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第三章_クライマックスシナリオ_

         ◇


 何も無い白い空間、地平線すら見えないような広大な場所にアルデントは立つ。

「おい」

 誰かを呼ぶように呟く。

「どういうことか説明しろ」

『何を説明しろというのだね、君には伝えるべきことは伝えたはずだ』

 何も無いところから声だけが響く、声は青年のような、だが耳に残るようにねばつく言い方でアルデントに語りかけられる。

「もう一人いるなんざ聞いてない」

『聞かれていないからな』

 声の元に現れたのはを首から引きずるほどの長さのローブを纏った男。

「この世界で好き勝手できると言ったから乗ったんじゃねぇか」

『その言葉は覆されていない、現に君は何者にも縛られず己が意思で行動している、そこに障害があれど好き勝手にしていると判断するが?』

「あいつさえいなけりゃぁなぁ、知ってりゃさっさと片付けたのによぉ」

『一方的な盤上を見てもつまらないからね、バランス調整というものだよ』

「言っとくが、俺は駒じゃねぇ」

 男に剣を向けて威嚇するアルデント。

「俺はリアルの人間だ、てめぇのゲームには付き合わねぇ」

『構わんさ、そのようなことは最初から承知の上だ』

 ローブの男は嘲笑うように微笑みうなずく。

「チッ…………まぁいい、シナリオも世界も何もかもぶっ壊してやる」

 ローブの男に対して背を向けて歩き出し消える。

 何も無い白い世界に一人、ローブの男が取り残される。

『リアルというものは君の主観でしかないだろうに、誰が君の世界が盤上ではないと保障するのだろうか……だがそれを言えば私も同じなのだろう』

 ローブの男も霧のように霧散して消える。


◇第三章◇クライマックスシナリオ◇


 クラナの後に続くと広い部屋に出た。

 明るく照らされた円卓を中央に壁が円状になっている。

 円卓にはヴェルドロッド、シェム、ライラの三人が既に席についている。

「遅うなったわ、まぁ思いがけない拾いものもあってな」

「主、外へ行かれたはずでは」

「あら、どういうことかしら」

 ヴェルドロッドとライラの二人が栄光とリアの所在に驚く。

「まぁそこらへんも含めて話するさかい」

 クラナが空いた席につくと残りは一つしか空いていなかった。

 栄光が座るのは違う気がしたのでリアに席を譲ろうとすると。

「栄光、座ってください」

「え、いやリアの席だろ?」

「構いません」

「そ、そうか?」

 促されるまま座るとひざの上にリアが飛び乗る。

「こうすれば問題ないですから」

「……………………」

 論理的に問題があると栄光は思う、ついでに右隣のヴェルドロッドが今にも殺しにかかってきてもおかしくないような気配がする、目が笑ってない。

「ハハハハ、えらく気に入られてるんだなぁ?」

 真正面に座るのはシロとクロがシェムと呼んでいた男。

「おかげで今にも首が飛びそうだがな…………」

「孫が取られて憤慨ってかぁ、過保護過ぎんだよなぁ」

「シェム、殺すぞ」

「二人とも、今は止めなさい?」

 どうもヴェルドロッドとシェムは相性が悪いようだ、ライラが二人を止める。

「話を進めよか、先刻魔王様と栄光、二人がわての庭に転移した、ついでに聖剣持ちもつれてな、ご大層に宣戦布告の置き土産もしてきたわ」

「ハッ!! ついにきやがったか」

「愚かな……何故そこまで争いを繰り返そうというのだ」

「それは……避けられないもので?」

「避けられへんなぁ、魔王様から聞いたら既に被害はでとる、こっちは死人が出てるさかいもう静観するわけにはいかん」

 クラナから魔族の被害が告げられると三人は先ほどまでとは違い無言になりただクラナの言葉の続きを待つ。

「なぁ、一つ、……いや、確認がある」

「なんや、栄光」

 この世界についての疑問、言葉が通じる事や将棋という存在、栄光が作った聖剣という設定、次の栄光の確認が肯定されればある真実に繋がる。

「初代魔王アーク、それが人間を半壊に追いやり勇者によって倒された、その過去があるから人間相手に手を出さない、そういう感じか」

「大筋としてはそうなるな、けど細かくしたら大分変わるけれども……よう初代の名前を知っとるな」

「あぁ、だから確認だ」

 この世界、グライツは。

 希望栄光が作り出したシナリオの世界。

 ヴェルドロッドが初代に仕え二千年が経っていると言っていたことからグライツというのは栄光が世界を創造した後この世界の住民達が作り上げた世界だ。

 根幹として作ったのは栄光だ、だから音声言語が日本語なのだ、この世界は栄光の知識をベースに作られたから将棋という存在もあった、栄光が作ったから聖剣がある。

 この世界において栄光はGM(ルビ:ゲームマスター)だった。

 だが世界は変わった、二千年の時と人の手によって、だからこの世界に来た当初は自分が作った世界などとはわからなかった。

 大きく変わったからこそゲームマスターであれどもはや盤上(ルビ:シナリオ)を操作することはできない、だが根幹は変わっていない。

 この世界はTRPGが前提としたもの、数値と賽の目が全て。

 今まで徐に振っていたダイスを思い出す、ダイスの目が高ければ高いほど良いことがおきた、逆に低いと悪いことがおきる。

 栄光はまだ、この盤上に干渉できる。

「どうかしましたか……?」

 膝上のリアが考え込む栄光を気にかける。

「少し、納得がいった」

「?」

「あぁ、すまない、話を続けてくれ」

「ええけど丁度栄光の話や、こういう事態が起きなければ放っておいたんやけれども」

 クラナがそう言うと一呼吸間を置く。

「何者や? はっきりさせておこうか」

「俺は…………」

 今しがた自分の中で結論に至った答えを五人に伝える。

 この世界を創造したのは自分だということ、それが自身でも信じるのが難しいが

事実であること、そして――――。

「全然、全く信じられねェ話だ、正直笑い話だよオマエ、だがここでそれを言い合ってもしかたねぇ、俺たちの問題は俺たちで解決するからだ、神だのなんだのに力を借りる気はさらさら無い」

 シェムがばっさりと栄光の言うこと全てを否定した。

「ワシも信じられん、だが全て否定することもできん」

「私も同じく」

 ヴェルドロッドとライラは半信半疑だということ。

「わては信じてもええよ、そのほうが面白そうやし?」

 クラナは信じた。

「私は…………」

 リアは視線を下げて考え込む。

 リアの右手が栄光の右手を握って体を捻り栄光を見つめる。

「貴方は、栄光は、どうするんですか?」

 そう問われた栄光は一呼吸、目を閉じて大きく吸い込み吐き出す。

「アイツは、勇者は盤上をぶち壊すと言っていた、俺が生んだ世界だ、そんなことはさせるつもりはない、と言っても俺は天運に任せることしかできない」

 五人に順番に視線を移す、全員を見てから宣言する。

「俺はリアに付くよ、たとえ相手が人間でも、盤上をめちゃくちゃにさせるわけにはいかない、人と魔族が築き上げた盤上は俺とアイツは触ってはいけないんだ」

「へェ? じゃぁオマエは見物か? 触っちゃいけないんだろ?」

「あぁ、直接は、な」

 ニヤリと栄光が口元をあげて笑う。

「直接触るのはその世界の民(ルビ:キャラクター)だ、俺は一度たりともシナリオに直接触れたことはない、全てがその世界の民による意思で俺は後押ししてるに過ぎない」

 ポケットから六面ダイスを取り出す。

「いつも通り運営するだけだ」

 円卓の上にダイスを弾く、丁度中央辺りでダイスは止まり出目は一と六。

「五分五分ってな」

 良くもなく悪くも無い出目、だがその出目は魔族にとって好都合だろう。

「つまり俺たちは後押しなんていらねぇってこった」

 シェムは立ち上がって円卓から離れる。

「俺は先に行くぜ、恐らく全員出ることになる、そいつを任せた」

 シェムの背中から白い翼が現れ幾重にも魔方陣が浮き上がる。

「《往け、陽炎》」

 そう唱えると蒼い炎となり消え去る。

「…………あいつ天使だったの」

「面白いやろ?」

 ケタケタとクラナが笑う。

「では私も前線へ、クラナは城を頼みますよ」

「雑兵と流れ弾は任せるとええ、大物は抜けそうやしの」

「大物はワシがやる、小僧」

 三人が役割を決め終えヴェルドロッドが栄光を呼ぶ。

「なんだ?」

「その力、過度に使うなよ」

「ヴェルドロッドはわかるのか」

「多少はな、魔法ではない何らかの力が作用してる程度にしかな、だがお前の発言から考えればそれは信用できる力じゃないだろう」

「賽の目次第、だからな……」

「だから使うな、お前はな――」

 ヴェルドロッドは膝上のリアを優しく見つめ、そして栄光へと視線を戻す。

「主を頼む、お前が来てから主は良く笑う、笑顔を見る事等久しいほどだったのに」

「私……そんなに笑ってませんでした?」

「そうですとも、このヴェルドロッドが主に笑っていただこうと日々努力いたしているのにくすりとも笑っていただけない」

「それはヴェルに問題があると思いますが」

「何……じゃと……?」

「お主がいぬところであればな」

「えぇ、私にも見せてくれますし」

「ぬおおおおおお……何だ……何というのだ……どこに差が……」

「下心じゃねぇか?」

「人のことが言えるのか貴様は…………!!」

「俺は純粋な好意なんで」

「よくも抜けぬけと……」

 事実なのだから仕方ない。

「はいはい行きますよ、人間のことですからもうすぐそこまで来てるはずです」

「ライラ貴様毎度ワシを荷物のようにィ…………」

 ずるずるとヴェルドロッドがライラの手によって引きずられていく。

「さて、わても備えるかな」

 桜の花びらがクラナの周りを舞い始める。

「栄光や、しばらくはわての庭に入れぬからな」

「ん、おう」

 あの桜の木の立つ空間には行けないと告げられる。

「俺はどうしてればいい?」

「何も、ただ傍に、ここまでは誰一人通さないつもりではいるけども」

「わかったよ」

 そう言い残すと花びらとともに暗がりへ消えていく。

「皆リアのことが大事なんだな」

 膝上のリアにそう呟く。

「えぇ、皆家族のようなものですから」

「あぁ、良い家族だ、一人過保護すぎるがな」

「ふふっ、栄光も入りますか?」

「えっ」

 異性から家族になりませんか、という提案。

 そう言われるとそういう事として受け取っていいのだろうか。

「……………………っ!?」

 驚いた栄光の様子にリアはしばらく考え自分の言った事に気づく。

「いやっ、そのっ、あのっ、そういう意味じゃなくてですね!!」

 膝から飛び降り両腕をあたふたさせる。

「そのっ! 普通の意味でしてね、普通ってそういうのじゃなくて、えっと、とにかくそういう意味じゃないのでっ!!」

「ははははは、わかってるよ」

「ほんとにわかってるんですかー!!」

 ポカポカと栄光のおなか辺りを叩かれる。

「ま、帰れなかったときはそれでいいかもな」

「あっ…………」

 叩いてた手がふと止まる、栄光の言葉で思い出す。

 これだけ近くにいるのに栄光は別の世界の存在だということを。

「そう、でしたね…………」

 少し落ち込むリアに栄光はふうと息をついてリアの頭に手を伸ばし撫でる。

「ま、手探り状態だししばらくは世話になるからよろしくな」

「………………はいっ!」

 落ち込んだ顔を笑顔で払って微笑む、この笑顔を曇らせたくは無いと栄光は思った。


         ◇

 広大な草原を一つの影を先頭に大群の影が走破する。

 先頭を駆け抜ける影は前傾姿勢のまま低空飛行するトンガリ帽子とローブを纏い瞳は目隠し布によって隠されている女。

 その女に後方を走る騎馬隊の内の一人、部隊長役と思われる男が女に併走させる。

「レイジスティア様、あまり先行されてましては……」

「問題無い、むしろ貴様たちを通すのが私の役目だ」

 レイジスティアと呼ばれた女は併走する男を見向くことなくただ前を向く。

「それに勇者(ルビ:バカ)のせいで奴らもそろそろ来るぞ、気を引き締め――」

 そう言い終えようとした時、空からいくつもの光線が降り注ぐ。

 レイジスティアは離れていた地に足を着き蹴るように空中へと躍り出るとローブから右手を出し振りかざす。

 いくつも降り注ぐ光線の一部、自身と後方の部隊へと当たるであろう光線のみをへし曲げるように折れ曲がる。

「止まるな!!」

 レイジスティアが後方の部隊へ怒鳴りかける、光線の着弾点が爆発を起こし後方の舞台が足を止めそうになるのを防ぐ。

「初撃の流し方はよくやったなぁ、人間」

 空が陽炎のように揺らめき一人の影が姿を現す。

 ホストのような雰囲気を纏いながらも白い翼を生やした男、シェムが現れる。

「全軍進め、奴らが来たということは根城は蛻の殻だ」

「行かせると思うか?《閃光よ輝き爆ぜろ、シェルライザー》」

 シェムの翼から小さい魔法陣がいくつも展開されそこから数十という数の光線が折れ曲がりながら大群へと降り注ぐ。

「《大地の意思よ、我に集え、ロックボード》」

 レイジスティアがそう唱えると地面から無数の瓦礫が浮き上がり空中で静止する。

 折れ曲がる光線が空中で静止した瓦礫へとぶつかり爆発する。

「ほう? 俺の陣を見て着弾点を予測して置いたのか?」

「貴方のものは全て観測(ルビ:み)える」

 布で覆われ見えぬはずの目で見るようにレイズティアはシェムを睨む。

「ははははは、面白い女だ、じゃぁ俺が採点してやろう」

 シェムの頭上から一際大きい魔法陣が現れる。

「《天雷よ、有象無象を焼き尽くせ、ディバイン》」

「ッ!? 《大地よ、天を穿ち貫く槍と成れ、グランドレイド》!!」

 対してレイジスティアの遥か下方、地面に大きな魔方陣が現れると共に地面が割れ尖った岩がレイジスティアの横を掠めるようにして伸びる。

 そこへシェムが展開した魔方陣から雷が振り、伸びた大地が避雷針となった。

 避雷針と成った大地が焦げ崩れると既にシェムは次の魔方陣を生み出していた。

「《月影よ、地を覆う刃と成れ、クレセント》」

 三日月状の刃が弧を描いてレイジスティアと闘う二人の下を通り過ぎる大群を襲う。

「《障壁よ、我らを守る盾と成れ、アイギス》!!」

 レイジスティアの前に青白い魔力でできた障壁が生まれる、純粋な魔力の層を作ることによって魔法に対する障壁を生み出す、当然通常の魔法を使用するよりも魔力が消耗されるがシェムが唱えた魔法の速度、守るべき軍勢を守る壁を作る速度を求めるとこれしかなかった。

 ガキャキャキャキャン!!

 金属音と共にシェムの唱えた魔法が弾かれていく。

「及第点だな」

「果たしてそうかしら?」

「あ?」

 戦う二人の戦闘範囲に既に軍勢はなく、既に米粒以下のサイズに見えるほど遠くにいる。

「チッ……《閃光よ輝き爆ぜろ、シェルライ――」

 一瞬で三つの魔法陣を構築し詠唱するシェム、今まさに最初に放たれた光線を放とうとした瞬間、レイジスティアはあるものを掲げていた。

「魔を祓え、聖剣の因子よ!!」

 掲げた球体が輝きシェムが展開していた魔法陣を次々と破壊する。

「面倒な物を…………おぉッ!?」

 急にバランスを崩し翼ではばたく。

「それはこっちのセリフよ、素の肉体動力で飛べるなんてね」

「飾りだと思ってたか? 舐めンなよ……ぁ?」

 シェムが腕を振り魔法を発動しようとするが魔法陣が出現しない。

「攻勢一転、次は私の番だ」

 ローブとトンガリ帽子を脱ぎ捨てて隠れていた姿を現す。

「覚悟してもらおう……!!」

「お前…………」

 シェムが呆気に取られるような顔をしてレイジスティアを見上げる。

「なんだ、命乞いは遅いぞ」

「中々良い女じゃねぇか」

「……………………」

 無言で光線魔法をシェムに向けて乱雑に放つ、それを羽ばたきながら紙一重で避けるシェム。

「お前は何を考えているんだ……!! 《大地よ、天を穿ち貫く槍と成れ!! グランレイド》!!」

「おぉっとォ!?」

 高速で突き出る大地の槍がシェムを襲う、次々と現れる大地の槍に紙一重で避け続けるがついには当たる。

「ッおォっあッ!?」

 大地の槍がシェムの翼を貫き縫いとめる。

「そこッ!! 《派生》!!」

 シェムに突き刺さった大地の槍の根元から木の枝のように小さい槍が次々と生えてくる。

「はぁッ!! そういう使い方もあるのかッ!!」

 シェムは笑う、まるで新しい玩具を見つけたかのように。

「何を笑っている……!!《閃光よ輝き爆ぜろ、シェルライザー》!!」

 動けぬシェムに対し下方から無数の槍が、眼前からは光線、そんな危機に対しても――。

「ハッ――――」

 笑みを止めず、目を見開き喜ぶ。

 ドォォォォォォォォン!!

 光線は着弾し爆発する、直後にズサズサズサという音と共に無数の槍が展開する。

 爆発の煙により確認はできないがレイジスティアには確かにしとめた感触を感じ取る。

「やったか……!!」

 爆煙が晴れていく、レイジスティアの視界に写ったのは自身の魔法によって破損した大地の槍のみ。

「死体も残さなかったか…………?」

 布で覆われたその瞳では確認できず、ただ魔力の反応と気配を頼りに確認する。

「………………ッ!?」

 レイジスティアは後方からの魔力反応に気付くが……。

 ドガァッ!!

 何者かの攻撃によってレイジスティアは地面へと叩きつけられる。

「がぁっ……!?」

 地面に直撃する寸でのところで受身をとることに成功する。

「あれぇ、なんでバレたのぉ?」

「相当目がいいのかしら、いえ目は隠してるわね、じゃぁ魔力に反応してるのかしら」

「なぁるほどぉ、それだったらぁ、魔法を使って無くてもぉ、わかるわけねぇ」

「っていうかシェムにぃ、危機感もってよね」

 戦闘に割り込んだのはシロとクロ、彼女らは自身の魔力を身体強化に使うことで常識異常の肉体運動を可能としていた。

「ハッ」

 地面に足をつけ翼を折りたたんだ男が一人、地に這う女を笑っている。

「俺が? 危機感? 何故もたねばならん」

「だってぇ、今魔法っていうか魔力全部吹っ飛ばされてるんでしょぉ?」

「そんなもの危機の内に入らん」

 まるで指先に怪我を負った程度だと言うような態度で答える。

「だがッ……貴様が魔法を使えないのは未だ同じだ!!」

 シェムとシロとクロから飛びのき距離を取って仕切りなおすレイジスティア。

「ま、コイツに関しては合格点をやってもいい、もしや俺のバラ捲いた魔法を真似るしか脳の無い人間ではないと思い付き合ってやって正解だったな」

 大地から飛び出た槍をコツコツと手の甲で叩きながら喋る。

「捲いた…………付き合う…………? どういうことだ……ッ!!」

「確かぁ、シェムにぃ女の子と遊ぶために魔法の技術バラまいちゃったんだったっけぇ」

「確かそうね、本人の話の中だけだけれど、ただまぁ否定できないのよね」

 シロとクロの話にレイジスティアは呆気にとられて言葉も出なかった。

「そういう事だ、まぁコイツの礼だ……」

 二対の翼、合計四本の翼を出現させて宙に浮き上がる。

「本物を見せてやる」

 自身を中心に巨大な魔法陣を展開させる。

「《万象を成しえる根源たる力――》」

 シェムが詠唱を開始する、レイジスティアはそれに対して驚愕する。

「ッ……何これ……魔力が奔流する……不味い……これは不味い……!!」

 地面を蹴りながら手元で攻撃するための魔法陣を描こうとする。

「さっせないよぉ♪」

「その為の私達だから」

 だがそれは眼前に現れるシロとクロによって阻まれる。

「邪魔よッ!! 《障壁よ、我等を守る壁と成れ、アイギス》!!」

 障壁を展開して強引に二人を突破するレイジスティア。

「《始祖たる我が教えに従い》」

「させるかッ……!! 《深淵よ、我が魔敵を押し、磨り潰せ、グラヴィトン》!!」

 シェムの体全てを覆う黒い球体が出現する。

「シェムにぃ!!」

 シロとクロの二人が叫び上げる。

 黒い球体がその大きさを縮め始める。

「《原初の力を呼び起こせ》」

「もう遅いッ!!」

 既に黒い球体はシェムの体の半分ほどの大きさに縮んでいる。

「このまま消えてしまえ……ッ!!」

 ゆっくりと縮んでいくが、その動きを止める。

「な……んで…………」

 縮小を止めた黒い球体が逆に拡大し始める。

「《俺が支配者だ―― 万魔司る至天の法(ルビ:エグリゴルム・シェムハザ》」

 黒い球体が元のサイズに戻り、卵の殻を内側から四翼が広がり、辺り一帯の景色が魔力の奔流によって歪む。

「なに……これ……」

「素晴らしいだろう? 視覚でなく直接魔力を観測るお前にはこの光景が理解できるはずだ」

「これは…………理解…………を超えている…………!」

 其の言葉を聞いてシェムは落胆とため息を漏らす。

「やはり人間では理解できんか」

 腕をゆるりと真っ直ぐに伸ばす。

「っ! もう一度……《深淵よ、我が魔敵を押し、磨り潰せ、グラヴィトン》!!」

 ポン!!

 魔法陣から出てきたのは一輪の花。

「は?」

「今この場を支配しているのは俺だ、俺の許可無く使えるわけがないだろう」

「そんなっ……」

 レイジスティアは何度も魔法を行使しようとするがどれも小さな煙を出すだけで一切発動しない。

「だったら――」

 懐に腕を突っ込み球体を取り出そうとする。

「はぁいそれはだぁめ」

「没収―」

 シロとに身柄を押さえられクロに奪われる。

「さぁて、これで何もできなくなったわけだ、どうしてくれようかなぁ」

「くっ、殺せ!」

 レイジスティアは屈辱を受けるくらいなら死を選ぶ、そういう覚悟を持ち合わせている。

「あ~~? ンな勿体無い事するわけねぇだろ?」

「くっ……何を……」

 抑えられたレイジスティアにゆっくりと歩み寄る。

「まずはその布を取って貰おうか、どんな目をしてるか観てみたい」

 シェムの腕がレイジスティアの顔の横に伸び後頭部にある結び目を解く。

 ハラリと目を覆っていた布が落ちる。

「っ…………」

 レイジスティアにとって永らく見ていない日の光が差し込む。

「なんだ良い目じゃねェか、隠すなんざ勿体無ェ」

「黙れよっ……きゃぁっ!?」

 シェムに対して反抗意識を示すもレイジスティアの体は突如抱えられる。

「離しなさいよっ……どうするつもり!! ちょっと!!」

「負けた奴は捕虜で勝った奴が好きにするのが戦の常だろォ? それわかってて挑んできたんだ、当然こういう覚悟もあったってワケだ」

「だったらさっさと殺せばいいでしょ!?」

「アホか、俺様に喧嘩売ったんだ、簡単には殺しやしねェ…………」

 これから自身が受けうる拷問や嗜虐を想像したレイジスティアはシェムの言葉に思わず息を呑んだ。

「たっぷり可愛がってやるよ、今日は寝れると思うな」

 ヒッヒッヒッヒと笑うシェムに対しレイジスティアはその言葉を理解できない、何故ならシェムの考えていることに知識がないからだ。

「久々にタチかぁ、楽しみぃ」

「いつもはまんまネコでしたからね、高揚するわ」

「は……? 貴方達何を言っているの……?」

 三人はレイジスティアの問いかけを無視しながら歩く。

「でもシェムにぃ、細かいのが大分通したみたいだけどいいの?」

「あの程度でくたばるような奴らじゃないだろ」

「それもそっか」

 長年の付き合いからなる信頼なのか、はたまた単にさっさと帰って楽しみたいのか。

 どちらにせよシェムは通り過ぎた軍を追おうとはしなかった。


         ◇

 シェムを抜けた軍勢が魔王の城へ向かい侵攻する。

 馬に乗り密集して駆け行く部隊の中、軍の中央部に他の兵とは違い一際若い男がいる。

「全軍!! あの賢者が作ってくれた時間だ!! 無駄にするな!!」

「おぉぉぉぉ!!」

 若い男の掛け声に周りの兵が応える。

 全軍が全速力で駆け上がる、馬の蹄が生い茂る草を掘り返しやがて芒が生い茂る地へと切り替わる。

「っ!?」

 若い男が気付いた頃には既に遅く前方を走っていた兵から最後尾の兵一人残さず夜に囚われた。

「何だっ!?」

「どうしたんだ……?」

「これは……」

 夜に囚われた兵士達が動揺の声を口々にする。

「落ち着け!!」

 若い男が叫び兵士達の動揺を鎮める。

「これは…………空間魔法…………?」

「おぉ、よう知っとるなぁ、空間魔法(ルビ:これ)を知っとるなんて、使う者なんて数える程もおらんやろうに」

 クラナの声が夜空に響き渡る、若い男が声の元に気付き振り向く。

「誰だ…………」

「名を聞くときは名乗ってからというのが人の常識ではなかったかえ?」

 夜空の中心に咲き乱れる桜の樹の根元、そこにはクラナの姿が、但し栄光やリアの前に現した姿と違い狐の耳と尾を九つ生やし、その顔には赤紅の化粧が施されている。

「…………僕の名はペディティフェール=システィール、我がインペリアに仕える大司教の座を頂く者、これでよろしいですか」

「ほうほう、ええ子やなぁ、わてはクラナいうもんやけど」

「知っています、貴方についてはこちらが保有する文献に僅かとはいえ残されていますので」

「ほー、わてはそんなに有名やったかいのう?」

「どの口が言う…………魔族の統治が完了する前、お前達でいう魔王の三代目頃か、その頃暴れて回っていた記録と傷痕があることを忘れたのか」

「若い頃は有り余る活力を持て余してたさかいな、まぁいうても老いてる程年食ってるわけでもないが」

 ケタケタケタとクラナが小ばかにするように笑う。

「記録に残っている文献だけでもお前は純然たる悪だ、よって――」

 ペディティフェールは馬から飛び降り袖から伸縮式の杖が展開される。

「我が仕えるインペリアの名の下に、貴方を討伐する!!」

 それに合わせてペディティフェールを除く兵達が抜刀し戦闘態勢へと移る。

「全員!! アレに一太刀でも浴びせればインペリアへの貢献となる!! さぁ――」

「《乱れ咲け、彼岸花》」

 夜空の下にいる兵士全てがその体を花を支える茎として、頭から血飛沫という花弁を咲かせる。

「――――――――――――は?」

 突如として出現した血飛沫の花畑の光景をペディティフェールは呑み込めなかった。

 自分についてきた兵達が全て、今の瞬間人としての生を終え一瞬を咲き誇る花となった現状を。

「雑兵はこれで仕舞いやなぁ、で、お前さんはどう楽しませてくれるんや?」

 クラナの口が裂けるように歪曲し、目は鋭く開く、嘲笑うような笑みを零しながら問い掛ける。

「な…………え…………?」

 余りにもの力量の差にペディティフェールの体は恐怖を隠せず後ずさりを始める。

「わての法に距離も障害物も関係なく、ただ生命という種を咲かせるだけ、さぁ種は明かしたった、どうくるかえ?」

 クラナは期待を込めているかのように目の前の男に問いかけるが男は怯えたまま動かず――

「っ…………はは……はははは」

 引きつった笑みでペディティフェールの口から笑いが漏れる。

 それをクラナが見ると失望したような表情に変わった。

「ハズレかえ……ま、ここで構えて雑兵を堰き止めるのが務め……つまらん仕事やけど仕方ないか」

 はぁ、と溜息をつきペディティフェールを指差す。

「《散りあがれや、その肉と華を舞いて、桜刃》」

 華の刃がペディティフェールの体を次々に小さく分けていく。

「まだまだ来とるなぁ……」

 夜の世界を解いて元の景色に戻ると遠くに更なる兵士達が見える。

「あぁの色天使、やっぱ仕事せぇへんなぁ…………」

 本来の想定ならばシェムによって大多数、上手くいけば一人もクラナへ辿りつくことはないはずだ、だがシェムは本来の役割を放棄したことによってクラナの負担が増えた。

「ほんにしばいたろうか……」

 これからの疲れを想像しシェムに対し怒りを湧き上がらせる。



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