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第二章_異世界の過ごし方_その3

         ◇


 あれから暴睡していた栄光。

 目を覚ましたときにはもう太陽は高く上っていた。

 寝ぼけた目を擦って意識を覚醒させる、だんだん目が覚めてくるとある音に気付く。

 すぅすぅと寝息が、大変近いところから聞こえてくる。

 隣を見やると少女が幸せそうな顔で寝息を立てて眠っている。

「……………………」

 この現場があの爺さんに見付からないことを祈る、もう一つ言うと誰にも見付からないことも祈る、寝るときは一人だったはずなのにいつのまにリアは来たのだろうか。

 とりあえず面倒になる前に離れようとしたら腕をガッチリホールドされていることに気付いた。

 振りほどいてもいいのだが何だか悪い気がするしそもそも寝ている相手を起こすこと自体あまり良い気持ちではない。

 だけれども離してくれなければどうしようもないので少女の頬をぺちぺちと叩き。。

「おーい起きてくれー」

 普段の声より少し大きく呼びかける。

「ん…………ふっ…………」

 叩き方が弱かったのかこしょばい程度にしか反応されなかった。

「おーい」

 今度は肩を持ってゆさゆさと揺り動かす。

「ん……ふぁぁ…………ぁぁ…………」

 少女が体を起こして目を覚まそうとするが目はボーっとしていてこのままだとまた寝るのではないだろうか。

「起きてくれー、アレが来る前に」

 最後にこつんとおでこを一押しする。

「あうっ…………」

 ポスンと背中から布団へ倒れた少女は目を開いた、どうやら起きたらしい。

「えっと…………」

「おはよう」

「はい……おはようございます」

 完全に目を覚ましてリアは体を起こす。

「…………すいません、朝に起こしにきたのですが……その、気持ちよさそうに寝ていたので起こすのは悪いかなと思って起きるのを待っていたんですけれど…………」

「釣られて寝ちゃったと」

「…………………………はい」

 リアが顔を赤らめて恥ずかしそうにうつむく。

「別に起こしても構わなかったのに、というか何故起こしに?」

「それはっ、その、お話がしたいから……です」

「…………そっか、んじゃ準備するか」

 あれだ、待ちに待ちきれなかったと。

 腕が解放され行動が自由になったところで顔を洗おうとする。

 蛇口っぽいのがあるので多分これが水道みたいなものだろう、そう思って捻りをキュッと回す、…………回す。

 キュッ、キッュッ、捻りを全開に回すが回る音だけが響き水は出ない。

「あの、それも魔力がないと……」

「こ、れ、も、か、よ、ぉー!!」

 何でもかんでも魔力で動きよって……魔力無しになんとも辛い環境…………まぁあちらからすれば何でもかんでも電気で動く物の方が不可思議なのだろうが……。

「ちなみにこれってどういう原理なわけ?」

「単純に水を管理している方がいるので魔力でその人に合図を出して水を送って貰うと――」

 リアが蛇口に触れる、あれそれっさき全開に回したような――。

 バシャァァァァァアアアアア!!

 蛇口から物凄い勢いで水が噴出する、噴出した水が思いっきり跳ね返ってリアへ直撃した。

「止めろッ止めろっ!!」

 止める際は魔力がなくても問題ないのか蛇口を閉めると水が止まった。

 水は止まったが……リアにかかった水はどうにもならない、逆に栄光は全く濡れないという事態。

 さらには今リアが着ている服は昨日と打って変わって白、外向けのものではなく私服というべきか肩周りの布がなかったり色々と仇になっている。

「折角ライラに選んで貰った服が…………」

 衣服の選択はライラか、今はその衣服が水で張り付いて肌が透けて見えたりする。

「とりあえず着替えてらっしゃい」

「そうします……」

 トボトボと自室に着替えに戻るリアを見送ると背後からガタンという音が鳴る。

「貴様ァ…………主になにをォしィ――」

 いつのまにか侵入していたヴェルドロッドが怒りを顕にして栄光に飛び掛ろうとする所をライラが片手でヴェルドロッドの顔面を掴む。

 そのまま腕をヴェルドロッドの首へ回して脇で挟むように固めた、ボグッという何か鈍い音が聞えるとヴェルドロッドの手足が電池の切れたロボットのようにだれる。

「よし」

「よしじゃないが」

 ライラが成し遂げたような表情を決める。

 明らかに首をへし折ったとかそういう風にしか見えなかったので栄光がツッコミを入れる。

「大丈夫大丈夫、この程度じゃ死なないわ」

 ホホホホとにこやかに微笑む。

「いや、そうじゃなくて何故ここに、というか見てたか?」

「や、やぁねぇ見てるわけないじゃなぁい?」

 明らかに動揺した口ぶりと少々の冷や汗が見て取れる。

「………………」

「しょ、証拠が無いじゃないの」

「………………」

「ほ、ほら、ね? 私が選んであげたんだもの、気になるじゃない」

 無言で圧力をかけるとあっさり自白した。

「あんたがけしかけたのか……」

「やぁねぇ、私は手伝っただけよ、そういう無粋なことはしないもの」

 動揺した様子からうってかわって真剣な顔つきになる。

「それに見てたって言っても部屋の外で、急に魔王様がびしょびしょで出てくるんだもの一発済ませたのかとおもって気になったのよ」

「あんたは俺をどう思ってるんだ!!」

 俺を飢えた獣か何かに見られているんだろうか、だとしたら憤慨物だ。

「男の子ならおかしくないじゃないかしら、ほら、魔王様かわいいでしょ?」

「男で人括りにしないでくれよ……」

「でも魔王様かわいいでしょ?」

「………………」

 反応をうかがうライラに対し素直にかわいいと言うのは地雷を踏むようなものだ、かと言って否定すると言われることも予想できる。

 ならばここは相手が予想する答えでなく、予想外の切り返しを行うべきだ。

「俺はライラのほうが綺麗で好みだけどな」

 ここで敢えてリアのことではなくライラ本人に振ってみる。

 栄光の判断は的中しライラは「えっ」と言ったまま固まる。

「まぁ冗談だ――」

 冗談だ、そう告げようとするとライラが割ってはいる。

「そ、それは困るわよ、魔王様がいるんだから、でも嬉しくないわけじゃないわ、えぇ、嬉しいわ、でも……そうよ、愛人ならノーカンよね!」

「冗談だ」

 聞えてなかった言葉をもう一度、はっきりと伝える。

「……ひどぉい」

「まぁ後者だけだよ、綺麗だと思っているのは本当」

「むー、まぁいいわ……とっと、そろそろ帰ってくるわね」

 そう言うとそそくさとライラはヴェルドロッドを引きずって部屋の外へと退散する。

「上手くやってね、みっちゃん」

 そう言ってどこかへいくと入れ替わるようにリアが戻ってくる。

 服は初めて出会ったときと同じような黒い衣装だ。

「ライラがいましたけれど……何かありました?」

「爺を回収していった」

「把握しました」

 一言で把握されるヴェルドロッドは普段どおりということだろうか。

「さて、今日はどうするかね……」

「なら外を見て回りますか?」

「外?」

「はい、この世界を見て回ってみませんか? 人間の領には行けませんが私たち魔族の領地であれば案内できますよ」

「そりゃ願ってもないことだけれどさ、徒歩だと少し厳しいな、一回城周りは見たけど近くには何もなかったし」

「飛んでいけばいいんですよ」

「あぁ、そういやリア達は飛べるんだったな、俺は飛べないけど」

「大丈夫ですよ」

 そういうとリアはこちらへ手を差し伸ばす、栄光は疑問に思いながら差し出された腕を握る。

「《星の縛鎖よ、我に応じ解放せよ グラヴィー》」

 リアが呟くと体にかかる重さが無くなったかのように軽い……というか浮き始める。

「っと、ととっ、うぉっ!?」

 必死に片足で地面を蹴ってバランスをとろうとするが逆に浮いてしまう。

 リアが手を離すと体の重さが元に戻って地面に足がつく。

「これなら問題ないでしょう?」

「あぁ、手繋いでたら相手にも効果があるのか」

「飛行魔法は実は皆重力操作なのでそうなりますね」

 ということは先ほどの状況はゼログラビティ、無重力だったわけか。

「成程なぁ、でもだいぶ難しいんだろ? 一緒で大丈夫か?」

「普通に飛んで移動するなら問題ないですよ、任せてください」

「それだけ自信があるなら大丈夫だな」

 事故は怖いがそれを言っても仕方ない、事故が怖いから車に乗らないと決めようが事故に巻き込まれるときは巻き込まれる、逆にどれだけ危険にあっても事故にあわない人間もいる、ようは運だと栄光は思う。

「そうと決まれば……コースはどうしましょうか……」

 顎に手をあてて考え始める、特に決めていないならこういうときは――

「こいつで決めよう」

 荷物から六面ダイスではなく十面ダイスを取り出す。

 一から十の数字で構成されるサイコロ、たまにこれが必要なゲームもあるので持ち合わせている。

「何でしょうかそれは」

「ま、ちょっとしたおまじないみたいなもんだ」

 一を北にして九以上は振りなおし、四方とその間を割り振って振る。

 ころころと転がり二の出目で止まる、二に割り振られた方角は北東。

「よし、北東の方へ行こう」

「えっ」

 今しがた栄光が行った行為に理解が追いつかないリア。

「えっと、今のは何か関係があるんでしょうか?」

「ルート決めてないんだろ? 悩んでる時間がもったいないから運で決めてさっさと行こうぜ」

 栄光の言葉を聞いて暫く考え、気づく。

「つまり……適当に選んだと」

「そういうこと」

「まぁ栄光がそれでいいなら構いませんが」

「ぜんぜん良いぜ、なんせ空飛べるんなら今から楽しみだ」

「私も楽しみです、外で待ってますから準備ができたら来てくださいね」

 そう言ってリアは部屋から出る、そこでやっと気づいたが栄光は顔を洗うのを逃したり着替えてなかったりと色々気づいた。

 水はリアが濡れたときの水を受け止めていた分が多少あるからいいとして着替えはどうしたものだろうか、ふと元々着てきた私服を思い出すがあれはまだ洗っていないから着れない、そんなことを考えて籠見ると新しい服がメモ書きと共に入っていた。

『着替え、いるかな? byライラ』

 後方支援が非常にありがたいが同時に外堀を埋められているような気がする。

 入っていた服はカッターシャツにスーツ袖のないチョッキのような服、スーツのような綺麗な布で前の部分がボタンで取り外せる。

 ズボンは至って普通の物だった、それにしても男が着る様な服を何故持っているのか疑問である。

 用意された服に腕を通して着替えていく、この世界の気候はそれほど気温が高くないのはありがたい、長袖でも割と快適に活動できる。

 そして脱いだクラナから借りた服を綺麗に折り畳む、和服ってどうやって洗うのだろうか……? 下手に自分でやらずこれはクラナに返した方がよさそうだ。

 ズボンにポケットが復活したことでそこにダイスを何個か入れる。

 必要は無いように思われるだろうが栄光的にはいるのだ。

 普段からの癖というか既に日常動作として染み付いてしまっているから。

 例えるなら四六時中スマホを手放せない人間と同じなのだ。

 扉を出てリアの元へと向う、外に出る道筋は昨日ヴェルドロッドが教えてくれた。

 多少迷いそうになるがなんとか外への階段を見つけて登る。

 風が吹き込み太陽が真上から差し込んでいる。

「待たせたか」

 そこにいるリアに喋りかける、くるっとこちらに振り向いて笑顔になる様子は待ちに待ったみたいな心境を察せられる。

「そんなに待ってないですよ、もう少しかかると思っていたくらいですから」

「そうか? それならいいんだけど」

「それじゃぁ早速」

 そう言うとリアは栄光の左手を握り詠唱を始める。

「《星の縛鎖よ、我に応じ開放せよ、グラヴィー》」

 二人の足元に魔方陣が展開し、二人にかかる重力が消え去る。

 トンッと地面を蹴るとその勢いだけで上空へと飛行する。

「おぉ……で、こっからどうするんだ?」

「《風を纏て空を巡る、シルフィー》」

 リアが二つ目の魔法を起動するとあたりに自然の風とは違い持続のある風が栄光とリアを押していくように吹き抜ける。

「こうして風の力で飛べば丁度いい速度なんです」

 原理的には帆船と同じで風を受けて進むもののようだ、ただその受ける風を意図的に流すことで方角や速度を制御できるのだろう。

 速さは体感的には自転車だが地面と離れているから計りにくい、たださっきいた城が見る見るうちに離れていくから結構な速度は出ているに違いない。

「どうでしょうか」

 リアが突然尋ねてくる。

「この世界、この景色、私は大好きです」

 髪を風に靡かせて、前に続く地平線を見つめている。

「栄光にとってこの世界は、どうでしょうか?」

 栄光はこの星に生まれたわけではない、だけど今生きているのはこの星だ。

 だが栄光にとってこの世界はまだ一日過ごしただけ、それだけでこの世界を測ることはできない、だが栄光は――。

「嫌いじゃないよ」

 そう一言告げる。

「この世界に来て色々な人……まぁ人間には一人も会ってないけどさ、皆良いやつばっかだ、ヴェルドロットもシロとクロもクラナもライラも、それにリアだってさ、ほかに話してないやつとか会ってないやつもいるけれど、こんなに良くしてくれるやつがたくさんいて嫌う理由がないよ」

 けれど、とリアの顔を見て言葉をつなげる。

「好きになるにはまだ時間が足りないかな、色々なことがあったけどまだ一日しか経っていないんだ、だから好きになるのはもうすこ時間がほしいかな」

 そう答えるとリアにとって望む答えではなかったのか少し残念そうな表情をした後にこりと笑った、望む答えではなかったが良い答えだったのだろう。

「どうして聞いたんだ?」

 今度はこちらから聞いてみる。

「…………少し、我侭な理由ですから、その、幻滅されるかと……」

「しないよ」

 リアの目をまっすぐ見て、そう言い切る。

「…………」

「しないさ」

 もう一度、はっきりと、そう伝える。

「栄光がこの世界を好きになったら、この世界にずっといてくれるかなって……思ったんです」

 静かにゆっくりとリアはそう言った。

「…………やっぱり幻滅したのでは? その……思ったことが傲慢すぎて……」

「いいや? というか魔王っぽくていいんじゃないか?」

 リアの疑念をはははと笑い飛ばしてやる。

「魔王っぽいって……私は一応これでも魔王ですっ」

 ぷくっと頬を膨らませ怒りのアピール。

「ははは、そうだったそうだった」

 そんなアピールを介さずもっと大きな声で笑い飛ばす。

「もう…………」

 握っている手の力が少し強くなった。

「……ありがとうございます、栄光」

 栄光は笑顔で返す、そして視線を前に戻すと集落のような建物が見えてきた。

 森と川に隣接したその集落には数人、外に出ている者が確認できる。

「あれは?」

「見てのとおり魔族の集落です、降りますか?」

「あぁ、お願い」

 集落の少し離れた場所に降り立った。

 それに気づいた集落の魔族がこちらに近寄ろうとしたがリアの姿を見て立ち止まる。

「あ、あー……そういやだめなんだっけか……」

「栄光、話してきてもいいですよ」

「いや、それだとリアに悪いだろ」

「私は栄光にこの世界を、私たちを知ってほしいですから」

 くすっと笑顔になる、そう言われたら断るわけにはいかないのだが。

「よければダイス……でしたっけ、あれを貸してくれますか?」

「ぜんぜん構わないが」

 ポケットから六面ダイスを二つ取り出すとリアの手に乗せる。

「まぁ何個もあるからついでにあげるよ」

「いいんですか?」

「あぁ」

 そう言って集落の魔族のほうへと歩み寄る、狼の耳をつけた魔族が対応するように栄光に歩み寄った。

「この近くで何かあったのか? 魔王様がくるなんて珍しい」

「いや、俺が頼んだんだ、ちょっと見て回りたくてさ、んでたまたまここに寄った」

「人間が……? まぁいい、皆! 特に何もないそうだ」

 若い魔族がそう言うと後ろに控えていた魔族たちがまたそれぞれの生活へと戻る。

「俺はウーフェン、あんた人間なのによく魔王様と一緒にいれるな」

 悪い意味ではない、純粋に驚いているのだろうが栄光は少しむっとする。

「ま、深い事情でね、俺はこの世界のことを知りたいから手伝ってもらってる栄光っていうんだけど聞いてもいいか?」

「答えれることなら」

 推測だが、リアがいなかったら答えてくれなかったな、リアという魔王と一緒にいたからこそ対応してくれるんだろう。

「それでいいよ、集落って聞いた割には少ないけど全部か?」

「元々人間と違って数自体少ないぞ、後は静かに生活したいから必要以上に多くしないのさ」

 寿命が無い魔族は繁殖能力を抑えることで増えすぎることを抑制しているのか……。

 人間みたいに寿命が長い上に増えすぎる、自然界だと増えすぎた生物はさらに上の生物に捕食されることでバランスを保っている。

 だが栄光がいた世界だと増えすぎたうえ天敵のいない人間はやがて自らの数を減らすように自分たちで争うことになる、自浄作用というものだ。

「なるほどなぁ、まだまだ知るべき事が多いみたいだ」

「お前こそ人間なのに魔王様の隣に居れるのはどういうわけなんだ?」

「ちょっと特別なんだよ」

 そう栄光がはぐらかすとウーフェンは少し苦笑いする。

「あんたらってさ、魔王のことはどう思ってるんだ?」

「そりゃぁ感謝してるさ、最近じゃもう目と鼻の先まで人間が来るようになった、魔王様がいなけりゃ争いになるしそうなると怪我する奴が出てくる、そういう奴がいないのは魔王様のおかげさ」

「だったらさ、近寄れないのはわかるけど手くらい振ってやってくれ」

 リアのほうを指差して栄光は手を振る、それに答えるようにリアは手を首の辺りまであげて手を振った。

「あんたが何者かは知らないけどよ、俺たちがやると失礼にならないか?」

「何、あぁ見えてというか見た目そのまんまで優しいから大丈夫」

 栄光が諭すとウーフェンは少し躊躇いながらも手を振った。

 もちろんリアもそれに応えるように笑って手を振る。

「ん…………照れくさいな」

 ウーフェンは恥ずかしそうに口を手で覆った。

「ありがとよ、他に集落とか何かこう……目立つ所とかる?」

「ここから東に行けばまた集落があるぞ、それ以外だと……もう無いことが多い」

 そう言ってウーフェンが俯く。

「北にあった集落なんかは全滅だ、こっちは手も出さずに争わないよう降伏したって聞いたのにあいつらは…………」

 人に対する憎しみが積もっているのが目でわかった、それを顕わにしている最中栄光を見てはっとして喋るのを止める。

「別に気を使わなくていいよ」

「あぁ、そうか……」

「よく、耐えるな、俺はあんたらがすごいと思うよ」

「魔王様やクラナ様が耐えてるんだ、俺たちも見習わないといけねぇってもんさ」

 ハハハと気丈を装う、それが辛い事だとわかっていながらも彼らはそれを選択している。

「それじゃぁ話をありがとうな」

「こちらこそ、魔王様に伝えてくれ、貴女にいつも助けて頂いて本当にありがとうと」

「了解、伝えとくよ」

 互いに握手を交わして別れる。

 短い時間だが有意義な会話ができたしリアを放っておけない。

 リアの元に戻るとダイス相手に不可思議な表情で見つめている。

「どうしたんだリア」

「いえ…………先程から同じ目しかでないんです、何か悪いんでしょうか……」

 手のひらの上に落ちないようにダイスを転がすが一と二以外が出ない。

「おかしいな、別に仕込みダイスってわけじゃないし……ちょっと借りるよ」

 ダイスの中に錘を入れることで出目を固定化するイカサマダイスというものがあるが栄光の手持ちにそう言ったものは無い、試しにリアから受け取ったダイスを振るが出目は五と六、リアの出目に対して数字は大きいが普通に他の目も出る。

「普通に出るな……逆に運がいいんじゃないか? 同じ目が出続けるなんてそうそうないし」

「そうですか?」

「あぁ、それとあの集落の人たちがいつも助けてくれてありがとうってさ」

 ウーフェンの言伝を伝えるとリアは驚いた。

「ほ、本当ですか?」

「あぁ、嘘を言うわけが無いだろ」

「それなら……良かったです、嫌われてるのか好かれているのかわからなかったので……もし嫌われていたらどうしようと思っていました」

 リアはほっとした表情で胸をなでおろした。

「そりゃないだろ、さっきだって手を振ってくれてたじゃないか」

「あれだって……その、嫌がってませんでした?」

「照れくさかっただけだよ」

「そうだったんですか?」

 確かに事情を知らず遠目であの様子なら嫌々やっていたと受け取ってしまうかもしれない。

「この様子じゃぁリアを嫌っている魔族なんていないんじゃないか?」

「そうだったら嬉しいですけれど……私の力は魔族にとっても害ですから……きっと恐れられています」

「力にはな、けれどリア自身を嫌ってる奴はいないよ」

「そう……ですね、栄光にそう言われるとそういう気がしてきました」

 ふふっと軽く微笑んだ。

「それじゃ、次行くかぁ――」

 リアの手を取ろうとした時、背後からゾワっと嫌な予感がした。

 リアも何かを感じ取ったのか栄光の背後、集落の方へと視線が釘付けになっている。

 集落から一つ、大きな影が弧を描いてこちらへ飛んでくる。

 その影が視認できる距離になると人間大の大きさという事とそれがまだ生きていて手足をばたつかせ何かにすがるように腕を動かしていた。

 その影の正体はウーフェンだった、何故彼がこんなに飛んでいるかは知らない、だが落ちてきている、栄光は助けようとして両手を広げて受け止める構えをした。

 だが、栄光の両腕に落ちる前に、パン! と弾ける音がする。

 ウーフェンの姿を捉えていた目の前に赤いカーテンが広がる。

 弾けた四肢や頭が栄光とリアの周りにボトボトと落下し、血液はまるでシャワーのようにリアと栄光に降り注ぐ。

 栄光がウーフェンの体が水風船のように割れたと認識したのは数秒後だった。

「わた……私が……? そんな…………」

「っ……違う! リアのせいじゃない!」

 隣で今起こった出来事に対し呆然とするリアに栄光は叫び上げる。

「でも……私のせいで……私がいたから……」

「だとしたらリアと一緒に来た俺に責任がある、外を見たいなんて言わなければこんなことは起きなかった」

「栄光は……悪くないです……私が……」

 膝を落として崩れるリア、栄光の言葉を耳に入れる様子はなかった。

「くっ…………」

 自身の言葉を聞いてくれないリアに対して栄光はやさしく抱きしめた。

「違う、リアのせいじゃない」

「だって……でも……私がいたから……!」

「落ち着け、な」

 栄光の胸の中で涙を流し始めた、その間栄光は考える。

(ウーフェン達はリアの力を知っていた、だとしたら自分から飛び込んでくるのはありえない、なら投げ飛ばされたとしか考えられない)

 栄光は集落の方へと目をやる、そこには血塗られた剣を携えた一人の男がこちらに向かって歩いてきている。

(だとしたら、アレがやった以外に考えられない、それに魔族に攻撃する奴と言えば……)

 この世界において、魔族と人間は険悪な関係にある、踏まえてライラやウーフェンの話によると人間の侵攻はこの近くにまで及んでいると言っていた。

 集落を襲った犯人を特定するのは簡単だった。

 血塗られた剣を携え、白銀の鎧を真っ赤に染め、殺意の瞳でこちらを見据えるのは人間だった。

 その人間は声の届く距離まで近づくと足を止めた。

「あァ……? なァんで魔王がここにいるのかわからねェが……まァいいか、殺す予定が早まっただけだ」

「何故殺そうとするんだよ……お前らは」

 栄光は剣を持った男がリアを殺そうとしているということを聞き取ると間に入るように立ち上がり男を睨む。

「あぁ? 魔族かと思ったら人間かよ、しかも何も無しで近づけるたぁ…………あ?」

 男が栄光の顔を見るやいなや何かに気付くように表情を変え。

「おい……おい、おい、おいおいおいおい!! 栄光じゃねェか!! 何だってお前がここにいンだぁ? 神様にでもなりましたってかァ!?」

「名乗った覚えは無いんだが……」

「つれねぇこと言うなよ、お前とは何回も会ってるじゃねぇか」

「はぁ……?」

 相手の顔をよく見るが心当たりは無い。

「あー……こっちじゃ変わってるんだっけか? まぁいいや」

 男は身長ほどの長さのある白い剣を掲げる、その切っ先は完全でなく少し欠けていた。

「魔を祓え、アルデバラン」

 男が剣の名を口にしたと同時に剣から眩い光が眼を眩ませる。

 辺りに輝く閃光よりも驚いたことが栄光にはある。

 アルデバラン、その剣の名には聞き覚えがある、いや、それよりも心当たりのあるものがある。

 アルデバランとは、史実や伝記にあるものではなく、栄光自身が自分で作ったオリジナルの聖剣の名だ。

(なぜこの世界にその剣が……? それに俺の思い当たる通りなら……)

「さぁ、死ねよ」

 剣を持った男が栄光たちに向かって駆け出す。

「思い当たるとおりなら…………!! リアァッ!!」

 男の突撃に対して真横に避けるようにリアを抱いて飛び込む。

「えっ…………」

 突如のことにリアは呆気に取られたまま驚く、間一髪初撃を避けることに成功した。

「どうして?」

 リアは驚愕のまま固まっている、それもそうだろう、栄光という例外を除いて近付く者全てを死へ追いやる力、ヴェルドロッドでさえ耐えるのが限界というもの。

 だが今襲ってきた男は平然どリアを切り殺しにかかってきた。

「はぁ、やっぱテメェはそっち側かよ」

「お前は一体……誰なんだ!」

「しかたねぇなぁ? 知らないままっていうのも可哀想だから教えてやろうかぁ?」

 男はこちらを見下し、嘲笑する。

「プレイヤーナンバー一、アルデント、よろしくなぁ? ゲームマスター?」

「おまえが……、アルデントのプレイヤー……?」

「リアルネームはGM以外伏せてたからなぁ、まぁ言わなくていいだろ、俺はなァ……あんたの最後のロール、気に入らなかったんだわ」

 剣を地面に突き立て寄りかかって語りだす。

「悪ってのはなァ、惨たらしく傲慢振りまいて死にゃぁいいんだよ、それがなんだ? あの反吐が出そうなロールはよぉ、そん時は空気読んでやったが後でイライラしたんだよ、こんなシナリオぶち壊してぇってな」

「それだけのためにか……?」

「あぁそうだ、まさかそのチャンスが来るなんざ思ってなかったがそれはどうでもいい」

「お前の意志でこの世界に来たわけじゃないっていうことか」

「知るかよ、まぁおしゃべりはこの辺でいいよなァ」

 アルデントは地面に刺した剣を抜き構えなおす。

 栄光は立ってせめて逃げようとするが栄光のすそを握ったまま離さないリア、腰を抜かしたまま立てないようだ。

「今の魔王がんなガキってのは気に食わねぇがまぁいい、魔王を殺してこのシナリオをぶち殺してやる」

 ゆっくりと、一歩、二歩、と歩いた後地面を思いっきり蹴って駆け出すアルデント。

 栄光はリアを抱き上げて振り向き思いっきり走って逃げる。

「ハハハ!! お前の足で逃げれるかよ!!」

 全力で逃げ出したのも束の間、既にアルデントは栄光のすぐ背後まで追いついている。

「おらよっとォ!!」

 横からの気配、栄光は身をかがめて攻撃を回避する。

 だが今のは栄光自身が避けれたのではない、明らかにアルデントは手を抜いていた。

 だからこそ寸でのところで避けられたのだ。

 ブオン!! と左に動いて剣が頬を掠める。

 獲物で遊ぶ鯱のように寸でのところを振り遊んでいる。

「そろそろお別れいっとくかァ!?」

 真横から腹辺りの高さの斬撃、避けきれるかギリギリの距離。

「くっ……お……おぉっ……!!」

 剣を振るう動きに合わせて思いっきり体を捻って回転させる。

 歯車がが合わさって回るように斬撃を避けることに成功するが完全に避けることはできず、栄光の左ポケットを掠め、中から切れたダイスや無事だったダイスが転がる。

 そのまま体勢を崩した栄光はリアを上側にしたまま倒れこんだ。

「ジ・エンドだな」

 栄光の喉元に剣を突き立ててアルデントは宣言する。

 振り下ろされる剣から眼を逸らすために栄光は地面へと視線を移す。

 移した先にあったものは栄光がポケットに入れていたダイス二つ、そのダイスは二つとも六の目が空へと向いていた。


         ◇

 ブオン!! とアルデントの剣が空を切り芒を舞い上げる。

「あ?」

 栄光とリアの姿はそこになく、あるのは揺れ続ける芒だけ。

 あたりを見回すもあるのは夜の空と怪しく光る桜の樹。

「えらい物騒な客人やなぁ」

 桜の樹の根元から姿を現したのはクラナ、普段の色めかしい雰囲気は無く、ただただ殺意だけが空気を形どる。

「なんだァここは」

「ここはわての庭、わての世界、普段なら返って貰うだけでええけど、アンタはここで永夜楼の糧になるがええ」

 頭から狐の耳を生やし、腰辺りから九本の尾が現れる、その様子を栄光はクラナの背後から見ていた。

「《染め上がれや染めあげれや、汝がその血と魂を啜りて永夜を誇る血桜となりて、血鮮華》」

 クラナが唱え終わった間際、アルデントの右肩、左肩が不自然に破裂する。

 破裂した箇所から血がまるで花びらのように噴出す。

「ッ……ぁ……!! 魔を祓えアルデバラン!!」

 先刻、リアの力を全て押さえ込んだ聖剣が光を放つ。

 だがその光はリアの力を封じたときに比べて弱弱しかった。

「チッ、魔王に出力裂いてる分弱ェ……!」

「あのまま大人しゅうしとれば綺麗な華を裂かせたモノを」

「黙りやがれクソ狐、クソッ……何でこんな所に――」

 アルデントの目線の先をクラナも見る、その先には六の目を出したダイスが二つ。

「そうか、それがお前の力か……? マジで神にでもなったような力だなァ!!」

「わけのわからんこと言う暇があるんかいのう! 《散りあがれやその肉と華を舞いて、桜刃》」

 無数の桜の花びらがアルデントに向かって放たれる。

「魔を祓え、アルデバラン」

 パァン と割れるような音と光と共にクラナの魔法が打ち消される。

「分が悪くなったから退くが……てめぇら覚悟しておけよ、宣戦布告してやる」

「おうおう、喧嘩売っときながらおめおめと引き下がるんかいの? 肝っ玉の小さい男よなぁ?」

「退き時を見極められねぇバカじゃねぇ、勝手にほざけ」

 そういうとアルデントは膝を折って勢い良く跳ね上がった。

「祓え! アルデバラン!!」

 パリィーンと夜空が割れ、その間からアルデントは逃げ去った。

 割れた夜空はやがて塞がりもとの夜景へと戻る。

「空からやのうたらヘルモートのとこに繋げたったのになぁ」

 そうクラナが夜空に向って呟くとくるりと栄光達の方へと振りむく。

「どういうわけかわからんけど無事か?」

「あぁ、無事だ……ありがとうクラナ」

「そりゃよかったけぇの、ただどういうことや? 外出よった聞いたけど」

「俺にもわからねぇ、クラナが繋いでくれたんじゃないのか?」

「ここは城の中としか繋がらんよ」

 アルデントはこれがお前の力かと言っていた、アルデントがこちらの世界に来てあのような力を得ているという事は栄光も同じように何か力を得ているのか。

「すい……ません……栄光……」

 腕の中で震えるリアが途切れ途切れに言葉を紡ぐ。

「もう大丈夫だ」

 頭を撫でてやると安心したような表情を浮かべる。

「それにしたって何でそんなに……」

「そりゃ殺されかけたら怖いに決まってるわ、魔王様は殺してしまう恐怖を身に染みて知っとる、けれども殺される恐怖は初めて」

「はい……すいません…………こんなにも怖い物だとは思ってなかったです……、震えがまだ止まりません……」

 ゆっくりと背中に手を回して抱きとめてやる、リアは抵抗することなく栄光の腕に包まれると震えが収まっていった。

「さて、魔王様、栄光、ちと来てくれるか」

「どこへだ?」

「そりゃあれだけ堂々と宣戦布告されたんや、もうこっちは黙って見守ることはできんさかい、こっちも動かんといかんよ」

 現に栄光とリアが襲われた集落が犠牲になっている、大義名分としては十分だろう。

「いままでいくらも被害受け取ったけれども、死人が出なかったさかい耐えてきたが……」

 クラナの周囲の空気が淀んでいくように感じ取れる、空気が重いような殺意と悪意を凝縮したような雰囲気が濃くなっていく。

「いっぺん灸据えないかんいうことや」

 毛が逆立つようにクラナの髪がふわりと浮き上がる。

 栄光に至ってはクラナの出す威圧感に押されて口を開けない。

「お? あぁ、すまんすまん」

 栄光の様子に気づいたクラナは普段どおりに戻る。

 威圧感が消え栄光は大きく息を吸い込む。

「あ、あぁ……大丈夫」

 ゆっくり立ち上がってリアに手を差し伸べる。

 リアが手を取って立ち上がると咳払いをして向き直る。

「おほん……では行きましょうクラナ」

「落ち着いたか?」

「はい、ありがとうございます栄光」

「じゃぁついてきてな、そのまま繋げるわ」

 クラナは暗がりの廊下に足を進めながら二人に気づかれないようちらりと見る。

 手を握り合ったままの栄光とリアを見てくすりと笑うと前へ向きなおした。



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