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和々と徳姫

 次の日、和々は白金城にいた。その名の通り、城の壁は白く、陽の光を受けると、輝かんばかりの美しさだ。近隣の国々の城も立派だが、美しさは、どの城にも負けてはいない。堀には近くの川から引き入れた水が張られ、輝く城を映し出している。

 

 和々は、城主・高科晴明の娘・(とく)(ひめ)に呼ばれていた。徳姫は、和々と歳も近いため、幼い頃より仲が良かった。幼い頃は、家族で曲輪の屋敷に住んでいたので、父や母に付いて城に入る事も多かったのだ。その時に、和々を徳姫の遊び相手にという事で、会ったのがきっかけだ。成長してからは、徳姫付きの侍女として城に上がることを望まれたが、父が断り続けていた。後で知った事だが、どうしても手元に置きたかったらしい……。

 

 徳姫の部屋は城の奥にあり、静かだった。春の花々が咲き乱れる庭に面した部屋は、香道を嗜む徳姫らしい良い香りが漂う。徳姫自身も咲き誇る花のように、可憐である。大きな瞳、赤い唇、桜色の着物も可憐さを引き立てていた。その徳姫と和々は、徳姫の部屋で向かい合って話していた。

「父上に聞いたのだが、和々が、どこぞの殿方へ嫁ぐと言っていた……本当か?」

「はい、まあ……。その通りでございます」

 庭の花を揺らした風が、部屋の中を通り抜けた。部屋に活けた色とりどりの花も揺らす。

「ふうん」

 徳姫は頷いて、まんじゅうを一つ頬張った。可憐な外見とは違って、態度や言動は全く逆で面白い。和々が徳姫の表情を上目使いで窺うと、話の続きを知りたい様子だ。

「して、相手は誰なのじゃ?」

 やはり、気になるのではないか。

「藤堂彰隆どのにございます」

「藤堂彰隆か!」

 徳姫は、目を丸くして驚いている。そんなに意外な相手なのだろうか。

「彰隆どのが何か?」

 不思議に思って尋ねると、徳姫は、まんじゅうを喉に詰まらせて白湯を飲んでいた。慌てて背中を擦ろうと中腰になったところで、徳姫に手で制された。

「げほ……だ、大丈夫だ。彰隆は、何て言うか…腹の内が見えない奴だからのう。飄々として何を考えておるのか分からん」

「まあ、そう言われれば、そうなのですが…」


 確かに、そうなのだ。いつも、からかわれてばかり。真剣な事を言ったかと思えば、すぐに冗談を言う。でも、本当は傷つきやすく繊細な性格だ。弱い部分を見せたくなくて、強がっているから、そんな事ばかり言うのだ。

 和々が黙ってしまったのを見て、徳姫が今度はゆっくりと、まんじゅうを一口ずつ口に入れながら凝視した。


「何か言いたそうじゃな、言うてみよ」

「彰隆どのは、優しい御方です。誤解される事も多いと思いますが、本当は家族思いの心根の優しい御方です」

 すると、徳姫は目を丸くした。驚くことなのか?しかし、間違ってはいない。彰隆は優しい。婚約の儀式は強引だったが、和々の背を撫でて気遣ってくれた。川原で襲われそうになった時は、和々を庇い、泣けば優しく宥めてくれた。兄のことを自慢気に話し、家族を大事に思っている彰隆が、誤解されているのが悔しい。

 

 すると、徳姫は「くっ、くっ」と笑い始めた。今度は和々が、訳が分からず驚く番だった。

「和々は彰隆を好いておるのじゃな」

「え……」

 まさか、そんな事を言われるとは思っていなかった。徳姫は、袖口で口元を隠し、「くっ、くっ」と笑っている。

 好き?私が彰隆どのを?

 思ってもいなかった言葉に、驚く。全く、彰隆を好いているなどの自覚などない。しかし、自然と顔が赤くなっていく。

「そんな……そこまで考えたこともありませんでした」

 隠し立てしても仕方がないので、正直に言ってしまう。だって、好きとか嫌いとか……考えていなかった。夫婦になることが前提で、一緒にいるようになったのだから。何度か口づけ合い、確かに男だと意識させられたが、気持ちが彰隆を「好き」になっているかは、分からない。


「そうか、そうか。まあ、徐々に和々が気付くことだからな」

 徳姫は、ようやく笑いを収め、再びまんじゅうに手を伸ばした。徳姫は納得しているようだったが、和々は腑に落ちなかった。分からない……自分の気持ちが。和々は徳姫の前なので、平静を装って、笑顔を返した。


「楽しそうじゃな」

 廊の方から声が掛かった。若い女人の声だった。二人でそちらを窺うと、晴明の側室の(まつ)(かた)が立っていた。まだ、二十歳くらいの若さで、美山国の三の姫だった。はっきりした目鼻立ちで、真っ赤な紅が美しい。「妖艶な」という言葉が合う美しさだった。

「松の方さま」

 和々と徳姫は頭を下げる。すると、松の方は、真っ赤な打掛を引いて部屋に入って、徳姫の前へと座った。その一つ一つの動きが女らしく、男を虜にするのだろう。和々は、目の前の松の方の迫力に緊張が走った。幼い頃より知っている徳姫とは、あまりに違う。ごくりと喉を鳴らした。

「和々が嫁ぐというので、その話をしていたのでございます」

 徳姫は花のような笑みを零して話す。自分の事なので、恐縮してしまう。

「しかも、お互いが想い合って夫婦になるのです。素敵でございましょう?」

「え!」

 和々は思わず大声を上げてしまった。

 お互いって、何!ええっ!焦って全身が火照ってしまう。まだ自分で気持ちを整理できていないのに。


「くっくっ…可愛いのう」

 松の方は喉を鳴らして笑った。

「そんな事を言っているとは…くっくっ…」

 笑いを含むその言葉に和々と徳姫は訳が分からず、顔を強張らせた。お互いに顔を見合わせる。

「結婚とは家同士の結びつきじゃ、互いに想い合ってなど可愛いもの。徳姫も覚えておくと良い、婚家より実家が大事じゃ」

 松の方は、くすりと笑う。その笑いは冷たくて、二人は下を向いてしまった。どう反応して良いか分からない。その言い方は、暗に晴明に嫁いだのが不本意だったと言っているようで、居たたまれない。徳姫は晴明の娘なのだ、気を遣ってほしいものだ。


「くっくっ……そんな事ではしゃいでおるようでは、徳姫はまだ嫁には出せぬな」

 明らかに徳姫を見下した言い方だった。

「実家の(めい)が一番だと心得よ」

 冷たく言い放つ。

 そして、その後、しばらくは徳姫と和々は、松の方の話し相手をしていたが、あまり気が乗らず、二人してどこか上の空だったと思う。屋敷に帰ってからも、徳姫と松の方の話をしていた内容が思い出された。もうすぐ、夕刻で父と兄が帰ってくる頃だったが、何をしても二人の話ばかりが頭の中を占める。

 

 松の方は、寂しいことを言っていた。この世の中、実家の都合が優先されるのは分かっている。しかも、一国の姫となれば、政のために利用されるのだ。

 しかし、松の方が嫁いで数年が経つ。まだ、子はいないし、寂しいのかもしれない。だからと言って、正室の娘である徳姫に嫌味を言って傷つけるなんて良いはずがない。徳姫と仲が良いから甘い事を言っているのかもしれないが、女の世界に少し嫌気がさした。


 そして思い出すのは、徳姫の言葉。

 ―和々は彰隆を好いておるのじゃな

 彰隆は、飄々とした表の顔だけじゃなくて、実は違うと徳姫に分かって欲しかった。だから、彰隆は、本当は優しい男だと言いたかっただけだ。しかし、徳姫は和々が彰隆を好いていると言っていた。

 私が彰隆どのを好いている?

 そう思えばそういうような気もする。

 和々は初めての感情に悩まされていた。


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