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(仮)です。

完成、推敲が終わりましたら本文を完全に入れ替えます。それでも感想、批評等くださればとてもうれしいです。


※ この話は某ライトノベルのプロットを土台として使わせていただいた実験作です。予めご了承ください。



 なれない教室なのだ。

 なれない雰囲気だったのだ。

 いくら俺がバカだったとしても、バカなりに緊張していたのだ。

 なんといっても高校の都立受験当日だ。親や先生なんかは人生の分かれ目なんて言うし、さくらはひと足先にここを推薦で決めちまうし。俺は俺なりに焦っていたのだ。

 たとえ昨日の夜、友達の合格祝いで酒盛りしていたとしても。

 俺なりに焦っていたのだ。

 そんな俺が、席をひとつ間違っていたとしてもしかたがない。

 そう思うだろう?

 だが、奴はそうではなかった。

 ……そう、奴は前からやってきた。

 均等に並べられた机の間を歩いていた。長く整ったまつ毛をおとし、手にした受験票と机にはられた番号を見合わせながら。小さな口元は確認するように机の番号をそっとつぶやく。そうして、だんだんと俺のほうへやってくる。

 気づいた時には目が離せなくなっていた。

 とんでもない美人だった。彼女が通った道からはため息さえ聞こえてくる。そのため息は男子も女子もなく、ただただ見る者を圧倒するような美しさだった。長い亜麻色の髪を背中の中ほどまで伸ばし、その髪はまとった雰囲気を体現するかのごとくクセひとつなく凛と背筋を正していた。

 その彼女が、俺の席の横で止まる。

 目を離せないでいた俺は、彼女と目が合った。

 大きな瞳だった。

 ただとげとげしくつり上がった目元だけが、印象とかみ合わずどうにも違和感を覚えだ。

 俺はただ、バカみたいに開いた口をふさぐのも忘れて呆けた顔で彼女の顔を見つづけた。

「そこ、わたしの席なんだけど」

「え?」

「だから、わたしの席」

 彼女は自分の番号を指して言った。

 俺はあわてて自分の受験票を確認する。

 ――ほんとだ。ひとケタずれてる。

「わ、わりぃな」

 俺は自分の荷物を片付けると席を立った。

「…………いいえ」

 彼女は本当に気のない一言だけ言うと、席に座った。

 その、冷めた雰囲気にやはり違和感を感じた。

 それでも、言わずにはいられなかった。

 目が離せなかったのは決して彼女が美人だったからではない。

 似ていたのだ。

 初恋の相手に。

 小学校の卒業式の日、引っ越していってしまった穂積ほずみ はるかという少女――一方的な知り合いでしかなかった彼女に、とても似ていたのだ。といっても、当時の彼女はこんなとんでもない美女ではなかったが。

 と、そんなことを考えていると彼女が席から上目遣いに睨んでいた。

「なに?」

 淡々とした声の調子に少し気おされる。

 どうやら呆けていたらしい。

 しかし、見れば見るほど彼女である。しかし、同時にこんな雰囲気の少女だったろうかという疑問がちらつく。俺の知る穂積遥はもっとしおらしい少女ではなかっただろうか。

 それを確かめるには、聞くしかあるまい。

「だからなによ」

 彼女の視線はますます険しくなっていく。

 俺は決意を固めるように、つばを飲み込んだ。

 ごくり、という音が耳の置くまで響いた。

「なああんた、俺とさ、どっかで会ったことないか?」

 とても、勇気のいる一言だった。

 だって彼女の視線。今にも「邪魔。死刑」とでも言いそうな、幼稚園児さえも殺すことをためらわなさそうな極悪色なのだ。

 平静を装って話しかけられた俺に、都は表彰状を送ってもいい。

 ところが、


「はぁ? なに、あんた受験会場でナンパ?」


 当の彼女は死刑よりももってとんでもないことを言っていた。

 もとよりささやき声しかなかったクラスが、沈黙した。

「ち、ちが……」

「わたし、始まるまで少しでも自習したいから、あっちいっててもらえます? ナンパさん」

 しっしっ、と手で俺を払うと、自分はさっさと参考書を広げていた。

「やだ〜、受験会場でナンパだってぇ〜」「お前はよくやった。GJ!!」「ていうかぁー、がっつきすぎじゃねー?」「おれ、さすがに引くわ」「キモーい」等々。

 試験直前で静まり返っていた教室では今しがた行われたナンパ宣言は全員にしっかりと聞かれていた。先ほどまでの静けさはどこへいったのやら、今ではひそひそこそこそと友達同士で来た連中や即席の仲間を作った連中がささやき合っていた。

 ふふふ、ここまで俺を怒らせた奴は久しぶりだ。うふ、うふふふふふふふ。

 などと俺は自分のボルテージを上げていた。

 足は動かず、つまり奴の目の前で突っ立ったままだ。

 奴ひとりだけは何事もなかったかのようにぺらぺらと参考書のページをめくっている。

 そしてついに、俺のゲージが溜まりきったその時!

「……おい、てめーら席に着け。試験おっ始めるぞ」

 なんだか声だけやたら渋い中年のオヤジが入ってくる。

 怒鳴り込もうとした瞬間、試験監督が入ってきたため俺は勢いあまって床へ突っ込むのだった。

 それにより俺はさらにクラスを笑いの渦へ巻き込んだ。

 ……嬉しくねーよ、バーカ。


 そんなことはともかく!

 前言撤回だ。あいつが穂積遥なわけがない!

 俺の初恋相手なんかでは、断じてないのだ!!



 ◇ ◇ ◇



穂積ほずみ はるかです。よろしくお願いします」

 ズザー!

 俺は頭から勢いよく床へ突っ込んだ。

 クラスからはくすくすと笑いの声がもれる。

 くそ、笑いたきゃ笑えってんだ。

 あの日から約二ヶ月。

 ついに始まった俺の高校生活初日は見事に最悪の日となった。

 どれもこれも、全ては目の前に座るこいつのせいだ。

 倒れた椅子を立て、席に座るが周りの視線がとても痛かった。ガラスのハートにぶすぶす刺さる。ああやめて、ナンパ野郎と蔑まないで。目立つのは好きだけど、冷たい視線はトラウマなんだってば――――!!

「山崎?」

 ダンディな声が俺を呼んだ。

 担任だった。

「は、ハヒ!?」

 バタン、と再び椅子を倒しながら脊髄反射で立ち上がった。

「自己紹介。お前の番、な」

 中年太りのおやっさんは、外見に似合わない渋い声でクールに言った。

 周りを見渡せば、皆がこちらを見ていた。ある者は好奇の目で、ある者は汚いものを見るような目で。目の前の穂積以外の全員が、こちらを見ていた。

 少し気まずくなってほほをかいてみる。

「あ、えっと」

 視線をクラスの右端へ向けると、そこにはいつもの無表情でこちらを見ている幼なじみの相川あいかわ さくらと目が合った。

 照れ隠しに笑ってみせると、わずかに眉が動いた。

 ……まず。

 付き合いの浅い人間にはまず分からないだろうが、今のさくらはどうやらかなり機嫌が悪いらしい。

 俺は軽く目を閉じ、小さく息をはく。

 冷たい視線は大嫌いだが、注目されること自体は別に苦手ではない。

山崎やまざき 友介ゆうすけです。得意なことは騒ぐこと。苦手なことはひとりでいることです。よろしく!」

 そういって笑ってみせた。

 穂積は相変わらず興味すら示さず、綺麗な茶の髪を俺へ見せびらかすだけだった。

 そんな時、俺の右隣の席から野次が飛んだ。

「おいおい、特技はナンパじゃねーのかー?」

 見るといかにも軽そうな金髪野郎がニヤニヤと笑っていた。

 受験の日のことは初日の今日ですっかりウワサとして広がったようで、俺はすでに尻軽男の烙印を押されているのだった。

 再びクラスがくすくすという意地の悪い笑いにつつまれる。

 俺はその笑い声を聞くたびに、きゅっと心臓を締め付けられたような気持ちになる。

 だから、その気持ちを跳ね飛ばすために金髪野郎へ言ってやる。

「うっせー。文句あっか!」

 金髪はククッっとのどの奥で笑うと、文句はないとばかりに手をパタパタと振り、俺から視線を外すのだった。

 その意地悪そうな横顔に、心臓を締め付けられるような嫌らしさは感じなかった。


 結論から言おう。

 俺の女子受けは最悪だった。

 どうやらクラスには現場にいた人間が何人かいるようで、しかもあの現場は傍から見れば言い逃れできるようなものではなかった。

 転がってきた消しゴムを拾ってやったのに、まるで獣を見るかのような怯えた目でこちらを見られ、しかもそのあと仲間の女子に近づかないでよね、なんて言われた時は裸になって暴れてやろうかとまで思った。

 逆に一部の男子からは勇者とまであがめられ、御利益とかいってぺたぺた触られた。

 超嬉しくねー。

 それもこれも、全部全部全部! 俺の目の前に座るクソ女、穂積遥のせいだ。

 「ナンパぁ?(声マネ。高音キー)」だとぅ? 自意識過剰もたいがいにしやがれ!

 誰がお前のような性悪女に声などかけるものか。

 こっちから願い下げだ。

 しかし、ここまでくるとどうやら俺の初恋相手であることは間違いがないようだった。

 休み時間、さくらに聞いてみればやはり小学校が同じだったと言っていた。昔、病弱で休みがちだったさくらのことを穂積の方は憶えていないようだったが。

 それにしても、だ。確かに彼女だとは分かるのだが、それにしてもものすごい変わりようだった。

 昔も、確かに可愛かったとは思う。

 だが、俺の知っている穂積遥はださいメガネをかけていたし、髪も漫画に出てくる委員長キャラみたいにごっつい三つ編みだった。どちらかと言わなくても物静かな感じで、いつも文庫本を持ち歩いている印象があった。クラスは一度も一緒になったことはない。好きなって一年に満たない短い時間、遠目から眺めているだけだった彼女はそんな雰囲気の少女だったのだ。

 それがどうだろう。

 三年ぶりに会ってみた彼女は、あろうことか同じ小学校のなつかしい相手(つまり俺)の声かけをナンパ扱いし、クラスの笑い者にするような悪女に成長していたのだ!

 これはもはや詐欺のレベルだ。

 人間がたった三年間でここまで180度変われるものだろうか。否、断じて否だ!!(反語法)

 つまり俺は黙れさていたのだ。

 三年と数ヶ月前のあの日、すでに仮面の下に悪女の魂を持った魔女に、騙されていたのだ。

 そんなことにも気づかす純粋な俺は初恋の甘酸っぱい想い出として大切にしまい込んでいたのだ!


「で、それをボクに聞かせてどうしようってんだよ、友介」

 いやになれなれしい金髪――もとい元木もとき 悠矢ゆうやが言った。もといモトキとはなんと言い辛い。悪意すら感じるな。

「ちょっと黙れバカ。人がせっかく相談に乗ってやってんだから、少しは落ち着けハゲ」

 今は帰りのHRホームルームの時間。入学式のあった今日は昼前に下校なのである。しかしうちの担任おやっさんはなかなか現れず、クラスはすっかり新しい友人同士のおしゃべり会になっていた。

 俺は机を大げさに右へよせ、悠矢と話しているのだった。ちなみに悠矢はあの自己紹介の後、気に入っただのよろしくだの言いつつ強引に下の名前で呼ぶように迫ってくるのだった。まさかホモか。

「死ぬか?」

 と、言いつつすでに拳が顔へめり込んでます。

「い、いふぁいれす」

「あっと、わるいね。それにしても、お前のその間抜けなモノローグを口に出してるクセ、どうにかなんねーのかよ」

「ふふふ、これは実は重大な伏線なのだよ、元木クン」

 このクセはさくらにもよく突っ込まれる。

 どうやら俺はたまに考えていることを口走っているらしい。はた迷惑な。

「それはこっちの台詞だバカ」

「勝手に人のプライバシーを覗かないでください。じ、人権震撼で訴えるぞ!」

「勝手にさらして勝手に訴えてんじゃねーよ!!」

「ちなみに人権は侵害だ。震撼ってなんだよバーカ」

「テメーの間違いだろ!?」

「そんなんで高校生とか恥ずかしくないのか?」

「恥ずかしそうに頬染めながらなにのたまってんですかーーー!?」

 ちなみに悠矢は軽そうな頭をしておきながら頭がいい。ウワサでは入試じゃ一位通過だったらしい。金髪のくせに。

「なに楽しそうに騒いでるのよ。私も混ぜなさい」

 そして、さらに一名。試験こそ受けずに推薦でさっさと決まっていたが、テストを受ければ悠矢すらも押さえたであろうとウワサされる我が幼なじみ、相川さくらがやってきた。ちなみにウワサといってもおやっさんがさっきの時間に自慢していただけだが。

 さくらは無表情を崩さず、小柄な体に不釣合いな不遜な態度で腕を組みながら俺たちのところまでやってくるのだった。

 これがもう少し恥ずかしそうに幼なじみの俺のところまでやってくる、というのならもっとずっと燃えるシチュエーションだったろうに。

「友介くん。あなた、今すぐそこから落ちて死ぬべきだと思うわ」

 さくらは前髪を後ろへ流しながら眉ひとつ動かさず言った。

 どうやら俺はまたなにか口走ったらしかった。

「よお相川。ヒマさえあれば幼なじみのところへくるとはなかなか殊勝な通い妻だな」

 悠矢はククク、と下品に笑う。

「ええ、あなたさえ居なければ最高のシチュエーションだったでしょうね」

 さくらは騒がしいクラスを見回しながら言った。

「まったくだ」

 悠矢は心底楽しそうに相槌を打つ。

 そして、

「んで、お前らって本当に付き合ってないのかよ?」

「ええ、付き合ってないわ」

「ただの幼なじみだぞ」

 まったくの同時に答える俺たち。さすが幼なじみ。

「へぇぇ。まったくそうは見えないけどねぇ」

「相手が唐変木だから一筋縄にはいかないの」

 ?

「ククク、ああ、なるほどねぇ」

 ??

 片やニヤニヤと、片や無表情で話す二人。

「……なあ、唐変木ってなんだ?」

 その二人はその言葉に同時にこちらを振り向く。

 ニヤニヤと。坦々と。

「う、な、なんだよ」

 対照的な二人は、全く同じ調子で、

「お前のことだよ」

 言った。



 ◇ ◇ ◇


















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