第一章_異世界ロール_その2
◇
この世界は元の世界と違い一つの海と一つの大陸で構成されている。
グライツ、それが世界の名前であり大陸の名前だ。
現在このグライツで国と呼べる人間の所在地は全部で四つ。
大陸の形は……食パンの袋を閉じる時に用いるクリップのようなものがあるだろう、アレに酷似していた、意識して気付いたがアレにも名称があったという話を聞いたが難だっただろうか……おっと脱線してしまった。
四つの国に加えて魔族の領が一つ、合計で五つに大陸を割る事が出来る。
南西に位置するのが今いる魔族領、領土的には一番広い国土を持つ。
魔族領から北西に面している国がインペリア、三番目の領土を持ち神を崇める宗教国家だそうだ、さらに魔族領から北東に面しているのがアルケイディア、人間の国で最大の国土と軍事力を持つ、北東端に位置する国はエルジアント、国土は最小で特に何かをやっている国かというのは知られていない、だが初代魔王を倒した勇者の出身地だという情報だけが残っているそうだ。
有体に言ってしまえば観光地化しているんだろう。
最後に魔族領から海を挟んで対岸に位置するウラノスト、商業国家で常に中立を持つ国で魔族人間両方と取引しているそうだ。
以上が城内の各部を案内されながら説明されたこの世界についてである。
最初に案内してもらったのは冷蔵室、元の世界から持ち込んだ食材や調味料をを保管したいのでそういう場所はないかと言って案内された所だ。
そこには勿論冷蔵庫とかいうモノはなくただの食料庫だった。
一つ違うとすればそこには雪女のような魔族がいたこと。
白いワンピースを着た水色の髪の少女の外見で挨拶をすると手を握って返された。
握られた手は予想外にも普通だった、多少冷たさは感じたが殆ど変わらないだろう。
何といるだけで室温が下がるというので普段は山の中腹以上で生活しなければ他の生物に疎まれ襲われるという、ここで安全を確保する代わりに冷蔵役として協力関係にあるそうだ。
「ちなみに、普通に人間に求愛してくるが断れよ」
「どうして?」
「死ぬ、凍えて死ぬ」
「なるほど」
どうやら知識的に雪女と同視しても問題無いようだ。
常温保存する調味料以外を置かせてもらって冷蔵室を後にする。
そして今、冷蔵室を出てすぐの廊下で驚きのものを発見する。
「ル……ルンバだと……?」
「む、知っておるのか」
ルンバとは元の世界でもお掃除ロボットとして存在する。
円盤状のフォルムでブラシを回転させて部屋を自動で掃除する。
最近では購入者を登録し家の形状を記憶して汚れのたまりやいところを重点的に掃除するという機能が追加されたとかなんとか。
アパート等は狭いのでそういうものの類は必要無く正直箒一本で事足りる広さなので詳しくは知らない。
しかし今目の前の廊下をゆっくりと移動している円盤状の物はどう見てもルンバだ。
見た目は亀の甲羅のような質感だが形状、そして地面をブラシのようなもので擦りながら移動している様はどう見てもルンバにしか見えない。
「え、知ってるのかって?」
「ルンバじゃよ、今言っただろうに」
「え、あれルンバなの」
「うむ、そういう名称だ、主食が埃やゴミという変わった生態をしていてな、アレがいる住居は清潔が保たれる」
「あ、そう…………」
意外と元世界とこっちはあまり変わらないのかもしれない。
「さて、何か見て回りたい物はあるかね」
「それじゃぁ……ファンタジーならお約束の魔法、そういうのが見れるとこ」
折角ファンタジー世界に来たのだ、どうせなら見ておきたいと思う。
「ふむ……なら奴に任せよう」
「奴?」
「気に入らん奴だが魔法に関してはエキスパートがいるんでな、そいつに聞くのがよかろう」
憎らしそうにそう語るヴェルドロッド。
顔に『認めたくない』と出ているくらいに。
「そんなに嫌いなんだ……」
「お前もわかる、わかる」
額に手を当てて溜息をついていた。
◇
「やーん、くすぐったいよぉ」
「あーシロだけずるいー」
「ハハハハハハ!! 心配するな順番だ順番」
バーのようなカウンターとその前にソファと机がセットされ照明が明るすぎず室内を照らす、案内された部屋に入るとソファに座る三人を見つける。
猫耳を生やした白い髪の女性、同じく猫耳の黒い髪の女性が一人の男を挟んでソファに座っていた。
中央に座る男が女性二人の肩にうでを回して抱き寄せていた。
その光景を見ているだけでなんだか……。
「イラっとするな」
「だろ」
ヴェルドロッドとぴったりと意見が一致する。
「あぁ? 爺じゃん、そっちのガキ誰よ」
椅子に座ったまま顔だけをこちらに向けた男、茶髪を程ほどに伸ばし目つきの悪い表情だが顔が整っていてホストのような雰囲気だ。
「誰が爺だ色魔、朝から飲みやがって、その酒自前じゃねぇだろ後で請求するぞ」
「んだと爺……テメェが御執心の魔王の行動を逐一記録してるの知ってんぞ、バラすぞ」
「なに、ここで貴様を五回ほど殴ればばれぬよ」
「やっぱやってたのか爺!!」
目にも留まらぬ速度で互いにぶつかり合う、ぶつかり合う度に衝撃が風となって何度も飛び交う。
目の前で壮大な喧嘩が始まる、理由はすごくくだらないが。
「まーた始まった」
「あの二人出会ったらいつもこうだよねぇ」
いつの間にか栄光の背後に避難した猫耳の二人。
「で、こっちのかわいい子は誰かなぁ?」
「ヴェル爺が連れてたからお客さん?」
「一応お客扱いな俺です、希望栄光って言います」
ふりむいて軽く名乗ると背後から見たのと違い二人の女性は結構高身長だった事に内心驚いた。
「人間さんかな? 私はクロ、こっちはシロ、まぁ髪の毛の色で見分けれるかな」
「めっずらしいねぇ、今時人間は剣持って襲ってくるのしかいないから大変だよぉ」
「ははは……、二人は姉妹なのか?」
外見的特長は髪の色を除いて大差がない、胸も豊満でスタイルが良いので少し戸惑う。
「うん、クロとシロは双子だよ」
「シロがお姉さんなのだぁ」
クロと名乗る女性は少しクールに、シロは少しふわふわした印象を持った。
外見以外の判別となるとシロは語尾を延ばすのが口癖なのかもしれない。
「んーそれにしても人間はやわらかいねぇ」
また背後をとられても気づくことができずにそのまま両腕を栄光の肩へと背後から回す、そのまま腕をあげて頬触られる。
「あの、近い、というか当たってる」
第三者から見ると背後から抱きつかれているように見えるだろう。
実際そうなってるわけであるから後頭部にやわらかい感触を感じる。
「照れてるのぉ? かぁわいいぃ」
「シロはそういうの好きよね、まぁ私も好みだけど……」
そろそろ男としての尊厳的に抵抗しておこう、肩に回された腕を振り払おうとする。
(…………………………動かん)
成程、魔族と人間だと人間はペットみたいなものか、今の行動はペットに対する愛情表現とかそういう風なものだろう、流石ファンタジー世界、立場が逆転するとは。
「お二人さんそろそろあの人達止めた方がいいんじゃないでしょうか」
力でだめなら言語で説き伏せる、何も力だけが武器じゃないのだ。
「シェムにぃはダメだし……ヴェル爺も私たちじゃ敵わないから無理かな」
「止めたら止まる二人じゃないしぃ、だったらこっちはこっちで楽しもぉ?」
いかん、不発に終わった、このままでは食われる。
「いやいや、あっちの兄さんと仲良いんでしょ? 他のと仲良くしてたら怒られるんじゃない?」
「別にぃ、シェムにぃも色んな女の子と遊んでるしぃ」
「その事について私たちは文句言わないし言われないよ」
いかん、これはいかんぞ。
シュチュエーション的には男子なら一度は夢見るシュチュエーションだ。
生きているうちにこんな場面に出会うことはほぼないだろう。
だが実際経験してどうだろうか、確かに嬉しくないと言えば嘘になるだろう。
外見も見慣れた猫耳娘となんら変わらない、だから正直嬉しい、超嬉しい。
だが自分の力が届かない相手に抑えられるという行為。
三割ほど嬉しくて五割ほど怖い、残り二割は状況がまだ飲み込めていない。
「緊張しなくていいよぉ」
「ふぉわっ!?」
肩から首筋にかけて舌を這われた、感じたことのない感覚に思わず変な悲鳴が出る。
「何今のぉ」
クスクスとシロが笑う、クロが正面でニヤニヤと笑っている。
「何してるんです……?」
「マーキングかな」
今度はクロが正面から鎖骨の辺りを舐めてくる。
ゾクゾクと背筋が震える、何か目覚めてはいけない性癖に目覚めそうで怖い、本当に怖い
「んー人間でもあなた変な人間? 魔力がない?」
「あぁ、シロもそれ気づいたよぉ」
今それを言われても答えれん!!
「んふ、まぁいいっかぁー、もうちょっといこっかぁ」
腕で頭が固定されて振り向くことができなくなる。
何をされるのかわからず恐怖感が増す、しかし少し期待している自分がいる。
「そ、そろそろ止めてほしいかなぁって」
「遠慮しなくていいのよ?」
遠慮じゃないんです本心なんです。
いや確かに悪くないんですが怖いですこれ、女性が痴漢や強姦に襲われたらこんな感じなのだろうか? 確かに抵抗できない状態でこんなことは怖い。
「あっ、シロ」
「ん」
突如拘束が解かれてひざから崩れ落ちる。
その上を何か物体が凄い勢いで通り過ぎた。
ドッゴォ!! という轟音が背後から響く。
「《輝き走れ閃光 ライザー》!!」
ヴェルドロッドの手元に魔方陣が描かれその中心から光線が放たれる。
「《曲がれよ閃光》」
光線が放たれた先にた男が呟く、すると直線に放たれた光線が男に当たる前に直角に折れ曲がって外れる。
「俺様に魔法なんざ笑えるぞ爺」
「客人への見世物だ、それと羨ましいから止めた」
半分私怨半分善意で助けられたということらしい。
「今のが魔法か……」
目の前で放たれた不可思議な現象、光線の突き抜けた先を見ると天井や壁に綺麗な円状の穴がいくつも開いている。
「ハッ! 相変わらずだな爺!!」
そう言い放った男の背中に幾重にも重なった魔方陣が出現する。
どの魔方陣も同じに見えてどれも違う、複雑に重なりながらも綺麗に見える。
瞬間、魔方陣から光が放たれ、大きく眩い閃光が部屋を包む。
思わず目を閉じるがしばらくしても何か起きた様子はない。
「城を壊す気かバカ者」
「爺ィ…………術式をかき混ぜやがったな」
術式とはなんだろうか、シロにシェムと呼ばれた男の手元には散り散りに細かくなった光の線が漂っている。
「おっ、気になる感じ?」
右隣にクロが生える、比喩じゃなくピョコっと生えるように現れた。
「でもぉ、魔法くらいは知らないわけないよねぇ」
左隣にシロが生える、クロと同様にぴょこっと。
「そうでもないわ、私達はみんな使えるけれど人間は使えない人もいるから、それに私たちもそれほど得意じゃないでしょ、それと同じよ」
「なるほどぉ!」
シロがポンと手をたたき納得した表情になる。
「えーと、じゃぁ教えてくれます?」
また襲われかねないかもしれないが多分逃げれないだろうし聞けることは聞いておこう。
「いいよー、とりあえず魔法ってのは三つから成り立ってるんだよね」
クロがぴょんっと目の前に飛び出て指を三つ立てる。
「計算式と同じだよぉ、魔法陣は計算式でぇ、詠唱も同じぃ、魔力は魔法の源でぇこの三つを組み合わせたのが魔法だよぉ、計算式っていうのはぁ、例えば炎の魔法なら炎をどの方向にどのくらいの出力でどんな風に動かすかとかまぁ色々あるんだよぉ」
「中々複雑なんだな……」
魔法とは数式の塊という事実にあまり驚きは無かった、実のところ魔法がもしあったらどういうものか、というのを考えたときと同じ答えだからだ。
「わかったかなー?」
「あぁ、大体は」
「それはよかったぞぉ」
シロとクロが両手同士を合わせて飛び跳ねる。
「後はまぁ…………いつまで続くんだろうなあの喧嘩」
目の前では未だに暴れる野郎二人、怒号や罵声が飛び交い魔法による攻撃がこれでもかとぶつかり合う。
「これは長引きそう」
「長いときは長いよねぇ」
二人が言うことだろうから長引くのだろう……。
「一人で散策しても大丈夫かな」
「んー、多分大丈夫? 危ないのは多分いないし」
「かなぁ、なんなら私たちが一緒にいこうかぁ? げへへへへ」
シロがそれはもう下品な笑い声をあげる。
「謹んでお断りさせていただきます」
「ざーんねん、フられちゃったぁ」
頭についた猫耳がシュンと下がり落ち込む様子を見せる。
だがここで同行を頼んだら次はないだろう。
「じゃ、一人で行きます、後で伝えておいてください」
「了解―」
そうシロとクロに伝えるとそそくさと早足で逃げる。
背後では未だにドカンドカンと続いているようだ。
◇
ヴェルドロットと分かれた部屋から歩いて数分。
「うーん……」
適当に歩いていれば何かあるかと歩き続けているが何も見つからない。
好奇心を頼りに歩いているが何も無いとなると……。
「もう少し歩いたら戻ってみるか…………ん?」
戻るという発想が出たところでふと違和感を感じる。
先ほどから長い廊下と思っていたがどこか見覚えのある道を繰り返しているようにも思える、同じところを何度も進んでいるようなそんな気がするのだ。
「……………………」
思わず絶句する、新手の攻撃か何かだろうか。
戻るなら今のうち、そう思ったが前に進むの手とも思う、徐にサイコロを取り出す。
迷った時は運に任せる、悩むなんて面倒臭い事を省いてくれる素晴らしい手段だ。
一から三を進むとして四から六は引き返すとしよう。
壁に投げつけるようにしてサイコロを放り投げる、カーンカーンと響き運を示しだす、示しだした目は三だ。
ダイスを回収して運に従い廊下を進んで行く、すると視界にヒラヒラと舞い落ちる物をがチラホラと見え始める。
「なんだこれ」
拾い上げてみるとそれは花びらだった、それも桜。
屋内なのに花びら? そう思っている間にも花びらは舞っている。
不思議に思いながらも歩く足を止めず進む。
進めば進むほど花びらの量は増えていく、すると少し先に空いた空間が広がるのが見える。
花びらの舞う廊下を抜けるとそこは夜だった。
屋内のはずなのに夜空が広がり雪洞が薄く辺りを照らす。
地面には芒が一面に生えていて日本の懐かしい景色を思い出させる。
その空間の中央には巨大な桜の木が一本聳えている。
その桜の木から花びらが舞い、明かりで反射しているのかきらきらと光って綺麗だ。
「おんや珍しいのう、人の子がこの城、それに私の領域に迷い込むなんて」
ふと右隣から声をかけられた。
振り向くとそこには赤い敷物の上に座り夜桜を楽しみながら椀を持つ女性、金色の髪に綺麗な柄模様の着物、その着物を肩から白い肌を見せるように肌蹴させている。
艶かしく色っぽい彼女はこちらを見ると手招いた。
近くによると隣を手でポンポンと叩き座るように促された。
促されるまま横に座るとニコリと笑い桜へと視線を戻した。
「酒はいけるかえ」
「まぁ、強いものでなければ」
今年で二十歳、未満だからセーフだセーフ。
「そうかそうか、じゃぁ一杯いこうか」
そういうと手に持っていたお椀に酒を注ぎ始める、注がれたお椀を手渡されると栄光はゆっくりと飲み干した。
「えぇ飲み口じゃなぁ」
「どうも」
初めて口にしたお酒は少し苦味が薄く少し甘いような味がした。
飲み終えた椀を返すと女性はそのまま酒を注いで飲み始める。
「わてはクラナいうんやけど、そっちは?」
「あぁ、すいません希望栄光です」
「えぇてえぇて」
コココと喉を鳴らして笑うクラナ。
「さて、君は私の主、ローグリアの友人じゃったな」
「いえ、まだそこまでは、ただもう俺の話は回ってるのか?」
「わてもあの娘のことは好きでねぇ、なーんでも知っとるよ」
飲み干した椀を置いて目を閉じながら語り始める。
「あの娘とは仲良うしたってな、寂しがりやいうのに力背負って一人や、君みたいに話し触れ合えるいうんわ本当にいなくてな」
「ヴェルドロットがいれると聞きましたが」
「アレは論外や」
ズバッと即答された。
「アレとシェムは論外、正直言うて近づけとうないな、まぁそれでも一番近くであの娘を見守った輩やけども」
溜息を吐き肩を落とすクラナ。
「どうしてリアは魔王に? 血筋とかか?」
「それもある、けれどそれを望んだのはあの娘や」
クラナの瞳がどこか遠く悲しい記憶を蘇らせるかのようにやさしい目つきになる。
「先代が床に倒れ、あの娘には二人妹がいたんや、その妹たちにも継がせることはできた、でもあの娘はまだ幼い妹達に継がせるのは酷や言うて自分で継いだんや、力の恐ろしさを幼いながら理解しとったええ娘や」
「その、魔王の力ってのは絶対継がないといけないのか?」
「継がなければ消えてしまう、確かに今は争いがないさかいいらんやろうな、でも魔族っちゅうんは根本的に実力社会でな、強い者が法を作る、故に今ある安寧を維持するために抑止力として必要や」
クラナの言うことには賛同できた、元の世界でも戦争が最小限であるように抑止力が幾つかの国が有している、『核爆弾』最も有名な抑止力だろう。
かつて住んでいた国、日本の県二つを丸ごと吹き飛ばした爆弾だ。
これがあるからこそ大規模な戦争が起きない、起こせばどちらもタダでは済まないからだ、だからこそ抑止力として成立する。
だがこの核弾頭が無くなったとしたら? 戦争は大きくなりやがては大陸を滅ぼしかねない戦争へと発展するだろう。
「そして力を継いだあの娘はいつもどおり妹たちと暮らそうとした……けれども」
そこでクラナが言葉を区切る。
区切る理由はある程度察しがついた、今現在リアは魔力を有する生物にとって死を撒き散らす存在、それが魔力を持った存在に近づいたのなら――。
「妹達を死なせてもうてな、魔王の力を制御できてなかった、強大すぎた」
察していた答えが返ってくる。
「その、さ、どういう原理なんだ? 死なせる力っていうのは」
「魔王の力、それは魔力を活性化させる、たとえ微力な魔力でも活性化させることで少ない魔力で強大な力を発せられる、それを無意識下でやるのが魔王の力」
自分の中で簡単なイメージを作り出す、ペットボトルに水を並々と入れた状態を想像する、そして水が入ったペットボトルを凍らせるとどうだろうか、体積が増えてペットボトルは膨れ上がる、ペットボトル自体そこそこの強度があるがもしペットボトルの強度を超えて膨れ上がったらどうなるか、ペットボトルは裂けてしまうだろう。
「力に近づくと魔力を持つ者はその魔力を増幅させる、けれどもその増幅した魔力に身体が耐えれずに死に至るわけや」
だから魔力を持たない希望栄光は死なない。
ゼロに何を掛けてもゼロだから、元々ある力を増やすという動作に対し無いモノを増やすことは出来ない。
「それでも大分制御できてきた、今ではあの娘の部屋くらいが力の範囲や」
それでリアを呼んだ女性は部屋に入ってこなかったのか。
「それじゃぁヴェルドロッドは何故耐えれるんだ?」
「アレはアレで魔者の中でも最年長……ていうのは聞いたかの? 唯一衰退している魔族っていうのは伊達じゃない言うことやろうな」
「唯一衰退って、魔族って寿命が無いのか?」
「あらへんなぁ、というか大概死ぬ言うたら人間に殺されるか自殺か身内に殺されるかやから寿命を全うした者がおらんのよ、もしかしたらあるかもしれないけれど誰も寿命が尽きた者はいない、その前に外的要因で死んでるからの」
その中で唯一衰退に入っている魔族だという、確かリアは二千年を生きていると言っていた。
「初代の魔王……二千年程前やったかな、その時からおる言うのが本人の談やけれども誰も知らないからな確証は無い、せやけど否定もできない真実は本人だけが知るとこや」
誰も語ることが出来ない存在、真実を証明できなければ虚実を証明することもできないあやふやな存在、嘘か真かは確定されない。
「なるほどなぁ」
「話戻すけれども、ほんにあの娘は寂しがりやなんや、元の世界に帰るまででもええ、傍にいたってな」
「まぁ、それくらいならいいですよ、それに帰るまでは世話になるって言ってしまったんで」
「どうせなら嫁にもらてくれてもええんやで」
「それは流石に、何て言うか俺のとこじゃ捕まるんで」
リアは大人びた雰囲気を纏っているが見た目はどう見ても小学生か中学生、最近の世間では話してるだけで通報されかねないのだ。
「あぁ、人間の歳で数えたら十六はあるさかいに気にせんでええよ」
「合法なんですか、やったー……ってそういう問題じゃない!!」
何がやったーだ! 喜ぶな俺、手振りしながら自分にツッコミを入れる。
「面白いなぁ、まぁ無理は言わんけれども選択肢くらいには入れといてな」
コココとからかうように笑うクラナ。
「はぁ……悪い冗談はやめてくれよ」
「私は本人達がええならええと思とるよ、個人的にもそうなればと思とる」
「今日初めて出会った野郎にそんなこと言いませんよ」
「それはそっちの常識やろ? こっちとしては千載一遇、手を取り合える存在を取り逃す手は無かろうて、手を伸ばして取れる時に取らな零してしまう」
クラナは空に浮かぶ月を掴むように手を伸ばして指を閉じる、しかしその手は何も掴めずただ空を切るだけだった。
「そういやリアなんだけれど用があるって出たが聞いても大丈夫か?」
「構わへんけど……せやな、一つ打ちながら問答しよか」
そう言いだすと取り出したのは将棋版。
「将棋……?」
「知っとるか? ルールの方も説明いるか?」
「いや……俺が知ってる通りなら一通りは把握してるが……」
今俺は将棋と言った、そしてクラナにはその意味が通じた。
そして駒には歩や金といった漢字が書き込まれている、これは明らかにおかしいのだ。
日本語が通じること、将棋というゲームがあること、漢字が書き込まれていること。
異世界というこの世界においてありえない事である。
「なぁ、この駒に書いてある字は読めるのか?」
「? これは字やのうて紋やろ?」
クラナはこれを字と認識せず駒を示す柄として認識している。
「日本という国って知ってるか?」
「聞いた事はあらへんなぁ……なんや気になることでもあるんか?」
「いや…………」
この世界は確かに異世界なのだろう、だが元の世界、日本の文化が何故あるのだ?
リアが言ったケーキというのは納得が行った、食事である以上どういった世界でも遅かれ早かれ生み出されるものだろうと思っているから。
しかし将棋等は似たようなゲームが生まれようが名前はおろか漢字すら使われるなんて考えられるはずが無い。
ここは異世界だ、だが元の世界でもある? わからない、何かが引っかかるが考えても混乱するばかりだ。
「やめよか?」
「いや……少し考え込んだだけだ、やろうか」