第5章 サトラゲとの攻防(4)
2人で炎に近づいた。樹の幹からは粘りのある樹液が常にたれていて、そのおかげで燃えているようだ。樹から定期的に落ちてくる葉は青い炎が燃えやすく、炎は良いバランスで消えない様な仕組みになっていた。
「この炎に触れられないなら、さっきの樹の中におびき寄せて入口を炎で塞げばかなり時間が稼げるかもしれない」
「その間にタソガレ島から脱出するんだな?」
ヤサは頷いた。
「さっき僕らが入っていたのと別の樹の中にサトラゲを閉じ込めよう。さっきと同じように中に裏口とバリケードを設置する。このバリケードは裏口に近い場所に、だ。サトラゲが中に入ったら入口にあらかじめ撒いておいたこの青い炎が燃えやすい葉に引火させる。そうしたらサトラゲはあの樹から出られないはずだ。この間にタソガレ島の出口に向かう。それと、引火させるために外で待機している人の傍に裕が出せるあの金魚みたいな生物を置いておく。これでどう?」
「すごいよヤサ。完璧だ。これならサトラゲを中に閉じ込めて余裕で脱出できる」
ヤサは頷いた。炎と言う弱点を使って樹の中に閉じ込めてやる。それだけでいいのだ。
「囮には僕がなるよ。裕はサトラゲが来るまで外であの生物達と待機してて。さぁ、始めよう」
俺達はまず一本の樹を決めた。中に入ることができるホテルの樹だ。入口の根元に俺は摘んできた葉を撒き、ヤサは樹の中でバリケードと裏口を作った。バリケードには万が一用に通れる穴を開けておき、壁から5匹のファングフィッシュを出現させた。あまり多すぎるとサトラゲが気づいてしまうかもしれないという意見を踏まえての数である。
「僕がサトラゲを呼ぶ」
俺は樹から10メートル程離れたところで別の樹に隠れた。手に持っている青い炎の松明を隠すようにして立ち、左右にファングフィッシュを待機させた。樹の陰からヤサを見て頷くと、ヤサもまた頷いた。さぁ、始まる。サトラゲが中に入ったら俺はこの松明で入口に火をつけるのだと頭の中でイメージして、息を殺した。
間もなく、ヤサが音を立て始めた。その音が森の中に大きく響き渡る。出来る限り無心で俺はその時を待つことにした。ゆっくりと息を吸い、静かに息を吐く。青い炎にもう一度目線を移したその時、俺は視線の先に見たくないものを見つけてしまった。上半身は女体で、下半身は魚の様な巨大な体。これは夢だと思いたくなるそんな状況。そう、目の前にサトラゲがいたのだ。
「裕! 走れ!」
ヤサの叫び声が俺を動かした。
「ファングフィッシュ!」
そう叫ぶと、左右に待機していた5匹の魚達が狂ったようにサトラゲに飛びかかっていく。俺はその間に地面を蹴って必死で走った。樹の中にはヤサが待機していて俺を呼んでいた。
「松明を持ってそのまま中へ!」
今入口に火をつけてしまったら作戦は失敗に終わってしまう。ファングフィッシュは次々に体を引きちぎられて無残な姿で地面や樹に叩きつけられていく。俺は無我夢中で樹の中に走った。バリケードの下にできた穴を四つん這いになって一心不乱に進んだ。何とか通りきると、サトラゲが樹に突進してきた。
「裕!」
ヤサが俺の持っていた松明に別の木の棒を突き刺し、燃え移らせた。
「ここを出てすぐ入口に炎をつけに行って。早く!」
俺は促される通りに這って裏口から出ると、ヤサから元々持っていた松明を受け取って外へ回った。バリケードにサトラゲがぶつかっている音が聞こえる。樹の幹に沿うようにして走り、入口に何とか辿り着くと撒いてあった葉に松明を突き刺した。まるで油に火をつけたように葉の上を炎が走っていく。端まで辿り着くと、炎の壁がサトラゲの退路を塞いだ。
「ヤサ!」
サトラゲが一瞬俺の方を見るが、青い炎を見て悲鳴をあげる。その向こうでヤサが乏しい炎の松明をサトラゲに向けながら裏口に向かっていくのが見えた。俺はすぐに裏へと回り、ヤサから松明を受け取った。ヤサは両手を使って裏口から這い出し、すぐに俺の手にあった松明を掴んだ。今にも消えそうな火は既に撒いてあったらしい葉に引火して燃え上がる。樹の中で鼓膜が破れそうなほどの悲鳴が聞こえてくる。
「裕! 行くよ!」
俺は青い炎の乏しい松明を拾ってから頷いてヤサと共にその場を後にした。