表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/24

目の当たりにした力

 彰隆の元に来た男達は、藤堂家の家臣だった。父・重孝に付いて浜名国に行った者もいるが、彼らは留守役だ。彰隆は、不機嫌だった。家の者達には、和々と出掛けると話しておいたが、まさか邪魔されるとは……。

 しかし、火急の用があったに違いない。和々を席から外して話を進めた。ちらりと、和々の方を窺うと、大木の木陰で心配そうな顔が映った。早く、話を終わらせ、和々の元へ行きたい。


「それで、こんな所まで来て何用だ」

 ため息交じりに言った。

「若、大変でございます。美山国の軍勢が、我が河野へ押し寄せてきております」

「何……?本当か?」

 和々と周りを気遣って、小声で返す。まさか……こんな時に?

「ええ、本当でございます。晴明さまが浜名国へ向かわれ、留守を狙って攻めたのです。しかも、その情報を流したのは、松の方さまで、今は城にて捕えられたとのこと……」

「松の方さまか……」

 

 この前の徳姫から聞いた話を思い出した。確か、嫁ぎ先の家より、実家の命が大事だと言っていたと聞いた。それならば、美山より命を受けて河野へ嫁いで来たということか。最初から、河野を乗っ取るつもりだったのか……。

「若、急ぎ戻り、戦の支度を!」

 眉を寄せて考える彰隆を、家臣の男が急かす。

「ああ、すぐ戻る。で、今、美山軍はどの辺りにいる?」

 彰隆は、煩わしそうに答えた。

「美山軍は、現在、河野との国境を越えた辺り。晴明さまに遣いを送ったので、すぐに戻られるかと思われます。若も出陣の支度をなされませ」

「そうだな」

 仕方ない、遊んでいる場合じゃない……戻るか。


 彰隆は名残惜しくて、ちっと舌打ちをした。それを、家臣達は気まずそうに眺める。和々と、もう少し楽しい時を過ごしていたかった。

「和々を送り届けてから戻る」

「若……。若は先に戻って、我らが和々さまを送る……って言っても無駄ですね」

 家臣達は顔を見合わせて苦笑いだ。彰隆が、和々を大事にしているのは、知っている。出会ってからというもの、彰隆は和々のために自分の時間を削って会いに行っていた。

「よほど、和々さまが大事なのですね」

「当たり前だろ」

 一人の家臣が、くすりと笑う。だが、彰隆は誤魔化すつもりもなく、さらっと言った。

「若っ!」

 もう一人の家臣が叫ぶ。何事かと、二人はその家臣の視線の方向へ顔を向けた。全身の血が引くとは、この事だろう。頭から背筋、足の先まですっと冷えた。


「和々がいない……」

 ぽつりと呟いた。先ほど見た時は、心配そうな顔をして立っていたのに。ほんの少し目を離した隙に居なくなってしまった。

「どこに!?」

 焦る。

 またか!また、和々を危険な目に合わせてしまった!今度は、俺が傍にいながら。

 しかし、それほど時間は経っていない。まだ、近くにいるはずだ。彰隆は、おろおろと辺りを探す家臣をよそに、目を閉じた。落ち着かなくては、冷静な判断ができない。

 和々の気を探る。彰隆は、人よりも気配に敏感だ。それは、天狗の力なのだが、今までどうでも良かった力が、今は必要だ。兄には及ばないながらも力はある。婚約の儀を済ませ、彰隆の気を注いだ和々の居場所を探すのは、それほど難しくない。心を落ち着かせ、和々を探した。意識が吸い込まれる。

 木が沢山見える……林の奥……崖を駆け上がる男……和々を抱え、口を塞いでいる……!

 和々が泣いている!

 彰隆は、ぱっと目を見開いた。この上、猿田彦の社の傍だ!


「和々はこの上にいるっ!」

 きょろきょろと辺りを見回していた家臣達に告げた。二人は頷き、少し先の石段へ向かう。彰隆は、木が生い茂る中へと一人、走り出した。

 何も起こってくれるなよ!

 彰隆は苦しげな顔をして、男の後を追った。

 

 一方、和々は男に口を塞がれたままだった。男は、大きな木の幹に足を掛けて、蹴り上げると、ふわりと身体が浮いて太い枝へと着地した。本邸の近くの川原で彰隆に抱えられて、飛び退いた時にも感じた事のある浮遊感。男が天狗であると確信した。枝からは、猿田彦神の社の屋根が間近に見えた。こんな高さに足一つで登ってしまう……。枝に着いても、男に抱きかかえられる手は放してもらえない。男は後ろから、耳元へ顔を近づけて囁いた。

「悪いな。あんた、久世の娘だろ?恨みはないが、取引の材料となってもらう」

 掛かる息に、ぞくりと背中が寒くなった。取引とは、一体……。

「この前、城で捕まった奴等がいたろ?あんたを材料に奴等を解放してもらう」

 あの男達の仲間なのか……。彰隆を傷つけた男……。あの嫌悪感を思い出し、怒りと恐怖が入り混じる。ただ、流れ落ちる涙は止まらなかった。


 彰隆どの……!気が付いて!

 声を出すことが出来ないまま、ただひたすら願う。


 石段の方から、ばたばたと人が近づく音がした。目だけを動かし、そちらを見ると、彰隆の家臣二人が息を切らして来るのが見えた。

「んんっ!ん―っ!」

 塞がれたままでは、言葉が出ない。それでも、必死になって声を上げた。

 気が付いて!お願い!

 男は、口を押える手に力を入れ、強引に黙らせる。押さえつけられ、顔が後ろへ反り返る。

「いい加減にしろよ、女……。大人しくしてろ」

 再び耳元で囁かれた。横目で窺うと、男と目が合った。鋭い眼差し……何をされるか分からない。


「大人しくするのは、お前の方だ」

 聞き覚えのある声。胸の奥が跳ねた。途端に流れ落ちていた涙が止まった。

 和々を抱える男の頬に、峰を向けた刀が当たっていた。

 いつの間に。

 男も気配に気が付かなかったようで、驚きに目を見開いた。

「少しでも動けば切る」

 彰隆の声だった。和々は窺う事は出来ないが、男の背後から刀を向けていた。彰隆は、右手に刀を持ち、他の枝に立っていた。いつ、背後に回ったのか……気配なく近づいて、男の頬に刃を当てていた。峰を向けているのは、男が自棄(やけ)になってしまわないための余裕を残してやっているためだ。これ以上ないくらいの気迫が伝わる。


「はっ!女がどうなってもいいのか!」

 男の額から、つっと汗が流れ落ちた。和々を押さえつける手が、汗ばんでいるのが分かった。刀が当てられているために、男は顔を動かさず、彰隆を挑発する。

「それよりも己の心配をした方がいい。何が目的だ」

 冷静な声音が、和々を落ち着かせていく。

「か、烏間に捕えられている奴等を解放しろ。そうすれば、女は放してやる」

 心なしか男の声から焦りが感じられた。彰隆が気配なく背後を突いたことは、予想外だったらしい。彰隆は天狗ということを置いておくとも、武士なのだ。名門藤堂家の跡取りとして、鍛錬しているはずだ。

「そうか……へえ……」

 彰隆は、にやっと笑った。いつもの悪戯そうな人の悪い笑み。しかし、刃を向けられている男と和々には見えなかった。

「そんなの、はい、分かりました……って」

 彰隆は、話し終わる前に峰を返し、左手だけで刀を持って刃を向け直す。男が驚いて、彰隆を振り返った。態勢が崩れ、和々は男の手から落ちた。枝から地面へ落とされる。


「きゃあ!」

 悲鳴を上げて枝に手を伸ばすが、するりとすり抜けた。もう、だめだ!

「言えるかよっ!」

 彰隆は切っ先を向け、態勢の崩れた男に右手の指を向けた。念を込める。

「捕縛っ!」

 男の身体に彰隆の指先が触れた。すると、男の体が後ろ手で縛り上げられたように、動けなくなった。

 どさっ。

 落ちた……。落ちたのだが、痛くない。ぎゅっと瞑った目を、そっと開ける。


「和々さま、お怪我はないですか?」

 藤堂家の家臣に抱きとめられた。驚いて、ただ首を縦に振って頷く。くすりと笑われて、ゆっくりと立たせてくれた。

「ありがとうございます……」

「いいえ」

 家臣の男は、にこりと笑った。唖然としていたが、そうだ……彰隆は!自分がいた枝を見上げた。彰隆が動かない男を片手で抱えて、枝の上で立っていた。

「よっと……」

 彰隆は、男を抱えて枝を降りた。軽やかに枝を蹴り、ふわっと降りた。和々が落ちる速さではない……ゆっくりと降りてくる。まるで、見えない羽が生えているようだった。そして、音も無く着地した。

「重いな」

 彰隆は、抱えていた男を放り出した。どさっと音がして、男が地面へと転がった。紐も縄も見えないのに、男の手は後ろで縛られているようだ。

「悪いな、俺は羽は無いが、天狗としての力は、少しはあるんだよ」

 彰隆は、冷たい目で男を見下ろした。せめてもの反抗なのか、転がったまま男は彰隆を睨んだ。

「烏間に裁いてもらうんだな」

 ふっと笑う。人の悪い笑みだった。天狗を裁くのは長である烏間だ。家臣達は分かっているように、転がっている男の両側に回って、引き摺りながら起こした。ぎらっと光る目は相変わらずで、和々はびくんと身体を揺らした。


「烏間家へ連れて行け。俺は和々を送ってから戻る」

 命を下すと、家臣達は「はっ」と返事して一礼し、男を連れて石段を降りていった。

 残されたのは、和々と彰隆だけだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ