弱い自分
一方、彰隆の方はというと、和々が藤堂の屋敷に来ているとの知らせが届いたのは、嵐がひどい中での事だった。彰隆は白金城に来ていたのだが、仕事も終わり帰ろうとした所に雷と横殴りの雨。さすがに、こんな嵐の中、帰る気にはなれない。雨が止むのを待ってから帰ることにした。
そこへ、藤堂家の家臣がずぶ濡れの姿で、城へ知らせに来たのだった。
「若、和々さまが屋敷にお見えになっております。今は、奥方さまがお相手なさっておりますが、若にお会いになりたいようです」
城の庭先で、蓑を着た家臣が廊に立つ彰隆に向かって言った。この家臣は、和々が藤堂家の門の所で会った家臣だった。
「和々が?」
「はい。でも、まあ、この雨、長くは降らないでしょう。止み次第、急ぎお戻りを」
「分かった」
彰隆の返事を聞き届けると、家臣は戻って行った。
彰隆は、再び部屋の中に入って畳の上に座る。周りは机に向かって仕事に勤しむ男達が何人かがいる。その中で、彰隆は同僚がいるこの部屋で雨宿りをしていた。皆、この雨で集中力が途切れたのか、暇を持て余す彰隆の相手もしてくれていた。
「何かあったのか?」
同僚の男が話しかけた。男は同じく武家の子息だが、腕も細く戦向きではない。彰隆は話しかけた男の方を、ちらりと見た。
「いや、俺に客人が来たってだけだ」
「そうか……しかし、この雨じゃあな……」
室内まで雷の振動と、雨音が聴こえてくる。ひどい嵐だ。そして、また男は机に向かう。
彰隆は自分の手元に視線を落とした。
左腕には和々と揃いの腕飾り。堪らなくなって、瞼を閉じた。
和々が会いに来た。戦が終わったら、すぐに会いに行くという約束を破ったのは自分だ。和々からの文にも返事を書かなかった、いや、書けなかった。
怖かった。
和々に会うのが、怖かったのだ。戦の前、あの川原で好きだと告げた時も……。和々の気持ちを知りたくなかった。自分の気持ちは溢れて、口にせずにはいられなかった。だが、和々が自分をどう思っているか……怖くて聞けなかった。和々には告げてはいないが、天狗の一族は、どちらかが嫌いになってしまったら家の都合など関係なく破談になることもありえる。今更、和々がいない生活になど戻れない。
無理やり結婚相手としたこと。自分の血、烏間の縁者となったことで、何度も危ない目に遭わせたこと。そして、何より、自分が幼い頃より嫌いだった天狗の世界へ巻き込んだこと。和々に好かれているという自信などない。
しかし、和々は、自分は自分と言ってくれたし、自分のために泣いてくれた。
和々は、自分のからかいに真っ直ぐ反応してくれる。真っ赤になって怒るし、その後の笑顔は可愛らしい。花のように美しいと言われる徳姫にも引けを取らない。泣き顔も、怒った顔も、困った顔も、そして笑顔も愛してやまない。
和々は、俺に会いに来た。
もちろん、すぐに会いたい。だが、和々の気持ちを知りたい気持ちと、知りたくない気持ちが入り混じって、堪らない。
だが、いつまでも逃げてはいられないな。覚悟を決めるしかないか。
和々は、この雨の中来てくれたのだろうか……。
そんな事を考えながら、左腕に嵌った輪を無意識に触っていた。それに気が付いて、閉じていた瞼を開ける。
そこには、和々の元結を編み込んだ紐と、黒い烏間の石。
和々っ……!
城と屋敷は近い。すぐ傍まで和々が来ている。そう感じると、胸が苦しくて堪らない。和々も同じ気持ちを感じてくれているだろうか……と思いながら雷と雨音が弱まるのを待った。




