第8章 決戦(2)
サトラゲは体を突っ込み、引き抜いては体の状態を確認している。つまり、上が突破できない事を知ったサトラゲが次に考えたのは、地下に逃げ道を作ることだ。
「まずい! 壁が突破される!」
サトラゲは泥を撒き散らしながら泥の中に潜っていき、炎の壁から数メートル離れた場所から勢いよく飛び出してきた。周囲で待機していたモンスター達がすぐにサトラゲに向かっていくが、次々に叩きつけられて消えていく。それはもう虐殺そのものであった。周りに何十匹も控えていたモンスター達が1秒持たずに消されていくのを見て、俺は祈るような気持ちで目線の先にある光の輪を見た。
タソガレ島は出るのは難しい。そう言っていたヤサ。何度も傷つきながら、それでもたくさんの命を救おうとしてきたヤサ。ひどい言葉をぶつけられても、泣き言も文句も言わずに笑顔で手を差し伸べてくれるヤサ。危険を冒してまでも見知らぬ俺を生かすために必死で手を貸してくれたヤサ。そんなヤサのためにも、ここで足を止めるわけにはいかない。こんなところで、止めるわけには!
突然、地響きのような音が聞こえて、後方を確認してみると、サトラゲが巨大な口を開いて後を追いかけてきていた。俺の何倍もある巨体であるにも関わらず、そのスピードはチーターを思わせた。
「なんであんなに速いんだよ!」
サトラゲが凄まじい速度でこちらに走ってくる。魚の尾から生えた無数の人間の腕がその体を支え進ませている。僕らと出口までの距離と、サトラゲとの距離は共におよそ50メートル。追いつかれずに出口までは辿り着けない。それでもいい、とにかく走るのだ。走って、走って、明日を奪い取る。これからの未来を奪い取ってやる! そのためにも、前へ。もっと前へ!
足元に出てくる蔓を、また点火したマッチで追い払いながら進んだ。他の木には上手く燃え移らない性質のため、火は点火して約3秒で消えてしまった。それでもサトラゲの罠に足止めを食らうよりも何倍もましだった。
また叫び声の様な鳴き声がする。もうすぐそこまでサトラゲが近づいていた。
「祐、上!」
ヤサの必死な声が聞こえて頭上を見た。サトラゲの腕が俺に伸びていた。今度は絶対に捕まったりしない! 俺は右へ一気に方向転換し、なんとかサトラゲの手を避けた。もう完全に追いつかれている。
「イコウ。イコウ。タソガレジマイコウ」
2度とこんなところに来るものか! 絶対にここを出てやる!
「ヤサ! 上だ!」
右から左へ横に振ったサトラゲの腕を無理やりかがんで回避するが、もう1本の巨大な手がヤサの細い腕を掴んだ。無理矢理引っ張られた痛みにヤサが声を上げる。
「ヤサぁぁぁぁ!」
俺はヤサの方へと駆けた。手に持った鉄の杭でサトラゲの体を刺した。
「離せ! 離せ化け物!」
何度も突き刺すがサトラゲはあまり気にしていないようだ。その間もヤサは腕や足を必死に動かして腕から逃れようと身をよじり抵抗していた。その時、ヤサが僕の方をみて叫んだ。
「祐! そこから離れて!」
鉄の杭を引き抜いてそのまま距離を取ると、ヤサはポケットから取り出したマッチを点火しサトラゲの腕に押しつけた。腕を掴んでいた力が緩んだことでヤサはそのまま泥の上に落下した。一方のサトラゲは炎が押しつけられた方の腕を高くあげて鼓膜を貫くような奇声を発した。
「早く!」
ヤサを引っ張り起こして俺達はまた走り出した。出口まで残り40メートル。
「マッテ。マッテ。オイシイ、マッテ。マテェェェェ!」
後方でサトラゲが豹変したように叫んだ。泥を撒き散らしながら猛然と追ってくるサトラゲが今度は俺の足を掴み、俺は泥に体の前面を強打した。掴まれた足はあまりの握力の強さに激痛が走り、悲鳴をあげるばかりだ。
「祐!」
ヤサが俺のところまで駆けつけようとするが、サトラゲの上半身から飛び出している複数の女性の体が好き勝手に動いてヤサを捕えようとして近づけずにいた。
俺は宙吊り状態で上半身から出る複数の腕にバケツリレーのように順に渡され、尾の方へと運ばれていく。必死に抵抗するが、何本もの腕に掴まれては抵抗も抵抗ではなくただ暴れているだけだった。地面が視界の上へ移動し、右、左へと回っていく。もはやどこが下なのかもよく分からなくなっていた。
分かっているのは、このままでは、ナイフのような鱗に切り刻まれてしまうことだ。頭に血がのぼっていき、うまく働かなくなってくるが、それでも必死でこの状況を打破しようと体を動かした。もうやるとしたら今しかない!
俺は腹筋を使って身を起こすと、足をつかむ人間の手に本気で噛みついた。歯が肉に食い込んだのが分かるが気持ち悪いなんて言っていられない。さらに強く噛みついた。サトラゲは悲鳴をあげ、手の力が弱まったその瞬間に足をなんとか引き抜いた。地面に落下するなり、サトラゲの腕が伸びてきていて、頬を爪がかすめた。ただそれだけだと言うのに、右頬は切れ、血が流れるのが分かった。怪我をしようが、今はどうでも良かった。生きていればそれでいい。とにかく今は止まれない。
「祐!」
「分かってる!」
執拗に手が伸びてくるのを何とか避けたが、今度は泥に足をとられる。足元からまた出てこようとする蔓をマッチで追い払い、転ぶ度にヤサが引っ張り起こしてくれた。