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さらに待つこと数分。
ようやくおやっさんが教室へやってきた。
そしてHRなわけだが、やることと言えば明日の予定を伝えるだけなのでものの数十秒で終わってしまった。待ち時間のがなげーよ。
本日さっそく決まった委員長が号令をかける。
クラス全体がそれにあわせて頭を下げる。頭を上げればそこに待っているのは高校生活初の放課後だった。
担任はなにを急いでいるのか、号令がすむとさっさと教室から出て行った。
それをきっかけにクラスはだんだんと放課後の色に染まっていく。
手早く荷物をそろえてクラスを出て行く者。さっそく新しい友達同士携帯のアドレスを交換する者。遊びの約束をしている者。さまざまである。
その色彩の変化は腹立たしいことに俺の目の前でも行われていた。
「えー! 穂積さん携帯持ってないのー!?」
「……うん」
「ねぇねぇ。じゃあ今から駅前の新しい喫茶店みんなで行かない?」
「あ、いい。それいいねー」
「いこいこー。みんなで」
「うん、いいよー。穂積さんも来るよねー?」
悪女の周りをさらに派手な連中が五人で囲んで騒いでいた。クラスの姫君を仲間に取り込みたい連中だった。
お祭り好きの俺としてはうるさいとは思わないが、穂積がちやほやされているのはなんだかとっとも虫がアレだった。ほら、アレだアレ。
「虫の居所が悪い、ね」
「そう、それ」
「どうでもいいけどクラスの真ん中でクネクネ悩まないで。キモいわ」
そんなことを言いながらさくらが後ろのほうからやってくるのだった。
そんな時、
「えー!!」
「うそー」
などなど。他にもあと三つほどの悲鳴が重なった。
見ればどうやら穂積が五人の誘いを断ったらしかった。
「……ごめんなさい」
穂積はもう一度、断りの言葉を言った。それはすまなさそう、というよりももっとずっと冷ややかな拒絶を含んでいた。
「そ、そっかー。用事があるんじゃしょうがないよねー」
どうやらリーダー格と思われるひとりの女子が言った。
それを合図に他の四人もわらわらとまた今度ね、などと言いつつ移動していくのだった。恐るべき統率力である。
当の穂積はさっきまでの切迫した雰囲気はどこへやら、集団がさった瞬間にはすっかり連中から興味を失ったようで、まだ声をかけていた五人に背を向けるとそそくさと片付けを始めていた。
フン、高嶺のロンリーウルフってか。
「それ、混ざってるわ」
「あとボク的には聞こえてると思うんだけどね」
支度を終えた悠矢が楽しそうに付け加えた。
見れば穂積は俺の方を睨み付けていた。
美人の怒った顔ってのはなかなか迫力のあるものだ。
開かれた彼女の瞳には、逆さまに写った俺の姿が見えた。
「さっきからコソコソとなんなの、ナンパさん。逆恨みなら結構よ。間に合ってるから」
穂積が冷え切った声で言った。
つい今朝方までの俺ならフリーズしちまったであろう冷たさだった。だが、南極用防寒具を身につけた今の俺の敵ではない――!!
「ださいわ」
「ああ、だいぶ、な」
黙れ、外野。
ちょっぴり恥ずかしかった。
「ふざけてるの? わたし、あなたみたいなちゃらちゃらした人、大嫌いなの。帰るわ」
「待て!」
学校指定の濃紺のバックを肩にかけ、こちらへ背を向けた穂積を制止する。
きさまの孤高主義はよく分かった。
きさまが綺麗なのも認めよう。
それは否定できない事実だ。
だが、
きさまはほんの数年前まではださメガネをかけ、ださい髪型をしていた地味子なのだ。
中学校でなにがあったかは知らないが、きさまのカリスマなんてのはたかが数年程度の付け焼刃なのだ。
あんな派手派手な連中にワイワイキャイキャイ言われてチヤホヤされてしまうような存在ではないのだ。ただの性悪根暗女なのだ。そして、それを白日の下にさらすか否かは俺の意思ひとつなのだ。
つまり、
「俺は……おまえのヒミツを知っているぞ……!!」
その一言は劇的だった。
穂積の顔は青くなったかと思うと真っ赤になり、最後には下唇と悔しそうにかみ締めた。
そして、まるで親の仇でも見るかのような恐ろしい、さっきまでとは比べ物にならない鋭さで俺のことを睨むのだった。
その瞳に、俺は後ずさりそうになる足を強引に縫いつけた。
やがて唇を震わせつつ、穂積は低くうなり声をあげた。
「あんだって……」
おう、なんだ。
「最、低」
少しだけ、グサリときた。
穂積はそれだけ言うと、クラスをズンズンと出て行った。
後に残ったのは俺たちだけだった。
まあなんにしても悠矢とさくらから伝授された必殺技は見事にクリティカルヒットしたのだった。
そんな時、悠矢がポツリと言った。
「なあ、ボク今ちょっと思った」
「奇遇ね。私もちょっと思ったわ」
なんだよ。
『最、低』
ぶっ殺すぞ、てめーら。
◇ ◇ ◇




