沢山の人を殺してきた

作者: 中山おかめ

 201X年12月24日クリスマスイブ。

 一人の少女が殺される。

 少女の名前は、そうだな……如月きさらぎまゆみだ。

 誕生日は少女の名に相応しい2月21日。うお座。血液型はA型。

 出産時の体重は2320グラムの未熟児だった。

 まゆみの出産後まもなく、母親は他界した。

 妻の忘れ形見であるまゆみを守るべく、父親は必死の思いで育児と仕事を両立させる。

 まゆみに危機が迫ったとき、どんなときでも父親は駆けつけ、彼女を守った。

 まゆみはそんな父親が大好きだった。


 父親の努力の甲斐あって、まゆみは肉体的にも精神的にも、すくすくと健康的に育った。

 努力家で頼りになるお姉さん的存在。同世代のまゆみに対する評価だ。

 シングルファザーである父の背中を見て育ってきたため、周囲にはまゆみが大人びた存在に見えたのだろう。

 実際、まゆみは同世代の子と比べて達観していた。

 そしてそれは決して後ろ向きなものではなく、むしろ彼女は前向きで明るい性格だった。

 この性格は「生きているのなら何とかなる!」が口癖だった母親からの遺伝なのかもしれない。

 しかし、無情にも彼女の命は儚く散ることになる

 鋭利なナイフで胸を貫かれ、出血多量で死亡する。

 理不尽な最後を目の当たりにした父親は精神を病み発狂し、連続殺人鬼と化してしまう。


 ***


 ここで私は一旦筆を置いた。

 ウーン、と間延びした声を出しながら背を伸ばし、凝り固まった筋肉を解す。途中、視界に12月24日を示す日めくりカレンダーが飛び込んできた。

 一人の少女の命を奪ったことに幾ばくかの罪悪感を覚えつつも、今しがた紙に書き込んだ設定の羅列に目を落とす。


 現在、次回作に向けての前準備――プロットや舞台、発生する事件を模索している最中だ。

 次回作にはとりあえず連続殺人鬼を出すことを考えている。

 町を舞台に、異常な連続殺人事件が発生し、主人公が犯人を捕まえようと奔走する。

 言葉で書くのは容易いが、それを面白く魅せるのがどれだけ難しいことなのかは、想像に難くないだろう。


 さて、話の肝となる殺人鬼の設定はどうしたものか。

 悲劇性と犯人の異常性を強調するために、ありきたりかもしれないが、少女を狙った連続殺人鬼を考えていた。


 殺人事件を考えるに当たって、動機というものはとても重要だ。

 犯人は生粋のサイコパス。重度のロリコンで、少女をいたぶる事に性的興奮を覚える異常者。罪悪感など無く、ただ自らの快楽のために、犯行を重ねる。

 このようなキャラクターで事件を発生させることも可能だが、私は余り好きではない。

 先に挙げた人物像は絶対悪だ。産まれながらの悪人と言い換えたほうが適切かも知れない。

 このキャラクターは、幼女を殺すということが行動理念のため、作者的にはとても動かしやすい。

 目的も動機も『気に入った少女が見つかったから』で片付く。

 『少女を殺すため』という理由でどんな行動でも取らせる事ができる。

 だが……これはもやは人間ではない。ただ人を殺す機械だ。リアリティーが無い。

 いや、現実には、こんな機械みたいな人間も存在するのだから、リアリティーが無い訳ではないのだが。


 現実と同じように、創作上においても機械的で人間味の無い人物は好かれない。

 というか私が好きじゃない。少なくとも私の作品上に登場させたくない。

 これは私の自論だが殺人鬼であれ極悪人であれ、どこか人間味があり思わず共感してしまいそうな……いや、本当に共感されたら心底困るのだが、そのようなキャラクターでなければ物語は面白くならない。

 そして、創作に携わるものは揃って口にする。


『魅力的なキャラクターを生み出すことができれば、物語は勝手に紡がれる』


 これは事実だ。今まで長いこと物を書く仕事をしてきたが、キャラクターが物語を生み出し、物語がキャラクターを形作る経験を何度もしてきた。

 だから、私は物を書くに当たって、まずはキャラクターを最優先で作り上げる。


 ……思考が逸れてしまった。今は殺人鬼の人物像を作り上げている最中だ。

 殺人鬼の正体は、意外性を出すために娘がいる父親キャラで行こうと決めていた。

 子供の愛おしさと、その命を奪う罪深さを誰よりも理解している父親が、何故少女を狙う連続殺人鬼となってしまったのか。その原因を模索していたのだ。

 そして、その過程で生まれたのが『如月まゆみ』なのだ。


 酷い言い草だが、彼女は父親殺人鬼というキャラクターを生み出すための踏み台に過ぎない。

 設定上存在するだけで、物語本編に登場させる気は毛頭無い。

 登場させる気が無いのなら、キャラクターを作り込まなくてもいいのではないかと思うかもしれないが、そんなことは無い。

 娘というキャラクターを練り上げてこそ、父親殺人鬼が輪郭を持ち、活き活きと活動を開始する。


 そう、娘は父親殺人鬼の根幹だ。このキャラ設定を疎かにしていては、物語を進めていくうちに父親殺人鬼の人物像にブレが生じてしまう。だから娘から考えようと思い、今に至るのだ。

 その甲斐あって、父親が殺人鬼となった原因が見えてきた。

 私は書き留めた如月まゆみの設定を読み返しながら、如月父の設定を固めていく。


 如月父の名前は……娘の名前が『まゆみ』なのだから……そう、正樹まさきだ。如月正樹きさらぎまさき

 『まゆみ』は両親の名前を元に名付けられた。となると、妻の名前『ゆみか』だ。まさきの"ま"と、ゆみかの"ゆみ"で『まゆみ』。

 妻のゆみかは既に他界しており、正樹の家族は忘れ形見である、まゆみのみ。

 そして手塩に育ててきた一人娘が無残に殺され、彼は娘と同い年位の少女を狙った連続殺人鬼になる。


 ……いや待て。娘を殺されたことで、どうして少女を狙う連続殺人鬼になるのだ。復讐鬼ならまだしも。

 そもそも、娘は、まゆみは一体誰に殺されたのだ? 何故殺されたのだ?

 しかも『まゆみに危機が迫ったとき、どんなときでも父親は駆けつけ、彼女を守った』という設定にしたはいいが、結局守れてないじゃないか。


 再び行き詰ってしまった。実際の事件を調べ参考にしようかと思ったが、まだ早い。

 事件を調べるのは殺人鬼の設定がちゃんと固まってからだ。でないと設定が事件に引っ張られ、自由な発想を阻害しかねない。

 それに、実際に発生した猟奇的事件を調べるのは些か、いやかなり気の滅入る作業だ。

 パンパンに膨れ上がった水風船のような状態の頭で調べ物はしたくない。


 そうだ。私は疲れているのだ。そろそろ一服したいし、休憩にしよう。何か甘い物も摂取したい。ホットココアでも作ろうかな。

 私はデスクから立ち上がると、ヤニと甘味を求めてダイニングへ向った。




 ***




「……すか。起……さい」


 淡いまどろみの中、誰かが私を呼ぶ声が聞こえる。


「起……て……さい。大丈……か?」


 幼い少女の声だ。張りのある声。声だけで判断すると、しっかりとした子供の印象だ。


「起きて下さい!」


 一際大きな声が鼓膜を震わせ、私はついに目を覚ました。


「大丈夫ですか? ずいぶんとうなされてましたが」


 可愛らしい少女が目の前にいた。


「いや、大丈夫だよ」


 私は少女を安心させようと笑顔で答えた。

 特に悪夢を見た記憶は無いが、寝る直前まで父親殺人鬼の設定に頭を悩ませていたのだ。うなされていたのはそのせいだろう。

 椅子から立ち上がり、時計を確認する。現在時刻は23時20分を示していた。


「いやそもそも君は誰だい? どうして我が家にいるのかな?」


 私はしがない独り身だ。この少女が我が家に、それも真夜中に居る理由が思い当たらない。

 だが、どうしてか私はこの少女を知っている気がした。


「あたしですか?」


 少女はくるりと身を翻し、朗らかな声で名を告げる。


「始めまして。如月まゆみです」


 私は目を白黒させた。


「これから殺される如月まゆみです」


 変わらず朗らかな声で、まゆみは自らの死を宣告した。

 付けっぱなしにされていたテレビから、妊産婦死亡のニュースが流れた。




 ……なんだこの少女は。私のことをおちょくっているのか。

 何故如月まゆみのことを知っている。

 さては書斎に忍び込んで、設定メモを盗み見したな。


「君。大人をおちょくるのは感心できないな」

「おちょくってません。作者さんが決めたことでしょう? あたしは12月24日のクリスマスイヴに、つまり今日刺し殺されるんですよね」


 まゆみは12月24日の日めくりカレンダーを指差しながらそう言った。


 やはり設定を見ていたようだ。

 まったく、性質の悪いイタズラをする餓鬼がきだ。

 今日はハロウィンじゃないからお菓子はあげないよ。


「一体何が目的なんだ。クリスマスイヴにイタズラをする慣習なんて聞いたこと無いぞ」

「目的……ですか? うーん。なんだろう。あ、でもとりあえず殺されたくないです。殺されるとしても、苦しまないで死にたいなあ」

「穏やかじゃあないことを言うね。子供が殺すとか死ぬとか、そんな言葉を軽々使っちゃいけないよ」

「でも、あたしは今日中に、後35分以内に殺されるんですよ」


 そう言って、まゆみは壁時計を指差した。

 時計は23時25分を示していた。


「親御さんに迎えに来てもらうから、家の電話番号を教えなさい」

「電話番号? そんなものないよ」

「何を言ってるんだ。自分の家の電話番号くらい覚えてるだろう」

「ううん。知らないんじゃなくて、ないの。だって作者さんが設定してないから」


 大人気ないとは思いつつも、いい加減この少女に苛立ちを覚え始めていた。


「ったくふざけた子供だな。お母さんの顔を見てみたいよ」

「お母さんは……もう居ない。あたしが生まれた直後に死んじゃった」

「それは……ごめんなさい」

「ううんいいの。だって作者さんの設定なんだから、しょうがないよ」


 この餓鬼がきはいつまでおふざけを続けるんだ。


「でも大丈夫。パパがあたしのことを一生懸命育ててくれたから全然寂しくなかった」

「それはそれは……ご立派なお父様ですね」

「うん! パパ大好き」

「でも、それも私の設定だろう」

「その通り。作者さんの設定だよ」


 腹立たしさを覚えるのと同時に、どこか自己嫌悪にも似た感情が、小さな灯火となって胸の内側をチリチリと焼く。

 悪戯いたずらだと分かっていても、面と向かって設定設定と連呼されるのは中々に辛い。

 しかも彼女は殺すために生み出したキャラクターだ。罪悪感がストレートに私の胸を穿うがつ。


『キャラクターなんて空想の産物でしかないだろう。罪の意識を覚える必要が何処にある。夢と現実の区別が付いてないんじゃないか』


 そう言う者もいる。実際私もそう思う。

 キャラクターは現実に存在しない。存在しないものに対する罪悪感なんて意味がない。架空の存在に思いを馳せるなんて時間の無駄だ。

 分かってる。十分に分かってる。だが、理屈じゃあないのだ。


 物語を盛り上げるために不幸の雨を降らせたときに感じる後ろめたさ。

 舞台装置のために罪なき者達を針山に向わせるときのやるせなさ。


 物語を紡いだことのない者に、この感情、感覚を伝える術を私は知らない。


「……それで、君は何が望みなんだ」

「望み? さっきも言いましたけど、殺されたくないです」

「おふざけは、ここまでにしようか」

「あたし、ふざけてなんか無いです」

「じゃあ尋ねよう。殺されると分かっていながら、君はどうして私の前に姿を現したんだい?」

「んー? どういう意味ですか」

「君が今日殺されるというのなら、君は鍵の掛かる場所に閉じ篭っているべきなんだ。今からでも遅くない。トイレにでも閉じ篭っていてはどうかな」

「うーん……無駄だと思います。だってあたしは殺される設定なんですから。作者さんがそう設定したから、絶対に殺されるんです。どんな抵抗をしても、あたしはクリスマスイヴに殺されるんです。そういう設定なんです」


 設定設定の連呼に苛立ちが募り、大人気なく声を荒げる。


「大人をからかうのはいい加減にしな! 第一、殺されるって、誰に殺されるというんだ!」

「それは作者さんが設定してないから分かりません」

「じゃあ今その設定を考えてやる」


 私はやけくそ気味に、頭に浮かんだ設定をそのまま口に出す。


「そうだな。こういうのはどうだ? 実は今この家には私達2人だけじゃなく、泥棒が忍び込んでいた。泥棒は目を覚まし、隠れていたクローゼットから姿を現すが、ここには私達が居る。顔を見られたからには生かしちゃおけないと、男は懐からナイフを――殺傷能力の高いダガーナイフを取り出す。そして手始めに君を刺し殺す」

「わぁすごい! 設定って、一瞬でできるものなんですね」

「いや適当に思いついたことを並べただけだよ。こんなの設定でも何でもない。っていうかクローゼットの中で惰眠する泥棒なんてありえない」

「でも、その設定は認められたみたいですよ」


 そう言いながら、まゆみはクローゼットを指差した。

 クローゼットの扉が、独りでに開く。


「ふあぁぁぁぁ……ああ、よく寝た」


 そして、一人の男が欠伸をしながら姿を現した。

 そして、目が合った。


「なっ! テメエらオレの顔を見たな……」


 そう言いながら、男は懐からダガーナイフを取り出した。

 余りの展開に、私は開いた口が塞がらなかった。


「ぶっ殺す!」


 男が腹を空かせた肉食獣の如くまゆみに飛び掛り、馬乗りになる。

 まゆみは「助けて!」と悲鳴を上げるが、男の大きな手が口を塞ぎ、声を封じる。


「ワリいな。顔を見られたからには、たとえ餓鬼でも生かしちゃおけねえんだよ」


 死刑宣告。そして男はダガーナイフを振り上げた。


「止めろ!」


 私はテーブル上のガラス製の灰皿を手に取り、全力で男に向けて投げた。

 灰皿は真っ直ぐ飛び、男の頭に直撃した。

 ワオ! ドルベッシュも真っ青なコントロールだ。

 もしかしたら今からでもプロの野球選手になれるんじゃないか私?


「ギュエ!」


 神ピッチングに喜ぶ私を余所に、男は奇声と共に床に突っ伏し動かなくなった。男の手から離れたダガーナイフが床に落ち、カランカランと派手な金属音を立てる。

 まゆみは覆いかぶさる男の下から抜け出し、泣きながら私の元へ駆け寄ってきた。

 私は彼女を抱きとめ、優しく背中を撫でる。


「大丈夫だ。もう大丈夫だから」

「ほ、本当に? もう、襲ってこない?」

「大丈夫だ。彼は気絶しているよ」

「気絶? 死んだんじゃなくて?」


 男に投げつけた灰皿がゴロゴロと転がってきて、これ見よがしに私の足元で止まった。

 縁には赤黒い液体。男の頭からも同じ色の液体が滴り落ちている。


「い、いや……嘘だろ!」


 私は慌てて男の元へ近づいた。


「お、おい君! 大丈夫か!」


 男の体を揺さぶる。反応が無い。

 鼻元に手を当てる。息してない。

 胸に耳を当てる。心音が聞こえない。

 生気が無い。生きていない。やばい!


「そ、そんな……私は、そんなつもりは……」

「やっぱり……死んじゃったの?」

「ああ……私が、殺してしまった……」

「別に作者さんが気に病む必要はありませんよ。だって設定なんですから」


 ついさっきまで鼻声だったまゆみの声色が、急に冷淡なものに変わった。


「君は……何を言ってるんだ。人が死んでいるんだぞ!」

「人? 違います。設定です。設定が死んだんです。死に設定です」

「ふざけたことを言うんじゃあない!」

「でもほら。あれ見て」


 まゆみが男を指差した。

 すると、男の全身が文字の書かれた白黒の紙に変わり、クシャクシャに丸められ、ゴミ箱の中に放り込まれた。まるで、貴様は没だ、と言っているかのよう。

 私は自らの頬を親指と人差し指で掴み、そして思いっきり捻った。


「痛い」

「な、何してんの、ですか?」

「夢じゃないか確かめた。とても痛い」

「痛くて当然だと思うけど」


 まゆみが呆れ気味に話す。

 何が起きているのか、さっぱり理解できない。


「君は一体……何者なんだ? 今のは一体……何なんだ?」

「あたし? あたしは如月まゆみ。後28分以内に何者かに殺される設定の如月まゆみです」


 そう言って、まゆみは時計を指差した。

 時計は23時32分を示していた。


「まて、待て待て待て。まずは状況を整理しよう」

「整理って、もう薄々感づいているんじゃない?」

「いやいやいや。大人は子供と違って非現実的なことを受け入れられないんだよ。とにかく少し付き合ってくれ」

「別に良いですけど、手短にしたほうが良いと思うよ」


 まゆみはすねをハの字に広げて腰を下ろし、女の子座りの体勢になる。


「まず、君とさっきの男は、私が生み出したってことなのか」

「そうです。私達は作者さんが生み出したキャラクターです」

「キャラクターは、私の設定通りに行動するってことか。男が君を殺そうとしたのも、私がそう設定したからなのか?」

「うん。キャラクターは自分の設定に忠実です」

「じゃあどうして男は消えた? 私は死んだら紙になるなんて設定はしてないぞ」

「うーん……多分なんだけど、作者さんがあたしを殺す設定としては駄目だって判断したからじゃないですか?」

「それはつまり……没ってことか」

「あ! それが一番しっくりしますね。そうです。さっきの男は没なんです。あの男は没ったんです」


 戦没、病没、死没等、没には死ぬ、という意味がある。

 成るほど。「没った」とは良い得て妙だ。


「まあ、確かにさっきの男は没個性だったからなあ」

「確かに。あんな人を作品に出してもすぐ埋没しそうですね。没って正解です」

「というか君、初めて会ったときからキャラ変わってない? 初対面時はもっと、こう、ちゃんとした少女らしかった」

「それは作者さんの中であたしの設定が変容しているからじゃないですか」


 物語とは生き物だ。

 連ねていくにつれ、当初の予定とは全く異なる展開になり驚くことが多々ある。

 展開が変われば、設定も変容し、時には根幹から変えざるを得ないこともある。

 まあ、これは私の構成力不足だけなのかもしれないが。


「あれ? お出かけですか?」

「ちょっと頭を冷やしに外へ出ようかと」

「多分、出られないと思うけど……今この部屋は――」


 まゆみの話を最後まで聞かずに、私は扉の取っ手を掴んだ。

 だが、扉は接着剤で固められているのか、一ミリも、いや、一マイクロメートルも動かなかった。


「出られないのだが」

「だから言ったじゃないですか。出られないって」


 私は固定電話に手を伸ばし、110番する。

 悲しいかな警察の応答無く、呼び出し音が空しく繰り返されるだけだった。


「出ないのだが」

「だから、今この部屋は別の、じ、じ、じ……」

「次元?」

「そう! 別の次元にあるから、電話も無理です」


 頭が痛くなってきた。一体私は何に巻き込まれているというのだ。


「巻き込まれたんじゃなくて、踏み込んだんじゃないですか?」


 まるでまゆみが心を読んだかのように問いかけてきた。


「つまり、今起きているこの異様な現象は、私が望んだことだと?」

「作者さんが望んだかどうかは、まゆみには分からないです」

「……私はついさっきまで、君が誰に殺されたのか、どうやって殺されたのか考えていた」

「そうみたいですね。大分お悩みだったようで」

「そう。私は悩みに悩んで、結局答えを出せなかった」

「うん。だから、あたしという現象が発生した」

「突飛なことを聞くけど、良いかい?」

「いいですよ」

「もしかして君が死なない限り、いや、殺されない限り、この異様な現象は終わらない?」


 まゆみがクスリと笑った。

 少女に似つかわしくない、嘲りの含まれた笑い方だ。


「ようやく理解したんですか? そう、あたしを、如月まゆみを殺さないと、作者さんはここから出られません」

「理解したくなかったよ……」


 私は両手で顔を覆い、視界を闇に閉ざした。

 刻々と、時計が針を進める音がやけに大きく聞こえる。そして、ふと気付いた。


「あれ? 君はクリスマスイヴに殺される設定だよね」

「あたしに聞かないで下さい。作者さんがそう設定したんですよね」

「今日は12月24日。クリスマスイヴだ」

「そうですね」

「そして今は23時37分だ」

「そうですね」

「日付が変わるまでに……つまるところ後23分、いや、22分以内に君が殺されないと、私はどうなるんだ?」

「さあ……永久にここから出られなくなるとか?」

「え? だよ」

「あたしも殺されるのはいやです」




 大変なことになってしまった。

 私は後22分、いや、さらに一分経過したから、後21分以内に目の前の少女を殺さないと我が家のダイニングという異空間に封じ込められしまうらしい。

 書く仕事を生業なりわいにしている者としては、引き篭もり生活になっても然程さほど苦ではない。

 パソコンをダイニングにまで持ってきていたから、ここで作品を書き上げることは可能だ。


「いやそもそも先に餓死するだろ」


 自分自身で突っ込みつつ、私は頭を回す。

 2~3日程度の備蓄食料ならある。

 節制しながら生活すれば、とりあえず一週間は何とかなるだろう。


 次回作は大体30万文字で納めてくれとのことだった。

 30万文字を一週間で書き切る……不眠不休でやれば行けるか?

 私は方針を固めると、パソコンを立ち上げ、正面に座った。

 まだプロットも設定も碌にできてないが、やるしかない。


「あのー、作者さん? 何やってるんですか?」

「何って、執筆作業さ。しばらく話しかけないでくれ」

「し、執筆ゥ!?」


 まゆみが奇声を上げた。


「この状況で何でそんなことするの? 意味わかんない」

「だって出られないんだろう。だから執筆だ」

「外は雨が降ってるからゲームしよう、みたいな言い方しないで下さい」

「だって他にすることが無いじゃないか。ならば執筆だ」

「いやいや。あたしを殺して外に出るって発想は無いんですか?」

「え? だよ。いたいけな少女を殺すなんて」

「どの口が言うか。今まで老若男女ろうにゃくなんにょ何十人も殺してきているくせに。沢山殺してきているくせに」


 そう……私は沢山の人を殺してきた。

 勿論、空想上の話だが。


「それでもね。だよ」

「何故です?」

「君は私の前に現れた。一個人として、人格を持った存在として現れた。それを殺すなんてできない」

「あたしなんて一設定に過ぎないよ。ただの空想の産物。殺しても殺人にはならない」

「理屈じゃあないんだよ。嫌なものは嫌ななんだ」

「……作者さんって変な人」

「そうかい? 私はいたって普通だと思うけどね」


 そして私はパソコンに向き直った。

 キーボードを打ち込み、思いつくまま殺人現場のシーンを描写する。


「でも、今から書こうとしている次回作、あたしを殺した殺人鬼が出てくるんですよね」

「いや、違う。君は別の人間に殺されるんだ。そして……」


 私はそこで言葉を止めた。

 君が殺されたことで、君の父親は発狂し殺人鬼になるんだよ。

 言える訳が無かった。たとえ相手が空想上の存在だとしても。


「そして?」

「とにかく。その辺りの設定に悩んではいるけど、もうちょっとで固まりそうなんだ」


 死体の描写はこうだ。


 死体はまるで眠っているかのような、安らかな表情だった。

 顔だけを見れば、少女がスヤスヤと昼寝しているように見えるだろう。

 だが、そうではないことは誰の目から見ても一目瞭然だった。

 胸の、丁度心臓のある位置からおびただしい量の血があふれ出ていた。

 そして、血の溢れ出る傷口に、純白の薔薇が植えられていた。

 横に置かれているのではない。垂直に、胸に植えられている・・・・・・・のだ。

 まるで生け花を楽しむかのように、少女を土台として。

 間違いない。これは殺人鬼『生け花死』の仕業だ。


「でも、その設定とやらが固まったら、結局あたし殺されません?」

「あ」


 まゆみの言葉の意味を理解したときには、既に文章を打ち終えていた。

 直後、目前で信じられないことが起きた。

 パソコンに打ち込んだ文字列が、画面から飛び出し宙を舞い踊る。

 やがて文字列は人を形作り、実体となって床に降り立った。


「どうもー! 殺人鬼『生け花死』デース! まずは手始めにそこの少女を殺しにきまーシたー! という訳で死ねええええ!」


 殺人鬼は刃物を構え、まゆみに突進する。


「待て!」


 殺人鬼に向けて叫んだ。

 意外なことに、殺人鬼は私の制止をあっさりと受け入れた。

 鋭利な切っ先が、まゆみの胸元直前で止まっている。


「何故止めるのデースかノベリスツ? この少女を殺すのがワタクシの役目でシょう」

「その手に持つ獲物は何だ?」

「見て分かりませーんか? 生け花用のハサミデース。これで少女を刺シ殺シ、花を生けるのデース」


 殺人鬼がハサミを動かし、チョキチョキと金属音を立てる。


「それじゃあ駄目だ。まゆみは鋭利なナイフで殺されるんだ。ハサミじゃあない」

「……ちょっと待って下サーい。ワタクシは殺しにハサミしか使わない設定なのデースよ」

「ああそうだ。だから駄目なんだ」

「待って下サーい! ワタクシはこの少女を殺す設定なんデースよね?」

「すまない。設定ミスだ。お前はまゆみ殺しの犯人になり得ない。済まないが今回はご退場下さい」

「オーマイガット!」


 殺人鬼が裏声で叫ぶと、その肉体が端の方から文字列へ変換されていく。

 さらにその文字列は0と1に変換され、最後には消滅した。


「えーっと、助けてくれてありがとう、って言えばいいんでしょうか?」

「どういたしまして、って言えばいいのかな。っていうか、何だあのエセ外国人的な喋り方は。普通に不快だったぞ」

「作者さん的に、殺人鬼とは不快な存在だってことじゃないですか」

「それにしてもあの口調は無しだろう……」


 やはり、考え無しに進むとどうしても整合性が合わなくなってしまう。気を付けなければ。

 でも、殺人鬼『生け花死』は別の作品で使えるかもしれない。とりあえず記憶に刻み込んでおこう。


「さて、タイムリミットは残り10分になりましたが、どうします?」


 まゆみは時計を指差しながらそう言った。


「……そうだな。一旦タイムリミットまで待つとしよう。執筆はそれからだ。そうすれば、君は殺されなくて済むだろう」

「はい? この期に及んでまだあたしを殺さないんですか?」

「だってだし」

「ここから出られなくなるかもしれないんですよ」

「それでもだ。それに、私は君を助けたいんだ」

「理解できません。作者さんは今までも、物語上で助けようと思えば助けられた人が沢山居ます。でもそうしなかった」

「そうだね。その通りだ。でも、だからこそなのかもしれない」


 私は一度大きく深呼吸をした。


「私は沢山の人を殺してきた。そして沢山の人を見捨ててきた。勿論、想像上での話だが。けど、人を犠牲にする度にいつも思うんだ。彼らがもし生きていたら、彼らの人生はどんなものになっていたのだろうかってね。彼らが生きた先を想像するたびに、殺したのは間違いだったんじゃないかって気がして来るんだ。いいや、間違いなんだ。どんな物語であれ、人が死ぬのは心が痛む。物語中の登場人物も、読者だって、作者でさえ心が痛むものなんだ。可能なら、誰一人死なずに大団円を迎えるほうがいい」

「じゃあ、そうすればいいじゃないですか」

「残念ながら私にはその技量が無い。私が物語を紡ぐと、必ず誰かが死亡する」

「どうして――」

「人が死なないと面白くできないから」


 たとえ日常系の物語であろうとも、私は人を殺す。

 それは決して殺人とは限らない。病死や事故死でキャラクターを殺す。

 殺すことでドラマが生まれ、物語に起伏を作れる。

 残されたキャラクターが何を選択し進んでいくのか、多くの読者は興味を惹かれ、共感する。

 だから私は殺した。容赦なく、無慈悲に。

 でも、だからこそ……


「だからこそ……私は君を助けたいのかもしれない」

「それはいわゆる、贖罪しょくざいってやつですか?」

「どうだろうね。ただ、君が死ななかったらどんな人生を歩むのかっていう興味もある。うーん、何だか言っててよく分かんなくなってきちゃった」

「なるほど……とりあえず作者さんが今のあたしを殺す気がないことは分かりました」


 まゆみが背を向け、私から離れる。

 そして屈んで床から何かを拾い上げた後に振り返り、


「でしたら、もう自殺しかないですね」


 まゆみはダガーナイフの切っ先を自らの胸元へ向けながらそう言った。

 そのナイフは、泥棒男が落としたものだった。


「は!? 何でそうなるんだ!」

「だって、あたしはクリスマスイヴ中に死ぬ設定なんですよ。もうこれしかありません」


 悲しそうに笑いながら、まゆみはそう言った。

 時計の時刻は23時57分を示している。タイムリミットまで残り3分。


「い、いや違う! 君は殺されるんだ。矛盾している」

「自殺も自分に対する殺人です。矛盾はしてません」

「し、しかし、君が自殺する動機がない!」

「動機なんて、後付で作り上げられるでしょう」

「いや、分かった! 私が悪かった。君が殺される設定は無しだ。だから君が死ぬ必要はない」

「無駄ですよ。あたしが死んで、パパが殺人鬼になるという設定はもう確定しています。それに、これで辻褄が合うじゃないですか。可愛い愛娘の自殺だなんて、パパの頭がおかしくなるのに十分な設定です」


 まゆみはナイフを持つ手に力を入れる。

 ナイフの当てられた箇所から赤い血の球がプクリと膨れ上がる。


「止めろおおお!」


 私は無我夢中でまゆみに駆け寄り押し倒し、手から無理やりナイフを奪う。


「ど、どうして……」

「どうしても何も、自殺しようとしてる奴を止めるのが普通だ」


 しかしまゆみは私の言葉を聞いておらず、不思議そうにどうしてと繰り返すばかりだった。

 タイムリミットまで残り2分。このまま彼女を押さえつけていれば、彼女が死ぬことは無い。


「ああなるほど。結局の所、作者さんがあたしを殺すことになるんですね」

「は? 一体何を言って――」


 視界の隅に、キラリと瞬くダガーナイフ。

 ナイフは私の意志とは無関係に、私の手中にあった。


「な! 何で。ちょっと離せよ。言うこと聞け私の手!」


 抵抗空しく、ナイフは力強く握られたまま。

 そしてその切っ先がまゆみへと向けられる。


「そんな……私が犯人だなんて、整合性以前の問題だ!」

「でも、そういうことなんです。きっと作者さんが心の奥深くでそういう展開を考えちゃったんですよ」


 タイムリミットまで残り1分。

 しかし、この不可思議な力には抵抗できそうに無い。


「止めろ! 止めろ止めろ止めてくれ! 私はこんな展開望んじゃあいない!」


 私は私の意志とは無関係に、ナイフを大きく振り上げた。


 誰か、誰か助けてくれ。

 こんな時に駆けつけてくれるキャラクターは――


 そう念じた瞬間、わき腹に強烈な衝撃を受けた。


「ゴホォッッッ!」


 体が180度ひっくり返り、仰向けに転がされた。

 脇腹の激痛で咳が出る。

 手の力が緩み、ナイフが床に落ちた。


「まゆみ! 大丈夫か? 怪我してないか?」


 低めの、気遣うような男の声が耳に届いた。


「パ……パパ? どうして」


 まゆみのその言葉で、父親が、如月正樹が現れたことを理解した。

 私の愚行を止めてくれる存在として頭に浮かんだのが彼というキャラクターだ。


『まゆみに危機が迫ったとき、どんなときでも父親は駆けつけ、彼女を守った』


 まさか次元を超えてまで駆けつけてくるとは思わなかったが。


「ま、まゆみ! 血が出てるじゃないか! あいつにやられたんだな。そうだな」

「え? ううん。これは――」


 しかし正樹の顕在は、私にとってはとても不都合なものでもあった。


「娘に傷を……許さねえ!」


 正樹は般若のような形相で私のことを睨みつけている。

 娘を見ず知らずの他人に殺されそうになっていたのだ。

 それを見て、怒りを、いや、激昂しない親など居ない。

 もしそうじゃない親がいるのなら……物語のネタになるから是非私に紹介して欲しい。


「何が目的かは知らねえが……」


 正樹は床のダガーナイフを拾い上げ、


「娘に危害を加えたオメエを見逃すことはできねえ」

「パパ止めて! その人は――」


 両手でしっかりと握り、切っ先を私に向け、


「死ねえええええ!」


 そして猪を思わせるスピードで突進してきた。

 ああ、終わったな。これも沢山の人を殺してきた報いなのだろうか。

 自らが生み出したキャラクターに殺されるなんて、なんとも不可思議で奇妙で、おあつらえ向きな最後だ。


 こんなこと、そうそう経験できるものじゃあない。小説化したら売れるんじゃあないか?

 でも悲しいかな、この体験を書き起こすことは叶わないようだ。

 私は瞳を閉じ、最後のときを待った。


 ……しかし、その刻は訪れなかった。


「ま、まゆみ……何で……どうして……」


 ドサリと、私の体の上に何かが覆いかぶさった。

 少し滑りのある、甘い香りを漂わす生暖かい液体が頬と鼻を濡らす。


「お、俺は何て……何てことヲ……ウオァアアアアアァアアアア!」


 正樹の叫びで、鼓膜を破らんばかりの慟哭で部屋が埋め尽くされた。


 ああ、そうか……そういうことだったのか……




 ***




「ゴホッ! ゴホッ!」


 鼻の奥に何かが入り、異物を排除しようと反射的に咳が出た。

 頭全体が何かに覆われている感覚。顔を上げると、バサバサバサと紙の散らかる音。

 床に落ちた大量のA4用紙が目に映り、つい先程まで私の頭を覆っていたものの正体を理解した。


「あー、崩れたのか……」


 今書いている小説の参考にと思い、過去の記事の切抜きや何かの役に立つかと思って買った本、さらに各キャラクターの設定資料をリビングに持ち込み、無造作に積み上げていた。

 そしてそれらを読んでいるうちに、いつの間にか寝てしまっていたようだ。


「はあ。片付けるの面倒だなあ……ってやべえ!」


 甘ったるいものを飲みたくて淹れたホットココア。

 それを寝ている最中にひっくり返してしまったらしく、マグカップが横倒れになっており、甘い香りを漂わせながら、赤褐色の河が机上を流れていた。

 川の流れる方向には件のキャラクターの設定資料。既に何人かが水害の被害を受けていた。

 私は布巾でココアを拭き取り、びしょ濡れになった彼らを乾かす。

 幸い、読めなくなるレベルで溺れた者は居なかったことに安堵した。


「あ……」


 乾かす最中に、そのキャラクターの設定メモが目に留まった。


 『如月まゆみ』


 その名を認識すると同時に、私はつい先程まで見ていた夢を鮮明に思い出した。


 とても奇妙で奇怪な夢だった。

 夢にしてはとてもリアルな感覚で、今も夢の続きなのではないかと思ってしまうほどだ。

 私は頬を抓る。


「痛い」


 確か夢の中でもこんなことをしていた気がする。

 もしかしたらこれは夢の続きなのでは?

 そんな骨董無形な妄想を抱いてしまう辺り、私の頭はまだ覚醒しきってないらしい。

 再び私は頬を、今度は強く抓る。


「凄く痛い」


 あの時はまゆみが隣に居て、私の奇行に突っ込みを入れた。

 しかし、夢の続きであれ何であれ、彼女の声を聞くことはできない。

 なぜなら彼女は――


 ――パパ止めて! その人は

 ――ま、まゆみ……何で……どうして……


 そして私は彼女の最期を思い出した。

 私はペンを持ち『如月まゆみ』の設定に、


 "如月まゆみは如月正樹に殺される"


 と書き加えた。


 そう、如月正樹はまゆみを、実の娘を殺してしまうのだ。それが理由で精神を病んでしまったのだ。

 愛娘を殺してしまったことにより感じるストレスは筆舌に尽くし難いだろう。連続殺人鬼へと堕ちてしまうほどに。


 さて、ならばどうして正樹はまゆみを殺してしまうことになったのか。

 正樹が自ら進んでまゆみを殺すことは有り得ない。

 ならばこれは事故だ。まゆみは父親に殺されそうになっている誰かを庇い、代わりに殺されるのだ。


 では正樹が本来殺そうとしていたものは何者か。おそらくは娘に害する者……そうだ。いじめっ子だ。

 まゆみは素行の悪いグループの反感を買って、酷いいじめに遭っていたのだ。

 それを知り、正樹はまゆみを救おうといじめっ子の殺害を決意する。

 だが悲しいかな、正樹はいじめっ子を殺そうとナイフを振り下ろすが、いじめっ子を庇ったまゆみが凶刃に倒れてしまう。

 そして正樹はいじめっ子への復讐心やら、まゆみを殺してしまった罪悪感やら、悲哀やらなんやらが混ぜこぜになって、脳に深刻な変質が生じてしまう。


 まだまだ詰めるべきところはあるが、とりあえず筋は通った。

 父親殺人鬼というキャラクターが輪郭を持ち始める。

 私は熱の赴くままに、如月正樹の設定を紙に書き込んでいく。


「……つうッ!」


 不意に、脇腹に痛みが走った。

 何事かと思い服を捲った。


「ヒィッ!?」


 裏返る声で、大きな悲鳴を上げてしまった。

 脇腹に、大きな大きな青痣が広がっていた。

 丁度、夢の中で正樹に蹴られた箇所だった。


 私は慌てて時計を確認した。

 時刻は0時13分を示していた。


 私は付けっぱなしのテレビを確認した。

 丁度天気予報が流れており、今日の日付は12月25日クリスマスを示していた。


 私は固定電話を手に取り番号を入力する。

 さすがに110番する訳にはいかなかったため、117で時報を確認する。

 問題なく繋がり、12月25日の0時14分だった。


 私は廊下に続く扉へと向かい、取っ手を掴んだ。

 扉は問題なく開いた。


 それだけでは気がすまなかったため、玄関へ向った。

 問題なく外に出ることができ、冷たい夜風が肌を突き刺した。


「ハハっ……馬鹿馬鹿しい。何に怯えてるんだか」


 だが、脇腹の痛みは未だ残っている。

 その痛みが、私に自己嫌悪にも似た感情を呼び覚ます。

 今までに何度も何度も感じてきた罪悪感を思い起こさせる。


 ――殺されるのはいやです。


 夢の中で、まゆみは私に向けて何度もそう言った。


 そうだ。誰だって死にたくない。

 現実だろうと、想像上だろうと、私達も彼等も皆、死にたく無いのだ。


 しかし、それでも、それでも私は……


 私は沢山の人を殺してきた。

 そしてこれからも殺し続けるだろう。


 余りにも手前勝手。

 悪辣あくらつな創造神。

 だってそういう人種なのだ。


 だから私は神に祈った。

 私が殺してきたキャラクター達の、魂の行く末を案じた。

 架空の存在について神に頼るなど、滑稽こっけい極まりない。

 だがそれでも、心から神に祈った。


 どうか願わくは、彼等の魂をお導き下さい。

 どうか願わくは、次の世界では幸せになれるようにして下さい。


 祈りを終え、空を見上げた。

 別に何の変哲もない、夜空が広がっていた。


 私は家の中へと戻った。

 脇腹の痛みは消えていた。



 一人称視点の練習がてら、初めて短編というものに挑戦してみましたが、如何だったでしょうか。


 架空のキャラクターが目の前に現れるという展開は既存の作品にも見られますが、そういうのは大抵主人公が現れるもので、脇役、しかも被害者が現れるというのは少ないのではないかと思い、この短編を書きました。


 なお、作品中キャラクターを殺すことに罪悪感が云々と書いてありますが、短編上の『私』のようにあれこれ頭を悩まさなくて良いと思ってます。

 世の中の作品には、大量の、人類が滅亡するレベルで人が死んでいる作品もありますが、決してこの短編はそれを非難するものではありません。

 それで物語が面白くなるのであれば、むしろ推奨します。


 キャラクターを殺すことで物語が盛り上がるのは事実ですから。
















「でも作者さん。やっぱり死ぬのは嫌だよ」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
[良い点] 文章が読みやすく、物書き(特にミステリー系)にはすごく共感できる内容でした!面白くするために人を殺す、って考えてみたら異常ですよね。 とても興味深く読ませていただきました。 [一言] 初め…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ