第八章 魔女たちの戦い④~時戻りのオルト
二人がかりとはいえ、気絶した大人を担いで暗い森を歩かなければならなくなったオルトたちが、三十数歩ほどで老人の家に着いたことは幸運だった。たどってきた細い小道は、沢に続く老人の生活道であったのだろう。
もっとも、小道の先は蔦や苔に覆われた岩壁の行き止まりだったので、オルトは疲労と怒りのためにもう少しで老人を背負い投げで地面に叩きつけてしまうところだった。寸でのところでトスカが蔦に隠された鉄の扉を見つけたのだ。
気を取り直したオルトがそれを押すと、中は土塁で囲まれた庭で、木の梢から注ぐ星明りで照らされており、正面には草ぶき屋根の小屋が土塁から飛び出すように建っていた。
トスカが嬉しそうに小屋へ向かおうとしたが、オルトはそれを手で制してから小屋に向かって呼びかけた。
「誰かいますか。この人がけがをして運んできたんだけど。ツァーンさん?」
返事はなく、小屋は静まり返っていた。オルトはトスカに小声で尋ねた。
「ねぇ。中に誰かいる?」
「ううん。隅っこの家畜小屋に鶏とヤギがいるだけみたいだけど……」
二人は頷きあって歩き出し、恐る恐る小屋の木の戸を開けて入った。
天井から大きな魔石燈が下がっていたので、トスカが魔法でそれに火を入れると、隅々まで明るくなった。中は仕切りなどのなく、土壁の大きな部屋に寝台、暖炉、竈、テーブルなどが備わっていた。魔導士というのは本当のようで、奥には本棚や薬や調合に使う器具を収めた棚があり、干し肉や芋なども下がっている。オルトとトスカのお腹がぐぅーと鳴った。
「オルト」トスカが干し肉から目を離せなくなっていた。「この人、私たちにお礼をするって言ってたよね」
「言われなくても命の恩人なんだからお礼は当然。当然よ」オルトは担ぎっぱなしの老人を睨んだ。「それに、この怪我じゃしばらく看病しないといけないし」
二人はまずその場に老人を下ろして暖炉に火を点けた。乾いた薪は十分にあった。赤々と火が起こると、隅に丸まっていた敷物を暖炉の前に敷いて、未だ目を覚まさないずぶぬれの老人を寝かせた。寝台まで持ち上げることができなかったからだ。服はそのまま乾かすことにして、靴だけは脱がせようとしたのだが、脚が腫れあがって抜けなくなっていたので、山刀で靴をひらきにする羽目になった。
それから、重ねてあった鍋の一つに水瓶の水を汲んで暖炉の火にかけ、急いで干し肉や籠の中の野菜を切って煮込んだ。籠に白く乾いた大きな骨が何本も入っているのを発見したときは、これを食べるくらいの生き物がどこかに潜んでいるのではないかと二人はぞっとしたのだが、今は何者かに食べられるくらいなら、まず自分たちが先におなかいっぱいになってやろうという心境になっていた。
塩と薬棚から持ってきたスパイスで適当に味をつけたスープは、二人にとっては久しぶりのご飯らしい食事だった。お腹いっぱいになって人心地ついた二人は、一緒に寝台に横になった。トスカはすぐに気持ちよさそうな寝息をたてた。オルトも一度はまぶたが重くなったのだが、頭が熱くなって眠れなかった。オルトは布団から抜け出すと、暖炉の前に座って、気になることを整理することにした。
あの時呼ぼうとしたツァーンって何だろう……それに、薬棚をあさった時、請求書やら納品書やらを何枚か見つけて、そのおかげで家主の名前はホセ・ラモーノだと分かったけれど、それはラモーノには外に知り合いがいるということだ。小屋の木戸には閂をかけられるようになっているからすぐ開けられることはないが、すぐ逃げることも難しい。いっそ天涯孤独の老人だったら楽だったのに……。
オルトは改めて薬棚の文鎮で押さえられていた書類を見直した。一番上にあったのは『カカマテアの薬50包 フェンゴへ』と書かれたメモ書きだ。カカマテアの葉には一時的に視力をよくする効果があって、目薬にすれば旅人や狩人など様々な職業の人に求められる。老婆だった頃に作ったことがある薬だ。
この納品が終わっていなければ、近々受け取りに来るかもしれない。材料さえあれば今でも魔法で調薬できるのだが。材料はどこにあるのか、この納品は終わっているのか、ラモーノが目覚めたら聞いてみないと。
オルトは火を絶やさないように薪をくべ続け、老人の服がほとんど乾いた明け方近く、壁にかかっていた毛皮のコートを老人に掛けてから、トスカが温めている布団に包まりまぶたを閉じた。
次にオルトが目を開けた時は、壁の小窓から柔らかい光が差し込んでいて、暖炉のそばにはトスカが座っていた。老人はまだ横になっていた。再び火にかけられていた鍋からスープの残りがいい匂いをさせていた。
「おはようトスカ」
「おはよう。おじさんより先に起きたね」
オルトも暖炉のそばに駆け寄った。今まで夜明けとともに起きて日暮れまで歩いてきた身の上としては、何日も寝ていたように体が軽かった。
老人ラモーノはなかなか目覚めなかった。高熱が出て時々うんうんと苦しそうにうなったが、オルトが軽く肩を叩いて「もしもし。ラモーノさん、ラモーノさん」と呼びかけると、またぐったりとしてしまうのである。
オルトはラモーノの額を冷やし、薬棚から効きそうな薬草を選んで煎じ、その湯でひび割れた唇を濡らした。トスカはガナンから習ったという痛みを和らげる曲を笛で吹いた。
そうして三日が過ぎた頃、訪問者は突然やって来た。
二人でお昼ご飯を食べていた時、「人が歩いてくる」とトスカが呟いた。
それから蔦で隠れているはずの鉄の扉を叩く音がして「入るぞ」と男の声がした。
「やっぱりここ出るんだね」また、トスカがお椀に目を落としたままぽつっと呟いた。
オルトとトスカは用意していた薪を手にして扉の前に立った。誰かがここに来た時は、これで隙を作って逃げようと話し合っていた。いい作戦だとはオルトも思わなかったが、蓄えられていた食べ物と鶏の卵を食べ、温かい屋根の下ですごす生活を捨てて森に戻ることを想像すると、頭が錆びついたようにうまく回らなくなるのだ。
オルトは急いで閂をかけ、扉と壁の隙間から庭を覗いた。入ってきた男は一人で、大柄ではないが小柄でもなく、灰色の擦り切れたマントを羽織り、その下から細身の剣が覗いている。顔は日に焼け皺もあったが、ラモーノよりはうんと若く、目はギラギラしていた。
「一人なのは幸運よ。なるだけ話してみる。いい人だったら、まだここにいられるかもしれない。そんな人じゃなさそうだけど」
「ラモーノ、入るぞ」男は扉を押し開けようとしたが閂が引っかかった。男は扉を木くずが散るくらい強く叩いた。
「おいラモーノ、いるんだろう。開けろよ。なにやってる」
ドンドン、ドンドンドン──オルトはノックを七回数えた後、大きく息を吸って、いつもよりゆったりした口調で話し始めた。
「どなたですか。そんなに乱暴に叩かないでくださいな」
「ど、どなたって、てめえは誰だ。ラモーノはどうした」
「私はホセおじさんの姪です。おじさんの具合が悪いので看病に来ています。おじさんはまだ起き上がれないので、また別の日に来てください」
静かになったので、オルトがまた隙間から覗くと、男は口を開けたまましばらく止まっていたが、おもむろに庭にあった木の長椅子を持ち上げ、扉に叩きつけた。
「そんなわけにいくか! とっとと開けろ!」
「やめてください。うちをこわさないで!」
オルトは叫びながら崩れそうな扉の横で薪を構えた。
男は扉を叩き続け、ひびが入ったところを蹴破り、あいた穴から首を突き出すとあっと叫んだ。
「ラモーノ! なんだそのざまは!」
そこでオルトが思いっきり薪を振り下ろすと、ぼかっと大きな音がして、男の首ががくっと落ちて動かなくなった。
「死んじゃった?」オルトの後ろに隠れていたトスカが顔を出した。
「まさか。そこの紐持ってきて。なんてばかな人なの。本当に一人で来たみたい」
オルトが扉を開けると、穴から男の首が抜けて体がどさっと地べたに落ちた。でも男はぴくりともしなかった。
「でも念のため、縛っている時に動き出したら、トスカがぶん殴ってちょうだい」
「う、うん……」
男は素早かった。体を跳ねあがるようにして縛ろうとしたオルトに体当たりをし、トスカを蹴り飛ばし、逆にオルトを後ろ手に捕まえた。
「小童どもがなめやがって。お前たちがラモーノを叩きのめしたのか!」
「違う! 私たちは助けた方! あの包帯を巻いたのは私たちよ!」
「嘘つけ! ちくしょう。こうなったらお前来い!」
「オルトを離せ!」起き上がったトスカが火を宿した両手を上げた。「さもないとこの火をぶつけるぞ!」
男はオルトを盾にした。
「やってみろ。こいつを丸焦げにしたけりゃな」
「うわぁーん、オルト―!」
「私たちに乱暴したら、ラモーノさんが怒るよ」
「姪だっけか。残念だな。あいつの身内にべっぴんはいねえよ」
「い、いるよぉー……」
急に聴き慣れない嗄れ声が入ってきて、三人ははっと動きを止めた。
暖炉の前で寝ているラモーノが筋張った腕を上げてゆらゆら振っていた。
「その子たちの言っていることは本当だ。儂を助けてくれた。姪っこのオルトとトスカだよー」
「だ、だけどラモーノ。薬はどうした。そんなことじゃ作れてないんだろう。俺も手ぶらじゃ帰れない」
「やっぱり、あなたフェンゴ、ね」強く握られている痛みに顔をゆがめながらオルトは言った。「カカマテアの目薬なら私が作れる。材料さえあれば」
「またみんなで俺を騙そうとする。魔法の薬なんて子供に作れるもんじゃねぇ。カカマテアの葉なら渡してあるだろう。それにもう日にちもない。またボスに叱られる。もうこいつを手土産にするしかねえんだ」
「あわてるでない。お前が頼んでから受け取りまで一週間という約束だが、まだ四日しか経ってないぞ。何か勘違いをしてないか」
「ええ!? ああ……」フェンゴはオルトから手を離し、指を折って数え始めた。その隙にオルトはフェンゴから離れた。「そうなのか。俺、やっぱり一日しか寝てなかったのか。でも葉っぱは? その傷で精製魔法ってやつは使えるのか?」
「わしには無理じゃがその子ならできるだろう。儂に飲ませる薬の調整具合……わしも驚きじゃわい。で、お前のカカマテアの葉だが、ずいぶん汚れておってのう。沢で洗おうとして転んでしまったんじゃから、まだいくらか沢に残っているかもしれん。動物にはあまり好まれん草じゃ。急いで取ってこい!」
「ええ!? ほんとか? 本当なのか?」
「沢に行けば分かる。ボスに叱られたくなかろう。行け!」
頭を抱えて目を泳がせ、ぶつぶつ言いながらフェンゴは庭の扉から出ていった。
ラモーノはかすれた笑い声を上げたが、頭の上に仁王立ちになったオルトの影が差してくると顔をひきつらせて唾をのみこんだ。
「ラモーノ……日にちも私たちの名前も分かってた。言い逃れはできないわよ。ずーっと起きてたのね。ずーっと!」
「いやぁ、この歳になってからかわいい子たちに介抱されるなんて、夢なら覚めないでほしいと思ってのう」
「夢かどうか確かめたい?」
「ああ待って! ゆっくり手を下ろしなさい。薪はかまどや暖炉にくべるものじゃ。フェンゴと違ってわしはか弱いぞ。相手が悪かったな。うっかり者で騙されやすいたちだが、腕だけはいいんじゃ」
「で、私はあなたの代わりに薬を作る重労働をしないといけないわけだけど……」
「もちろん。ここにいてくれていい。話だって合わせてやっただろう? わしもこの歳だし、今は怪我人じゃ。魔法の笛を吹く子と魔法の薬に詳しい子が森をさ迷う物語を聞かせてくれたら退屈しなくて済むのう」
ラモーノも二人が見ていない時、自分の使える治癒の魔法で少しずつ傷を癒していた。全快とまではいかなかったが、二人に支えられて自分のベッドに戻れるまでになった。
オルトとトスカが散らかった家の中を片付けていると、フェンゴが走って戻って来た。息を整える時間も惜しみ、濡れた黄色い葉がたくさん入った籠をオルトへ突き出した。
「こ、これだけあれば、作れるか。お前、本当に作れるのか」
「できるよ。集中力がいるから邪魔しないで。あなたはうちに入らないでちょうだい」
「ああ。ここで待ってる。しばらく誰にも会いたくないしな。盗賊が来ても市長が来ても追い返してやるさ」
フェンゴは自分が壊した長椅子の座面を地面に敷くとその上に寝そべり、ぐうぐうといびきをかき始めた。
オルトは扉を閉めると、カカマテアの葉を薬瓶の保管棚のそばの机に持っていった。そこには小さなランプとフラスコが用意してあって、オルトは水の入ったフラスコに葉を入れてガラス管付きの蓋をし、両手で作った魔方陣でフラスコを覆った。そこから出た蒸気はガラス管を伝って別の容器に集められる。その容器に溜まった薬液に、後で注文の粉状になる魔法をかけねばならない。
ラモーノはベッドの上でオルトの手際をじっと見ながら訊ねた。
「どこから来たのかは聞かないが、何をしていたかは教えてほしいのう。今までどんな魔法を使ってきた。それでどんな薬を作ってきた?」
今まで、どんな?──オルトの頭に百年以上ある人生が流れた。それはもう生きるために客の要望に合わせて色々なものを作ってきた。しかし、今は旅に出たばかりの娘だ。なんと答えたらいいだろう。村を出る前はどうしていたかなんて長いこと思い出していなかった。
「病気や傷を治したり、仕事や旅に役立つ薬よ。確かに言えることは、人を狂戦士にしたり操ったりする薬は作っていない。作れと命令されて嫌になった。作れても、作りたくないものは作らない。作らなくていい魔導士になりたかった」
エルテペの魔導団は、人の体を蝕み、二度と元の人に戻れなくなるほどの強い薬の生成を禁止していた。この魔導団はオルエンデス地方の魔法文化の中心で、オルエンデスの優秀な魔導士たちが集い、入団できた魔導士はオルエンデス中で尊敬されるという組織だ。有名な魔導士組織・魔導研究施設なら他にも国立の魔導院などいくつもあるのだが、オルエンデスから出られない少女時代のオルトにとっては、話には聞いてもまるでおとぎの国のことのようだった。エルテペの魔導団が唯一であり、随一であった。唾を吐きたくなるほど嫌いなピサロも若いころ所属していたというから我慢していたところもあったのに。自分はそこには一生入れない。ここでどんなに頑張ってもあの華やかな魔導士たちの一員にはなれないんだと思い知った時、心の中の何かが切れたのだ。
もし二度目の人生が村を飛び出す前から始まっていたら、一人旅の苦労を知っていたら、村から出ていかなかったかもしれない。市井の魔導士なら魔導団にいなくてもやっていけるし、ピサロの背中に舌を出しながら日々やり過ごして独り立ちする機会を窺うことだってできただろう。
でも、二度目は待ち合わせの山から始まった。こうなったら旅を続けるしかないわけだが、二度目の旅は、今、屋根付きのとてもうまい始まり方をしている。一度目なんて、こんな風にじっくり魔法に取り組む時間が生まれるまで、働きながら転々としたのだから。ソル村と同じように変な魔導士はいるが、うんと年寄でしかも動けない。今の私の中身は百年かけて出来上がった天才魔導士で、体は最高の魔法がかかったように軽いのだから、怖いことなんてあるものか。おまけに魔導団候補の天才がもう一人いる。
オルトの思いを知ってか知らずか、ラモーノは顎髭を撫でながら会話を続けていた。
「ほうほう。それなら、それに代わることができるようになった方が良い。わしでも役にたちそうじゃ。しがない魔導士じゃが、経験は皺の分あるからの」
「どうかしら。私、見かけより年上なんだけど」
「いや、それでものう……」
ラモーノは黙ってオルトの調薬を見守っていたが、今度はトスカに話しかけた。トスカはオルトのそばで床に座り、扉の穴の先をじっと睨んでいた。
「お前さんは薬作りはせんのかね」
「細かい魔方陣は嫌い。足引っ張っちゃうし。それよりあいつが入ってきたら、今度こそ丸焦げにしてやるんだ」
「フェンゴを許せないのかい」
「オルトのこと“べっぴん”だって言った。それは本当だけど、あんなやつは信じられないよ。そうだ。ツァーンっていうやつはどこにいるの。いいやつ?」
「あとで紹介しよう。お前たちに乱暴するようなやつじゃないから安心しなさい。たぶん、もうフェンゴもな」
トスカは立ち上がり、まだ怖い顔をしながら片付けの続きを始めた。
それからは、家の用事はほとんどトスカが担い、オルトは薬作りに専念した。おかげで、オルトは一度目の旅のいろいろなことを思い出す余地ができた。
一人で雪山を越え、リカンカにたどり着き、安宿で歳を偽って過ごしている間、市場で知り合った行商の女達の荷物持ちになってリカンカから離れたのだった。今もあのおばさんたちはリカンカにいるのだろうか──
注文分の量の目薬ができたのは二日後だった。その間ずっと中庭で待ち続けたフェンゴは、薬包を入れた箱を杖をつきながら運んできたラモーノの手から、本当に嬉しそうに受け取った。
「ありがてぇ。これでしばらくボスの機嫌は悪くならない」
「お前たちの商売はうまくいってないのかい」
「そんなことわからんよ。最近のボスのやってること、俺にはよくわからないんだ」
「そうかい。お前もしっかりな」
フェンゴが去った後、ラモーノは、家の隅で様子を見ていたオルトとトスカを玄関さきへ手招きした。
「何の用?」
「ちょっとそこで待っておいで」
ラモーノは左手を握って口に当てると、息を吹き込み、プープープーと三回鳴らした。
中庭を覆う木の梢がざわざわと揺れ、ぱきぱきと枝が折れる音がした。オルトとトスカが庭の空を見上げると、肌色の半透明な大質量が落ちてきた。それは中庭のほとんどを占める程大きく、むっちりとして柔らかく、表面は無紋でてかてかと艶めき、両先端がすぼんで口のような穴が開いているところ以外目や手足といった突起もない。まるで巨大なナメクジ──二人の背中に悪寒が走った。
「なにこれ鳥肌たつぅ!」
「これがツァーンじゃよ。わしの魔法生物。侵入者をぺしゃんこにしようと思って、木の上に置いているんじゃ」
「ゴルディロックスって、言わば自分専用の従者でしょう。もっと他に作りようなかったの?」
「そう言うな。がんばったんじゃが、こいつ一匹しかできなくてのう。でも、大人しくてよく言うこと聞くし、役に立つんじゃぞ。ツァーン、この子たちはオルトとトスカ。うっかり食べてもペッしなさい、ペッ」
わかったというようにツァーンの体が波打った。
「に肉食!?」
「なんでも食べるぞ。だから超便利。トスカ、ツァーンの口辺りを引っ張って、あっちの壁に持っていきなさい。オルトはおしりの方。庭の外まで引っ張って行っておくれ」
「私がおしり!? なにかの罰!?」
「いいからいいから」
二人はいやいやながら言われた通りの部分を引っ張ると、ツァーンの体はどんどん伸びて、おしりは庭の鉄扉をくぐって森の方まで届き、口の方は家の奥の壁にぴたりと付いた。そこでラモーノがツァーンの体をポンポンと叩くと、ツァーンは土壁にがぶりとかじりつき、どんどん食べ始めた。食べた土は体を通って庭の外に排出され、家の壁にたちまち大きな穴ができてきた。
「二人ともツァーンの口を適当に動かして、欲しいだけの広さの部屋を作りなさい。細かいところは自分たちで整えておくれ」
トスカが飛び上がって手を叩いた。
「私たちの部屋だ。やったー!」
「いいだろう? ツァーンの唾液を壁に塗れば、つるつるになるんじゃぞ」
「部屋はありがたいけど、唾液を塗った部屋なんかじゃ眠れないかも」
「平気じゃよ。なにせここの壁もそうじゃから」
「うわ……」
壁はともかく、舞踏会がひらけるくらいの広い部屋がほしかったのだが、とりあえず飛び跳ねても天井に手が付かない高さと寝床を二つ並べられる面積で手をうち、かじった跡についているべたべたを布で薄く塗り広げて仕上げた。
体を変形させることができるツァーンは、乗り物にすることもできた。
リカンカに買い物に行く際、ラモーノは骨を入れてある籠から馬の大腿骨を取り出し、ツァーンになめさせた。骨をなめたツァーンは首を高く伸ばし、四本の太くて短い丸太のような足を生やした(これでオルトが気にしていた籠の骨の謎が解けた)。しかし、それだけで大きい胴体を支えることはできなかったので、オルトたちは腹の下をつまんで足をもう四本作った。そして、背中に絨毯を結わえ付け、オルトとトスカがよじのぼって手綱をつけると、ツァーンは足の悪いラモーノをくわえて背中に乗せた。ラモーノが手綱を握って「はい、どうどう」とツァーンを蹴ると、ツァーンは八本の足を器用に動かして進んでいったのである。速度は人が早く歩くくらいだが、オルトはこのくらいの速さでよかったと思った。タプタプと波打つ背中の上でうまくバランスをとらないと落ちそうになるからだ。




