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放課後。
「ボクは今、お前は死ぬべきだと思っている」
「がんばれヨー」
「本当に手伝わなくていいの?」
ああ、俺の不始末だしな。
「鈍いというよりポンコツだな、ポンコツ」
「怪我には気をつけロ」
「じゃあまた明日ねー」
級友との心温まるあいさつが終わり、倉庫の前へつくと制服のブレザーを脱ぎ、ネクタイを外してワイシャツの袖をまくった。
鍵は体育の時にあずかっている。
南京錠を外し、ガラリとたてつけの悪い扉を開く。
もわっとした、湯船を覗き込んだときのような、なのにやけにざらざらした空気が顔を襲う。
「うへ。けむ」
手であおぐようにして埃をはらう。
さすがホームメイド製。窓なんてありゃしない。
さっさとしないと真っ暗になりそうだった。今だって、俺のあけた屋根の穴から差し込む光がなければ、もう少し薄暗いはずだ。
言いつかった仕事は散らかっている道具を整理して、掃き掃除をすること。
やると決まった以上、うだうだ言うのはなしにしよう。
それはきっと、楽しいことではないから。
「…………」
軽く、自分の頬を両手で打ってみた。
「よっしゃ、やるか」
「掃除するのに道具忘れてなにをするつもりなわけ?」
「うわぁ!?」
突然の声に振り向くと、そこには穂積遥が立っていた。
さくらの感情の読み取れない表情とはまた違う仏頂面。剣呑な雰囲気を惜しげもなく放った彼女が、竹箒を二本持っているのだった。
つい数時間前の昼休みに起こったことが思い出されて少し気まずい。
「先生が持ってけって」
穂積が箒をこちらへ突き出す。
「さ、さんきゅ」
それを受け取った。
なんだか初めてコミュニケーションがまともに成立した気がするぞ、俺。
俺に押し出すと、穂積は呆然としている俺におかまいなく勝手知ったる我が家のように倉庫の中へ入ってきた。
しばらく、俺の耳には穂積が床を掃く音だけが響いていた。
それは数秒だったかもしれないが、俺には何時間にも感じられた。
なんで?
どうして?
クエスチョンマークだけが頭を埋める。
だけど、どれだけ考えてもなにも分からない。
――でも、それらは口に出してはいけないのだと、それだけがはっきりと感じられた。
屋根からは西日がスポットライトのように彼女を照らしていた。
それはまるで、童話に出てくるシンデレラのように見えた。
――だって、こんなにも幻想的で、こんなにも美しい光景だったなら、声を上げてしまったとたん夢から醒めてしまうから。
「…………」
「…………」
作業を始めて二十分が経過した。
相変わらず互いに言葉はなく、そろそろ気まずさが最高潮に達しようとしていた。
すでに何度奇声を上げてのた打ち回ろうと思ったか、数えるのも飽きてしまった。
ちなみに、夢はすぐに声を上げるまでもなく醒めた。アレが悪女であることを思い出したのである。がんばれ、俺。奴は悪魔だ。OK、俺。
「…………」
「…………」
今、奴はしゃがみこみそこいらに散らばった陸上用の小さなコーンを集めていた。
そして俺は奴が片付け終った場所の砂を掃いて、倉庫の外へ出している。
無言でやっているにも関わらず、いやに連携が取れていた。そのおかげで作業はかなりはかどっていて、もう五分もせず終れるだろう。
「…………」
「…………」
しかし、はたしてこのまま終ってしまっていいのだろうか。
この悪女が好意で、しかもよりによって俺を手伝うはずがない。なにか目的があるはずだ。このまま帰して後になって、「バイト代、明日までにココへ十万振り込んどけ、クケケ」とか請求されるんじゃないだろうか。がくがくぶるぶる。
「そ、そんな気持ち悪い口調じゃないわよっ!」
「ヤッフー! ついにやっちまったぜ!!」
緊張に耐えかねた俺の脳みそはついに主の命令を無視しだしたようだ。
背後からは穂積の立ち上がる気配がする。
なんだ? 殴られるのか、俺は。
なんてビクビクしながらも穂積に背を向けたまま掃除を続ける。くるならこい。先生に言いつけてやるっ。
「ねぇ、山崎」
しかし、いつまでたっても拳は飛んでこず、声は俺の後方上、斜め四十五度の角度から投げかけられていた。
「え?」
振り向くと、そこには三メートルはある金属の棚に足をかけて登っている穂積の姿があった。棚の上が小コーンの置き場のようだった。
「ばっ!? それは俺がやるから降りろ。その棚足がサビててあぶねーって」
「大丈夫よ。バカにしないで。……じゃなくて、さ」
「なんだよ」
言いずらそうに言葉をにごす穂積。その背中を眺めながら、言う。
「わたしさ、ここ最近あんたのことずーと見てたのよ」
「ああ」
知ってるよ、なんて余計な茶々は入れられなかった。
「だから分かるんだけどさ……」
少し、大きな棚が揺れた気がした。
穂積は自分の言葉を頭の中で反芻してから口にするかのように、ゆっくりと言葉をはいていく。
「なんで、その」
穂積の足が、棚の一番上に手が届くところまできた。高くはないが、棚のバランスを考えれば決して安全ではない。本人はそのことを本当に分かっているのか、のどに詰まらせた言葉を一生懸命紡いでいた。
「なんで、わたしのヒミツをばらさないの?」
パキッ。
「え?」
しかし、そこから紡がれた言葉は想定外もいいところで。しかも、なんだか妙なものが折れたような音がして。
「きゃああああ!!」
女の子の悲鳴。
「っ!!」
ドスン、と。
上から落ちてきたものの衝撃にうめく。
「え? あれ??」
穂積はどこも痛くないことに違和感を感じているのか、首をかしげる。
棚自体が倒れてこなかったのはラッキーだった。
にしても、
「とりあえずお前、はやくどけ」
「わひゃあ!?」
よりにもよって、とっさとはいえこんな悪女を庇ってしまった自分の反射神経には恐れ入る。俺は、落ちてくる穂積の下でつぶれていた。
「ちょ、大丈夫?」
「いいから早くどいてくれぇぇ」
なんか足が、足がとっても違和感なんだってば!!
しかし穂積は立とうとするも、生まれたての馬みたく再びストンと腰を落としてしまった。
「ぎゃーーーーー!!」
「あ、ごめん」
よりにもよって、違和感の元である足首に落ちてきやがった。
しかも、どうやら腰が抜けてしまったようだった。
「あの、山崎。その……」
「バカ野郎! なぜわざわざそんなことろに……!!」
「ご、ごめんなさい」
「早くどけ! 縞パン!!」
「!!」
パチーン。
穂積は俺の頬を思いっきりはたくと、どこかへ駆けていった。
うおい、腰どうした。
「り、理不尽だ」
割に合わなさすぎる。
倉庫に独り残された俺のつぶやきが、さみしく響くのだった。
◇ ◇ ◇




