表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/24

二人の想いは…

夕餉は、彰隆、彰隆の父・重孝、母、弟、妹二人と取った。仲が良い家族らしくて楽しいものだった。正直、あんな取り乱した後で、彰隆の父と母も知っているのに恥ずかしくて、食事どころではなかった。味など分からずに飲み込んだ。

 それに……彰隆。どう思っているのだろう。まだ、会えただけで分からない事だらけだ。


 そして、夕餉を終え、片付けを少し手伝った後、彰隆の自室へと招き入れられた。彰隆の部屋は、母屋でも皆とは違う離れた場所にあって静かだった。

 ジジジ……と、相変わらず、虫の鳴き声しかしない。昼間と違い、雨の降った後なので気温も下がって、渡る風も冷たく、彰隆は戸を閉めた。

 部屋には文机、そして、その上には、文箱が乗っていた。和々の文箱には、彰隆と交わした文が入れてある。見てみたいという衝動に駆られるが、さすがにそこまでは悪い。あと、目を引いた物と言えば、書物が沢山あったことだ。部屋の隅に棚があり、そこにずらりと並べてあった。文も丁寧だし、言葉遣いは乱暴な所があるが、やはり、藤堂家の跡取りらしく品はある。鍛えているのと同じく、勉学にも勤しんでいるのだろう。

 そして、続きの部屋には、布団が敷いてあるのが見えた。しかし、彰隆は、廊の戸を閉めた後、そちらの部屋の戸も閉めてしまった。


「はあ……うるさかったろ?悪かったな、落ち着かない飯で」

 彰隆は、和々の前に腰を下ろした。

「いえ、賑やかで楽しかったです」

 本当は、味など分からなかったし、たまに気が付くと、皆の話が頭に入って来ない時もあった。

「嘘つけ、うわの空だったくせに」

 当たりだ。何で分かるのか?和々は、不思議そうに彰隆の顔を見た。

「和々を食事の間、ずっと見てたから、分かるさ」

 彰隆どのが見ていた?そんな事、気が付かなかった。彰隆は、何度も弟達と会話し、父や母とも話していたのに……。


「どうしたんだよ?和々、ちゃんと話せよ。俺も逃げないで聴くし、俺も話すから、さ」

 彰隆は、和々の話を聞く態勢に入った。ちゃんと、和々だけを見ている。

 和々は、一度、下を向いて、気持ちを整えた。膝の上で揃えた手に力を込めた。今度は、ちゃんと聞いてくれる。そして、意を決して彰隆を見た。

「彰隆どののせい………うわの空だったのは、彰隆どののせいです……。何で、戦の後、すぐに会いに来てくれなかったの!」

 一度、口にしてしまえば、後はもう、先ほどの涙と同じ様に、続けざまに出てくる。

「ずっと、待っていたのに!文の返事も来ないし!」

 彰隆は黙って聞いていた。和々は、もう止まらなかった。後から後から気持ちが溢れる。

「だいたい、いつも冗談のように『好き』とか言ったり、抱きついたりしておいて、川原で『好き』と真剣に言ってくれたと思ったら、後は素っ気ないし。からかっているのか、本気なのか分からないわ!天狗はお互いの気持ちがなかったら、結婚できないのでしょう!」

 彰隆は、身を乗り出した。黙って聞いていたが、目を丸くして驚いている。


「その話、誰から聞いた……?」

「その話って?」

 和々は興奮が冷めない。語気が強いまま、彰隆に聞く。一体、その話とは何だ。

「天狗の婚姻についてだよ。お互いの気持ちがなかったら、ってヤツ。俺は、和々には一言も言ってない」

 勝信に初めて会った時に聞いた話だった。そうか、和々の中では分かっていたが、彰隆の口からは聞いた事がなかった。彰隆どのは、この話を隠していた?何のために?

「勝信さまに初めてお会いした時に、聞きました」

 隠しても仕方がないので、正直に話す。

「そっか、兄上か……。くそっ!余計な事を」

 ちっと舌打ちをした。隠しておきたい事だったのか。しかし、いずれ分かってしまうのに。和々は、先ほどまでの興奮が冷めてきて、前のめりになっていた身体を戻して座った。どうして、そんなにムキになるのかは分からない。

「何かあったの?」

 言ってはいけない事だったのか。彰隆は黙ったままだ。長い間、沈黙が続くと不安になってくる。

 しばらくの間、彰隆は拗ねた態度をしていたが、やがて姿勢を正して、和々に向き直った。

「いや、すまん。そっか……天狗の結婚の話、知ってたんだな」

「はい」

 素直に頷いた。何だろう……自分の事を卑下していた時のように、落ち込んで見えた。


「そっか。俺が和々に知ってて欲しくなかったんだ。俺が、臆病だから……」

「臆病?」

 彰隆は、ふっと笑ったがその笑顔は寂しい。

「そう、臆病。俺は、和々の気持ちが知りたくなかった」

 あ……。少し、胸が痛んだ。話には続きがあるのだろうが、『知りたくない』などと否定の言葉は聴きたくない。

「怖かった、和々の気持ちを知るのが……怖かったんだ。和々が、俺を好きだとは限らない……だが、俺の気持ちは押さえられなくて、あの川原で言ってしまった。その後、どう思われたか分からないから、怖くて会いに行く事も出来なかった」

 彰隆は、話しながら徐々に俯いていく。いつもの調子で話しているわけではない。きっと、彰隆は緊張しているのだ。その緊張感が和々にも伝わって、どきどきした。


「和々に天狗の婚姻の話をしなかったのは、無理に婚約をした上に、更に和々の心が身構えてしまって、俺を最初から拒否されたくなかったからだ。少しでも、好かれたくて必死だった。俺が『好きだ』と告げた後、どれだけ不安だったか……和々を失うなんて考えたくなかった。だから、和々の気持ちが知りたくなかったし、会いにも行けなかった」

 彰隆は、語尾が聴こえないくらい小さな声になってしまった。

「ほんと、俺は傷つくのが怖くて、逃げたんだ。臆病者だよ……」

 そんな気持ちでいたのか……。全ては不安からの行動だったのだ。そんなに自分を想ってくれている……嬉しかった。

「だから……会いに行けなかった。すまん、和々」

 彰隆は俯いたまま、和々の手をぎゅっと握った。緊張からか、熱いくらいの手の温もり。顔も見られたくないのか、俯いたままだ。

 彰隆は自分で臆病と言っているが、母・歌の話からすると、臆病にならざるを得なかったのだろう。人と関わって力を知られたら、自分の事を忘れさせなければならない。また、天狗の一族からは、襲われたり、蔑まれたり……。

 しかし、彰隆は、優しくて気遣いのできる人だ。そして、臆病だと言っているが、和々を力強く護ってくれる。彰隆は繊細な性格ゆえに、傷つきやすく、神経質になっているのだと思う。誰だって傷つきたくはない。


「和々……」

 彰隆は、か細い声で呼ぶ。

 自分を求めてくれている。先ほど、ちゃんと伝えられなかった気持ちを、言わなければならない。彰隆は、本当の気持ちを話してくれた。緊張しながらでも、顔を合わせないでいても、それでも言ってくれたのだ。今度は、自分が伝える番だ。

 怖い。

 いざ、口にしようとすると、勇気がいる。たった二文字の言葉なのに、声にしようとすると、なんて勇気のいる言葉なのだろう。握られている手が、次第に熱を持って掌に汗を掻く。心臓が早鐘を打ち、自分が緊張しているのだと自覚して、ごくりと唾を一つ飲んだ。

「彰隆どの」

 和々が呼ぶと、俯いていた顔を上げた。眉を寄せて、何とも表情の読めない顔をしている。

「ん?」

 気の抜けた声だった。きっと、自分自身で落ち込んでいるのだ。

 彰隆の瞳をじっと見つめる。見つめ合っていても変わらない表情。

 天狗は、考えは読めないと言っていた……手を握られていても、和々の気持ちは伝わっていないようだ。だからこそ、口にしなければならない、大事な言葉。今が伝える時だ。

 息を吸い込み、意を決する。

「好きです、彰隆どの」

 一息に言った。

 彰隆は、目を丸くして、こちらを見ていた。

「今……何て言った?」

 気持ちを奮い立たせて言ったのに……。だが、彰隆に伝わらなければ意味がない。もう一度、言う事も恥ずかしい。背中で汗がつっと流れるのが分かる。握られた手は、既にびっしょりと汗で濡れていた。身体が強張り、眉を寄せた。

 もう一度。

「彰隆どのをお慕いしております」

 今度は目を合わせられなくて、下を向いてしまった。

 彰隆は握っていた手を離し、ゆっくりと和々に腕を伸ばす。

「和々っ……!」

 抱きしめられた。力強く逞しい手が、和々の背を掻き抱く……息苦しくなるほど強く。和々の肩に顔を埋め、全身で和々を感じている。

 和々も彰隆を全身で感じる。

 満たされる気持ちと同時に、彰隆の弱さも感じて切なくなる。

 胸を締め付けられるような思いに苦しくなって、和々も彰隆の背に手を回した。

「俺も、だ。俺も好きだ」

 彰隆の吐息が耳に掛かる。甘い言葉を囁かれ、ただでさえ熱い身体が燃えるようだ。嬉しくて、切なくて、離れたくない。和々自身も、もう彰隆なしではいられない。一度気が付いてしまった好きという気持ちは、既に歯止めが効かなかった。

「和々っ」

 狂おしいほどの彰隆の声。和々も彰隆の胸に顔をすり寄せた。

 しかし、彰隆は抱き寄せていた和々から、そっと身体を離した。なぜ離れるのかと顔を歪めて瞳を見つめた。離れるのは寂しい。もっと、抱き合っていたい。彰隆を感じていたいのに。


 すると、彰隆は左頬に指を滑らせて、掌で包む。その後、再び指で頬を撫で、耳元へ触れる。そして耳から黒髪へと指は伸びて、髪と一緒にうなじを捕えた。和々は、その熱い瞳から目が離せなかった。

 彰隆は、ゆっくりと瞼を閉じた。そして、顔を近づける。

 息が掛かって、思わず強張って逃げそうになったが、彰隆はもう片方の腕で腰をしっかりと抱いて離さない。近づく彰隆の精悍な顔に、和々も瞳を閉じた。

 唇が重なった。

 今までのような彰隆からの、一方的な口づけではない。今度は、和々も彰隆を求めた。

 満たされる気持ち。会えなくて辛い思いと、素っ気なかった彰隆への不安が晴れていく。

「ん……」

 彰隆は何度もついばむように口づける。求められる激しさに苦しくて、声が漏れた。

 その声に彰隆は目を開けて、すっと和々から離れた。

 どうしたのか。

 和々も瞼を開けた。すると、彰隆は和々から目を逸らしていた。胡坐をかいていたのだが、片膝を立てて後ろに両手を付き、少し俯いている。

 私、何かした?

 また、素っ気ない態度。理由が分からなくて、不安げな顔をして見ていると、彰隆は片手で自身の口元を覆った。

「すまん、これ以上は……。俺の理性が持たない」

「なっ……!」

 何て事を、と言おうとしたが、途中で言葉を飲み込んでしまった。言った意味を理解して赤くなる。

 それは、和々を抱きたい。床を共にする、という事に他ならなかった。

「無理やり婚約したんだ、ちゃんと結婚してからじゃないと……俺は益々、不誠実な男になる」

 婚約に関して、彰隆は引け目を感じているようだった。だが、今となっては、和々は何とも思っていない。彰隆を好きだと思っている今、あの出会いがなかったら……とは考えられない。

「無理やり婚約だなんて思わないで。私は彰隆どのを好いているのだから……」

 思いを口にする。言わなければ伝わらない。

 和々も出陣前に気持ちを伝えていれば、会わない日々が続く事もなかったのかもしれない。喧嘩もしていないのに、言葉が足りなくて、お互いが想い合っていても辛い毎日を過ごすのは嫌だ。


「ああ、分かった。でも、ほんと、俺が歯止めが効かなくなるから……な?」

 な?って……ちょっと待って。それじゃまるで……。

「彰隆どの!それじゃ、私がふしだらみたいな言い方じゃない!」

 和々は更に顔を赤くして言った。さすがに夜なので怒鳴る事は止めたが、語気は強い。

 まったく、何を言い出すのだ。

 彰隆は、いつの間にか和々と目を合わせていた。くっ、くっと喉を鳴らして笑う。

「悪い。誘われたと感じたのは、俺だな」

 人の悪い、にやっとした笑いを浮かべた。久々に見た意地悪な笑い。

「また、そんな事を言う」

 からかわれまいとして、彰隆を睨んだ。いつもこの調子で、からかわれるのだ。

「あははっ!期待してたか?それは悪かった」

「期待して……って!ひどい!もう、知らないっ!」

 和々は立ち上がり、彰隆の自室を出て行く。夜だというのに、ばんっと大きな音を立てて戸を開けた。そのまま、薄暗い廊を歩いた。

 もう、知らない!やっと会えたのに。

 からかいに乗るまいと思っていたのに、結局、いつもの通りではないか。何となく悔しくて、ずんずんと廊を進んだ。和々には、今夜泊まるために部屋が用意されていた。彰隆の部屋とは全く違う場所にあるのだが、せめて少しでも傍にいたいと思ったのに。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ