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彰隆の秘密

 彰隆の婚姻の話は、母や二人の兄たちも喜んだ。相変わらず、父だけが怒っているようだったが、母たちは何もかも分かっていて、笑っているだけだった。ただ、天狗の話をどこまで話して良いか分からず、誰にも言えずにいた。父もその事に触れずにいる。皆に隠し事をしているようで、気持ちが悪い。


「隠し事と言えば……」

 そうだ、彰隆どのの事を何も知らない。何もどころか藤堂家の者だということ以外知らない。和々は、庭の掃き掃除をしていた手を止めて、空を見上げた。澄み渡った青い空。雲一つなく抜けるようだ。昨日、彰隆は空から降りてきた。

「あ……」

 和々は止めていた手を動かす。昨日から気が付けば、彰隆のことばかり考えている。夫になるのだから、それは別に構わないとは思うが…彰隆のことばかり考えてしまう自分が嫌だ。

あんな、無理やりに……。昨日の彰隆との口づけを思い出して、顔を赤くして俯いてしまった。


「何ぼやっとしてんだよ」

「あ、彰隆どの!」

 突然の声に、和々は後ろに一歩足を引く。たった今、彰隆のことを考えていたので、何となく恥ずかしい。顔を背けてしまった。

「何、顔を背けてるんだ。仮にも、和々の夫に」

「まだ違う!」

 力いっぱい怒鳴って睨んだ。

「ははっ、照れるなよ。さっきも、俺のこと考えてたんだろ?」

「何で勝手に決めるの!」

 別に怒りたくはないのに、思わず怒鳴ってしまう。この態度が気に入らない。からかって何が楽しいのか。父たちの前だと、あんな凛々しいのに…。

「そんな顔してたからさ。今日は、親睦を深めに来た」

「は?」

 また突拍子もない話に、裏返った声が出た。

「親睦を深めに来たって言ってるんだ。和々は俺のこと何も知らないだろう?俺も和々のことを知らないからな。お互いを知るのは大事だろうが」

「え、ええ…まあ…」

 確かに、何も知らないので知っておきたい。何となく、彰隆に乗せられた感じもするが、素直に頷いた。すると、彰隆は満面の笑みを零した。

「だろ?じゃ、行くか」

「は?」

 話だったら、屋敷でもできるはずだ。どこへ行くというのか。和々が不思議そうな顔をすると、彰隆は和々の腕を掴んだ。その掴んだ左腕は、昨日嵌められた腕輪が見える。和々は思わず、その腕輪が目に入って戸惑いを覚えた。瞬間、顔が歪んだ。


「ここだと、和々といちゃいちゃ出来ないだろうが」

 にやっと人の悪い笑みを浮かべた。

「何を言ってるの!」

「ははっ!和々は面白いな!冗談―」

 和々の身体をぐいと引き寄せる。腕を捕えたまま腰に手を回すと、和々の体は彰隆の腕の中にすっぽりと納まった。和々の顔が彰隆の胸に当たり、鼓動が聴こえた。温かさとしっかりとした逞しい身体に安心感を覚えると同時に、頭の中で恥ずかしさが沸き起こる。そのまま、彰隆は耳元に口を寄せて、囁いた。

「冗談でもないんだが」

「もう、離して!」

 和々が掴まれていない右手で、彰隆の胸をどんと叩くと、彰隆はあっさりと和々から手を離した。あまりの素っ気なさに拍子抜けしたが、手を離してくれたので、和々は彰隆から距離を取った。

「ほら、屋敷の誰かに出掛けてくるって言ってこいよ」

 ああ、そういう所は無理はしないのか。和々に対しては強引な所があるが、常識はあるのだ。

「勝手にいなくなったら、皆、心配するだろが」

「はい」

 頷くと彰隆は、笑顔で大きく頷いた。そんな態度を取られると、素直になってしまうではないか…。反発したいわけではない、しかし、今までの自分の態度からすると、素直になる方がおかしいような気がしてくる。

 

 そのまま家に入り、母に彰隆と出掛けてくると告げると、にっこり笑って送り出された。そして、彰隆の元へ戻ると、彰隆は大きな紅葉の木に幹に寄り掛かっていた。和々の方を見てはいない。腰に刀を差し、茶筅髷は艶やかな馬の尾のようで、黙って立っている横顔は凛々しい。和々は足を止め、彰隆に見入った。

和々の視線に気が付いて、彰隆は身体を起こした。そして、にやっと笑う。

「いちゃいちゃして来いって言われたろ?」

「言われるわけないでしょう!」

 分かった……。にやって口の端を上げて人の悪い笑みを浮かべた時は、からかう時だ。しかも、和々の反応を楽しんでいるのだ。だからと言って、言い返さないのも悔しい。何だか全てが、彰隆の思う壺ではないか。


 和々と彰隆が着いた所は、和々の屋敷から少し離れた所にある川原だった。河野国は、山に囲まれているので川原と言えど岩場が多いが、ここは砂利が多く川幅もかなりあって、深さもそれほどない。周りは膝丈くらいの草が生い茂っている。一つの木の幹に馬の手綱を繋ぐと、二人は大きな岩を見つけると一つの岩に半分ずつ腰を下ろした。

 今日は馬に乗って来た。彰隆は、あんなに早く移動できるのに、なぜ馬に乗ってきたのか。和々が尋ねると、彰隆は不思議そうな顔をした。

「あんまり目立つことをしないんだよ。よほど、急いでいる時なら一人の方が早いが」

「そうなの…だから、今日は馬なのね」

「そうそう!これならゆっくり、和々とくっついたりできるだろ」

 からかう印だ、にやっと笑う。でも、きっと最初に言った事が本音だ。人に紛れて暮らしていくには目立つことは避けた方が良いに決まっている。きっと、嫌な思いを沢山しているからか、身を護るための(すべ)だと思われた。


「あ?何だ、からかっても乗ってこないな」

 考え事をしていて反応しないことは予想外だったらしく、少し驚いた顔をした。和々の左側に座った彰隆は、肩が触れる距離にいる。そして、上半身を屈めて和々の顔を覗き込んだ。先ほど庭で見入った横顔とは全く違う表情だった。

「お話下さいませ、彰隆どののこと」

「ああ、そうだな。全て話す」

 彰隆の表情がまた変わった。その顔は、真剣で凛々しい。彰隆は屈んでいた体を戻し、前を見据えた。広い川の対岸が目に入った。向こう岸には、白サギが水辺をエサを求めて歩いているのが見えた。


「俺は、藤堂彦三郎彰隆。藤堂家の三男だ。十三で元服し、今は十六だ」

 それから、彰隆は色々と話してくれた。父は重孝で知っているが、母は天狗族の烏間家の者だということ。兄弟は兄が二人いたが、一番上の兄は跡継ぎのいない烏間家に養子になったこと。二番目の兄は幼い頃亡くなったこと。他に弟が一人、妹が二人いること。そして、今は自分が藤堂家の跡継ぎであること。天狗と人の間に生まれた彰隆は、身体能力は天狗と同じだが羽はないということ。しかし、兄はいつもは隠しているが羽があるということ。そんな兄が自慢で、兄が烏間家を継ぐということは喜ばしいと思っていること。


「兄上は人間の父と天狗の母の子で、人の血が混じっている自分が烏間を継いで良いものかと悩んでおられたが、兄上は天狗としても人としても優れている……俺はそんな兄上を尊敬している」

 和々は、彰隆の話を黙って聞いていた。何だか違う彰隆を垣間見て嬉しかった。天狗のことは置いておくとしても、ちゃんと人(、)として生きていると思う。天狗の羽がなかったから、ああやって地面や枝を蹴って移動していたのか…昨日の彰隆の行動に納得がいく。それに、羽がない時点で人らしいのではないか。彰隆は、しばらく自分の事を話していたが、その後、おもしろい話もしてくれた。


「月には兎が住むというが、太陽には三本足の烏が住むというのだ。天狗の先祖は、その烏だという…つまり、太陽、神、だということなのだろうな。ま、人よりも身体の能力は勝っているのだから言いたいことは分かるが、な……」

 和々はあまり考えないで言葉を口にした。

「だったら、天下を取れるのではないのですか?」

「そう考えた者も多かろうが…な」

 彰隆は眉を寄せた。

「尊敬している兄上も、俺も結局、異形の者だ。人はそう付いては来まい」

 自分で「異形」だと言ってしまうのか……。それは、自分自身もそう感じているからなのだろうか。和々が彰隆の顔を覗き込むと、すぐに気が付いて笑顔になったが、胸が苦しくなる。尋ねなければ良かった。自分を卑下するなど悲しい。安易に口にしたことを後悔する。 

 しかし、彰隆は察しが良い。和々の落ち込んだ顔を見て、触れ合っていた左手の上に、彰隆の右手を重ねた。

「和々が気にするな。俺は気にしていない」

「しかし…自分のことを卑下するなんて、悲しいことです」             

「俺は幼い頃より烏間の者たちを見てきた。烏間家は天狗族の長の家柄だ。さすがに烏間家はちゃんとしているが、他の天狗たちは…同じ種族でも考えが卑しい者もいる。それは人も同じだろうが、俺は姿も中身も異形としか映らない」

 彰隆が嫌悪しているのは、同じ天狗に対してなのか……。だから、同じ種族だという自分を卑下しているのだ。


「和々、すまない」

 いきなり彰隆が謝った。

「え?」

 突然のことに驚いて、何のことだか分からない。

「和々…」

 重ねた手に力を込めたのが分かった。和々が彰隆を窺うと、俯いていた。

「すまない。和々をそんな汚い世界に巻き込んでしまったな」

「彰隆どの…」

「でも、俺はあの時、和々だと思った。術が効かない和々を逃しては!と必死だった。深く考えずに和々を巻き込んで悪かったな」

 少しでも悪いと思ってくれていたのか。そう思うと、ただ強引だと思っていた印象が変わる。異形ではない、ちゃんと人らしく考えているではないか。

 和々は、彰隆に身体を向け、重ねられた手の上に、更に右手を重ねた。彰隆がその感触に俯いていた顔を上げた。


「彰隆どのらしくもないです!いつもの調子はどうしたのです?」

 こんな彰隆では和々の方が調子が狂う。

「和々も和々らしくないけどな。いつも怒っているのに今日はどうしたんだよ?やけに素直で気持ちわりい」

 お互い顔をしかめていた。しかし、どちらからともなくぷっと吹き出す。

「あはははっ!」

 二人で笑っていた。こんな風に笑い合えるとは…和々は口元に手を当て、笑いを隠しながら彰隆を再び窺うと、目を細めて笑っていた。

 やがて、和々が彰隆から左手を引こうとすると、逃さないように力強く握られた。

「夫婦なんだからいいだろ?」

 少し手を持ち上げられて、悪戯そうに片目を瞑って微笑んだ。すでに、いつもの彰隆に戻っている。

「まだ夫婦ではありません!」

 思わず怒鳴って否定した。

「あははっ!和々は厳しいなあ」

 彰隆は笑いながら、川の方へと顔を向けた。水面は陽の光を反射しきらきらと光る。雪解けの季節なので、水量が多く、いつもより水嵩(みずかさ)は増して流れも早くなっていた。向こう岸には葉桜になってしまった桜の木があって、風が渡る度に葉を揺らし、少しだけ残った花びらを散らしていく。


 ふと、彰隆を見ると、彰隆の左の手首に黒い石の嵌った腕輪が目に入った。彰隆は視線に気が付いて、繋いでいない左手を見せる。そこには、何本かの紐で編まれている腕輪。しかし、その紐の一本は色が違う。

「ああ、これ?昨日、和々から元結をもらっただろ?それを編んでみた。俺も和々の物を身に着けたいしな」

 昨日、あれから帰って編んだというのか…。案外、きれいな編み目で、手先が器用だという事が窺えた。


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