第8章 決戦(1)
俺とヤサは葉で描かれた三重の円の中心に立った。ついにこの時が来た。サトラゲを閉じ込めて、俺達は2人でタソガレ島を出るのだ。
「裕、あれがタソガレ島の出口だよ」
ヤサが指差す先には白く光る輪が宙に浮いていた。輪の中は景色が揺らめいて、やがて元の世界を映し出した。遠くてよく見えないものの、そこが元の世界であるという事は直感的に分かった。
俺達は気持ちを整えた。絶対に2人でここを出る。これから待つものがどれだけ困難であろうと。
広い泥の海の先にある、タソガレ島と元の世界を繋げる光の輪。そこまでいけば俺達の勝ちだ。俺は、隣にいるヤサを見た。
「絶対に、一緒にたどり着こう。ここを出たら、一緒に空を見に行こう」
ヤサが何十年も見たいと思い続けてきた綺麗な空。絶対に一緒に見るのだ。
ヤサは、今まで見たことがないほど強い意思を秘めた瞳を向けた。
「うん、絶対に。あと、生きてここを出て、もし僕が変われたらその時は、友達になってね」
俺は力強く頷いた。絶対に生きて帰る。ヤサと一緒に。絶対に、辿り着いて見せる。
「準備はいいか? ヤサ」
「望むところだよ。祐」
「さぁ、やるぞ!」
俺とヤサは同時に鉄の杭をぶつけて音を出した。
タソガレ島中を駆け抜けていく音の波はすぐにサトラゲの元に辿り着いたようだ。森の木々が遠くで次々に倒されていき、猛スピードでこちらに向かってきている。森の中から現れたサトラゲは真っ直ぐ俺達の方へ向かってくる。今にも逃げ出したい気持ちを抑え、ポケットから取り出したマッチを口元へと寄せていく。サトラゲが5メートルの距離まで迫った所で、俺達は同時に声を上げた。
「今だ!」
俺達は同時に左右に分かれて走った。サトラゲが一瞬動きを止めた時、俺はマッチに息を吹きかけて点火すると、1の円から外へ出た。後方には同じく円の外へ出たヤサと目が合い、俺達はまたしても同時にマッチで火をつけた。俺とヤサが火をつけた所から炎は左右に分かれて勢いよく燃え移っていく。俺は足を緩めることなく3の円の外へ走った。目で下に落ちている葉の曲線を見て、3の円の外へ出た瞬間振り返ってヤサを見た。
「ヤサ!」
「燃やせ裕!」
取りだしたマッチに息を吹きかけ、3の円を作る葉にマッチを落とした。炎が上がり、火が円を描いていく。火は途中で分裂して2の円を描き始め、10秒もかからないうちにサトラゲは三重の炎の壁の中に閉じ込められた。鼓膜が破れそうなサトラゲの悲鳴などそっちのけで、俺達は駆け寄った。
「さぁ行くぞ!」
そうして出口まで一直線に駆け出した。およそ100メートル先に見える巨大な白い光の輪。それはサーカスでライオンがくぐりぬける火の輪にも似ていた。絶対に辿り着く! 絶対にここを出るんだ!
海だったものの中に足を踏み入れるとそれは本当に泥の沼の様だった。足が取られてしまうがそれでも先へと進んでいく。後方ではサトラゲが炎に晒されて狂ったようにわめいており、俺が待機させたモンスター達がサトラゲを囲んでいた。空を飛ぶ葉に乗ってここを突っ切ることができれば1番良かったのだが、ヤサが過去に試した時は海に入った瞬間葉は突然腐り落ちてしまったのだという。つまり、自分の足でここを突破するしかないのだ。モンスター達もまたここまでは来ることができないだろう。
俺達は更に光の輪へ距離を詰めていこうとした、まさにその時、急に俺は何かに引っ掛かって顔面から泥の中に突っ込んだ。息苦しくて何とか顔を上げたが、立ちあがろうと手をついた下から次々に蔓が伸びて俺の手足に絡みつく。
「裕!」
ヤサが息を荒げながら俺に駆け寄ってきた。蔓は俺の両手両足をきつく縛っており、身動きが取れない。すぐにヤサが持っていたサバイバルナイフで蔓を切った。何もできず、ただ待つだけだった俺は後方を見た。炎の中で動きまわっているサトラゲが、エコーがかかったような声で笑っているのが分かる。
「イカナイデ。イッショニイヨウ」
気味悪い笑い声を発したかと思うと、切断されたはずの蔓が気味悪くうごめいてヤサにまとわりつこうとする。
「ヤサ! 後ろ!」
俺は何とか自由になった右手でサバイバルナイフを引き抜き、自分に撒きつく蔓を切った。蔓は固く頑丈でなかなか切れない。ヤサもまた地面から出てくる蔓をナイフで切った。
「裕、早く!」
必死に蔓を切っていた俺は、ヤサが必死で次々に襲ってくる蔓と戦っている間に、左腕、右足、続いて左足と順に自由を取り戻していった。
「ヤサ、行ける!」
叫ぶように言った俺はすぐに立ち上がって走り出すが、今度はヤサが蔓に捕まった。足場から次々に出てくる黒い蔓はヤサの足に絡みつくとそのまま陸地へと引きずって行こうとする。
「やめろ!」
すぐに駆け寄ってナイフで蔓を切るが、周りから襲いかかってくる蔓にも対応せねばならず、上手くいかない。俺はふとポケットに入っていたマッチを取り出し、息を吹きかけた。点火した瞬間蔓はヤサからすぐに離れていく。遠くでサトラゲがまた悲鳴を上げている。
「そうか! サトラゲが操っているからこの炎にも弱いんだ!」
ヤサから蔓を追い払って、俺達はまた走り出す。足を取られる度に体力を消耗し、ヤサの息は既に上がってきていた。後方を見てみれば、サトラゲは急に静まって地面に顔を突っ込んでいる。
「何してるんだ、あれ」
走りながらそう言った俺だが、サトラゲの行動の意味をすぐに理解した。