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第6章 ヤサの願い(1)

 俺達は俺がタソガレ島に来た場所に戻って来ていた。広がる海の上をヤサが歩くのを見て、俺は半信半疑で海に足をつけてみた。まるで海がスライムにでもなってしまったかのような感触で、くるぶしまで沈み足が取られるものの、歩けないことは無い。


「最初は泳いでたはずなのに」


いつの間にか声に出していたようで、ヤサが答えてくれた。


「ここは元々泳げるような場所じゃないからね。さぁもう行こう。今の間にタソガレ島を出ないと」


そう言いながらもどこか浮かない顔のヤサを見て、俺は足を止めた。


「ヤサ、もしタソガレ島を出たら俺に色々話してくれる?」


過去も、苦しみも、分け合えることができれば楽になるかもしれない。思えば俺がそうだった。ヤサにぶつけてから、自分の本当の気持ちが整理されたようで気持ちは軽くなっていたのだ。もちろん問題が解決したということでもなければ状況が変わったという事もない。ただ気の持ち方が変わったという事だけだ。それだけでも今まで絶望しか抱かなかった俺には明らかな進歩だった。もしかしたらヤサが抱えているものも俺が聞くことで楽になるかもしれない。状況は変わらなくても。


「俺ばっかり喋っちゃったし、それにそのおかげで随分気が楽だからさ」


と、補足しておく。しかし、ヤサは悲しげに俯くばかりだった。


「ヤサ?」


足を止めてしまったヤサに歩み寄ろうとしたその瞬間、急にヤサの顔が歪んだ。ヤサの悲鳴と共に、胸から何かが飛び出したような気がしたが、それは違った。正しくは、何かがヤサの胸を貫いたのだ。ヤサが痛みに絶叫する。


「そんな、どうして……」


サトラゲを閉じ込めたはずなのに、どうしてここに?


 信じられない光景と共に頭の中に響く声が一瞬にして俺を恐怖の中に引き戻した。


「イカナイデ。イッショ、イヨウ。オイシイ。オナカスイタ。タベル」


単語が頭の中に次々押し入ってくるが、そんなことは今関係なかった。ヤサは胸を鋭い角の様なもので貫かれたかと思うと、海の中から出てきたのはあの巨大な化け物サトラゲだった。


「ヤサ!」


まるで悲鳴のような叫びに、ヤサは苦しげに呻きながら言った。


「早く、逃げて」


「タベルタベルタベルタベル」


今にも腰が抜けそうなのを必死でこらえながら俺は青い炎の消えた木の棒を、サトラゲの体から出ていた顔の、特に目をめがけて思い切り突き刺した。その瞬間、耳を塞ぎたくなるような悲鳴が轟き、サトラゲは腹から出た角からヤサを引き抜き、森の方へと投げ捨てた。俺はすぐにその後を追った。海に入ったところだったこともあり、陸にすぐ上がることができた為、足場がしっかりしていて逃げやすかった。


「ヤサ!」


「早く、逃げるんだ……」


そんな言葉など無視して、倒れていたヤサの腕を肩に回し、俺は周囲を見回す。逃げる場所を探さないと。早くしないとサトラゲが追ってきてしまう。俺はすぐに樹の陰に身を隠した。樹の中に入ってしまったら今度こそ捕まってしまう気がしたのだ。ヤサはサトラゲが賢いと言っていた。同じ手が何度も通じないかもしれない。それなら逆にどこにも逃げ込まずに身を隠していた方が賢明だと思ったのだ。


「裕……じっと、してて」


ヤサは苦しそうにしながらも周囲を見て指示を出した。サトラゲは何度も叫びながら海を歩き、泳ぎまわり、やがて森の中へと向かってきた。俺はヤサと一緒にただじっとその場で息を殺す。


 サトラゲの息が近づいたり遠ざかったりする度息がつまりそうになるが、必死で自分の気配を消した。自分は空気なのだと言い聞かせ、近づいてきてもただじっとヤサと共にその場をやり過ごした。


 サトラゲは樹のホテルの方へと向かって行き、しばらくするとまた体当たりする音が聞こえてきた。遠くに青い炎で入口を塞いだ樹が見えた。入口は突破されていないのに、なぜ逃げられてしまったのかと思って何気なく樹の根元から上へと目線を上げていくと、途中で樹は真っ二つに折れていた。つまり、入口から逃げられないと考えたサトラゲは上へ逃げる事を覚えたのだ。今体当たりしているならまた俺達が同じように逃げ込んだと考えたのだろう。裏をかいたのが上手くいった。


「ヤサ、大丈夫? どうしたら……。とにかく、今の間に移動しないと……」


どうしたらいいのか考えがまとまらない俺にヤサが苦しそうに指差した。


「裕、あれ」


その先には、巨大な卵の殻が幾つも立っていた。ここが家にもなっているんだと笠野さんが言っていたっけ。


「でも、あれだとまたばれるんじゃ」


「大丈夫。あの卵は、森の中にも、たくさんあるし、防音、だから……」


「分かった。すぐ行くから、だからもう少し頑張ってくれ」


あの中に何か傷を塞げるものがあれば。でも、こんな深手じゃどうやって処置したら……。とにかく俺はほとんど力の入っていないヤサを背負うようにして卵の殻へと向かった。

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