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そして八不思議

5.






 六年生になるまで、俺は江藤と仲が良かった。

 無口で感情表現の苦手な彼は、少々繊細すぎる嫌いはあったが、良い奴だった。本が好きで、ゲームが上手くて、俺の知らない話をたくさん知っていて。何故か馬が合った。家も近所で、一緒に帰ったり、漫画を貸し借りして、しょっちゅう一緒に遊んでいたんだ。

 なのに、いつからだろう。

 俺が、彼を、いじめるようになったのは。


 切欠は些細なことだったと思う。たぶん、なんでも良かったんだ。

 気付けば江藤は、同級生の三人に目を付けられていた。

 本田。中井。山本。いじめの主導権を握っていたのは、ガキ大将の本田だった。でも実際のところ、いちばん面白がっていたのは、学級委員の山本だ。今となっては定かでないが、三人が江藤をいじめるようになったのも、彼女の焚き付けが原因だったのではないだろうか。

 その頃の俺は、この三人と行動する場面が増えて、江藤と遊ぶ機会は、ずいぶんと減っていた。

 別に、彼と距離を置いていたつもりはない。

 ただ、本田に殴られるのは痛かった。中井にチクられるのも困る。山本に悪口を言いふらされるのも嫌だった。

 三対一、多勢に無勢という計算が、あったのかもしれない。

 同じ立場なら、多くの人が、そうするのかもしれない。

 けど、だからって、傍観していていいはずはなかったのに。

 俺は三人を止めなかった。止められなかった。

 荷担したも同然だ。

 俺達は……「四人で」江藤をいじめたんだ。


 殴る蹴るは当たり前。持ち物を奪ったり、金をせびったり、口汚い言葉を浴びせたり。無抵抗なのを良いことに、おとなしい江藤を毎日のように傷付け、暴力を振るった。江藤はいつだって、なにも言わずに泣いていた。三人は、そんな彼を見て笑った。意気地なし。そう馬鹿にして、尚も笑った。

 俺は止められなかった。

 いじめは日に日にエスカレートしていった。


 夏休みに入った、ある日のことだ。

 三人で集まってテレビを見ていたとき、本田が、ふとこんなことを言い出した。


「なぁ、俺達もさ。これやってみねぇ?」


 そのとき見ていた番組は怪奇物で、奇しくも組んでいた特集が、学校の七不思議だった。単細胞の本田は、これに甚く感銘を受けたのだろう。自分達の学校にも、七不思議はある。それが本当かどうか、今夜にでも確かめに行こうというわけだ。

 腰巾着の中井は、賛同せざるを得なかった。面白そう、と山本も乗った。

 俺は断れなかった。


「せっかくだから、江藤も呼び出そうよ。アイツ怖がらせたら面白いよ~」


 例によって、山本が本田を焚き付けた。

 俺は、止めなかった。


 江藤は素直にやってきた。

 まず校庭の二宮金次郎を確認した。動くはずもない。

 つまらない、と山本が言った。

 それで、本田は、ランドセルに有りっ丈の石を積めて、江藤に背負わせ、校庭を走らせた。そんなものを用意していたところからして、最初から江藤をいじめる気だったのだろう。七不思議検証とは名ばかり。山本の一言で、それは、夜のいじめ大会になっていた。


 俺達は、悪ガキなりに程度をわきまえていた。

 事がバレないようにという、不純すぎる動機ではあったものの、ある程度の分別はあった。つまり、やりすぎはマズい。見える場所に跡が残らないように、騒ぎにならないように。いつだって注意を払っていた。

 でも、この日は、違った。

 夜の学校という非日常。子供の感覚を麻痺させるには充分だったんだろうか。

 いつの間にかタガが外れ、俺達の行為は常軌を逸したものになっていった。


 昇降口は鍵が掛かっていたので、フェンスを乗り越えて、プールから侵入。まず体育館、其処から階段を上がって二階を周り、一階へ下りて、家庭科室を経由して戻る。今日とまったく同じルートを提案したのは、本田だったか、中井だったか。

 体育館では、江藤をボールケースの底に寝かせて、上からボールを投げ込んだ。そうすると、ボールに埋もれた江藤は、ちょうど生首のように見えた。

 階段。側臥位にした江藤を、お前は霊の顔だぞ、と言って踏んだ。四人で、入れ替わり立ち替わり踏んだ。江藤の顔は、別人みたいに腫れて、痣だらけになった。

 トイレの個室に閉じ込めて、上から水を掛けたり、石をぶつけたり、ゴミを放り込んだりした。やめて。江藤が泣いても、三人は笑っていた。江藤が失禁するまで続けた。

 美術室で、備品の紙粘土を江藤の顔に塗りたくった。椅子に縛り付け、動いたり口を開けたりすると、容赦なく本田が殴った。頬に、額に、眼に、唇に、鼻に、俺達の暴行で変形した顔に。紙粘土を塗った。三人は「ほら泣く石膏像」と言って、笑っていた。

 家庭科室に下りて、昼間のうちに集めておいた虫や泥を、江藤に食わせた。本田が無理矢理に口をこじ開け、中井と山本と……俺が、トカゲの尻尾やカエル、泥、草を押し込んだ。吐くと殴った。気を失うまで。

 そして、帰りがけ、このプールまで戻ってきたときだった。

 本田が言ったんだ。

 これじゃ六不思議だな。

 周知の通り、七不思議というのは、実際には六つ、六不思議である。何故なら、七つすべての怪異を知ってしまうと死ぬ。そういう言い伝えがあるからだ。うちの学校も、そうだった。七不思議は六不思議だった。

 つまんない、と山本が膨れた。

 七つ目、作っちゃいます? 中井が悪ノリした。

 俺は止めなかった。

 すると、本田が、こんなことを考え付いた。


「夜のプールで、手がいっぱい出てきてさ。泳いでる奴の足を掴んで、水中に引き摺り込むってのどうだ?」


 その通りのことが行われた。

 即ち、江藤をプールに突き落とし、服を脱いだ男子三人も、水に入る。そして、寄って集って彼の手足を掴み、引っ張ったのだ。

 江藤は泣いていた。苦しそうに藻掻いて、暴れて、このときばかりは必死に抵抗していた。本田も中井も、そんな江藤を見て笑った。可哀想。などと言いながら、山本が大笑いしていた。

 俺は嫌だった。やりたくなかった。実は、足を引っ張るフリをしていただけだ。

 でも、止めなかった。本田を。中井を。山本を。

 止めなかったんだ。

 あぁ。

 あのとき、俺が、三人を止めていれば――!


 急に江藤がぐったりして、動かなくなった。


 呼び掛けても、返事はない。叩いたり、蹴ったり、抓ったりしても、まるで反応がなかった。血走って見開かれた瞳は焦点が合っておらず、そのくせ口は硬く歯を食い縛っていて、にも関わらず、指先一本、動かない。

 俺達は、初めて事態の深刻さに気付いた。


「あたし知らない! あんたたちがやったんだからね!」


 そう言って、山本が真っ先に逃げた。


「ぼ、僕、そろそろ帰らないとママに叱られるから……」


 後に続いて、中井がフェンスをよじ登る。

 ……どうしよう。

 俺は焦った。どうしようどうしよう。江藤が動かない。どうしよう。

 親に電話するべきか? 先生の方がいい? いやこういう場合は警察?

 とにかく、救急車を呼ばないと。

 慌ててプールから上がった俺の肩を、誰かがガシッと掴む。

 残った一人、本田だった。

 月光に白く染まった無表情で、じっと俺をみつめていた。


「おい竹内」


 わかってるだろうけど。

 そう呟いた本田の顔は、どんな拳骨よりも痛かった。


 連帯責任だからな。


 俺達は、逃げた。江藤を放置して。

 翌日、学校に出勤してきた用務員さんの通報で、江藤の死が発覚した。

 俺はビクビクしていた。気が気じゃなかった。いつバレるか、どんなに怒られるか。そればかり考えて、潰れそうだった。連絡網が回ってきたときも、涙ぐむ母に抱き締められたときも、江藤の葬式に参列したときも、四人揃って先生に呼び出されたときも。


 職員室に呼ばれたとき、傍に警察はいなかった。たぶん俺達が小学生で、友達・・の死にショックを受けているだろうから、との配慮だったのだろう。先生にしてみれば、俺達と江藤は、いつも一緒にいる友達グループだ。山本の機転で、常に先生に勘付かれるような状況は回避されていた。

 江藤の死に関して、なにか知っていることはないか。

 先生は、俺達に、そう訊ねた。

「知らないっす」


 本田が答えた。


「僕も……わからないです」


 中井が答えた。


「江藤君とは仲が良かったけど、確か、その日は、遊んでいません」


 学級委員の山本が、キッパリと明言した。

 竹内君は? 振られて、俺は口籠もる。どうしよう。一瞬だけ、いろいろなことが頭を過ぎったように思う。

 でもそのとき、三人が、俺を見ていた。

 瞬きもせずに、じっと見ていたんだ。

 俺は、首を横に振っていた。


「知りません」


 そうか。

 口元に手を当てて、なにか考えていた先生は、長い沈黙の後、こう呟いた。


「やっぱり、事故だな……」


 二三日して、地元新聞に、小さく記事が載った。

 <小学生、プールで溺れて死亡。夜の校舎、忍び込んだか>

 先生も校長も、いじめがあったなんて認めたくなかっただろう。自治体やPTAにとっても、不名誉なことだったろう。町で唯一の小学校だ。子供を通わせている警察官だって、いただろう。とまれ、原因究明の陰には、大人の事情が色濃く反映されたに違いない。

 よくよく考えれば、無茶な話だ。江藤の身体には俺達が暴行した傷が残っていただろうし、足には掴んだ痕もあっただろう。なにより、死体は着衣のままだったのだから。彼の性格からしても、その行動は不自然すぎる。

 それでも、インターネットなど、誰も夢にも思わぬ時代だ。真相を知っているのは俺達四人だけ。揃って口を閉ざしてしまえば、それ以上に疑われることもなく。

 結局、江藤の死亡事件は「事故」という結論で幕を下ろした。

 斯くして、事件解決。すぐに捜査は終了した。


 それからしばらくして、学校では、こんな噂が流れ始めた。

 江藤は、七不思議の検証をして、七つ目の話を知ってしまったから、死んだ。

 誰が言い出したのか、今なら見当が付く。元々そういう怪談の類なら何処の学校にでもあったのだし、不可解な事件に尾ヒレが付いて転がってゆくのは世の常だ。それに、如何せん小学生。噂は江藤の死の「真相」として、あっと言う間に学校中に広まり、多くの児童が、それを信じて怯えた。

 その頃には、俺達四人は、あまり口を利かなくなっていた。

 毎日学校で顔を合わせていても、必要最低限の会話を交わすだけ。一学期のように、行動を共にすることもない。俺達にも、砂の一粒くらいは、良心があった、ということなのか。四人集まると、なにをしていても、大変に気まずかった。

 やがて中学になると、クラスがバラバラに別れ、俺達は益々疎遠になり、以降、二度と会うことはなかった。

 今日、この日まで。


 人間は、嫌なことは忘れるように出来ている。

 いつしか、俺達は忘れた。

 後付けの噂を上書きして、すっかり事実を塗り替えた。

 そうしなければ、耐えられなかったのかもしれない。

 あの夜、四人で江藤を殺したこと。

 自分は紛れもない殺人犯であるという罪に。

 だから、なかったことにした。

 忘れたことすら、忘れて。

 なんてことだろう。

 十三年の月日を経て、再会した俺達の記憶からは。

 最後の良心までもが消えていた。






 あぁ。

 俺は怖い。

 夜の廃校舎より、其処で起こった怪奇現象より、目の前の、江藤の亡霊より。

 なによりも、俺が。俺達自身が。この四人が、怖い。

 無抵抗な者への、理由なき不当な暴力。その根底にあった傲慢、身勝手、下劣な品性が怖い。弱い存在を見下す意趣が怖い。箍の外れた悪辣な根性。誰かの苦痛を楽しむという、非道な嗜虐が怖い。

 寄って集ってクラスメイトを殺したことが怖い。

 それを四人が四人とも、すっかり忘れていたことが怖い。

 そして、あろうことか、再び夜の校舎を訪れてしまったことが。

 あの夜を遊び半分に踏襲していたことが、怖い。

 江藤を、忘れたままで。

 なんてことだ。不謹慎なんてものじゃない。俺達がやったことは、冒涜だ。江藤を弔うどころか、その原因を作った張本人達が、彼の命を奪った現場に戻り、好き勝手はしゃいでいたなんて。

 無神経にも程がある。

 あんまり薄情が過ぎる。

 俺達四人は、幽霊なんかよりも――よっぽど禍々しくて、怖い。


『どうして』


 江藤の唇が、またも、その言葉を紡いだ。

 上半身だけを水面に出した江藤は、濡れそぼつ髪を伝う水滴を拭おうともせず、真っ直ぐに俺を見据えていた。ぴちゃん、ぴちゃん。水滴の音が、俺の頭に、胸に沁みて、心臓を冷たく凍らせてゆくようだ。


「お、俺は悪くない!」


 咄嗟に頭を振った。


「やりたくてやってたわけじゃないんだ。最初はちゃんと止めてたんだ。俺は嫌だからって。先生に怒られるし、江藤が可哀想じゃないかって。止めてたんだ!」


 いったん口を開いたら、もう歯止めは利かなかった。俺は早口で捲し立てた。


「でも! あいつら聞かなくて。俺の言うことなんか、聞かなくて!」


 そう。俺は、やめようって言ったんだ。

 だけど、誰も聞いてくれなかった。


「俺、嫌だった。本当は、あいつら三人とも嫌いだったんだ。やりたくなかった。いじめなんて、やりたくなかった。だけど……でも……俺、俺、俺……僕は」


 僕は、やめようって言ったのに。


 本田君が殴るんだ。

 中井君が、先生にチクるって言うんだ。

 山本さんが、ビビリだって言いふらすって。

 江藤君が駄目なら、僕でもいいって。

 僕のこと、いじめてもいいって、笑うんだ。

 僕、僕、怖くて。

 あいつらに逆らえなくて。

 江藤君のこと、全然、嫌いじゃなかったのに。

 僕は――


『どうして』


 江藤の声に、俺はビクッと戦慄く。


『ねぇ、竹内君……君は、どうして』


 くいと、江藤の肩が持ち上がった。

 水面下に隠れていた白い手が、水を割り、するすると伸びてくる。

 ぼんやりと熱に侵されたような頭は、反面、妙に冴えていて。じき此処に響き渡るだろう自分の絶叫を、今か今かと待っていた。走馬燈なんて嘘だ。ほとんど思考が停止している。このままでは、あと数秒の命だと心得ておきながら。抵抗する気も、逃げる気も起きない。覚悟できているわけでもないのに。

 頭の中は、ひとつの感情でいっぱいだった。

 やめておけば良かった。

 肝試しなんて、同窓会なんて。

 いじめなんて。

 断っていれば、良かったんだ。

 俺は両手で頭を抱え、ダンゴムシのように身体を丸めて、その瞬間に怯えた。


『……どうして』


 江藤の声が、囁く。

 俺は、硬く眼を閉じて、息を殺した。


『どうして』




 どうして、僕を、忘れてしまったの?




「…………」


 ……え?

 予想外の言葉に、ハッとして、面を上げた。

 目の前まで迫っていた手は、躊躇うように震えて、ギュッと拳を握っていた。

 江藤の顔は、相変わらず、無残に腫れ上がってはいたけれど。

 其処に、俺が怖れていたような、憎悪の色は窺えない。

 ただ、寂しそうだった。

 腫れた瞼を泣き笑いの形に窄めて、結んだ唇を震わせていた。


 どうして。

 どうしていじめた? どうして見捨てた? どうして殺した?

 そう言いたいんじゃなかったのか?

 俺を、殺すつもりじゃなかったのか?

 きっと俺を怨んでいる。そう思ったのに。

 絶対に許してなんかくれないと思っていたのに。

 俺の話なんか、言い訳なんか、聞く耳を持たないだろう。

 諦めて、勝手に決めつけていたのに。

 ……そうだ。

 俺は、あのときも。


「――ごめん」


 自然に、そんな言葉が、口を突いた。


「ごめん。ごめん、江藤君。本当に……ごめん」


 俺は江藤の手に、そっと自分の両手を重ねる。哀しいほどに冷たかった。


「ごめんよ。怖かったんだ。ごめんなさい」


 遅すぎる謝罪だった。

 いくら謝っても、江藤は生き返らない。俺の罪は帳消しにはならない。

 ただの自己満足だ。わかってる。

 偽善だ。卑怯だ。わかってる。


「意地悪して、ごめん。殴ってごめん。教科書とか、破いてごめん。体操服、隠してごめん。悪口言ってごめん。ゲーム盗ってごめん。あのとき、助けられなくて」


 でも、言わなければ。

 今こそ。


 忘れて……ごめん。


 江藤の手が、するり。俺の手から滑り落ちて、地面に伏せた。

 一秒か二秒、静止したかと思うと、億劫な動作で、後退を始める。


「江藤君……」


 呼び掛けると、彼は困ったように薄く微笑んで、夜空を見上げた。

 俺は逆だ。石畳に額を擦り付け、土下座の格好で、泣いた。

 なんの涙なのか、自分でも、よくわからない。恐怖か。後悔か。安堵か。或いはそのすべてだったのか。嗚咽は止むことを知らず、後から後から溢れる涙を、拭う気力もなく。掠れた喉で、ごめんと繰り返しながら、泣いた。

 ひたすら江藤に申し訳がなくて。あの頃に戻りたくて。

 戻って、やり直したくて。

 それができないとわかっているから、泣いた。

 子供みたいに、おいおい泣いた。


 ……どれくらい、そうしていただろう。

 蝉の声に、ふと気が付くと、辺りは明るくなっていた。

 恐る恐る視線を遣り、俺は思わず眼を疑った。

 江藤の姿は、既にない。

 プールが空っぽだった。確かに満々と蓄えられていたはずの水は、もう何処にもなく、乾ききった底には、枯れ葉やゴミ、虫の死骸が散乱しているだけ。引き摺り込まれた三人も、その影すらも留めずに、跡形もなく消えてしまっていた。

 そういえば……。

 俺は、もう一つ思い出した。

 このプール、江藤の事件以来、再発を防ぐために、夜間は水を抜いて使用禁止になったのだっけ。

 初めから、水なんて張られていなかったのだ。




                  †




 後日談。

 諸々の事情で、俺は仕事を辞め、この町に帰ってきた。

 本田、中井、山本の三人は、今以て行方不明の扱いである。最後に三人と行動を共にしたのが俺ということで、警察ともいろいろあったが、長くなるので、そこは割愛したい。端的に言うと、証拠不十分で不起訴、釈放となった。尤も、起訴されていたとしても、心神耗弱で、たいした刑にはならなかっただろうが。あんな話を信じてくれる奴なんて、いるわけない。

 実家でブラブラしながらも、俺は、江藤の月忌日には、あのプールに花を供えに行く。今度は雑草なんかじゃない、ちゃんと花屋で都合したものを、四人分。差し当たって、貯金が尽きるまでは続けるつもりだ。

 さて、この廃校だが、最近になって、新しい怪談が一つ増えたらしい。

 これで八不思議。もう七不思議ではないから、知ったところで害はないだろう。


 ――満月の夜、プールの傍を通り掛かると、三人の男女がフェンスにしがみついて、必死に助けを求めている。

 彼等の胴体は異常に長く伸びていて、よくよく見れば、プールの中で、固結びのように雁字搦めに絡まっているのだという。












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