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第一章_異世界ロール_その3

         ◇


 結果的にクラナが申し込んできた将棋は栄光の知る将棋そのままだった。

 歩兵の動きから成りのルールまで全く同じだった。

 ただ勝負の内容としては接戦したと思うが負けてしまった。

「中々ええ勝負やったよ、久々に頭を使こうたわ」

「どうも、他にやる相手はいないということか?」

「んー、そういう訳やないけど……中々相手してくれるいう相手はおらんなぁ」

 コココと喉を鳴らし楽しそうな笑顔を浮かべる。

「せやからたまに打ちに来てくれると嬉しいやな」

「俺で良ければいいですよ、ただここに来るの難しいんじゃ? 今回も迷い込んだみたいなものだし」

「せやなぁ、ちょいちょい」

 指先でくいくいっと寄るようにと指示する仕草をされる。

 指示に乗り体を寄せるとクラナの手が栄光の両肩を引き寄せる。

 栄光の額にそっと口を付ける、その間栄光の視界は豊満な胸によって塞がれた。

「はい、これでこの城やったら意識して歩くだけでここに繋がるさかい……なんや照れとるんかいな」

「まぁ……あんまり異性と関係を持ったことはないんでね」

「ほんま面白い上にかわええのう、あの娘にふられたら私のとこきてもええで」

「考えておきます……」

 誘いとしては嬉しいがどうもからかわれている気がする。

「ふふ、期待しとくで」

 手を口元にあてながらにこりと笑顔で笑った。

 この世界に来てからどうやら俺のモテ期に火がついたのでは? と疑うほどに気に入られている、正直怖いと思うあたりヘタレなのだろうか……。

「で、ここから出るには?」

「出れへんよ?」

 クラナがすっとぼけた顔でそう答えた。

「………………」

「冗談や冗談、来た道戻たらどこか適当なとこに出る」

「本当だろうな」

「冗談言うても嘘はつかへん」

「なら信じる、ありがとうクラナ」

「こっちこそおおきにな」

 ゆっくり立ち上がって入ってきた廊下へと足を運ぶ。

 そういや適当なところに出ると言っていた、ということは出口はランダムなのだろうか? だったらちょっと運試しといこうか。

 ポケットからダイスを二個取り出した。

 何か選ぶときはダイスは一個だが運試しなら二個にする、そうするとただ高い数字ならそこそこだしゾロ目なら大吉みたいなものだと思っている。

 二つのダイスを放り投げる、カラカラカラカラと音を立てて転がり止る。

 出目は赤い目が二つ、一と一、ファンブルの出目。

「…………振らないほうがよかった気がするな」

 それも最早遅い、出た目は覆らない、ここに留まるのも一つだが。

「ま、それほど悪い事は起きんだろ」

 一回や二回程度のファンブルは差ほど珍しくない。

 暗い廊下へと栄光は進み、暗がりに消えた。

         ◇


「うっ」

 廊下を抜けた瞬間、辺りに生臭い臭いが漂う。

 先程のクラナがいた空間とはうってかわって吐き気を催すほどの臭気。

 今すぐにでも外へ出たいがすでに通った道はは閉じてそこに道はなかった。

「なんだよこりゃ…………」

 まるで下水のような臭気があたりに立ちこんでいる。

 鼻を抑えて歩くが足元はぐちょぐちょにぬかるんでいる。

 壁にかけられた松明だけが辺りを照らす唯一の光源。

 明かりを頼りに壁に右手をつきながら一歩一歩進んでいく。

 少し広ばった空間に出ようとしたとき、近くから聞こえる足音に思わず栄光は足を止める。

 ぱちゃんぱちゃん、ぬかるんだ床を足で歩く音が近づいてくる。

 本能なのか、それとも勘なのかはわからないが恐怖を感じた栄光は身を潜めた。

「悪い子はいねが? 悪い子はいねが?」

『良い子はいねか? 良い子はいねか?』

 重低音の男の声が響いた後に高音の女の声が木霊する。

「贄をよこせ、弱者は贄をよこせ」

『力を示せ、強者は力を示せ』

 声は何かを探すかのように声を発し続ける。

「贄は生娘か、若い肉か、供物なるか」

『絶望か、祈りか、心なるか』

 すぐ近くまで気配が近づく、そっと静かに息を潜めるが時間の問題かもしれない。

 心臓の鼓動がバクバクと音を立てる、冷や汗が首元までたれる。

 すぐそこまであった気配がゆっくりとその場を離れていく。

(気づかれずに済んだか?)

 そう思った矢先――。

「見つけたァァァァァ!!」

『見つけたぁぁぁぁぁ!!』

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 と、思いっきり叫びあがりそうになった。

 実際先に叫んだ者がいなければ叫んでいただろう、幸いにも見つかったのは自分ではなかったのだ。

「あぎゃぎゃぎゃゃ!!」

『アハハハハハハハ!!」

「あっ、ぐぇっ、ごぁっ」

 グチュ、ボキュ、グチャ、ボビュ、様々なグロテスクな音が響き渡る。

 すまん、見知らぬ誰かよ、お前が犠牲になってる間俺は逃げる。

 今のうちに少しでも距離をとろう、声とは逆方向へと体を向けて退却する。

 だが、ぬかるんだ床だと思って踏み出した足が木の枝のようなものを踏む。

 パキッ。

 乾いた音が、その部屋に響き渡った。

「ォォォォ……?」

『誰なるや? 誰なるや?』

 まずいまずいまずいまずい。

 しくじってしまった、いらぬ失敗を犯してしまった。

 相手はこちらに気づいた、どんどんこちらへ近づいてくる。

 走るか? 走って逃げ切れるのか?

 栄光が全力で走りぬいたとしてそれで逃げ切れるのか。

 異世界の魔者相手に人間が速度で勝てるのか?

 シロとクロで思い知った、身体能力で彼らを上回るのは無理だろうと。

 影が近づく、薄暗いこの中でも声の正体がわかるほどに接近された。

 栄光の二倍はあるかと思われる巨体、古びた包帯で全身を覆い右目だけが外気に触れている、おどろべきはその影の背中だろう、背中から女と思われる物が生えているのだ。

 女と思えるのは包帯越しからでる胸のラインと男とは違う長い髪を持っていたからだ、女のほうは左目だけが露出しこちらを睨んでいる。

「ォォォ……?」

『汝………………』

 巨体の動きが栄光の姿を見て止まる。

「シンなるや? シンなりか?」

『ぉぉぉ……我を見つけたもうた……』

 巨体がそう言葉を放ちこちらに腕を伸ばす。

「ッ………………」

 言葉すら出ない威圧の中、栄光は全力で背中を反って避けようとする。

 もうだめかと思った時、ふと後ろに体が倒れる。

「うおっ!?」

 尻餅をついた後思いっきり後ろに引っ張られる。

 巨体は引っ張られる俺を見つめながら、ただ立ち尽くし追ってはこなかった。


         ◇


 しばらく引きずられズボンの尻のあたりがボロボロになったころ。

 栄光を引っ張っていた力は抜け止まる。

「お前死ぬ気か!?」

 そう叫んだ正体、姿を見ると少年だった。

「いや、迷い込んだ感じでさ……とりあえず助けてくれてありがとう」

「構わねぇけど……どうやったらここに迷い込めるんだよ」

 暗がりに松明の明かりで照らされた少年は黒い髪に黒い瞳、平均的な小学生男子といえる姿だった。

「いやぁ……歩いてたら?」

「歩いてるだけじゃぁ隔離されたココにつけねぇよ」

 どうやらここは隔離されているらしい。

「ったく……まぁ運が良かったな、アレはヘルモートって言って魔族の問題児だ、その問題児がお前みたいな人間に何もせず無事だなんて本当に運がいいんだからな?」

「問題児って……友好を持ちたがってるってリアからは聞いたが」

「全部が全部そういうわけじゃないんだよ……特にアイツは理性がブッ飛んでるからそういう思考は一切無い、というかアンタ魔王と面識があるのか?」

「あぁ、まぁ、うん」

「へぇ……人間がねぇ……」

 少年はジロジロと栄光を見定め始めた。

「俺は栄光って言うんだが君は?」

「俺はアレの監視役のミルゼン、俺を殺させて大人しくさせる役さ」

「殺させる……?」

「スライム族は初めてか? 俺はいくらでも分裂できるし殺されても再生できる、だからアレに殺させて興味を引き付けておくのさ」

 そう言うとミルゼンは指先から溶けるように液体化し地面に垂れ落ちる。

 垂れ落ちた液体はもぞもぞと蠢き人の形をしたかと思うとミルゼンそっくりの姿になる。

「ま、少し小さくなっちまうのが欠点だけどな」

『ま、少し小さくなっちまうのが欠点だけどな』

 二人のミルゼンが同時に喋ってステレオ再生された。

「じゃ、行ってらっしゃい」

 先ほど新しくミルゼンとなったほうが手を振ると古いほうは暗闇へと消えていった。

「さて、栄光だっけか、お前どうするんだ」

「戻りてぇけどなぁ……」

「どうやってきたかくらいは覚えてるだろ」

「クラナの所から出たらここだったから……」

「お前クラナ様から通しの許可もらってるんだったらそれ使えよ!!」

「あ、そうか」

 確かクラナはどこからでも繋がると言っていた。

 だとすればクラナの元へ行こうとすれば自然と繋がるのだろう。

「お前運が良いのか悪いのかわからないな」

「自分でもそう思うよ」

 そうミルゼンに言い残し頭の中でクラナの元への道を求める。

 すると暗闇に繋がっていたはずの道から花びらが舞い落ちる。

「二度とくるなよ」

「そうしたいよ」

 ミルゼンなりの思いやりだろう、ありがたく受け取って歩み始める。

 花びらを辿って少し歩くだけでミルゼンの姿は見えなくなった。

 代わりにミルゼンの元へ来る前に見た桜の樹が現れる。

「……ちょっと目を離したら汚れとるなぁ……どないしたんや」

 クラナが苦笑いしながら栄光の状態を見る。

「隔離された場所、だったか、そこに繋がった」

「…………よう無事やったな、まさかそこに繋がるとは思わなんだ」

 クラナにしても予想しえなかった事だったのだろうか。

「すまんなぁ……、服貸そか?」

「あー……お願いします」

 尻のあたりがドロッドロに汚れている。

 流石にこのまま歩き回るのはどうかと思うし自分もこのままなのは少し嫌だ。

「ほなこっちきて」

 そうクラナにつられてこの空間の反対側へと向った。

 反対側は庭園のような風景から打って変わって居住性のある風景に変わる。

 見た目はそのまま和風で障子がいくつも並んだ縁側の前に立つ。

 縁側を登り障子を開いて入るクラナの後を追うが今の状態で入るのを躊躇った。

「気にせんでええよ」

 このままあがると汚してしまうという意識が躊躇わせたがクラナの一言でゆっくりながらも縁側に足をかけて部屋に入る。

「汚れとるほうは籠に入れといて、服は合うかわからへんけどここから好きなの取って行ってええわ」

 クラナが開け放った箪笥にはどれも高価そうな男性用の和服ばかりがある。

 どれもこれも栄光の身の丈に合っているのか不安になるほどだ。

「えーと……着替えるんで外出てもらっていいですかね」

「ん?」

 はて、とクラナがすっとぼける。

「その、恥ずかしいんで」

「わては構わへんよ?」

「俺が構うんです」

 残念や、そう呟いてクラナは外に出た。

 何もかも世話になってる分際で差し出がましいが恥はあまりかきたくないんだ。

 藍染めの服を取り着ると、以外に軽くて涼しい布質だった。

 汚れた服を入れた籠を持って外に出るとクラナが待っていた。

「置いといてくれてええで? 洗って持って行ったるさかい」

「いや、そこまで世話になるわけにはいかないし」

「ここまできたら一緒とちゃうか?」

「最後の一線みたいなものだと思います……」

 ココココと喉を鳴らしてクラナは笑う。

「色々と……ありがとう、クラナ」

「ふふ、構わへんて、君はお気に入りやさかい、いつでも頼ってもええんやで」

「はは、それにしても随分気に入ってくれて嬉しいけれどさ、どうしてそこまで気に入ってくれたのか聞いてもいいか?」

「どう……かの、なんやろうなぁ? 親しみやすいいうんやろか、どこか他人のような樹がせぇへんのや」

 笑顔でそう告げられた。

 思わずドキッとときめきそうになる。

「ふふ、もうちょいやった?」

「少し危なかったな」

「わてもまだまだやなぁ」

 クスッと笑みを零すと背を向けながら手を振ってくれる。

「じゃぁ、また」

「いつでも待ってるよ」

 栄光は花びらが流れる廊下へと足を踏み入れ城のどこかへと消える。


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