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入学式から数日がたった。
緊張と初めての連続だった日々はだんだんと薄れていき、それぞれがそれぞれの楽しみ方を覚え始めていた。
昼休みの今も、さまざまな組み合わせの見られた初日や二日目に比べ、最近ではとりあわせに安定が見られる。気の合う仲間が分かってきた証拠だった。
かくいう俺も、おとといあたりからは悠矢と田中と山田というメンツでよくつるんでいた。それにしてもひどい苗字である。
「…………」
「…………」
なぜか、二人がじと目で俺のことを睨んでいた。
「いや、でも山田太郎はさすがにボクも傑作だと思うぜ?」
悠矢はククク、と独特の下品な笑いをこぼす。
「しゃーねーだロ、親がつけたんだかラ」
そう答える山田は実はイギリス人のハーフで、長身と甘いマスクのナイスガイなのだから世の中なにが起こるか分からない。横断歩道では是非右見て左見て上くらいは確認するべきだろう。
「なにが落ちてくるんだ?」
と悠矢。
「人工衛星じゃナいのか?」
「隕石とかにしねぇ?」
「地球侵略しにきた宇宙人!」
山田、俺、悠矢が次々に落ちてくるものを上げていく。
「もうちょっと人に迷惑のかからないものにしようよ……」
そして田中は困ったような顔ではにかむのだった。
そんなこんなで俺らはクラスの真ん中で机をつき合わせながら、購買のパンや弁当を食いながらバカ話に花を咲かせるのだった。
ちなみにさくらはなぜかクラスの女子に猫可愛がりされていて、現在は学食に拉致られていた。俺くらいにしか分からない困った表情をしながら、傍目には無表情のまま台風のような連中に引きずられていったのだった。無表情は無感情にあらず。感情表現の苦手なあいつを、さわがしい連中の方から巻き込んでくれるのは、俺にとっても嬉しいことだった。
「おい、顔がにやけてるぞ。何かいいことでもあったのか?」
ニヤニヤ顔がデフォルトの、しかし普段よりじっとたちの悪いニヤニヤを深めた悠矢だった。
むぅ、そんなに変な顔をしていただろうか。
「ナんだ? さっそく彼女カ?」
「ばっ……! そんなんじゃねーよ」
「おお!? 顔が赤くなったぞ。タロー、たたみかけろ」
「イェッサー、ボス」
「やめなよ二人とも。山崎くんがかわいそうだよ」
手をわきわきさせながらにじりよる悠矢と山田、そしてそれを止める田中だった。
そんな時、
「……む」
俺の横――クラスの前方から視線を感じた。
俺が急いで振りむくと、今度は目が合った。
だがそれも一瞬のこと。
目が合った穂積はあわてて目をそらすのだった。
これがあの悪女でなかったらどれほどよかっただろう。視線を感じたのは一度や二度ではなかった。入学式以来この数日間、ことあるごとに穂積の視線を感じるのだった。
これが穂積の視線でさえなければ、お、俺、もしかして惚れられてる……!? 困る、困るけど……ぽっ……!! なんて展開にもなったかもしれないのだ。
だが、実際に向けられる視線はそんな嬉し恥ずかしラブラブ光線とはほど遠い。なぜならたまに合う目はつり上がり、射るような強い眼光を放っているのだ。これが求愛行動に見えるのであれば、是非良い眼科を紹介しよう。あえて表現するのであれば、あれは敵意だろう。にしても学校にいる間中感じるのは腑に落ちない。悪意をぶつけるだけなら目が合った瞬間だけですむはずだ。これではまるで俺のことを監視しているようではないか。
今度はこっちが観察する番だとばかりに穂積を睨みつける。
今はこちらに背を向け椅子に行儀よく座っている。
ダミーのつもりか、本まで広げていた。
昼食はとりおわったようで、弁当箱の袋が机の横へかかっていた。
もちろん、ひとりだった。
彼女は初日の拒絶以降もあの派手なグループとはちぐはぐな会話を続けていた。
穂積は俺以外には聞かれれば答えるし、必要とあれば話しかけてくるが、それでもどこか人を遠ざけるような節があるようだった。
「……、…………崎ってばよ!」
「え?」
振り向くと、眼前には手が迫っていた。
「い゛!? ……ってぇ」
驚くまもなくデコピンをくらう。
デコを押さえて前を見ると、悠矢がため息をついて腕を組んでいた。
「なんだぁ? さっきの変な顔は穂積遥絡みだったのかよ」
「いや……、それだけは絶対ないから」
俺はうずく額をさすりながら、もう一度だけ穂積の背中を見て、言った。
◇ ◇ ◇