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第二章_異世界の過ごし方_その2

         ◇


 ライラに連れられて彼女の部屋に案内された。

 白を基調とし、窓周りやベッド周りがレース模様で飾られているのが目立つ。

 角の無い部屋で円形になっているのが特徴のようだ。

 中心に円状の机とティーセットが綺麗に並んである、傍にある椅子に腰掛けるよう促されたので腰掛ける。

「お口に合うかわかりませんけど、よければどうぞ」

 差し出されたカップに入った飲み物を一口飲むと喉越しの好い酸味が口に広がる。

 この酸味は果物だろうか、オレンジに似た味がほのかに喉を通り過ぎる。

「どうでしょう? 普段私が飲んでいるものを薄めたものですが」

「すっきりしてて美味しいですよ、何かの果物ですかね」

「えぇ、パチアの実を少し茶葉に混ぜて溶いていますので」

 パチアの実というのがどういうものかは知らないが問題なくいただける。

「で、何かお話でも?」

「えぇ、明日のほうがよろしかったでしょうか?」

「まだまだ眠くは無いんで大丈夫ですよ、それに今貰ったこれを飲んだお陰で大分目が覚めましたから」

「ふふ、それでしたら上手くいきましたわ」

 狙ってやったというわけですな。

「私から自己紹介しますね、魔王様から名前で呼ばれてますのでもしかしたら聞き及んでいるかもしれませんがライラといいます」

「こっちこそ、もう聞いてるだろうけど希望栄光、呼びやすいようにどうぞ」

「ではみっちゃんで」

「やっぱ普通に呼んでください」

「残念です」

 人をからかうように微笑むライラ。

「ふふ、ごめんなさい、気に障ったかしら?」

「いや、別にいいけどさ…………」

「あら、みっちゃんで良いと?」

「そっちじゃない」

 ライラがペロッと舌先を出してウィンクする、見た目に反して以外にお茶目だな。

 大人の女性という煌びやかな印象は一転した。

「まぁ、それはそれとして、貴方のお話を聞かせてもらえますか?」

「俺?」

「はい、個人的に興味があるので」

「いいけど……何が聞きたいんだ?」

「そうですねぇ……では――」

 ライラが尋ねて来たことは元の世界での俺の生活や環境。

 人の関係や人の生きていく姿、どれだけの人が生きているのか、どれだけの人が暮らし関係を持っているのか、そういった人に関する事を多く聞かれた。

 話をしている最中のライラは終始笑顔のまま聞いていたがどこか羨ましそうな視線とも受け取れた。

「ふぅ……お話ありがとうございます、栄光さん」

「いや、俺の話でよかったのか? 大分わからないことだらけだと思うんだが」

 話した内容は大概自分と自分のいた元の世界の話、この世界の住人であるライラにとって栄光の話は夢物語のようなもの。

「いいんですよ、…………ではお話のお礼に一つ、こちらからもお話というのはどうでしょうか」

「そりゃぁ、是非とも」

「それでは…………あぁ! 美しい、そして哀しい話をしましょう!」

 突如ライラは立ち上がり舞台役者のように腕を振り上げ高らかに語りだす。

「普通にできない?」

「テンションの関係で難しいです」

「そうか…………うん、なら続けてどうぞ」

「では! 続けさせていただきます!」

(すごく楽しそうだなぁ……)

『むかーしむかし、ある山脈に山の神様がいました、まぁそれは神様とかではなくてただの竜だったんですけれども……とにかく竜が住んでいました、竜は山の麓に住む人々を見下ろしては人々の笑顔を糧に生きていたのです』

「聞き様によっては悪霊だな……」

 笑顔を糧に、つまり人の喜の感情を食らっていると聞き取ればそれは祟り神か悪霊か、どちらにしても良いものではなさそうだ。

 頭の中でイメージした画が悪竜へと変更される。

「…………良い方でお願いします」

「あ、すまん、つい口を挟んじまって」

 急いでイメージを良い方向へと修正する。

『オホン…………竜は人々の幸せな生活を見守っていたのです、しかしある時竜が見守る村で疫病が流行ってしまったのです、人々からは笑顔が消え、数を減らしました。 竜は悲しみました、けれどどうすることもできません、あぁなんたることや……』

「雰囲気出てたのに最後で消えたよ……」

「…………最後のは無かった方がよかったです?」

「だなぁ、変に演出入れるよりそのままの方が雰囲気が出るときもある」

「参考にしましょう」

 どこからか取り出したメモ帳にライラが何やら書き留めている。

『やがて竜が見守る村からは人は消えました、竜は孤独になり人を求めて他の村へ、しかし竜は人から迫害されました、竜の知らぬところで災いの悪竜だと人々に噂されてしまったからです、竜は人から離れ、やがてどこかへ消えてしまいました。 けれど竜は今もどこかで人々を見守っていることでしょう、たとえ見えなくとも』

 語り終えたライラはペコリとおじぎをした、栄光は静かに拍手する。

「とまぁ、身の上話なのですが」

「あぁ、そんな感じはしてたけどやっぱりか」

「なんと、バレていましたか」

「竜が主観の話だからな、人が作った話なら人間が主観になるんじゃないか?」

「そうですか? 人の書く物語は今のような感じでしたが」

「途中までは、最後の部分が今の自分を言っているような感じだったから……まぁ結局は受け取り様だな」

 誰がどう受け取るかで物語りは良くも悪くも常に変化する。

 それを思うように受け取らせるのも物語を書く者の技術だ。

「それで、身の上話ってワケらしいがどうして俺に?」

「あら、自分を知って貰うことで相手と親しくなるというのは常套手段では?」

「そうだが……ってことは竜なのか」

「えぇ、しがない竜でございます」

 そうライラは言うが今の姿はどう見ても人の姿、戦士百人の価値を持つ鱗も嵐を起こす翼も岩を砕く爪も牙も見当たらない。

「……その姿なら普通に人に溶け込めるんじゃないか?」

 魔族にとって人の姿を取るのは趣味であるとリアは言っていた、ならばライラも趣味か、または何か理由があるのか、どちらかは知らないが姿を変えれるのだろう。

「人と魔族はすぐに見分けられてしまいます、そして我が身は竜、畏怖されるのが常で溶け込むなど遠き夢です」

 静かに哀しげな表情でそうライラは語る。

「ですがいずれは人と共に生きてみたい、たとえどれほどの時が経とうとも、いつかきっと、だって私は人が大好きだから」

「畏怖されし存在、か」

 物語において竜というのは基本的に絶対悪、倒されるべき存在だ。

 ジークフリートの伝説やヨハネの黙示録など竜は災いとして描かれる。

 逆に例外とするならアーサー王伝説、アーサー王伝説での竜は守護神として書かれている。

「えぇ、私が竜だと知られれば人は皆避けていきます、竜というのを隠してもいずれは見付かってしまい、結果は同じです」

「だろうなぁ」

「ですがみっちゃん、貴方なら大丈夫、そう思ったのですが……怖いですか?」

「割と話すの上手いだろ、みっちゃんはやめてくれって」

 こうして話の途中で茶化してくるのもカミングアウトした内容を薄めるようにしているんだと栄光は思う。

「ま、俺の住んでた国じゃ竜も悪魔も全部ひっくるめて美少女化して愛でる国だ、今の貴方が綺麗な人の姿で仲良くしたいっていうならその国に住んでいた俺としては大歓迎だ」

 ポルノに見境の無いJAPANが織り成す博愛主義。

 但し美少女及び美女、又はイケメンに限る。

「みっちゃんのいた世界というのは本当に羨ましいわ、叶うことなら是非行ってみたい」

「おう、みっちゃん言うのやめなされ」

「いやです♪」

 はぁ、と栄光の口からため息が漏れる。

「じゃぁこっちもらっちゃんでいくぞ」

「まぁ、渾名をつけてくださるのね」

 栄光の反撃は全く効果が現れなかった。

「語呂が悪いから無しで」

「では別の名を?」

「普通に呼ぶよ」

「名前を呼んでくれるなんて嬉しいわ」

 少しさめてしまったお茶を栄光はくいっとカップを傾けて飲み干す。

「お代わり、いりますか?」

「いただくよ」

 コポポポポと栄光のカップにお茶が注がれる。

 その後にライラは自分の分もカップへと注いでいく。

「そういえば、今日リアとどこかへ行ったみたいだがどこへ?」

 そう聞くとライラは注いだばかりのお茶を少し飲んでから口を開く。

「この世界の人が、魔族とは良い関係ではないとは聞いてますか?」

「あぁ、リアから聞いた」

「この世界の人々は度々領土を越えて、魔族を虐げて土地を拡大させようとします、今この城にいるクラナとシェムはこの魔族領土を分けて統括しています」

 王がいれど王とて自身の領土全てをいつも見るには広すぎる、つまり昔の日本でいう大名と例えれば簡単に認識できるだろうか。

「今日この城に赴いたのも領土を越えてきた人間たちを追い返すために魔王様の手をお借りに着たんです」

「ライラも竜なら追い返すくらいはできるんじゃないか?」

「…………私は人が好きです、できるなら傷付けたくはありません、私自身が追い返すこともできます、竜の姿を見せれば怯え逃げ帰ることもありますでしょう、ですが竜の力というのは不便でして…………加減ができません」

「つまり……殺してしまうと」

「はい、ですから魔王様のお力をお借りしてます」

 リアであっても近付けば魔力を持つ人間、この世界の人間なら死に絶える、しかしそのことは人間に知られているのだろう、知っているならリアが現れたら人は大人しく逃げるしかない、倒そうにも近付けば死んでしまうから。

「私も今の身は魔族と共に有る身、魔族を守るのが仕事です、それでも私は人に希望を持ちたい、そう信じています」

「まぁ信じるのはいいが信じて受けているだけじゃいつか身を滅ぼすぜ」

「えぇ、私は人を知っていますから、暴虐に耐えるだけでは変わらぬことも、自身の優先順位は心得ています」

「なら、あとは信じて待つのみだな、何もどうすることはできない」

「はい」

 ライラは人が好きで、でも今ある身を弁えている。

 故に天秤の傾きは常に魔族へと傾いている、だから最悪の事態において彼女が判断を誤ることはないだろう。

「……少し話が長くなりましたね、夜遅くまでありがとうございます、みっちゃん」

「確かにそろそろ眠くなってきたな……」

「あら、もう反応していただけないんですか?」

「構って欲しいだけだろ?」

「正解です」

 時間を忘れて話し込んだ後に時間を思い出すと急に眠気に襲われる。

 ふぁあ……と欠伸が漏れてしまうほどに。

「部屋まで付き添いましょう、なんなら一緒に寝ますか?」

「そういうのはもっと親しくなってからだな」

「ほう、もっと親しくなれば一緒に寝ていただけると」

「なったら、な」

 この人……この竜は本当に人が好きなようだ、きっと人の汚いところも見てきたんだろう、それでも人が好きだというのだから筋金入りだ。

「こちらです、お手をお借りしますね」

 そっと手を握られる、遠慮しようとしたが急な睡魔に足元がおぼつかない。

 何とか意識だけは保とうと目を見開いて必死に耐える。

「あぁ……」

 やわらかく暖かい手が栄光の右手を包み込む、まるで崩れやすい砂でできた城を持つかのように優しい手だ。

 ライラは人間ではないというが差異を感じ取る事は出来ない。

 手の温もり、優しい心、肌の柔らかさ、どれをとっても異種族とは思えない。

 たとえその姿が仮初であったとしても人間と何ら変わらないと思える。

 ライラだけではない、この城で出会ったリアやヴェルドロッド、シロとクロやシェムと呼ばれる男、クラナにミルゼンも、中にはちょっと怪しい者もいるが殆どが栄光にとって人との差異が感じ取れるほどではなかった。

何故この世界の人間は彼らに歩み寄れないのだろうか。

 つい最近やってきた栄光が過去のことを知る由も無いが、それでも互いに共存は可能ではないのか?

 それほどまでに人は魔族を憎んでいるのだろうか。

 それほどまでに人が魔族を憎む事になる事体があったのだろうか?

 睡魔に襲われる頭で思考を巡らせる。

 明日はそのことについて聞いてみようかと候補として記憶する。

 目を擦りやっと部屋につくとライラと別れた。

 そのままベッドの元へとふらふらとした足取りで歩み寄って倒れる。

 今頃になって今日の疲れがどっと押し寄せる。

 瞼がどんどん重くなっていく、ベッドは少し硬いがそんなことを気に留める間もなく深い眠りへと落ちていった。

 頭の中で、コロコロ、コロコロと白い六面ダイスが転がり続ける。

 止まることなくころころと……。

         ◇


 日の光が差し込むように窓が開けられた聖堂に一人の老人と若い三人の男女が立っている。

 老人と三人の青年は向かい合っており、老人の手には銀に輝く三つの球が握られていていた。

「大司教、それが例の?」

 長いマントで身を覆いトンガリ帽子から金色の髪が流れるように飛び出ている、目は目隠し布で覆われている女性が老人の持つ銀色の球について聞いた。

「うむ、魔を打ち払う神聖な宝具、悪しき魔を滅するためのものだ」

「で、それはどれくらい使えるんだ爺ィ」

「言葉に気をつけなさい」

 黒いスーツを身に纏った男の言葉遣いに対しトンガリ帽子の女は注意を促す。

「あァ? 誰に舐めた口聞いてンのかわかってるのかよ目無し」

「貴方以外にいるの? それに私は貴方より見えているから」

 一触即発の空気がその場に張り詰められる。

「まぁまぁ、二人とも仲間なんだから喧嘩しないでください」

「すッ込んでろガキ」

「貴方は下がっててください」

 二人の口喧嘩の仲裁に入った背の低い男は二人に簡単に撥ね退けられてしまう。

「全くお前たちはチームワークがないのか」

 老人が呆れ切った表情でため息をつく。

「昨日今日で組んで仲良しこよしなンざできるわけねェだろ」

「この男は信用できない」

「はぁ…………まぁいい、話を続けるぞ、この球は起動すれば一帯の魔力を吹き飛ばす、魔族の持つ魔力全てとはいかんが肉体活動にも魔力を活用している奴らには効果絶大だ」

「そりゃァイイな、だが使った俺たちも喰らったりしねェよな」

「起動者の魔力を感知して起動する、そしてこれは起動した者の魔力には反応しない、故に使った者に影響は出ぬ」

「起動方法は?」

「魔力を込めて唱えればいい、但しこいつ範囲も効果時間も知れておる、再使用に時間がかかる故使うタイミングには気をつけろ」

「よく考えて使わないといけないってことですね……」

 スーツの男、トンガリ帽子の女、背の低い男達は老人の持つ宝具の詳細を聞いて思考する、これをどう扱うのか、どう戦略に組み込むのか。

「うむ、だが今の魔法学とある者のおかげによって完成した宝具だ」

「ある者?」

 トンガリ帽子の女が尋ねる。

「我らの神、魔族から人の世界を取り戻した者――」

 老人がそう呟くと聖堂の奥、巨大な十字架が立てられたその奥。

 カシャンカシャンと重厚な鎧の擦れる音と共に、一人の男が十字架の裏から姿を現す。

「今この時、魔族を今一度討つ為我等の呼びかけに応じてくださった」

 老人の背後から真っ白な鎧に聖剣を携えた好青年が現れる。

「勇者王、人々を救うため今一度この世に戻った」

 凜と聖堂内に響き渡る綺麗な声、あまりにも澄み渡る声に三人は喋る事を止める。

「さぁ――」

 勇者王と名乗る男が剣をスラリと抜く。

「剣を取れ、今一度人の世界を人の手に」


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