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第二章_異世界の過ごし方_その1

◇第二章◇異世界の過ごし方◇


 花びらの舞う道を抜けるとその先にヴェルドロッドが立っていた。

「どこに行っておったのだ」

「アンタが案内放棄するから一人で歩いてたよ」

 そう言ってやるとうぐっ、と図星を刺されたようにうろたえた。

「ォオホン、では何か見て回りたい所はあるか」

「楽しそうな所は多分大方見回ったと思うし……そうだ」

 ずっと歩き回っていたが一つまだ見てなかった物があった。

「外が見える場所に行きたい」

 この世界にきて大分時間がたったが空というものを見ていなかった。

 そもそも時間すら忘れていた。

 ここに来た時、元の世界では夜中の八時を越えていたのだ。

 そういえば今は何時なんだろうか? 自分の携帯を取り出そうとするが。

(そういや荷物は全部リアの部屋だったな)

 置いてきた事をすっかり忘れていた。

「外ならこっちだ、荷物を貸せ、部屋に置いてきてやる」

 ヴェルドロッドに持っていた籠を渡し後に続くとやがて階段を登り風が通っていく。

 階段を登りきると外に出た。

 出た所で見えたのは城、中世の石造りの城で大きさ的には夢の国にあるシンデレラ城くらいに感じる。

 城の外はだだっ広い平原が続いていて地平線の向こうに太陽が沈みかけていた。

 爽やかな風が栄光の肌をすり抜けていく。

 空を見上げると望遠鏡で見たような月が浮かんでいる。

「今にも落ちてきそうだな」

 そう思えるほど月が近くに感じた。

「そんなことはない」

 ヴェルドロッドが否定する。

「ワシが生まれてこの方ずっとだ、落ちるならとっくの昔に落ちておる」

 自称二千歳が言うと妙に納得が行った。

 風に打たれ、落ちる夕日の光を浴びる。

 ここが異世界なんだと、知らない世界に来たのだと改めて認識する。

「ヴェルドロッドはさ」

「何だ」

「人間は好きか?」

 ふと、そんな言葉を口にしていた。

「…………どうかな、ワシは初代の頃から生きておる、未だに忘れぬ初代の言葉にしがらみがあるのかもしれん」

「好きってことか?」

「さぁな」

 ヴェルドロッドは夕日を前に黄昏る。

「ただ、見果てぬ夢として人と魔族、光と闇が混ざるのを未だ夢見てるのかもしれん」

「光と闇が混ざる……?」

 どこか聞いた事のある言葉、アレは確か…………。

「主が帰ってきた」

 そうヴェルドロッドが呟き北の方角を見る、遠くに黒い点のようなものが二つ見えた。

「俺には見えないな……」

「だろうな」

 どうやら常人の視力じゃまだ見えない距離のようだ。

 黒い点を見つめながらしばし待つとやがて人の形がわかってくる。

「ホント翼とかいらねぇんだな」

「飛行魔法だ、自身にかかる重力を魔力で操作して飛行する……説明はいらなかったか?」

「いや、解説はありがたい、といっても使えるわけじゃないけど」

 使えたらいいのになと思うが魔力が無いんじゃ仕方ない。

「魔力があったとしても扱うのは難しいがな、高速飛行から自由落下の緩和、全て個別の魔法から使用しなければならん、下手に使うと落ちる」

「世の中都合は良くないのね」

 そうこうしてる間に二つの影、リアとライラと呼ばれていた女性が降り立とうとしている。

 リアは少し離れた所に降り立とうしていたので近くに歩み寄る。

「戻りましたヴェル、それに栄光さ――」

 リアが言い終えようとする瞬間、バランスを崩したかのように体勢が崩れ落下しようとする。

「っとっと……ッとぉぉぉ!!」

 慌ててリアの元へ走りよって、ボスッ、と両手で受け止める。

「おいおい大丈夫か?」

「えぇ、ありがとうございます、少しバランスを崩してしまいました」

 両手でリアを受け止めた時自然とお姫様抱っこという膝と背中に手を回した状態になっていた。

 きゅっと服の裾を掴みながら笑顔で微笑む。

 そっと降ろそうとすると…………。

「あ、あの、できればこのまま部屋まで送っていただけないでしょうか…………」

「へ?」

「い、嫌ならいいんです、降ります」

「別にいいけど…………」

 幸いにして重量を感じるほど重くは無かった。

「あらあら」

 ライラが離れたところでヴェルドロッドにヘッドロックをかましながら微笑ましそうに笑う。

「…………いいのか?」

 一応ライラと呼ばれていた女性に聞いてみる。

「どうぞどうぞ、コレのことは御気になさらずに」

「キサッ…………離っ…………」

 先ほどより強くヘッドロックが決まっているのがわかる。

「じゃ、じゃぁ」

 リアを抱えたまま階段を下りてリアの部屋へと向かう。


         ◇


 部屋に到着し静かにリアを下ろすとなぜか物惜しげな表情をした。

 正直女の子ってこんなに良い香りがするんだとかかなり危ない思想が頭の中ではびこっていたので理性的に危なかった。

「すいません、我侭を聞いてもらって」

「いや、いいけどさ、理由聞いてもいいの?」

 そう聞くと顔を背けて手を口に当てたまま黙り込んでしまう。

「その…………少し憧れてたと言いますか…………えぇ、言わないといけませんか?」

「つまり落ちたのもわざと」

「っ!?」

 ビクンと体を跳ね上がらせて顔を赤くする、どうやら図星らしい。

「えっと……その、はい…………ごめんなさい」

「いや謝る必要はないよ、そういう憧れくらい持っててもおかしくないさ」

「そ、そうですか?」

 リアと栄光の身長差で目を合わせると自然にリアは上目遣いになる。

 これがまた目を合わせるのが辛いほどの破壊力。

「どうかしましたか……?」

「いや、何でもない、大丈夫」

 雑念を流しさらっと空気を入れ替える。

「そうですか」

「うん」

「………………」

「………………」

 しまった、話題が尽きてしまった。

 リアはリアで何とか話題を作ろうとおろおろしている。

「そ、そういえば着替えました?」

「あぁ、ちょっと汚れちゃってな、クラナに服を借りたんだ」

「そ、そうですか、クラナに借りたんですか」

「………………」

「………………」

(会話が止まったッーー!)

 仕方ない、ここは栄光が会話を繋げるしかない。

「とりあえずアレだな、帰る方法を探したい、何か本とかないのか?」

「そ、そうですね! でしたらこちらです」

 そう言ってリアが歩み寄ったのは栄光が初めてこの部屋に来たとき本を手に取った本棚だった、本棚自体はそれほど大きくなくて栄光と同じくらいの高さに幅は栄光二人分程度の大きさだ。

「これで全部?」

「はい」

 少ない、というのが率直な感想だ。

 実際もっとあるものだと栄光は思っていた。

「その、ですね、文官というんでしたっけ、そういう者は魔族には中々いなくて……」

「記録自体はあまり無いのか……」

 魔族だからこそここまで続いたのだろう、これが人間の国なら存続はおかしいレベルかもしれない。

 これでは手がかりというものは期待できそうに無い。

「すいません……」

「いや、リアが謝ることじゃないさ、というか悪くないことまで謝ることはないよ」

「そうですね、はい」

 謝ることが多いのはどこか日本人と通ずるところがありそうだ。

 だがリアにとってそういうわけではないだろう、ただ、ただ栄光に嫌われたくないだけだ、その為にできるだけ下手に出ようとしている。

(だからと言って気に負うなって言っても逆効果だろうしなぁ)

 となるとここはこちらが気を使うしかあるまい。

「そうだ、リア達ってさ、食べるものって同じ……だよねアイス食べてたし」

「はい、基本的には同じですが人ほど食べる必要は無いですね」

「そっか、じゃぁいけるんだな、なら飯にしよう、うん」

「えっ?」

 世界共通、飯の時間というのは癒しの時間だ。

「では私が――」

「いや、俺が用意しよう、俺の世界の料理を見せてやる……!!」

 食材ならば持ち合わせていた袋に入っている、ついでに調味料も万全の状態だ。

 そうとなれば冷蔵室へ駆け出す、必要な食材を取り出した後すぐに戻ってきた。

「コンロ……は無いよな、火とかってどこだ?」

「でしたらそちらの……えっと魔力が無いと火が……」

「………………」

 なんと不条理なことか。

「手伝います、よ」

「うん、ごめんね」

「ふふ、いいですよ」

 アクシデントはあったがリアが上機嫌なので良しとしよう。

 コンロのようなくぼみにリアが手をかざすとボッと火が噴出す。

 鍋に水と出汁の元を入れて煮立つのを待つ、煮えたら味噌を溶かし豆腐とワカメを投入、日本伝統のお手軽料理味噌汁の出来上がりだ。

 卵を溶いてそこに砂糖と牛乳を少し混ぜる、熱したフライパンに混ぜた卵をぶち込む、流石に四角いフライパンはなかったので卵焼きは諦めてオムレツにした。

 最後に捌き済みの鰤に塩を塗りこんで塩焼きに、三品もできれば十分だろう。

「完成だァ!!」

 終始火だけを操作していたリアも驚きを見せている。

「こんなに簡単に作れるものなんですか……?」

「おうとも、お手軽が売りの日本食だぜぇ! 魚は捌くのに練習はいるが」

 だが重要な見落としを、重大なミスを栄光は犯していた。

「……………………」

 それに気付いた栄光が固まる。

「ど、どうかされました……?」

「――を…………」

「栄光?」

「米を忘れていた…………」

 まるで奈落の底に落とされるような感覚。

 こんなことならばレトルトご飯も買っておけばよかったのだ。

(代用する? 何で? パンは論外だぞ! パンと魚と味噌汁と卵焼きなんざミスマッチ過ぎる!! だからといって米抜きの和食等……!! なんたる不覚ッ!!)

「あ、あのぉ……栄光、どうしたんですか……」

「すまねぇ……すまねぇ……俺はとんでもねぇ失敗を……」

「えっと、大丈夫ですよ! とっても美味しそうじゃないですか」

「違う……違うんだ……足りないんだ……」

「何が足りないんです?」

「米が…………米が足りない…………」

「米……?」

 希望が絶たれた、この世界に米は無かったのだ…………。

 膝からガクリと崩れ落ち両手を地面につけた。

「あの……冷めちゃいますよ?」

「あ、あぁ…………」

 食と娯楽の追及は日本人の拘り、譲れない……譲れないんだ……。

「あの…………」

 ハッ、と栄光は気付く、やってしまったと。

 負の感情がリアに伝播してしまった、これでは本末転倒だ。

「いやっ、うん、大丈夫だ!! なっ!」

「本当ですか?」

「本当だとも! 飯にしよう!」

「はいっ」

 何とか持ち直した、卓上に作った料理を並べて二人座る。

 なんとか割り箸は入ってあったのでそれを使うことにする。

「栄光、なんですかそれは?」

「割り箸、使ってみるか?」

「えぇ、…………どうやって使うんです?」

「人差し指と中指と薬指の間に挟んで親指で蓋をする、そしたらこうやって動かす」

「こ、こうですか?」

 実演含めて教えるがやはり使い慣れていない者にはかなり難しいようだ。

「…………難しいですね」

「無理はしなくていいぞ?」

 箸でオムレツを摘む栄光に対し刺してしまうリア。

「うぐぐ」

 悪戦苦闘しながらもオムレツを口に運び味を噛み締める。

「…………美味しいです……!!」

 次に焼き魚に手を出す、塩が程よく染み込み表面に焼けた塩がパリっと割れる。

 魚としては比較的食べやすく骨も無い背の部分、一口サイズにちぎってこれもまた口の中へと運ぶ。

「…………美味しいです!!」

 リアは普段どんな食生活なのだろうか、自炊する身としては少し心配である。

 次に味噌汁の入った椀を両手で持って啜る、途中豆腐やワカメが口の中へ侵入する。

 ズズズ、ズー、啜る音が長く続く、ぷはっと椀を置いたときにはもう中身は無かった。

「不思議な味です……どれも初めてです……」

「そうだろ?」

 ただここに米が、米があればと本当に後悔する。

 リアの食事の様子を見守っていたがどうやら安心の行く結果だったので栄光も食べ始める、いつもと同じ味付け、栄光が自炊する時と同じ味。

 だけども今食べるご飯は普段よりも美味しく感じる。

「うん、美味い」

「えぇ、ありがとうございます栄光」

 ちゃんと箸を置いてから頭を下げるリア。

「こちらこそ、美味しく食ってくれてどうも」

 二人談笑しながら食卓を囲む、そういえば栄光にとっても久しぶりであった。

 他人と一緒にとる食事という事は一人暮らしを始めて以来なかったのだから。


         ◇


 食事を終え、後片付けを終えた頃。

「それでは、栄光の部屋はヴェルが案内してくれると思います」

 寝巻きに着替えたリアが外にいるであろうヴェルドロッドの方に向かって言葉を投げる。

「あの爺さん嫉妬しまくって外にやらないだろうな」

「そんなことしたら本気で嫌いますのでご安心を」

 ということで身の安全は確保した。

「魔族も睡眠は取るんだな」

「睡眠は取らなくても活動できますけどやっぱり疲れは蓄積しますので、毎日睡眠をとるのが適度に疲労がとれていいんです」

「そこまで無敵ってワケじゃないのか」

「えぇ、人も魔族も変わりませんよ」

 人も魔族も同じ生物である、そこに差はあれど根本は同じなのだろう。

「それじゃ、おやすみリア」

「えぇ、おやすみなさい…………」

 そう言って栄光が部屋を後にしようとすると裾を引っ張られる。

「どうした?」

「栄光、今日のことは夢ではないのですよね」

「夢でも見てるような気分だったけどな」

 異世界に飛ばされるなんて現実では考えれなかったことだ。

 栄光にとってまさに夢のような出来事。

 だがそれはリアにとっても当てはまる事。

「一緒にお話をして、料理して、ご飯を食べて……本当に幸せな時間でした、これは夢なのではないかと何度も思いました、今こうしている時だって眠った後目が覚めたら夢で貴方はいないのかと思うと少し怖いです」

 栄光の背後で震えるような声でゆっくりと言葉を吐き出している。

 この娘は、リアは幼すぎる。

 幼く、純粋で、しかしどこか怯えている。

 孤独を招きよせる力を持ちながら、孤独を嫌い誰かとの繋がりを求めている。

 今彼女にとって栄光とは拠り所になっている。

「夢じゃないさ、今ここにいるのは現実、たとえそれが受け入れがたい現象によるものだとしても俺はここにいる、君の傍にいるよ」

「そう、ですね、ありがとう」

 裾を引っ張る力はなくなり背後の気配が離れていく。

 惚れた男の弱み、とはよく言ったものだと栄光は思う。

(男はチョロイよな、ちょっと泣かれるだけでコロッと落ちちまう)

 栄光は喋らず、静かに部屋を後にする。

「お待ちしておりました」

 部屋を出た栄光に話しかけてきたのはアオザイを纏った女性、ライラだった。


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