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第3章 遭遇、逃亡(1)

第3章 遭遇、逃亡


俺は静かに今日が終わるのを待つ。


 1秒が長く感じる。


 今日、色んなことがあったと回想した。


 初めてばかりだったから。



 そして部屋の明かりが消えた。今日という1日が終わったのだ。明日も明後日も、この楽しい日が続くのだと、睡魔に身をゆだねようとした時、突如ドンッという音と共に樹が揺れた。すぐそこまで迫っていた眠気は一瞬にして消え、頭が冴え渡っていく。


 地震? ここにも災害があるのか? でも、笠野さんはそんなこと一言も……。


 そこまで考えた時、また揺れた。地面が揺れるというよりかはどっちかというと樹全体が揺れたと言った方が妥当だろう。周りは暗くてほとんど見えないため、俺は手探りでベッドから降りると、そのままベッドの下に潜り込んだ。


「笠野さん地震だ! 早くベッドの下に!」


上から物が降ってきても、一切明かりがなければ避けられない。今はとにかくベッドの下でじっとしているのが賢明だ。


 揺れは激しく何度も繰り返したが、ベッドの下でじっとしていると何とか収まった。ベッドの下から這い出ようとしたその時、バキッと何かが折れるような音がして俺はその場で固まった。その音が何かを考えるより先に、勢いよくシーツを裂くような音が聞こえ、またしても床が揺れる。何か異常なことが起こっていると本能的に感じていたようで、体は固くなり、声は出ず、反射的に息を殺して耳を澄ませていた。


 ドン、ドン、と重く、それでいて速い連続した音と揺れ。何かは分からない。何かは分からないけれど、絶対にその場を動いてはならない気がした。今音をたてたら大変なことになる、そんな恐怖で息をするのも忘れそうになる。


 音は徐々に入口から部屋の中に侵入し、止まった。体が徐々に震え始め、俺はそっと手で口元を押さえた。ただじっと動かずに時間だけが過ぎていく。数十秒して、様子を窺おうと部屋の中央に顔を向けたその時、突然鼓膜を貫くような音が聞こえて反射的に身を引いた。遅れて、それが悲鳴だということに気づく。その悲鳴と共に部屋の中にいた何かが暴れ始め、俺は強く口元を押さえて震えることしかできなかった。部屋の中で暴れまわるそれは、確実に人間のたてる音ではなかった。何かがのたうちまわるような、そして、鋭い爪で床を引っ掻くような異様な音。それに加え、歯を激しく鳴らし、濡れた服が床にたたきつけられるような音もする。明らかに異常だった。


「何だ、やめろ! やめてくれ! 助けてくれ!」


笠野さんのベッドの方から恐ろしい音がする。体が恐怖に震え、辺りが全く見えないために、どうすればいいのか、何が起きているのか全く分からない。あまりの恐怖に声が出ず、目を強くつむってじっとしていることしかできなかった。


 頭の中はパニックで、笠野さんの事より、自分の身の事でいっぱいだった。自分にはどうしようもなく、ただ見つからないでくれと見えない何かに祈るしかなかった。


 笠野さんの悲鳴と、引きずられていく音が遠ざかって、やがて部屋の中は静寂に包まれた。何かが噴火するような音が聞こえて、天井にぶら下がる明かりが点いたのは、それから10分くらい後のことだった。


 明かりが点くと、ベッドの下で震えていた俺は、床に落ちていたカードケースを見つけた。


 ベッドの下から部屋の様子を窺ってみると、辺りはまるで何事もなかったかのように整っていて危険な物は1つもない。それでもベッドの下から出ていける勇気は無かった。


 現実ではないと信じたくて、俺のベッドの傍に落ちていた革製のカードケースをひったくるように取って中を見てみると、笠野さんの顔写真があった。何度も顔を見たが、やはりそれは笠野さんの顔だ。やはりさっきのことは夢ではない。この場所に笠野さんもいたんだ。


 ふと写真の横を見てみると、「浅野太一」という名前が書かれていた。





 それからしばらくベッドの下で動けなかった。昨日侵入してきたものは一体何だったのか、笠野さんはどうなったのか、どうして偽名を使ったのか。そして、なぜ、この部屋はこんなにきれいなのか。さっきあれだけ暴れまわっていたなら、笠野さんのベッド付近ぐらい乱れていてもいいはずだ。それにも関わらず、ベッドも、周りの家具も、僕らが初めてここに入った時と1ミリも変わらない綺麗な状態なのだ。それははっきり言って気味が悪かった。乱れていいはずなのにそれが元の状態にあるということは、誰かが直したと考えていいんだろうか? いや、誰もいなかったはずだ。笠野さんの悲鳴が聞こえてから、30分もたっていないのに、その間に俺に聞こえない様な音で部屋を片付けられるはずがない。一体どうなってるんだ? 部屋が明るいのは逆に気味が悪くて、それ以上に怖くて動けなかった。


 昨日部屋に侵入してきたやつが戻ってきたら見つかってしまうかもしれない。もう見つかっていたらどうしよう。見つかったらどこへ連れて行かれるんだ? そんなことばかりが頭をよぎる。その時、何かが慌ただしく中に入ってきて、体が強張るのを感じた。あいつが戻って来たのか?


「誰かいるのか?いたら返事してくれ!」


その声は聞いたことがある声だった。中に入って来た声の主は、昨日食べ物を取りに言った時俺の手を引いた少年だったのだ。彼は息を切らして入ってくると、ベッドの下でカードケースを握りしめて震える俺を見つけて駆け寄って来た。


「大丈夫か?」


無言でうなずく。少年は安堵したように息をつき、手を差し伸べてきた。走ってきたからだろうか、際立って色白だった少年の肌の色が濃くなったように思える。


「そうか。とにかく、ここを出よう」


肌の色なんて細かいことはすぐに吹き飛んだ。目の前に人がいる、それだけでいくらか気持ちは落ち着いたが、出ようと言われても出られなかった。出た瞬間、昨日襲ってきた何かに見つかるのではないかと思ったからだ。


「もたもたしてるとあいつが来るぞ」


俺の恐怖を知ってか知らずか少年はそう言った。急に少年が入口の方を見たかと思うと、素早く俺の隣に潜り込んできた。


「いいか、何があっても絶対に声を出したり、物音をたてるんじゃないぞ」


震えながら頷いて、目を閉じた。もうじっとやり過ごすしかない。見つかったらどうなるかわからない。

「ねぇ、誰かいませんか?」


その声に、俺は恐怖ではなく安心した。これは知っている声だ。最初、タソガレ島に案内してくれたあの美しい人魚の声。


「怖いものを見て、怯えているんじゃないかって思って来たの」


出ていこうとすると、少年は凄まじい剣幕で俺の腕を掴んで、首を激しく横に振る。声を出そうとすれば口を押さえられ、姿を見せようとしたら強い力で押し込められる。居場所を知らせることもできない。


「誰もいないの?」


ベッドの下に押し込められているため姿は見えなかったが、声はとても悲しそうだった。人魚は悲しそうなまま出ていった。完全に出ていったことを確認してから少年はようやく俺の口と腕から手を引いた。


「あれは危なくなんかない、俺達の味方だ! なんで隠れてたんだよ!」


と、声を荒らげると少年は言った。


「何をいってるんだ君は! いい加減目を覚ませ。命の危険が迫っているのに、まだ認めないのか? もう分かってるんだろ?」


一体なんの話だ?俺は夢を見ている、とでも言いたいのか?


「ここは君の理想郷なんかじゃない。綺麗なものなんか1つもない!」


「な、何を言ってるんだ……?」


「ここは、理想郷じゃないと言ったんだ。とにかくここを出るぞ」

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