お互いの両親
「藤堂どの!」
せめてもの抗議をしようと思うが、彰隆は笑って取り合わない。勝手そのものだ。彰隆は立ち上がると、中腰になり片手を差し出した。
「ほら、行くところがあるんだろ?さっさと行くぞ」
その手を掴んで立ち上がれと言っているのだろうが、和々はつんと顔を逸らし、一人で立ち上がろうとした。すると、はぁと大きなため息が聴こえた。ちらりと、彰隆を窺うと、また呆れたような笑顔だった。
「強情だな」
彰隆は和々の腕を勝手に掴んで立ち上がらせた。彰隆の力には敵わない。和々は眉を寄せ、怒っているのを見せつけるが、彰隆は一向に構わず、和々の手を離さない。
「いい加減、離して!」
「まったく…ほら、水を汲んで帰らないと晴明さまが屋敷に到着してしまうぞ」
「え……」
彰隆は、手を繋いだまま、和々が持ってきた桶を拾った。
「私、水を汲みに行くとは言ったけど、晴明さまが来るとは一言も言ってない……天狗は考えている事も読めるの?」
怖い―と思った。自分の考えていることが全て見られているかもしれない。彰隆の顔を見ると、先ほどの呆れ顔のままだ。彰隆は、桶を一度足元に置くと、和々に向き直る。そして、ほどけてしまった艶やかな髪を撫でた。
「そんな訳あるか。言ったろう?俺らは人に紛れて暮らしてる。俺も身分は武士なんでね」
また、名残惜しいように、指で毛先を弄びながら離した。そして、桶を拾い上げる。和々は、何となく腑に落ちないが、彰隆の言っている事は分かった。しかし…上手く誤魔化されているような気がする。だいたい和々は、怒っていたのだ。そんな簡単に許せるものか。
「ほら、さっさと行くぞ」
彰隆は和々の腰を片手で抱えると、最初に出会った時のように地面を蹴った。
久世の屋敷は林から少し離れたところにある。林の奥は手つかずの原野が広がり、更にその向こうには山々が連なる。晴明はその原野で鷹狩を楽しんでいた。久世の屋敷の周りには、この辺りでは大きな集落で家々が立ち並ぶ。その中でも久世家は一際大きく、焼杉の板の塀が取り囲んでいる。白金城には少し遠いが、通えないほどの距離ではない。父は白金城の曲輪にも屋敷はあるが、ほとんどを生まれ育ったこの屋敷に帰ってくるため、城に通っている。
彰隆は屋敷の近くの林まで来ると、和々の腰から手を離した。
「はあ…」
和々は大きなため息を吐いた。
怖かった。あんな速さで、地面を蹴って走るなど経験がない。あの走り出した後、彰隆は、ものすごい速さで水場まで連れて行ってくれたのだ。さすがに、木の上は枝が多く、和々には無理と分かって、地面を蹴っての移動だったのだが…それは、馬よりも速く、和々にとっては恐怖でしかなかった。風を受け、木々が勢いよく後ろへと流れる。和々は、悲鳴を上げていたが、途中で喉が痛くなって黙った。彰隆はうるさそうにしていたが、黙ったことをいいことに、更に速度を上げた。
湧水が出ている水場に着いても、大変だった。
岩の間から出ている水場は、いつも久世家で汲みに来ているので、水が湧き出ている所に、竹を割って水路を作ってある。汲みやすいようにしてあるのだが、その下は垂れ流しなので、小川のようになっていた。大きな岩がいくつも転がるその場所は、水場な上に木々が生い茂って涼しい。
「暑いな」
彰隆はそう言って、上半身の着物をはだけさせ、ちょろちょろと流れ落ちる水に頭を突っ込む。和々を抱えて走ったせいで熱い。
「きゃあ!」
家族以外の男の裸など、見たことがない。恥ずかしい!和々は顔を両手で隠して、彰隆に背中を向けた。
「藤堂どの!何をしているの!」
彰隆は頭を水から出すと、手で顔を拭った。彰隆は水を拭っても、髪やら上半身、あげく手繰っておいた着物まで濡れている始末だ。
「何って、汗掻いたからな。水を浴びると、気持ち良いぞ。和々も浴びるか?」
「な、何を…そんな事するわけないでしょう!」
「ははっ!冗談に決まってるだろ」
また、からかわれた。
そして、手桶に水を汲むと、彰隆に抱えられ、また勢いよく戻って行った。この速さで地面を蹴ってもなぜか水が零れることはなく屋敷へとたどり着いたのだった。
「何をため息吐いてるんだ。ため息吐きたいのは、俺の方だ。きゃあ、きゃあ騒いで、うるさい」
彰隆は耳を押さえた。帰り道で、濡れた髪や服もすっかり乾いてしまった。
「怖かったの!」
和々は腹が立って怒鳴った。こんな事になったのは、彰隆のせいだ。それを、うるさいとは…ひどい。
林から歩きながら、久世家へ向かう。そして、門の前で騒いでいると、父・清和が門の中から顔を出した。和々は彰隆とのことが後ろめたくて、どきりとして体を強張らせた。
父は、三十半ばを過ぎて、やや太ってきたが、槍の名手としては名高い武将なのが自慢だ。
「和々、帰ったのか」
和々が屋敷を出る時に、父はいなかった。しかし、帰ってきたということは、晴明がもうすぐ訪れるということだ。いつも父は晴明よりも先に帰って屋敷の者たちに、先触れをしていた。
「彰隆じゃないか」
父は彰隆の顔を見るなり、名を呼んだ。知り合いなのか。和々は二人の顔を見比べる。彰隆は、すっと姿勢を正して礼をした。
「はい。ご無沙汰しております」
今までとは違う彰隆だった。飄々とした態度ではなく、ちゃんと武士の顔になっている。こんな顔もするのか…驚いて彰隆を見つめていると、どうした?と言わんばかりの、にやにやとした笑顔を向けた。
「彰隆と和々は知り合いだったのか?」
「いえ、先ほど知り合ったばかりでございます」
彰隆は和々が口を開く前に答えてしまう。その、知り合ったばかりの人間に、こんな仕打ちをするのかと思うと、腹が立つ。その父に対する態度も何なのだ!変わり過ぎだろう!しかし、父は疎いのか、和々と彰隆の様子に気が付きもせず、話を進める。
「和々、その髪はどうした?」
あ……。結っていない髪を指摘され、説明のしようがない。後ろめたい気持ちもあって、思わず口ごもってしまう。
「まあ、いい。ちょうど良かった。彰隆の父も来ているのだ、中へ入れ」
父は不思議そうな顔をしたが、彰隆へ向き直る。
「はっ。お言葉に甘えて失礼致しまする」
彰隆は、しれっとした態度で頭を下げた。
ふうん…私に対する態度と違い過ぎだ。眉を寄せて父に続いて屋敷に入っていく彰隆の背中を見つめる。 すると、一度振り向いて、満面の笑みを浮かべた。面白くない。
庭先では、男が供の者を二人連れて立っていた。父と同じくらいの年格好の男だ。庭にある紅葉の木の下の木陰にたたずむ。
「父上!」
彰隆が声を上げた。すると、男が振り向いた。
「あ…藤堂さま…」
和々は、ぼそっと呟いた。幼い頃から何度も会ったことがある。父の同僚で、晴明の家臣の一人だ。藤堂と言えば、名家で大きな力を持つ家柄だ。振り向いた男・藤堂重孝を父と呼ぶ…それは、彰隆が名家・藤堂家の者だということだ。彰隆が名乗った時に、藤堂と聞いて和々が思い出した男は、この藤堂重孝だった。
「おう、彰隆も来たのか」
重孝は、彰隆の顔を見ると笑顔で手を上げた。後ろに続く和々も慌てて、頭を下げた。
「いらっしゃいませ。お久しぶりです、藤堂さま」
「和々、久しぶりだな。達者で――」
重孝がそこまで言って、言葉を止めた。和々の左手首を見て、目を丸くする。その手首には、彰隆がくれた腕輪の石が光っている。和々は視線を感じて、ぱっと手首を隠したが…遅い。重孝は、和々の顔を見て唇を噛んだ。不安そうな表情は、全てを物語っている。
「和々……そなた、誰と誓いを交わしたのだ」
それは……和々は、言葉に詰まって言い出せなかった。結婚のことを言うのは、ためらってしまう。傍には父がいる。助けを求めるように、和々は彰隆の背中を見つめた。その様子を見て、重孝は唾を一つ、ごくりと喉を鳴らして飲んだ。
「すまぬが、清和…込み入った話になる。少し、奥で話したいのだが…」
「あ?ああ、分かった。座敷に上がれ」
清和は訳が分からないが、重孝の重たい雰囲気を見て只ならぬ話だということを感じているようだ。そして、四人で屋敷の中の座敷へと上がる。上座に父が座り、重孝と彰隆が並んで座って、和々は彰隆たちと向かい合うようにして座った。誰も一言も話さず、重苦しい。和々は、これから父に知られる事実から顔を背けるように、俯いて顔を上げることが出来ずにいた。広い畳敷きの部屋には、これと言って特に何もない、あるのは、床の間に活けた花くらいだった。外の縁側から、明るい陽射しが差し込んで鳥の鳴き声が聴こえる。部屋の中の重たい雰囲気と違って、春の暖かなのどかさだ。
「父上、和々どのは、私と誓いを交わしました」
彰隆は、きっぱりと言い切った。俯いてしまってその顔は窺えないが、堂々と言い切ったのだろう。
父に知られてしまった…何でこんなこと…何でこんな思いをしなければならないのか…。両親の許しもなく、無理やり口づけられて…。私は何もしていないのに!感情が高ぶる。和々の目が熱くなり、自然と涙が頬を伝った。彰隆に怒りばかりを向けていたが、ふと考えると切なくて、両親に申し訳ない思いばかりが湧き上がり、次々と涙が溢れた。
「和々!」
こちらを向いていた重孝が、和々の涙を見て慌てた。その様子に、父・清和と彰隆も、和々の涙を見て驚く。父は身を乗り出したが、掛ける言葉が見つからず、また、座り直した。
「ふ…だって…」
両手で涙を拭うが、止まらない。その拭う腕には、袖口から覗く腕輪。涙は、和々の両の指の間から零れ落ち、膝の上で小袖に染みを作った。
「彰隆!そなた、和々に無理やり誓いをしたのか!」
重孝が怒鳴る。立ち上がり、拳を握っているが、その拳は怒りから震えていた。
「はい。言い訳は致しません。私の妻としたいと思うております」
「彰隆っ!」
がっ!
すごい音がした。重孝は、彰隆を右の拳で殴った。彰隆は、頬を殴られて後ろへ飛んだ。
どさっ!
彰隆は畳の上へと叩きつけられて倒れる。
和々と清和は驚いて言葉を失くした。顔を覆い隠していた手を退けて、彰隆を見た。和々の涙も一瞬にして止まってしまった。
殴られて倒れていた彰隆は、顔を上げず俯いたまま、ゆっくりと起き上がった。片手を畳の上に着いて、片膝を立てる。そして、親指の平で口の端に滲んだ血を拭った。それは、清和や重孝への取り繕った態度ではなく、先ほどまで和々へ見せていた彰隆らしい態度だった。
「勝手な事をして、申し訳ないと思うておりますが、後悔はしておりませぬ。和々どのを妻にと考えているのは、本心でございます。和々どのは、私の術が効きませぬ。私の伴侶は和々どのしかおりませぬ」
俯いて話していた。殴られて恥ずかしいのか、それとも顔向けできないのか。
しかし、話し終わると、すっと顔を上げて、重孝を見上げた。態度は悪いが、凛々しく毅然とした態度は、彰隆の容姿とぴったり合って男らしい。和々は横顔しか窺えないが、自分で不謹慎だと思いながらも、つい、見惚れてしまった。
「術が効かない…」
重孝は、和々の顔を見た。それは、彰隆も言っていた事だ。説明が少ないので何だか分からないため、不安になる。和々は胸を手で押さえた。重孝は、大きなため息を吐くと、黙って様子を見守っていた和々の父・清和に向き直る。
「和々とそなたに、すまない事をした」
「話が分からぬ。説明しろ」
清和は腕組みをして、淡々と話した。怒りを露わにしていないが、明らかに怒っている声音だ。話が分からなくても彰隆が、和々へ無礼を働いたことだけは理解しているようだ。
「清和も知っての通り、彰隆は天狗の血を引く。天狗が妻や夫を選ぶのは、同族なら問題はないのだが、人の場合だと己の術が効かない者を選ぶのだ。その者は、己の術のみが効かないのであって、他の天狗の術が効かないという訳ではない。だから、相手を見つけるのは大変なことなのだ」
清和に説明をしているのだが、和々も話を聞いて納得する…そんな事、彰隆は話してくれなかった。彰隆が説明することを、面倒だったとしか思えないのだが。ちらりと、彰隆を見ると、口を引き結び、黙っている。
「和々が、彰隆とどういう経緯で知り合ったのかは分からぬが…彰隆の術が効かなかったので、和々に結婚を迫ったらしい。察するに、彰隆は和々に無理やり結婚の誓いの儀式をしたのだ。その儀式は、お互いの気を交換し合い、最後に己が生まれた時から身に着けている腕輪を交換するのだ」
そう言って、重孝は自分の左手首を見せた。袖をまくり、日焼けした腕が晒される。そこには、彰隆が持っていた黒い石と同じ色の石が嵌った腕輪があった。しかし、その腕には二本の腕輪がある。見間違いではないかと、まじまじと見入ってしまう。重孝は、子供の頃から知っているのだ、そんな腕輪は見たことがない。
「この腕輪は、俺と妻が交換し合った物だ。婚約の時に腕輪を一つ交換し合い、婚儀の時にもう一本お互いに作り合った腕輪を交換する。石はその家の色の石を使うのだ」
和々は父の顔をぱっと窺うと、首を横に振った…お互いに昔から仲が良く、家を行き来する仲なのに知らなかったのだ。しかし、そうすると一つ疑問が残る。
「ということは…藤堂さまは、天狗なのですか?」
「いや、わしは妻が天狗一族の筆頭・烏間家の直系なのだ。わしは、和々とは同じ立場だ」
そうすると、重孝は人で、彰隆は人と天狗の間に生まれた子なのか。烏間といえば河野ではかなりの名門の家柄だ。彰隆は、和々に儀式の後も自分の事は何も話そうとしなかった。まだお互いに知り合ったばかりで、信用ならない所があるのは確かだが、夫婦になりたいと願ったからには、話してくれても良いと思う。
あ…そうか…。怒ってばかりで、話す機会を与えなかった。彰隆の方を見ると、目が合った。彰隆は、にやっと笑って、口の端を再び拭う。
「つまり、彰隆は和々と夫婦になりたい…ということだな?」
清和が一通りの説明を聞いて、口を開いた。彰隆は、殴られて飛ばされた場所で、すっと背筋を伸ばして清和に向き直る。その顔は、凛々しく精悍であった。そのまま平伏す。
「はい。和々どのを妻に迎えたいのです」
その時だった。縁側の方から声が掛かった。
「良いのではないか?」
皆で振り向くと、そこには晴明が立っていた。家臣は少し離れた所に立ち、晴明は縁側に腰掛ける。皆で平伏すと、晴明は手で良いと言って制した。今日は鷹狩なので、堅苦しい事は抜きだという晴明の配慮だ。
「彰隆と和々の婚姻であろう?良いではないか。家柄的にも何も問題はあるまい」
晴明は懐から扇子を取り出すと、ぱたぱたと顔を扇ぐ。
「儀式も済んでいるのだろう?天狗の一族はわしにとっても、河野にとっても大事な存在だ。それは、清和も知っているであろう」
「はい。確かに、久世と藤堂家の婚姻は良いことと存じます。和々も、もう十五…そろそろ嫁ぎ先を、とは思うておりました」
「では、何が面白くないのだ?」
晴明は、さすがだ。よく見ている。父は晴明の前とあって、それほど表情を変えてはいない。声もいつもの調子だ。しかし、不服があるのを見抜いている。和々は、親だけあって機嫌が悪いことくらい雰囲気で分かるが、他人はそうそう分かるまい。
「いや、殿…面白くないなどと…」
清和が取り繕っても、晴明は一向に構う気配はない。思いついたように、膝をぽんと叩いた。
「ああ!分かったぞ。娘を取られるのが、面白くないのか!そうか、そうか…清和も人の親だのう」
はははっと大声で笑った。しかし、座敷でかしこまっていた四人は、笑うに笑えない。清和は晴明の言った通り和々の婚姻が面白くなく、重孝は久世家に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。彰隆は自分のしでかした事とはいえ、ここで笑ったら大ひんしゅくな事は間違いない。和々はこの先を思うと気持ちは沈む一方だ。 皆、はは…と引きつった笑いしか出てこない。
清和は、場の空気を換えようと、こほんと咳払いをした。
「和々、天狗の婚約の誓いは置いておくとしても、藤堂家に嫁ぐのは、問題ないどころか、賛成だ。だから、そなたは彰隆に嫁げ」
清和は和々に言った。それは、父として、そして久世家の主としての言葉だ。その言葉は絶対である。先に相手を見つけて、いや、見つけられたとでも言った方が良いのか…彰隆と知り合ってからの許しではあるが、言われた以上、どれほど相手が気に入らなくても、不平不満は言ってはならない。和々も覚悟が必要になる。だが、清和は賛成と言っておきながら、明らかに機嫌が悪い声をしていた。和々は父の不機嫌を気にしつつも向き直り、両手を揃えて平伏した。
「かしこまりました」
和々と清和の会話を見ていた晴明は満足そうだ。
「そうか、そうか。めでたいことだ。では、この件は終わりにして、茶でも頂くか」
「はっ!あちらにて、用意が整っておりまする」
そう言って、晴明、清和、重孝は茶の用意が整っている、いつもの座敷に行こうと腰を上げた。だが、 皆、一様に座敷へと向かう廊へ顔を向けているのに、父だけが和々を見下ろしていた。黙って和々の瞳を見つめる。どきりとさせられる目だった。たった今、父に彰隆との婚姻の話を命じたのにも関わらず、心の奥底では反対しているのか。何しろ、親の了承を得ず、勝手に結婚話を進める結果になってしまったのだ。反対したい気持ちは痛いほど分かるつもりだ。しかし、父は、結局一言も発せず、和々から視線を逸らすと、晴明と共に別の座敷へと向かってしまった。
この部屋には、和々と彰隆、二人だけが残された。誰もいなくなって、さわさわという風が木々を揺らす音と、鳥のさえずりだけが聴こえた。
ばたん!
彰隆が急に倒れた。慌てて近寄ると、彰隆はごろんと大の字になって寝ころんだ。
「ははっ、緊張した…和々の父上はおっかねえし、父上は殴るし…あげく、晴明さままで出てくるしさ」
意外だ。堂々としているように見えたのに。
「あ、彰隆どの…」
名前を思い切って言ってみた。だが、彰隆は、ちらりと和々を見ただけで何も言わなかった。何も言わないので、和々はそのまま話を続ける。
「彰隆どのでも、緊張するのね」
皮肉のつもりで言ったのだが、興奮冷めやらぬ彰隆は「ああ」と返事しただけだった。何だ…それだけか…。つまらない反応に、和々はため息を吐いた。もっと、からかってくると思ったのに。
「で、和々の父上の許しもでたことだし…」
彰隆は、近寄った和々の膝の上にある手の甲に自分の掌を重ねた。
「きゃ!」
驚いて手を引くと、力強く握られたまま離してはくれない。ぎゅっと握られた。にやっと笑って、嫌な感じだ。和々は眉をひそめる。
「覚悟しておけよ」
挑むような瞳は、どこか楽しそうだった。